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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
43/48

第42節 不機嫌な海と英の悪態

 マリノスの攻撃が途絶えない。トップ下の10番を中心とした中盤陣が波に乗り、川越のディフェンスラインをグイグイと押し下げる。そして瀧澤ともう一人のフォワードが、連動して川越のディフェンス陣を引っ掻き回していた。


「大樹、寄せろ!」

「おい7番マーク誰だ!」

「ニア空けんな! マーク厳しくいけ!!」


 川越陣内で怒号が飛び交う。遂にマリノスの両サイドバックも積極的に上がり出し、混乱は更に加速した。

 川越は爽太と大島まで下がってこれを凌ぐ。

 海は前線で辛抱強くボールを待つが、なかなか自陣からボールが来ない。来ても雑なクリアばかりで、ラインを割ったりキーパーにクリアされてしまっている。


 川越の選手たちにフラストレーションが溜まっていく中、ここでマリノスの10番が魅せた。


 右サイドバックからパスを受けようとした彼は、トラップした瞬間に寄せてきた優磨と望月に囲まれた。

 だが足裏とアウトサイドを駆使したボール捌きと、巧みなステップでこれを突破する。そしてカバーに来た光をキックフェイントでいなすと、左足のインサイドで瀧澤に縦パスを入れた。


上郷かみさとめ……俺が出てないのに良いプレーすんな」


 遼が完全に八つ当たりのような呟きを発する。

 上郷かみさと 昌利まさとし。彼こそがマリノスJr.のエースナンバーを背負う男である。ちなみに彼は、神奈川県選抜でも10番を着けていた。


「寄せろ! 振り向かすな!」


 利樹の怒鳴り声に呼応するような激しさで、英が瀧澤に寄せる。


(これじゃ振り向いてシュートはキビシーな)


 瀧澤は背後から加わる圧力をなんとか押し返しながら思考する。

 すると「ヘイ!」と声を出しながら、上郷が2列目から走り込んできた。

 瀧澤は刹那、その方向に視線を上げる。川越の、いやピッチの選手の殆どはその動作につられた。つられていないのは、瀧澤と上郷、そして––––マリノスの11番のみだった。


 瀧澤は右足首を内側に捻るような感じで、自身の左側に軽くボールを出す。そのボールを受けた11番は、全身の力を込めてダイレクトでシュートを放った。


 やられた。

 遼は凍り付いたようにボールの行方を追う。至近距離のシュートがネットに辿り着くまでなんてほんの一瞬の筈なのに、遼にはとても長い時間に感じられた。


 だがここで川越の守護神が降臨した。

 利樹は完全にヤマを張り、ファーポストに向けてダイビングをした。それが見事にハマり、利樹の右手がこのシュートを阻止したのである。


「トシィ!!」


 遼は思わず拳を握り締め、利樹に向かって賞賛の言葉を送ろうとした。だが、今度こそ遼は沈黙することになったのである。


 神懸かり的なセーブを魅せた利樹だが、神は瀧澤にも等しく舞い降りた。瀧澤は目の前にこぼれてきたセカンドボールに尋常ではない速度で反応すると、無人のゴールにボールを蹴り込んだ。


「うわあああ瀧澤がきめた!」

「でかい、こればでかすぎる!!」

「しかも遂に単独得点王じゃねーか!!」


 相変わらずブンブンと拳を振り回す瀧澤向けて、観客から様々な言葉が投げ掛けられる。そして祝福に群がるチームメートを引き連れて、瀧澤は揚々と自陣に帰っていった。


 前半16分、マリノス追加点。


「おい下向くなよ! まず一点とるぞ!!」


 海がセンターサークルの中央から振り返り、激しく檄を飛ばす。


「まだ時間あるぞ! 前半のうちに1点でも取り返せ!」


 松本コーチがベンチから立ち上がり、赤い顔を強張らせなから声を上げる。一方隣の竹下監督は、ムスッとして座ったままだった。


 直ぐに川越はゲームを再開する。

 川越は前半の残りの攻撃を、爽太と海と大島の打開力に託した。


 爽太が右サイドでボールを持って前を向く。爽太は直ぐ様縦に仕掛けた。

 しかしマリノスの左サイドバックはこれに付いてくる。しかし爽太は切り返しやスピードの緩急を入れず、ただ縦に突破を図り続ける。


(ぶっちぎってやる)


 ボールを大きめに突き、自分は強引にサイドバックの前に体を捻じ込む。位置はペナルティエリアの直ぐそば。サイドバックはファウルを恐れ、急ブレーキを掛けてしまった。爽太はサイドバックを振り切った。


(打てるか?)


 爽太はキーパーの位置を見る。キーパーは明らかにニアへのシュートを警戒したポジションを取っていた。

 それでも爽太は強引に打ちにいく。マリノスのキーパーは構え、ボールだけに集中した。

 だが、爽太はノールックで中に折り返した。確実なプレーではない。これはギャンブルだ。誰かがそこに走り込んできていると信じて、爽太はゴールエリアのほぼ中央へ速いゴロのボールを出した。


(海!)


 やっぱりこいつが来ていたか。


 スキンヘッドの巨漢が、猛スピードでボールに飛び込む。海の鬼のような形相に、爽太ですら息を飲みそうになった。

 海は渾身の力を込めて、インステップでシュートを打つ。エリア内にいたマリノスの選手3人が、これを捨て身のブロックで阻止しようと飛び込んだ。


「ぐわあっ!!」


 マリノスの選手の1人にボールが直撃し、鈍い音がピッチに響いた。

 そしてボールはゴールエリアの上空をさまよう。海は今度こそ決めようとボールに向かって跳躍した。だがキーパーの伸ばした手が先にボールをバーの上に弾き出し、海は勢い余ってキーパーと交錯した。


 ピーーーッ!!


 レフリーの笛が鳴り響く。海は倒れているキーパーを見て一瞬硬直した。県大会の決勝で、レッドカードを貰ったことを思い出しのだ。


「9番」


 海はレフリーに呼ばれて振り向く。表情は固い。レフリーは胸ポケットに手を入れる。海、そして川越の選手たちはおそるおそるその手の先を見つめていた。


 カードの色は黄色だった。海は思わず安堵の溜息を吐く。今度は退場することはなかった。

 レフリーは海に軽く注意をした後、海の近くにうずくまっているマリノスの選手に声を掛けに行く。キーパーではない。彼はまだ痛そうな顔をしているが、立ち上がっていた。うずくまっているのは海のシュートをモロに食らった選手だった。


 その選手はみぞおちにシュートを食らったのだろう、苦しそうに呻いている。ダメージは相当大きかったようで、彼はまだまともに喋ることができなかった。


「ボールが当たっただけだろ。早く立て」


 海は不動明王像のような表情のまま、頭上から言葉を投げ下ろす。うずくまっている選手は、恨めし気な視線を海に送った。


(いや「当たっただけ」って……あんなの食らったら死んじまうわ)


 近くにいた大島は呆れたような笑いを浮かべた。


 レフリーの合図で担架が入ってくる。そしてマリノス側のベンチでは、控えの選手が慌ててビブスを脱いでいた。


「海」

「あ?」


 優磨が意地の悪い笑みを浮かべて海に話しかける。


「交代枠1つ削ったぜ」

「……点取れなきゃ意味ねえよ」


 海は優磨の目を見ないで答えた。

 交代した選手が入ってくる。ピッチの選手たちは各々のポジションに戻り始めた。


「でも良いプレーだったぜ。次は頼む」


 優磨はニカッと笑って下がっていく。海は優磨を反射的に見た。沸騰仕掛けていた頭がスーッと冷えていくのが感じられた。


「おう!」


 威勢良く答える海。優磨はそれを見ると、安心してプレーに集中し始めた。


(お前だって勝ちたいよな。この試合にも、そして瀧澤にも。世代最高のストライカーが遼だ瀧澤だと周りに言われていて、本来センターフォワードのお前が悔しくない訳がない)


 優磨は知っている。海はノリでウイングへのコンバートを受け容れたようにみえるが、実は遼に負けたと思ってとても悔しがっていたことを。埼スタでの神奈川県選抜との試合でメンバー落ちをして、ひどく落胆していたことも。


(……俺も頑張るか)


 優磨は相手キーパーから放たれたロングボールの放物線を追いながら、そう心中で呟いた。



 ◇



「あー疲れた! 何なんだよチクショウ!」


 ハーフタイムにベンチに戻ってきた選手たち。悪態を吐いて真っ先にスクイズの水をガブガブと飲み始めたのは、センターバックの英祥平だった。


「お、疲れたなら代わるか?」

「あ、いや疲れてないっす疲れてないっす! ぜんっぜん疲れてません!」


 竹下監督にいじられた英は、慌ててかぶりを振った。


「じょーだんだ。あの波状攻撃は実際確かにしんどいよな」


 竹下監督はウンウンと頷く。英以外の守備陣も、竹下監督と同じように頷いていた。


「手応えはどうだったトシ?」


 竹下監督は、英の後ろに座っている利樹に聞いた。


「結構攻められた感じはしました。でも……まだ2失点で済んでるので後半取り返せると思います」

「まー、スコアだと2失点だな。けど、2失点目はなかったものとも思え。あれば運がなかっただけだ。あ、そういえばあれ凄く良いセービングだったぞトシ」

「ありがとうございます!」


 竹下監督にビッグセーブを褒められた利樹はニコニコしながら頭を下げた。結果的に実らなかったシュートストップだったが、あれは利樹にとって会心の物だったのだ。


「守備もよく集中できてるし、攻撃でも形はまあ作れてる。あとは結果を出すだけだ」


 竹下監督は前線の3人を見る。彼らは“結果”という単語に敏感に反応した。


「後半、少しフォーメーションいじってくからな」


 竹下監督は、サッカーコートが書いてあるマグネット付きのホワイトボードを取り出した。そして、11番––––爽太の背番号が書かれたマグネットを手に取った。

遼「シアイデタイシアイシタイシアイデタイシアイシタイ」

松本コーチ「遼、落ち着け。戻って来い」

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