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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
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第4節 桐生目線

「簑原、9番マーク! 原嶋は(サイドハーフ)のカバー!」


 桐生雄彦は声を張り上げ、ディフェンスに指示を送っていた。いや、後半が始まってからずっと送り続けている。南台SSは、後半の立ち上がりに同点に追い付かれてから、FC川越の猛攻を必死で凌ぎ続けてきた。


 ハーフタイムを挟んでから、川越の攻撃にかなり厚みが増した。原因は甲本と真島がサイドにへばり付かなくなり、ピッチのあらゆる所を縦横無尽に駆け回るようになったからだ。

 スリートップがポジションチェンジを繰り返し、ディフェンスを混乱に陥れる。南台のディフェンスは必死にそれに食らい付いて行くが、僅かな隙でも見せれば、トップ下の小柄な少年とボランチの色白の少女が、そこに確実にパスを通してくる。

 前半はあまり綻びを見せなかった南台守備陣も、後半に入ってからは川越の流動的な動きに対し、後手に回る場面が増えていった。


 甲本と真島は自分のドリブルに相当な自信を持っており、またそれをとても好む傾向があった。そのためボールを貰う時は、外に開いて十分にスペースを得てから受ける場合が多い。

 なので南台は二人にマンマーカーを一人ずつ付けたあと、ボランチとサイドバックが素早くヘルプに入り二人パスコースを遮断するという戦術を取り、彼らをサイドで孤立させることに成功したのだ。

 桐生はナショナルトレセンで何度も甲本と一緒にプレーしている。そのため洞察力の鋭い桐生は、甲本の特徴をかなり知っていたのだ。更にセンターフォワードの冨田累も関東トレセンで真島と一緒にプレーしているので、南台は相手の二大エースの特徴を把握して、戦術を練ることができたのだ。

 前半はこれがピタリとはまり、理想的な展開で――いや、それでも川越の攻撃力は相当な物で、何度か決定機を作られたが――折り返すことができた。

 ハーフタイムで南台の監督は、川越の攻撃力が予想を上回っていたことに対してかなり焦りを感じているようだったが、桐生はそれほど怖さは感じていなかった。

 川越が前半同様攻めまくってくれれば自分たちがまたカウンターを狙いやすくなるわけだし、川越がカウンターを怖れてリスクを冒さなくなってくれば、自ずとゲームは膠着して、南台有利になることは間違いなかった。

 桐生以外もそう思っていたようで、南台の選手たちは気持ちに余裕を持って後半に入ることができたのだ。


 だが……いきなり出鼻を挫かれてしまった。

 後半の序盤、センターバックからパスを受けた川越のトップ下が、ボランチの少女にボールを落とす。

 すると、今まで右・真ん中・左とその場所からあまり動かなかったスリートップが、スイッチが入ったように急に動き出したのだ。――いや、実際に動き出したのは甲本と真島で、坊主頭はその二人につられて動かされた、という感じなのだが――甲本がセンターの位地に入り、ボランチからのクサビを受けると、左サイドに流れた坊主頭に簡単にはたいた。

 南台のディフェンスがこの動きにより振り回され、浮き足立つ。ほぼフリーな状態でボールを受けた坊主頭は、逆サイドのコーナーフラッグ目掛けて思いっきりボールをブッ飛ばした。

 その先には、マーカーを一人後ろに引き連れながらも裏に抜け出すことができた真島がいた。

 真島は走りながら右足のインサイドでコントロールすると、正対したディフェンスを小馬鹿にしたような股抜きで突破し、ペナルティエリアに侵入した。

 南台のディフェンスの戻りは速く、すぐに真島を二人がかりで囲むが、真島はお構い無しにゴールに向かって突っ込んで来る。長い髪の毛の下で、獣のような眼が炯々と輝いているのが桐生には見えた。

 スピードを緩めずにキックフェイントでかわそうとして来た真島を、センターバックが足を掛けて倒してしまった。

 直ぐ様笛が鳴り、レフリーが駆け寄って来てペナルティスポットを指した。……PKだ。

 この場面、ディフェンスを責める訳にはいかない。川越の攻撃に、真島爽太に完全に崩された。ベンチを見ると、監督が「ほらやられた」というようなリアクションを取っていた。


 川越の選手たちが、「やったぜ爽太、同点のチャンスだ!」だの「うおーPKか!俺様に蹴らせろ!」だの言いながら真島の周りに集まってPK獲得を喜ぶ中、真島は表情一つ変えずに無言のままボールを掴むと、ペナルティスポットに向かってゆっくり歩いて行った。

 ボールをセットして、助走を取る。そして腰に手を当てて、早く笛を吹けと言わんばかりの態度でレフリーを一瞥した。

 レフリーの笛が鳴った。

 真島はゆっくりとした助走から入り、途中から爆発的に駆け始めた。キーパーを雰囲気に呑ますためだろうが、桐生はそれには引っ掛からない。

 助走の角度や打つときの身体の向きから、桐生はコースを読むことができた。キッカーから見て左側に桐生はダイブした。そして、ボールも同じ方向に飛んできた。

 だが、方向は同じだったものの、直線的にダイブした桐生の上をボールは通過していき、ゴールネットを激しく揺らした。

 やられた。まさかインステップで思い切り、上の隅にぶち込んで来るとは思わなかった。なんて心臓の強い奴だ。あいつはもし外したら、なんて考えないのだろうか。

 PKを決めた真島は、喜びもしないでベンチに向かって拳を突き立てている。それを見て相手の監督は、フッという笑みを浮かべた後、親指をぐっと立ててそれに応えていた。


 ――それが同点に追い付かれた時のことだ。

 今はおそらく後半10分を回った頃だろう。川越の選手たちは、前線で動きまくる三人に合わせて連動するために、かなりの量を走っている。だからおそらくあと2・3分もしたら足が止まり始めるのではないだろうか。

 そうすれば俺たちにも勝ち越し点を奪うチャンスは出てくる。だからそれまで踏ん張って、耐え続けなければ……。


 右サイドに流れて来た甲本が、真ん中に流れて来た真島からバイタルエリア付近で横パスを受けた。

 甲本はコントロールすると、縦に向かってドリブルを開始した。フェイントを織り交ぜ、緩急を付けたドリブルにディフェンスは必死に付いていくが、右足でのクライフターンで中に切れ込まれてしまった。

 すかさずボランチがカバーに入るが、遼はそれをキックフェイントでかわして更に中に切れ込み、身体を振り絞って左足で強烈なミドルを打ってきた。

 桐生はそれをなんとか横っ飛びで手に当て、ディフェンスがそのこぼれ球を前線に向かって大きくクリアした。そしてそのボールの飛んでいく先に向かって、累がスタートを切った。


「うわ、ヤバいぞ! 戻れ!」


 遼がそう叫んだのが聞こえた。なぜそう叫んだのかは、現在の川越のディフェンスラインの情況を見ればすぐに解る。

 川越のサイドバックは、前半から激しくアップダウンを繰り返していたので疲労がピークに達し、このカウンターにまったく付いていくことができない。つまり、前半に南台が得点したのとほぼ同じような場面になっているのだ。

 しかも南台はディフェンスがクリアした瞬間に直ぐ様攻撃に切り換え、累以外にも2・3人、累に続いて敵陣に走り込んで行ったのだ。


 数敵優位にたった南台は絶好の得点チャンスを迎えていた。

 右サイドの深い位置でディフェンスより早くボールに追い付いた累が、グラウンダーでマイナスのセンタリングを上げた。

 川越のセンターバック二人は累に付いて行っていたので、中の選手は完全にフリーになっていた。ボールをトラップして、あとは確実にゴールに流し込むだけだった。

 だがトラップした刹那、斜め後ろからのスライディングタックルで彼はボールごと倒された。スライディングをしたのは、前半に南台の得点のきっかけとなるミスを犯してしまったあの少女だった。倒れた選手はレフリーにファウルをアピールするが、受け入れられなかった。ボールに行っていた正当なタックルだった。


「うおー、サンキュー光! ナイスディフェンス!」


 甲本が拳を振り上げ、興奮気味に叫んでいた。

 だが、少女はこの時足をつってしまったのだろうか、こぼれ球を拾うために人工芝を掴んで必死に立ち上がろうとするが、顔をしかめて崩れ落ちてしまった。

 そのボールを猛ダッシュで追い付いて来た川越のもう一人のボランチが拾い、トップ下の小柄な少年に預けた。彼はトラップすると、振り向き様に南台のディフェンスラインの裏にロングボールを放り込んだ。


 ――まずい、カウンターをカウンターで返された!


「切り換えろ、ディフェンスだ!」


 桐生は叫んだ。いつもは冷静な桐生の脳みその裏で、黄信号が激しく点滅している。

 怒濤の勢いで駆け上がって来る川越のスリートップと、必死に戻ってくる南台のディフェンス。真っ先にボールに追い付いたのは、甲本だった。

 桐生は甲本がボールをコントロールした後、確実に決めることを優先するために、マークがずれてほぼフリーになっている真島か坊主頭にパス出して来ることを想定した。

 ……いや待て、甲本のことだ。あいつなら自分で打ってくることも考えられる。だから変に偏ったポジショニングを取るのは危険だ。シュートにもパスにも、どちらにも対処できるようにしなければ。


 ボールの落下地点に甲本が追い付き、走りながらインステップでノーバウンドでボールをコントロールした。そして――甲本はボールが地面に付く前に左足を一閃、ボレーシュートを放った。


「なっ……!!」


 桐生はそのシュートにまったく反応できなかった。ボールはゴール左隅に突き刺さり、ネットがちぎれんばかりに揺れた。

 会場がどよめきと歓声に包まれた。川越の方はフィールドもベンチもお祭り騒ぎになっている。


「すげー、すげえよ遼!」


 坊主頭が叫びながら甲本に抱きつく。感情を殆ど表に出さない真島までもが、興奮を抑えきれないといった感じで甲本に走り寄って行った。

 チームメートに揉みくちゃにされながら、甲本は川越ベンチに走って行き、監督に向かって


「やったよ監督! やっぱ俺凄いわ!」


 と叫んでいる。川越の監督は満面の笑みを浮かべた後、甲本の頭をくしゃくしゃっと撫でていた。


 南台側は対照的だ。みんながっくり肩を落として項垂れてしまっている。桐生はそんなチームメートを


「まだ時間はあるぞ! 諦めんな、絶対勝つ!」


 と鼓舞した。

 南台はアップさせていた攻撃的な選手を二人投入し、残りの時間に全てを懸けることになった。相手の方が疲れている今、同点にすることも――いや、もしかしたら逆転することも不可能ではない。


「そうだ、まだ諦めるな! 点取りに行くぞ!」


 南台のオフェンスの中心の富田累が桐生に応えた。


 南台のキックオフから試合再開。ここから南台は目の色を変えたように攻めまくった。






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