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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
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第47節 強烈な餞別を

「またアイツらが相手だ」


 決勝戦のアップ前のミーティングで、竹下監督は開口一番そう言った。そして一旦間を置き、選手たちを見渡してから再び口を開く。


「ヤツらは王者のプライドを賭けて、その座を取り戻そうと死ぬ気でかかってくる。お前ら、一度勝ったからといって決して油断するんじゃないぞ」


 遼たちFC川越は、6月に行われた埼玉県予選で浦和レッズJr.に勝利し、全国大会へ出場した。ここ数年埼玉のトップに君臨していたレッズを頂点から引き摺り下ろし、全国でも準優勝という成績を収めたのだ。竹下監督は、彼らが「レッズなんか一回勝ったから次も余裕で勝てる」と高を括っていないか不安なのである。

 だが、それは杞憂で済みそうだ。なぜなら、遼たちはレッズの準決勝を見て、彼らのこの大会にかける半端ではない覚悟を見せつけられたからである。

 特に、あの「天才小学生」には鬼気迫るものを感じた。


「宇留野も夏とは別人だ。才能に奢っていたあの時とは違うぞ。お前らもさっきの試合で見たと思うけど、しんどいゲームになるのは確かだ」


 英が苦虫を潰したような顔をする。彼はセンターバックとして県予選での勝利に貢献した。その試合でも宇留野は厄介だったのだが、更にそれがグレードアップしてやってくるのだ。

 そして英は、U-12日本代表のスペイン遠征にも参加して、チームメートとしても宇留野のプレーに衝撃を受けていた。


(……ほんとにしんどそうだなあ。宇留野、マジでやべえって)


 殆ど一人でレアルマドリードのアカデミーを粉砕し、あのFCバルセロナに認められた男。

 元々備わっていた卓抜したボールテクニックや天才的なイマジネーションに加え、川越に負けたあの試合から、宇留野は一から鍛え直し、豊富な運動量とちょっとのことでは当たり負けしないフィジカル、更に体の芯から迸るファイティングスピリットも兼ね備えた。

 最早ただのスカした、テクニックがあるだけの選手ではないことは誰の目から見ても明らかだった。


「けどまあ、こっちが侮っていなけりゃ勝てるさ」


 竹下監督は、重くなりかけた空気を察して、朗らかな声で喋り始めた。


「単純に考えて、代表の数じゃこっちが多いんだ。それにエース同士の実力も、うちの10番だって全然負けてないと思う。バルサがなんだ。お前ら、宇留野に強烈な餞別を渡してスペインに送り出してやろうぜ」

「おう!!」


 選手たちが威勢の良い声で応える。特に遼の返事はでかく、物凄い殺気を全身から馴染ませていた。


(楽しい試合が見れそうだ)


 竹下監督は思わず笑みをこぼす。そして二、三度手を叩き、選手たちをアップへと送り出した。



 ◇



「あれ、誰かと思ったらゴリラやん」

「……お前にだけは言われたくないわ」


 観客席の一角で、ビクターが桐生に声を掛けた。南台SSは選手同士で固まって座っているのだが、桐生は選手の列から少し離れたところに座っていたので、ビクターは話しかけたのだ。


「遼、ヤバかったな」


 ビクターは桐生の目ではなく、ピッチを見ながら喋る。ピッチでは選手たちが入場し、審判を中央にして横に広がっていくところだった。

 二人は一旦立ち上がり、スタンドに向かって一礼する両チームの選手たちに拍手をする。それから桐生は表情に悔しさを滲ませながら口を開いた。


「歯が立たなかった。俺たちもみんな頑張ったが、ダメだった」


 桐生たち南台は、午前中の準決勝でFC川越と対戦した。春の招待大会のリベンジといきたいところだったが、奮闘虚しく返り討ちにあってしまったのである。

 スコアは0対2。殆どハーフコートゲームで南台はチャンスらしいチャンスを作ることができず、雨あられとシュートを浴び続けるうちに遼と爽太に一発ずつ食らった。

 特に遼にはこっ酷くやられた。彼得意のドリブルで何度も守備陣はズタズタに崩され、挙句退場者も出る始末となった。


「お前らもレッズに相当やられたな」

「……なんもできへんかったわ」


 ビクターは宇留野とマッチアップしたが、「怪物」をもってしてもこの「天才」を封じることはできなかった。

 立ち上がり、レッズの攻撃の鋭さになかよしキッカーズが浮き足立っているところで、立て続けにに二点取られた。前半終了間際にコーナーキックからビクターのヘディングで一点を返すも、後半に更にもう一点取られ、結局1対3で負けたのである。


「夏の県大会では、ウルに海をマンマークに付けることで封じたみたいやけど、今回はそれじゃあ止まらんで」

「たぶんそうだろうな」


 桐生は腕を組む。ピッチでは、レッズの選手二人が、センターサークル内でキックオフを待ち構えている。

 宇留野に目がいきがちだが、他の選手も随分レベルアップした。これもレッズが強くなった原因であることは間違いない。


「だが、レッズも川越の攻撃を止めることは難しいと思う」

「……せやな」


 桐生の言葉にビクターは同意する。川越の攻撃陣、あの名物スリートップは三人とも年代別代表という凄まじいものである。

 最強の矛と矛のぶつかり合い。果たしてどちらが勝つのか、二人には予想がつかなかった。



 ◇



 レフリーのホイッスルが高々と鳴り響き、遂に決戦の火蓋が切られた。

 内藤が宇留野に下げたボールに、海が猛然とプレスを掛ける。海はこの試合、センターフォワードとして先発した。遼は左ウイングに入っている。川越は従来のフォーメーションに戻してきた。

 宇留野はボランチの成宮に簡単にはたく。成宮は更にセンターバックに戻し、川越の勢いは削がれてしまった。


「海、(センターバックに)行かなくていいぞ! (パス)コース切れ!」


 後方から利樹の指示が飛ぶ。海は言われた通りプレスに行くのをやめ、レッズのセンターバックから見て左側、つまり中へのパスコースを切るように動いていく。


 スタンドで見ている桐生とビクターは、この試合レッズがボールを支配することを予感した。


 レッズのセンターバックは左サイドバックに横パスを出した。爽太がこれを取り所だと判断し、果敢に間合いを詰めていく。これに連動し、川越は前線から一気に守備網を狭め、相手のスペースを消しにかかった。

 レッズのサイドバックは、爽太と海の間に見つけたギャップにパスを通す。僅かな隙間だったが、彼は正確にそこを射抜いた。受けたボランチは、寄ってきた海の股を通して先ほどのセンターバックに出す。センターバックは直ぐ様ダイレクトで、強烈なクサビのパスを敵陣中央に打ち込んだ。


「宇留野だ!」


 スタンドのどこからともなく声が上がる。宇留野にボールが入る、というだけで会場のボルテージがかなり上がった。

 宇留野は、タイミングを見計らって川越のボランチとディフェンスラインの間に顔を出し、そこをセンターバックが見逃さず縦パスを通したのである。


「佐藤、当たれ!!」


 利樹から指示が飛ぶ前に、既に佐藤が背後から宇留野にプレッシャーを掛けに行っていた。

 しかし宇留野は、ダイレクトで簡単にフリックする。宇留野と共にツーシャドーの一角を担う五年生、赤澤がこれを受けた。

 赤澤はすかさずダイレクトでミドルシュートを放った。川越ディフェンスは宇留野に注意が向き過ぎていたため、ほぼフリーでこのシュートを許してしまう。ボールはニアポストを低い弾道で強襲する。利樹は指先で僅かに触れたが、それが精一杯で、コースを殆ど変えることはできなかった。

 決まったと思ったが、ボールはポストに当たり、甲高い音を立ててゴールエリアの外に消えていった。


「す、すげぇなおい」

「これが小学生のポゼッションかよ…バルサやアーセナルみたいだ」


 開始早々のレッズの鮮やかな攻撃に、会場がどよめく。


「これや……わいらも立ち上がりにこんなん食らって、完全に流れを持ってかれてしまったんや」


 ビクターは顔の前で手を組んで、悔しそうな顔をする。桐生も頷くが、彼はそこまで動揺はしていないようだった。


「確かにかなり厄介だな。けど…」

「けど?」

「川越の奴らは、そう簡単に焦ったりはしないだろう」


 桐生は眉一つ動かさず、観察するようにピッチを見渡している。

 川越の選手たちはレッズボールのコーナーキックをクリアし、ハーフェーライン付近でのスローインにして、一旦流れを切った。そして彼らは手を叩き、声を上げ、自分たちを盛り立てている。


「……まあ、代表のセンターバック(英)もおるし、県予選でも最小失点だったみたいやからなあ」

「それもある。けど、俺が言いたいのはもっと違う部分だ」

「違う部分?」

「ああ。俺らも経験していることだ」


 優磨からのパスを、青のユニフォームの10番か嬉々とした表情で受けるのが、スタンドの桐生からもわかった。


「遼、そしてあの川越の攻撃陣がいる限り、川越が揺らぐことはないだろう」


 遼はワンタッチで、タッチライン際に少し大きめにボールをコントロールすると、緑の絨毯の上を滑るようにドリブルを始めた。

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