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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
46/48

第45節 秋が来て

おまちどーさまでーーすッッ!!!

 遼はディフェンスラインの裏に抜け出して、優磨から繰り出されたスルーパスを受ける。遼は左足のインサイドでボールをコントロールした。

 しかし若干コントロールが乱れる。それを狙って控え組のキーパーが果敢に飛び出して来た。

 遼はそれを持ち前の加速力でカバーする。キーパーより早いタイミングでボールに触れると、巧みなチップキックでダイブしてきたキーパーの上を越した。ボールはツーバウンドほど前してからネットに転がり込む。


「ふぃ〜あっぶねぇ」


 ホッとしたかのように息を吐きながら遼は苦笑する。


「まだまだ本調子じゃないようだな。普段のお前ならあんなコントロールはしない」


 近くにいた海がキリッとしたドヤ顔で声をかけてくる。遼は反応に困ったが、優磨が話しかけてきたので海をスルーした。


「感覚もどってねーのな。けどあんだけのダッシュできるなら(足は)もう大丈夫だろ」


 アシストを記録した優磨は冷静に分析する。隣ではスルーされた海がしょげていた。


「まあタッチもそのうち戻るよ。あんな無茶しても足に全く問題ないのは良かったわ」


 そう言いながら遼は笑顔だった。これまでの鬱憤うっぷんを出し尽くしたような、なんともハジけた笑顔である。その笑みにつられてチームの雰囲気も明るくなった(海を除いて)。

 FC川越のエースが、待ちに待った復活を果たした日だった。


 まだ夏が最後の尻尾を残している9月半ば、遼はようやくピッチに戻ることができた。

 リハビリ期間中は、サッカーをしているチームメートたちを遠巻きに見ているしかなかった。皆が楽しそうにボールを追いかけている中、遼は汗だくになりながらトレーナーとマンツーマンでリハビリをしていた。練習が無い日も、彼らが楽しそうにサッカーをしているのを横目で見ながら一人治療院に通った。


 遼の焦れる心を煽ったのは間近のチームの皆だけではない。全国大会の後には、遥か海の向こうスペインの地で、12歳以下の日本代表が国際大会を戦っていたのである。

 川越からは爽太、海、そして英がメンバーに選ばれた。いつも見送られる側だった自分が見送る立場に立つという珍しい経験をした。

 悶々(もんもん)とした気持ちで三人の帰国を待っていた遼だが、戻ってきた三人を見て遼はさらに打ちのめされた。あの時の三人の充実した表情と雰囲気といったら……。

 もう二度と見送る側には立ちたく無いと思ったものである。


 だがもう大丈夫だ! 甲本遼、遂に完全復活!!


 浮かれていた遼だったが、試合が進むにつれてあることに気づいた。そしてこれは元々遼が予感していたことでもあった。


 スペインに行った3人のプレーレベルが、格段に上がっているのである。


 英は、対人プレーではサブのメンバーに一回も負けなかった。海は相変わらず粗削りもいいとこだが、フォワードに必要な『怖さ』が生まれてきている。

 そして爽太。爽太はプレーの幅がかなり広がり、高い技術に裏打ちされたクレバーなプレーがより一層光って見える。


(やべえ、俺も頑張らねーと)


 遼は左サイドで光からボールを受けると、迷わすドリブルを開始した。目指すはもちろん、ゴールである。



 ◇



「なあ爽太、遠征どーだった?」


 練習後皆で残ってボールを蹴って遊んでいる時、遼は爽太に尋ねた。


「……教えねえ」

「ええ?! イジワル! 教えろよ!」

「楽しかったぞ!」


 いつの間にかいた海が口を挟んできた。ちなみにその時遼は爽太が小さく舌打ちするのを聞いた。


「アイルトンもいたっしょ?」


 遼がその名前を口にすると、急に2人の表情が突然曇る。遼がいぶかしげな顔をすると、突然英が口を挟んできた。


「ん? アイルトンがどうしたって?」

「おお祥平。いやアイルトンがどーだったのかなーって思って聞いてみたんだ」


 すると英の表情も曇ってしまった。そして苦笑しながら遼に言う。


「……あいつはヤベえ。サントスにすげえ奴がいるとは聞いてたけど、あそこまでとは思わなかった」

「実際に試合はした?」

「いや、戦ってはねーけど。まあ戦わなくてよかったわ」


 3人ともアイルトンのプレーを目の当たりにして相当衝撃を受けたようである。


「そっか……また凄くなってるんだな、あのヤロウ」


 遼は体が疼くのを感じた。


「んで他はどんな感じだった?」

「あとはな、アフリカのでけえ奴等とか……宇留野かな、ヤバかったの」


 英がそう言うと、海と爽太は同じ様に頷いた。


「ああ、宇留野凄かったな……県大会で俺がマークした時より全然上手かった。あの時もヤバかったけど、なんか次元が違ったよな」

「……実を言うとあの試合、ウルはトップフォームじゃなかったかもね」

「マジで?! ってことは俺ら舐められてたのか?」

「それもない訳じゃないと思うけど……でもあいつ勝負事にはかなりこだわるから、調子崩してたか怪我でもしてたんじゃねーかな」


 遼の推測どおり、事実宇留野はコンディションを崩していた。突然気温が高くなった梅雨真っ只中、宇留野は軽い熱中症にかかったままプレーしてたのである。意地っ張りの宇留野が自ら打ち明けるはずもないので、このことは当の本人以外誰も知らなかった。

 遼は宇留野と何度もプレーしたことがあるので、ある程度の出来は分かっているつもりだった。なのでそのように考えていたのだ。


「おーいお前ら、もう6時過ぎたから早く帰れよ」


 竹下監督がグラウンドに向かって大声で呼び掛ける。


「うーし帰るかー」


 遼が足元のボールを巧みな足捌きで上げて胸元でキャッチする。そしてそれをネットに入れて続いてスパイクを脱ぎ始めた。


「ぬあああできねえ! チクショウできねえ!」


 海は遼の真似をしようとしたがなかなかできないので苛立ち、ボールを思い切り蹴っ飛ばした。


「早くかたさねーと先帰るぞ」

「あーもうすぐ戻るから待ってろよ!」


 爽太にそう言われた海は、猛ダッシュで校庭の隅のボールを取りに行った。



 ◇



 自室のベッドに寝転び、天井を見上げながら爽太は一人思考を巡らす。爽太の頭には、この前の世界大会で目にしたもの、自分が体験したことが次々と脳裏に浮かんできていた。


 爽太は初め信じることができなかった。

 世界最高のクラブ・レアルマドリードのアカデミーが、サッカー後進国とも言われている日本に圧倒されていたのだ。それも、たった一人の痩せっぽちの選手によって。

 その試合で日本はレアル相手に4対2で勝利した。宇留野貴史は2ゴール2アシスト。誰が見てもマンオブザマッチは彼だった。


 しかし、日本はベスト16で敗退した。アルゼンチンのボカ・ジュニオルスに1対3で競り負けてしまったのである。

 ほぼミラーゲームとなったレアル戦は、宇留野とビクターが中盤を完全に支配したので主導権を握り完勝した。だが、ガツガツと闘志を剥き出しにして、ラフな攻撃で襲いかかってくる南米の雄にあっさりと負けてしまった。


 もう一つ強烈な衝撃を受けたことがあった。

 常々遼から、ブラジルに一人とんでもない怪物がいると聞いてはいたが、その怪物は爽太の想像を軽々と超えていた。

 アイルトンと対戦したチームは、どこもまともに彼を止めることはできなかった。人数を掛けてなんとか潰すことはできても、マークを外した状態で前を向いてボールを保持した瞬間、もうサントスの得点は確実。大袈裟だが、決して大袈裟ではない。

 アイルトンとマッチアップする自分を想像して、爽太は背筋に冷や汗が走った程であった。


 他にも凄い選手は大勢いたし、強いチームも沢山あった。

 しかし、爽太は幾つか分かったこと、確信したことがある。日本は、自分たちは弱くない。弱い部分も確かにあるが、それ以上にしっかりとした強みがあることが分かった。

 自分自身も世界相手にそこそこのプレーはできたと思う。驕っている訳ではない。手応えは確かにあった。


 そしてもう一つ。甲本遼は、世界の同年代の選手の中でもトップクラスの実力の持ち主だということも確信した。


「……遼、俺はお前に勝つぞ。中学では、敵としてお前に勝つ」


 小1の頃から張り合ってきたライバルは、いつの間にか遥か先に進んでいた。しかもなお悔しいことに、遼は自分が理想としているようなプレーを体現しているのである。

 遼に追いつき追い越すためには、同じ環境で同じようにプレーしていてはダメだ。

 そう思った爽太は、敵として遼に勝つことに決めたのである。


(ということは、俺はオレンジか青のユニフォームを着ることになるのか)


 遼はレッズに行くと言っていた。遼の元には、熱烈なアプローチがかなり舞い込んでいるらしい。

 爽太にもレッズからの誘いはあったが、遼が行くと言うので選択肢から消えた。なので進路は、埼玉でもう一つのJクラブ・大宮アルディージャか、地元川越の強豪クラブ・SC川越Jr.ユースに絞られた。


(まてよ、そういえばレッズには宇留野もいるな……)


 宇留野はレッズのU-12に所属している。そのため、自動的にJr.ユースへの昇格が決まっていた。


 日本の同世代を代表する選手二人が、同じクラブに属するのである。


(……強えな)


 それはズルいだろ。

 爽太は苦笑する。しかし、それでもレッズへ行く気はさらさらなかった。


「どっちも俺が倒してやる」


 簡単なことだ。結局勝ったもん勝ちなのだ。サッカーは強い者が勝つのではなく、勝った者が強いのだから。

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