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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
41/48

第40節 エース

すっかり夏ですね!!!!!

いやーあっつい!!!!!!

あ、そーいえば全日本少年サッカー大会は冬開催になったらしいっすよ

だって暑いですもんねー笑

 遼は光にボールが入った瞬間、相手のディフェンスの間に見える僅かなスペースに走り込みボールを要求する。光はルックアップして直ぐ様出そうとするが、遼はあっという間にディフェンス2枚に挟み込まれた。


「ヘイ」


 望月がボールを要求する。光は横パスを繋ぐ。望月も直ぐに縦パスのコースを探すが、遼はもちろん爽太、海、優磨へのコースも殆どない。


「チッ……」


 中盤もかなり引いているため、ボランチである望月には結構余裕がある。望月は様子をみるように少し運ぶ。すると漸くプレスが掛かってきた。


 望月は簡単にサイドバックの山川にはたく。するとそのプレスは山川にも継続して掛けてきたので、山川はトラップした後佐藤にバックパスをした。


 その瞬間、波多野が佐藤に猛烈なチェイジングをする。怒涛の勢いで突っ込んでくる波多野に佐藤は焦り、前線へ大きくロングボールを放り込んだ。


「遼、競れ!」


 利樹がバイタル中央の遼に声を上げる。


(……無茶言うなよ)


 遼は元々空中戦は得意ではない。ジャンプ力はあるが、やはり身長の低さがハンディキャップになってしまうのだ。名古屋のセンターバックは海と同じくらいの背丈がある。しかもそれが2枚。

 最善は尽くすが、たぶん競り勝つのは無理だ。


「ぐぇっ」


 案の定空中で吹き飛ばされて撃沈した。空中でバランスを崩し、無様に芝に落下する。すると名古屋のセンターバックが、遼のことを見降ろして軽くドヤ顔をかましてきた。


(このヤロウ……ドリブルで俺に抜かれまくっているくせに……)


 割とカチンときた。もうボロボロのズタズタのギッタギタにしてやる。


 相手のディフェンスラインから放り込まれた無謀なロングボールは、必死に走る波多野を越えて利樹の元へとやって来る。利樹はキャッチし、6秒をフルに使って英のポジションを整える時間を作った。


 ゲームは全く動かない。川越は引く名古屋に攻め手を見い出せないが、名古屋も攻撃は波多野へと放り込まれるロングボールのみで、中盤の比良、サイドバックの入来ともに存在感を示せていない。


 だから川越は思い通りにいかない展開でも全く焦りを見せていない。一方名古屋は焦りを見せ始めている。


 そんな川越有利な状況の中、ついに遼へとボールが渡る。


 前がかり気味になってきた名古屋のボールを光がカットすると、名古屋ディフェンスが一瞬浮き足立った。それを逃さず遼がフリーになる。光はそれを逃さなかった。


「っしゃあキター!!」


 遼は右サイドを高速ドリブルで駆け上がる。入来が遼のマークに着いた。猛烈なスピードで2人は並走する。だが突然遼が急ブレーキを掛けた。そして再び爆発的に加速し、縦へと走り出そうとする。しかし入来はバランスを崩しながらも遼に食らいついた。


(雑魚が)


 遼はそんな入来を尻目にまたも切り返し、鋭くカットインして中央に切り込む。入来は尻餅を着いて遼を見送るしかなかった。


 ――爽太やビクターの方がよっぽど厄介だ。


 爽太なら並走してる段階で強引なスライディングで潰しにくるだろうからな。ビクター相手にはボール持ってる俺じゃスピードじゃ勝てないし。


 遼はゴールを関節視野に入れながら、横方向へ細かくドリブルする。ディフェンスが緩んだらいつでもシュートを打てるようにしているのだ。


(クソッ……止めるタイミングが掴めねえ!!)


 名古屋のセンターバックは横に引きずられていく。遼はふと顔を上げ、キックモーションに入った。


「!!」


 名古屋のディフェンスは、反射的に体を反応させてしまった。当然遼がそんな隙を逃す筈がない。ディフェンスから伸びてきた足を身軽にかわした。


(よし、シュートが打てる!)


 ディフェンスの間に完璧にギャップが空いた。遼は関節視野でキーパーの位置を確認して足を振り抜いた。その瞬間だった。


 物凄い衝撃が、軸足である右足の足首に走った。


「??!!!」


 先ほどかわした名古屋のディフェンスは恐慌状態に陥り、無茶なスライディングを敢行してしまった。そしてその際、スパイクの裏が入ったのだ。それだけではない。シュートを抑えるために軽く跳ねていた右足は、その衝撃で容易に屈曲した。


「あああああッッ!!!!」


 激痛が外踝そとくるぶしの周りから起こる。堪らず遼は絶叫した。


 痛い、痛い、痛い。


 もう自分が打ったシュートの行方なんてどうでも良かった。痛みと不安で頭が一杯だった。


「遼!!」


 竹下監督は弾かれたように椅子から立ち上がった。


「松さん、用意お願いします!」

「わかった!」


 テクニカルエリアのライン際では、松本コーチがメディカルバックを抱えていつでもピッチに出れる態勢を取る。


「遼、大丈夫か遼!」


 海は遼の頭上で叫んでいる。


「遼ちゃん……!」


 光は歯を食い縛って痛みに耐えている遼を見て、気が遠くなるような気がした。優磨は光の肩を抱き、「大丈夫だ光、落ち着け」と諭している。

 爽太は拳を握りしめて遼を見ている。


 レフリーの許可を得て、松本コーチがピッチに入って来た。そして松本コーチに抱きかかえられ、ピッチを後にする。


「遼、ナイッシューだったぞ。お陰でうちの勝ちはほぼ決まった」


(そうか……入ったのか)


 松本コーチの声を聞いて、遼は微かな安堵を覚えた。



 ◇



 診断は足関節の2度の靭帯損傷だった。前距腓靱帯の断裂と、踵腓靱帯の部分断裂だそうだ。幸い骨折の合併はなかったが、割と酷い捻挫だったのである。

 全治は約1〜2カ月。川越は決勝に進んだが、遼はそれに出ることはできない。


「……どうしても駄目っすか」


 諦め半分遼は医者に聞いた。


「駄目だね……。捻挫は最初にちゃんと治しておかないと、癖になって何回も繰り返してしまうからね。というかそもそも、痛くて歩く事すらままならないたろう?」

「はい……」


 氷がパンパンに当てられた足首を恨めしそうに見て、遼はがっくりと肩を落とす。足首にグッと力を入れてみたが、痛みが走ったため直ぐに力を抜いた。


「ふざけんなよ……」


 削ってきた名古屋のディフェンスに、今更ながら憎悪を覚えた。それがサッカーの試合中に起きた出来事で、決してわざとではないとわかっていたが、それでもこの気持ちを収めることができない。


「あと少しでタイトル取れんのに……」


 得点王にMVP。そして何と言っても全国制覇。

 あとちょっとでその全てを掴むことができたはずなのに、一瞬にして崩れ去ってしまった。


「…………」


 怨念に顔を染めて下を向いている遼を、医者と松本コーチは黙って見ている。松本コーチの顔もまた無念そうだった。


 沈黙を破ったのは、医者の穏やかな声だった。


「今日と明日は間隔を置いてアイシングをしなさい。僕が知り合いのトレーナーに紹介状を書くから、明日からその人のところで治療するといい」

「……わかりました」


 遼は下を向いたまま、絞り出すようにそう言った。医者は申し訳なさそうに笑う。


「お大事に」


 そして医者がそう告げた後、遼と松本コーチは診療室から出た。そして遼は、3本の足で薄暗い廊下を歩き始めた。


「遼、辛いか」


 松本コーチが話し掛けてきた。無論、辛くない訳がない。遼は黙って首を縦に振った。


「だよな……。確かに得点王はちょっと分かんなくなっちまったな」


 明日の相手は、遼とナショナルトレセンでツートップを組む瀧澤秀斗率いるマリノスJr.である。遼と瀧澤は白熱した得点王争いを繰り広げていた。しかも遼が一点差で勝っている状況である。

 ここまで二人共ゴールの無い試合は殆ど無かった。だから遼が離脱した今、少なくとも遼の単独得点王は厳しいと見られているのである。遼ももちろんこれは知っていた。そして、瀧澤がいかに良いストライカーであるかも知っている。


「そんだけじゃないっすよ……MVPも、もしかしたら優勝も……」


 遼が死んだ魚のような目でそう言うと、松本コーチが頭をぐしゃぐしゃっと撫でてきた。


「MVPは優勝したチームから出ることはほぼ確実だ。いや、そもそも今大会のMVPは遼以外には考えられないよ。それに……」

「それに?」

「奴らならきっと勝ってくれるさ。信じよう」


 信じよう。

 その言葉が胸に突き刺さった遼であった。



 ◇



「明日の決勝は遼抜きだ」


 夜のミーティングで、竹下監督は開口一番そう言った。


「すんごい大怪我って訳じゃなかったけど、捻挫して足がパンパンに腫れてる。ご覧の通りまともに体重も掛けられないからな」


 竹下監督は1人パイプ椅子に座っている遼を見ながら、大まかな病態を全員に伝える。皆パイプ椅子の脇に置かれている松葉杖を見て不安そうな顔をした。


「心配かみんな?」


 選手一同その言葉に頷く。その直後、竹下監督は意地悪そうな笑みを浮かべて口を開いた。


「遼の怪我もそうだが、明日の試合も、だろ?」


 殆どの人が図星だったのだろう。多くの者が下を向く。確かに大切な仲間である遼の怪我は心配だ。だがそれ以上に、エース抜きで戦う明日の決勝戦の方が心配だったのだ。

 皆そのことに背徳感を感じ、申し訳ないと思っているのである。


 だが、爽太と光だけは顔を上げていた(ちなみに海も)。


「爽太、明日の相手は遼とナショナルでツートップを組む瀧澤率いるマリノスだ。厳しい試合になるぞ?」


 爽太は無言で頷く。


「……勝てると思うか?」

「勝たなくちゃいけないと思います」


 即答した。


 光(そして海)以外のチームメートは、弾かれたように顔を上げる。竹下監督は嬉しそうな笑みを浮かべて、爽太に再び問う。


「どうしてそう思ったんだ? まあお前が負けず嫌いなのは知ってるけど、どうしてそこまで使命感に駆られてるんだ?」


 爽太の瞳は爛々とした輝きを放っている。


「このチームは遼だけのチームじゃない。『遼がいなかったから川越は優勝できなかった』とだけは言わせたくない」


 ぶっちゃけ爽太の言葉の真意は「遼がいなくても俺が川越を勝たせる。俺の実力を証明させる」なのだが、チームメート達には違う意味に取られたようだ。


「だよな」


 竹下監督は選手たちを見渡す。


「俺たちは十分強いんだ。たとえエース抜きでも、こんなに良い選手が揃ってる。次の試合こそ、チームとしての底力が試される時だ」


 皆の顔がだんだんと生き返っていく。次の試合の持つ意味を悟ったのだろう。


「そんな訳で明日は俺様が大活躍して、エースの座を奪い取ってくるからな!」


 海が遼の方を振り返り、拳をグッと突き出してくる。


「いや、海にはあんまし取られる気はしないけど……」

「な、何ィ?! ってか俺今日2点取ったんだぞ! 充分俺もエースだ!」

「うっせえよハゲ、遼も2点とってんだよ」

「ぐっ……」


 このやり取りに笑いが起こる。竹下監督と松本コーチは目を合わせて頷いた。


「まあいい心意気だな、海。次の試合で勝ったら遼抜きでもいいかもな?」


 松本コーチが茶目っ気たっぷりに言った。


「そ、それは辛いっすよ……」


 遼は苦笑いをする。それを見たチームメートたちはここぞとばかりに遼をいじり立てた。


 そしてそれが少し続いて雰囲気がだいぶ良くなったところで、松本コーチが切り出した。


「よし、明日勝つための作戦会議を始めちゃうぞ」

「ちゃうぞってなんですかコーチ」


 優磨の突っ込みが炸裂した。遼のいじりのベクトルが、今度は松本コーチに向けられてしまった。


 竹下監督は思った。良い雰囲気だと。

 エースの離脱という突然のアクシデントがあったが、川越の選手たちは誰一人、優勝を諦めてはいない。

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