第43節 変化を進化へ
いやほんとお待たせしました。
「さあお前ら、残りあと20分だぞ! あと20分で全国大会が終わっちまうんだぜ?!」
「き、急にテンション上がりましたね監督。どーしたんすか?!」
いきなりでかい声を出し始めた竹下監督に、利樹がビビりながら話しかけた。竹下監督はニコニコしたまま、利樹と肩をグイッと組む。
「いやだって全国大会の決勝だぞ? 一生に一度来れるかどうか分かんないようなとこだぜ? それがあと残り20分しかないんだ、テンション上がんない方がおかしいだろ!」
「い、いや、そこは普通『残念だなぁ〜』って下がるもんじゃないすか?!」
利樹が突っ込む。いつもどちらかというとボケに回ることが多い副キャプテンだが、今日は突っ込みのキレが冴えている。
「夢の舞台だ、最後まで楽しまなきゃ損だぜ。見ろよ、あそこに出たくても出れなくて死にそうな奴だっているんだ」
竹下監督は、松葉杖をついた短髪の少年を指差す。川越の選手たちは皆その方向を向き、そしてハッとしたような顔をした。
「ど、どーした? 俺の顔になんかついてる?」
「いや、何でもないぞ遼。熱中症には気をつけろよ」
「は、はい」
竹下監督は再び選手たちの方に向き直る。
「俺がお前らに入団式でなんて言ったか覚えてるか? 俺はお前らに『サッカーを楽しめ!』的なことを言った筈だ。お前ら今、楽しんでるか? 優磨、どうだ」
「……負けてるし、思い通りのプレーが出来なくてめっちゃくちゃ悔しいです」
優磨は火照った顔に怒りを表して返答する。
「だよな。俺もお前らが負けてて悔しい。だけどそれ以上に縮こまっているお前らを見てもっと悔しいぞ。確かに遼がいたらと思うのはわかる。あいつはエースでありキャプテンで、チームの中心だ。俺らの中で今一番悔しいのはあいつなんだ」
宇留野を破り、日本最高の小学生の称号を目前にしてリタイアしたエース。遼の気持ちを察せない彼らではなかった。
「お前らは遼の分も楽しめ。硬くなるな、まずは自分らで楽しむことを考えろ。結果はそれから付いてくる!」
「おう!!」
川越の選手たちはでかい声で返事をする。彼らの顔は、試合前のリラックスした表情に戻りつつあった。
(……やっぱいくらみんなでも、多少緊張していたんだな。そりゃそうだ、エース不在の中での決勝だもんな。そしていきなり2失点しちゃったから、かなり動転してたんだろう)
松本コーチは腕を組んで、一歩引いて竹下監督と選手一同を見る。
(改めて感じたけど……竹ちゃんやっぱ子どもの心を掴むのがうまいよな)
自分ならどうやって声を掛けただろうか。彼らがここまで一気に自信を取り戻せるほどの言葉を発することができただろうか。
(やっぱ竹ちゃんをここに連れてきて良かった)
ハーフタイムの残り時間、選手たちととても楽しそうに談笑している竹下監督の後ろ姿に、松本コーチは感慨深いものを感じた。プロ生活に終止符をうち、真っ白になっていた時の竹下監督を知っている松本コーチだからこそ感じたものである。
一方同じく外から見ていた彼もまた、松本コーチと近いようなものを感じていたが、彼は少しふてくされていた。
「いいなぁ……みんな楽しそうで」
遼は1人離れたベンチに座って、良い雰囲気になっている一団を唇を尖らせて見ていた。本当に楽しそうな彼らが、遼は心底羨ましかった。
◇
2列目、いやそれよりももう少し深い位置で爽太はボールを受けた。マリノスの縦パスをカットした佐藤から受けたパスである。後半から爽太は、大島と共にウイングから1列下がったポジションを取っていた。
「爽太、そういや全国に来てから強引なドリブルが減ったなぁ」
先ほど海にいきなり言われた言葉である。
自分では意識していなかった。パスももちろん出していたが、仕掛けるべきところは仕掛けていた。その場その場で最善の選択肢を選んでいただけである。
(最善の選択肢……?)
ここでふと自分の心の中に疑問が湧いてきた。かつて最善の選択肢はすべてドリブルだった筈だ。それでかなり成功してきたし、失敗しても後悔したことはなかった。
全国に来て確かにディフェンスのレベルは上がった。だが、それでも抜けないことはなかった。
スピードに乗ってボールを運び、裏にスペースを見つけて裏街道で抜く。そのまま縦に突っ走ろうとした時、カバーに入ってきたディフェンスと抜いたばかりのディフェンスが前後から挟もうとしてきた。
爽太は視界の端で、中でフリーになっている優磨を見つけた。
(…………)
爽太はパスを選択した。
「ナイスパス爽太!」
松本コーチがベンチから声を掛ける。爽太は特に反応を示さない。爽太の心境は複雑だった。
優磨はコントロールしてミドルを放つ。だがマリノスのキーパーが鋭い反応を見せ、横っ飛びで弾き出した。
「クソッ!」
手を叩いて悔しがる優磨。川越ベンチからは「ああ〜!」と深いため息が漏れた。
「爽太……変わったなぁ」
ベンチの端で前かがみになり、掌に顎を乗せたまま遼は呟く。爽太は無茶なドリブルが減り、判断がかなり正確になってきた。元々足元の技術はかなり高いので、かなり怖い選手だと思う。
事実、爽太はそこを買われてナショナルトレセンに抜擢されたのだ。
だが爽太は“ドリブルが減った”ということを違う側面から捉えていた。
(やっぱドリブルじゃ遼には勝てないのか)
遼のドリブルを見続けてきた爽太は、最近自分と遼のドリブルに決定的な差があることに気づいた。
それはスピードと繊細さである。スピードといっても単なるドリブルの速度ではない。ドリブル中の思考の回転、アイデアの湧き出る速さを言っているのだ。そして繊細さとは、細かい密集地帯をすり抜ける器用さのようなものである。
ドリブルで来ると分かっていても止められない。そんなドリブルが理想なのだ。だが、遼にはそれができていて、自分にはできている感じがしなかった。
ドリブラーとして留まるか、それともサッカー選手として上を目指すか。爽太はその分岐点に立ってると自分で考えた。
そう考えると迷いはなかった。爽太は、プレーヤーとしと生き残ることに決めた。
(じゃあ俺が遼に……いや、他のナショナルの面子に比べて優れてるところはどこだ?)
遼に比べればドリブルは下手だ。ボールタッチやパスは宇留野に明らかに劣る。身体能力やスタミナもビクターや柏原には勝てない。得点能力もやはり瀧澤には及ばない。
自分は特別劣ってはいない。寧ろ全体的に人よりできる方だとは思う。だがオフェンス面で一番突出した物は見当たらない。
ディフェンスは? ……名古屋戦でマッチアップした入来は封じ込めれた。ディフェンスだったら現ナショナルの入来より上という自信はある。
(俺はサイドバックとして呼ばれたんじゃ……)
遼からナショナルトレセンのディフェンスの人材不足の話は聞いていた。その話と今の考えから、爽太はそう推測したのである。
ちなみにこの爽太の推測は当たっており、彼は後にサイドバックとしてナショナルトレセンでプレーすることになるのである。
爽太の好きな選手にサイドバックはあまりいない。強いて挙げるならマルセロくらいであろう。爽太はドリブルで敵陣を切り裂くフォワードに憧れを持ち、その様な選手になるためにドリブルの練習を繰り返してきた。
だが自分はフォワードとして呼ばれることはなかった。しかし、サイドバックとしてでもナショナルに必要とされている。
爽太は新たな目標を見つけた。
◇
ディフェンスラインまで下がって、マリノスのフォワードが保持しているボールを山川と2人がかりで奪う。爽太はそれを光に預け、再びリターンを貰うと縦に大きく蹴った。
「走れ海!!」
遼が叫ぶ。海が中央からサイドに流れて来ていたのだ。
海はマリノスディフェンスと競り合い、ヘディングでボールを更にマリノス陣内の奥へとへ反らす。海は着地とともに全速力で駆け、ボールをしっかりと己の物とした。
そこへマリノスのセンターバックがカバーへ走ってくる。ペナルティエリアの右横で対面した。
海はドリブルで仕掛けようと試みる。センターバックはこれに反応する。だが海はドリブルをせず、後方へとボールを落とした。
そこには爽太と、海が置き去りにしたマリノスのサイドバックが走り込んで来ている。
マリノスのディフェンスの方が先にボールに追いついたが、爽太は強引に体を捻じ込んで奪った。ディフェンスは倒れてファールをアピールするが、レフリーの笛は鳴らない。
(ここは––––あそこだ!)
爽太は右足でアーリークロスを上げる。ドリブルで来ると思っていたディフェンスは虚を突かれた。
「うわ、超ナイボー」
大島は思わずそう呟いてしまった。爽太が上げたクロスボールは、まるで走りこむ大島に対してボールの方が合わせてくるような、そんなボールだった。
後はディフェンスよりも先にボールに触り、下手に首を振らなければ良いだけだった。
「まだだ、もう1点!!」
自らのゴールの歓喜を後回しにして、大島はゴール内のボールを手に取りセンターサークル向けて駆け出した。
途中で爽太にすれ違う。2人は軽くロータッチを交わし、それぞれのポジションに戻った。
「大島ー! 爽太ー! 良い連携だったぞ! 海も良く粘った!」
松本コーチがテクニカルエリアギリギリまで出て、手を叩いて盛り上げる。
「よし、ウチのリズムになってきた。ここで爆発して、一気に逆転するぞ」
竹下監督が呟く。
後半、爽太を中心に右サイドが活性化し、そこを起点として川越の攻撃が上手く回り始めた。何度も何度もアタックを繰り返した結果、遂にそれが実を結んだのである。
加えて川越ディフェンスが瀧澤の動きに慣れ始め、マークがフィットし始めた。瀧澤は前半から相当飛ばしていたので、疲労が色濃く見られていたのも要因の一つである。
現在も川越の攻撃がマリノス陣内で展開されているが、瀧澤はほとんど守備には加担せず、センターサークル付近をウロウロしているだけだった。
右サイドにマリノスディフェンスが傾いたところで、光がオーバーラップしてきた左サイドバックの小林に振る。小林は緩急をつけたドリブルで左サイドを突破し、ゴールライン付近まで抉ると左足でセンタリングを上げた。
このセンタリングは惜しくもキーパーにパンチングされてしまったが、依然川越の攻撃は続く。川越は自分たちの流れの間に点を取ろうと必死になっている。
英と佐藤の意識も、今では守備ではなく明らかに攻撃に傾いている。瀧澤は疲れ切っている。今が最高の攻め時だ。
史上最強のバルサは史上最高に面白いんじゃないでしょーか笑