第46節 導火線バチバチ
事件が起こったのは、埼玉県の少年団大会やU-12クラブユース選手権も終わった師走の頭である。
遼は日曜日の夜中、兄と一緒に、居間のテレビでつねっちFCという番組を見ていた。毎週見ているお気に入りのサッカー番組である。基本的に10時前には就寝している遼だが、日曜はこの番組を見るため、いつも夜更かしをしている。
始めに海外日本人選手の情報が流れた後、シーズンも終盤に差し掛かったJリーグのハイライトにコーナーが切り替わる。
ACミランの本間がゴールを決めたというニュースが流れて居間の空気が盛り上がったが、その後浦和レッズが首位攻防戦に負けて2位に転落したことが話題になると、二人の間は負の空気に包まれた。
利樹ほど熱狂的ではないが、二人は地元埼玉のレッズを応援しているのだ。
落ち込んでいる兄弟を尻目に、テレビは一旦CMに切り替わる。それが明けてテレビ局での代表戦中継の宣伝が流れた直後、遼の表情が硬直した。
『日本の天才サッカー少年、バルセロナの下部組織に入団決定!』
このテロップが流れてくると同時に、赤いユニフォームを着た前髪をちょんまげにした少年が、ヒールリフトで敵を抜いてゴールを決めている動画が流れてきたのだ。(ちなみに抜かれているのは海)。
「あれ? この子って遼が言ってた宇留野って子?」
翔が呑気な声で遼に聞く。だが遼は衝撃のあまり、翔の質問が頭に入ってこなかった。
「おーい遼、戻ってこい」
「あたっ」
翔に軽くチョップを食らって、遼は正気を取り戻す。
「これが宇留野って子?」
「そ、そうだよ。こいつが宇留野貴史」
「ふーん……すげえうめえな」
翔は身を乗り出して顎に右手を当て、目を細めながら宇留野のプレーを見ている。翔の表情は笑っていない。本気で宇留野を上手いと思った証拠である。
「クソッ、俺ウルに勝ったのに……なんで俺は呼ばれねえんだ」
遼は拳を握り締め、悔しさを顕にする。
「まあ仕方ねーよ。バルサのスカウトはお前より宇留野を欲しがったんだ。クラブのコンセプトに合う選手として獲ったんじゃねーの?」
男梅のような顔になっている遼の頭をポンポンと叩きながら、翔は慰めているのかそうでないのか、わからないような言葉を掛けた。
「チキショー、スカウトなんてどこで見てんだよ……わざわざ噂聞きつけて日本に来たのか?」
「確かにそれ気になるな……あっ、もしかしてお前が怪我して行けなかったスペイン遠征の時じゃね?」
「あっ」
翔の核心を突いた言葉により、遼の口があんぐりと開く。居間が一瞬にして静かになった。
「うわあああ絶対それだああああ」
直後遼は絶叫し、ソファーの上のクッションに顔を埋めて足をバタバタし始めた。
翔はおかしくなってしまった遼を、 なんとか宥めようと、必死にあやしている。テレビの画面では、本日スーパーミドルを決めた川崎フロンターレの中村憲武が、爽やかな笑みで『はーいつねっち』を行っていた。
◇
例の事件から少し経った冬休みのこと。遼たちFC川越は東京のとある場所で、かなり規模の大きな招待大会を戦っていた。
この大会には北は北海道から、南は長崎まで、約30チーム程が参加している。参加チームはどこも有名なところばかりで、言うならばもう一つの全国大会のようなものである。
全国大会準優勝のFC川越は勿論参加していた。他にも全国で川越を打倒した横浜F・マリノスJr.、関西の雄なかよしキッカーズ、そして宇留野貴史率いる浦和レッズJr.等、錚々(そうそう)たる顔ぶれが揃っている。U-12日本代表のメンツもほぼ集結していた。
まずはグループリーグ第一試合。FC川越は柏レイソルU-12との試合を2対1で制した。得点者は遼と海が1点ずつ。内容はスコア通りの接戦で、川越は苦戦を強いられた。
試合後のクールダウンと簡単なミーティングを終え、会場内のFC川越に与えられたスペースでウイダーを飲んでいると、ひょろりと背の高いキツネ目の少年がやって来た。
「なんだよ、なかなか厳しい試合だったなおい」
瀧澤はニヤニヤしながら、遼の隣に腰を下ろす。
「いや……レイソルは強えよ。ていうかお前らも全国で手こずってたじゃねーか」
「確かに、レイソルは強いわ。ズバ抜けてうまい奴はいないけど、ヘタクソもいないからな。弱点がねーし」
瀧澤らマリノスも、全国大会の準々決勝でレイソルと当たり、PK戦の末勝利を収めていた。レイソルに2点先行されたものの、瀧澤の2ゴールで追いついたのである。
柏レイソルは、それこそ遼や宇留野や瀧澤といったスーパープレーヤーはいないが、みんなうまいのである。鎖の弱いところが無いため、なかなか断ち切ることができないのだ。
「まあ俺らのグループは、うちとレイソルで決まりだろうな」
遼はそう言うと、真っ平らになったウイダーのチューブを捨てに立ち上がった。すると瀧澤も一緒に付いてきた。
「秀斗試合は? チームのとこいなくて大丈夫なの?」
「たぶん。俺らも第一試合終わったし、しばらくヒマなんだよね。だからこれからレッズのとこ行って、アイツに色々聞いてこよっかなーと思ってるんだ」
それを聞いて、遼の目の奥がピカーンと光った。
「俺も行くわ」
瀧澤はニヤッと唇の端をつり上げる。
「そう言うと思った」
二人は連れ立って歩き出した。
◇
宇留野のところへ向かう途中、二人はビクターを見つけた。現在の行動の目的を告げると、ビクターもノリノリで参加しようとしてきた。が、彼は次の試合のためのアップがあるので、凄く無念そうな顔をして断わった。
南台SSもこの大会に出ているので、桐生も誘おうかと二人は考えたが、彼は現在試合中だったので諦めた。
二人は少し南台の試合を眺めた。桐生たちは、鹿島アントラーズのジュニアチームと戦っている。南台は一方的に攻められているが、失点はしていない。いつも通りの展開だった。
「うわっ、あれ止めるかゴリ」
瀧澤は目を丸くして驚嘆の声を上げる。エリア内の至近距離からのシュートを、桐生は右手一本で弾き出していた。
ちなみに桐生は、U-12代表のメンバーからは主に「ゴリ」と呼ばれている。勿論、その風貌があだ名の由来である。
「……俺、あいつとはやりたくない」
遼は真顔で言う。スーパーセーブをしても顔色一つ変えない桐生を見て、底知れない不気味さを感じた。
「ほんとそれ。ゴリからシュート決めんのは結構疲れる」
瀧澤は頷く。この年代で最高のフォワードの二人でも、桐生雄彦は厄介極まりない相手だった。
二人はしばし試合を見た後、再び歩き出した。浦和レッズの場所へ着いたのは、丁度前半が終わる頃だぅた。
◇
宇留野は丁度トイレから帰ってきたところだった。タイミングよく宇留野を見つけた二人は、小走りで近寄って行った。
「よお、なんだお前ら」
宇留野は二人に気づくと、軽く眉と口角を上げる。ずいぶんと得意そうな顔をしている。宇留野は、二人が何の目的でここに来たか察している様だった。
「お前、マジでバルサに行くのか?」
瀧澤が真顔で問う。宇留野の顔は、ここで益々得意げになった。
「そう。俺は極東の島国から飛び出して、世界一のチームの一員となりまーす」
遼と瀧澤は、宇留野のこの発言にだいぶイラッと来た。
宇留野がFCバルセロナのことを世界一といったのは、単にトップチームがそうだからではなく、あの例のスペインでの国際大会でも、バルセロナが優勝したからである。
「でも世界一のチームに行く奴が、日本で一番じゃねえのはなんか変だよな」
遼は挑発した。もちろん、自分が日本一の小学生だということを前提において。
「あ? 俺が日本で一番に決まってんじゃねえか。しょーもねえ怪我して世界と戦わなかったテメエが何言ってやがる」
「なんだと? あんな暑さ程度でへばっていた奴が調子乗ってんじゃねえ」
「……おーいお前ら。全国制覇して得点王を取ったのは俺だぞー。俺抜きに話し進めんなー」
バチバチと喧嘩腰の二人に、瀧澤は自分も居るぞとささやかな主張をした。
「いいか。俺はこの大会で優勝して、もう一度俺が最高だっつーことを思い知らせてやる。覚悟しとけよ」
「ふん、もう俺のが上だわ。得点王もタイトルも全部持ってくからな」
「おい遼、得点王は俺だからな。優勝は最悪くれてやってもいいけど、得点王は絶対渡さねえぞ」
彼らは暫し睨み合う。そして宇留野が無言で踵を返したのを皮切りに、彼らはチームのところへ帰って行った。
ぶらりと出かけてからふらりと帰ってきた遼に、海と爽太が気がつく。二人は遼から漂ってくる、殺気じみたオーラを感じると、笑いながら近づいてきた。
「おいどうした遼。殺る気マンマンじゃねえか」
「海……絶対優勝するぞ。どいつもこいつもぶっ潰してやる」
遼のターゲットは、最早宇留野だけではなく、この大会の参加チームすべてになっていた。
「もちろん。絶対勝つぞ」
爽太の顔の笑みが、邪悪な光を帯びていった。
レスターパネエ
最後岡崎のゴールで優勝とかになったらたぶんほんとにヤヴァイ