第39節 暑い攻防
うえーーーーいレッズファースステージ無敗優勝フゥゥーーーーーッッ!!!!!
明けて翌日。
準決勝は現在前半が終了し、ハーフタイムに入ったところである。観衆の中には名古屋のディフェンスの奮戦を期待する者もいたが、下馬表通りの結果にその希望を持つ者は次第に少なくなっていった。
要するに川越オフェンス大爆発である。
遼の強烈な先制パンチを皮切りに、川越は前半だけで3得点を上げた(ちなみに残りの2点は海)。更にディフェンスも、名古屋のナショナルトレセン・波多野陸冬を1得点に抑えている。
スコアは3対1。そしてそのスコア通りの内容で、名古屋を圧倒して彼らはベンチに帰って来たのだ。
「おっしゃあイケるぜ! このまま油断しないで行けば勝てるぞ!」
遼はベンチで声を上げ、みんなを盛り立てようとした。
「おう! おいお前ら、俺様にどんどん集めて来いよ! なんか今日は打ちゃ入る気がする!」
海が己を親指で指しながら怒鳴る。
「うっせえよバ海、お前はヘディングだけやっときゃいい……と言いたいけどマジでお前調子良いからな……。仕方ない、でも決めなかったらぶっ殺す」
「なんだと優磨、俺様がハットトリックしてやるから首洗って待ってろ!」
「いや海ちゃん……首洗って待ってろの使い方間違ってるよ」
「へっ?」
選手たちの間に笑いが起こる。チームの空気は結構良い。
負ける要素は見当たらない。
竹下監督は、選手たちを見渡して小さく頷いた。
(全体的にコンディションは良いし、モチベーションも高い。特に遼と海、そして光はキレてるな。これは修正点はほとんど無さそうだ。ただ……)
竹下監督は遼の右隣りに座っている爽太を見る。彼は明るい雰囲気で満ちているチームの中で、唯一ピリピリとした空気を醸し出していた。
(爽太も別に入来とのマッチアップで負けてる訳じゃないんだけどな……。寧ろ決定機も作ってるし、ナショナルトレセン相手に互角以上に渡り合っている。だけど……)
こいつが間近にいるからなぁ……。
竹下監督は遼をチラッと見ると、深い溜め息を吐いた。
この大会は遼の大会と言っても過言ではない。それ程まで遼の存在感は際立っていた。このまま行けばMVPと得点王はほぼ確実といったところまで来ているのである。サッカー関係者の中には、「宇留野と共に将来日本サッカーを牽引する逸材」とまで評している者までいるくらいだ(もちろん竹下監督も)。
爽太は激しい劣等感を感じているのである。
隣で競い合っていたライバルが、気がついたら自分よりも前に抜け出していた。怠けていた訳ではない。爽太は努力を怠ったりはしない。寧ろ人よりも、誰よりも練習をする。だから遼の才能に少なからず嫉妬をしていた。
「爽太、お前のお陰で入来はだいぶ苦戦しているな。名古屋のサイドアタックの威力は落ちて、波多野も前線で孤立しがちになっている」
松本コーチが汗まみれの顔を綻ばせて言う。
「流石、今度ナショナルの合宿に呼ばれただけはあるな」
竹下監督が突然言った。
「えっ?」
竹下監督いきなりの告白に、誰からともなく素っ頓狂な声が上がった。松本コーチも、そして当の本人である爽太でさえも、状況が飲み込めずにポカンとしている。
「た、竹ちゃん……それ言っちゃってよかったの?」
「大会が終わるまでは黙っておこうと思ったんですけどね……まあでも、言っちゃって良いんじゃないかと」
どうやら爽太は、大会の途中にU-12の代表の召集が決まったらしい。2人は大会期間中はそれを黙っておこうということにしたが、ここで竹下監督がぶっちゃけたのである。
(…………俺も代表か)
爽太の身体に覇気が漲る。遂に自分も評価されるようになったのだ。まだ遼には及ばないが、ナショナルに呼ばれるレベルまで来たのだ。そう思うと、腹の底から抑えきれない何かが溢れそうになる。
「か、監督! 俺は、俺は呼ばれてないんすか?!」
海が猛烈な勢いで竹下監督に迫る。竹下監督は一瞬たじろいだがすぐにいつもの表情に戻り、海、そして選手全員にこう言った。
「えーっと、今のところ(ナショナルトレセンに)呼ばれてるのは遼と爽太だけだな。あとはまだだが、別のところからお呼びがかかっている奴もいる。まあ、それが何なのかはまだ教えないし、誰が呼ばれてんのかも教えないけどな」
(……ユースやクラブチームだな)
爽太は、竹下監督の言葉の意味をすぐに理解した。
「この大会にはスカウトもいっぱい来てるからな。もしかしたら、ヨーロッパからも来てるかもしれない」
遼たちは後から知った話だが、実際にヨーロッパからのスカウトというのはいたようだ。
遼たちの2つ上の代で、レアル・マドリードの下部組織にセレクションで受かった人がいて、彼が今スペインで大活躍してるらしい。そのパイオニアのお陰で、日本のジュニア世代は今注目を集めているそうなのだ。
ゴクッと唾を飲む者も何人かいる。この大会の重みを改めて理解した者もいるようだ。
「だからお前らがこの先より高いレベルのチームでプレーできるかは、この試合にかかってると言ってもあながち嘘じゃないんだぜ」
刹那、選手たちの間に物凄い闘志が宿った。特に名物トリオはもう闘志の炎でオーラが出てきそうなほどにまでなっている。
「行くぞお前らァ!! この試合勝つぞォーー!!」
海が吼える。スタメンの選手たちはそれに劣らない声で応えると、円陣を組み、これまた大きな声で気合いを注入してグラウンドへ散って行った。
「いやあ……こんな暑いのに、奴ら気合い十分だね」
松本コーチが大量の汗を拭きながら言う。青いポロシャツの下に吸水性の良い半袖のアンダーを着ている松本コーチだが、最早それは意味をなさず、ポロシャツは青から紺に変色していた。
竹下監督は試合前選手によく水分を取るように言ったが、選手よりも松本コーチの方が熱中症にならないか心配になってきた。
「松さんもうバテ気味ですね……選手より先に倒れないで下さいよ」
「も、もちろん大丈夫だ! かつて“中盤のダイナモ”と恐れられたこの俺にとって、この程度の暑さなんぞ恐るに足らん!」
松本コーチは現役時代、中盤を無尽蔵のスタミナで駆け回るボランチだった(らしい)が、最早その面影はまったくない。寧ろそこらへんのおっさんよりも老けている感が否めない。
「……倒れたらマジで洒落になりませんからね」
「う、うん。あ、竹ちゃん、もう後半始まるよ!」
(クソッ……話をすり替えられた。「松さん、そろそろ運動不足を解消しましょうね」の一言で締めようと思ったのに……)
ベンチでスタッフ2人のわけわからん攻防が繰り広げられている頃、レフリーと名古屋の選手たちが配置に着き、後半が始まろうとしていた。
「…………。」
爽太は横目で遼を見る。遼はレガースの位置の最終確認をしている。爽太は再び前を向いた。
「勝つ」
そう呟いた途端、レフリーがキーパーの確認をした。
間も無く後半が始まる。
◇
竹下監督は、ベンチで戦況を分析する。
名古屋はきっちりディフェンスを修正してきた。センターバック1枚が常に、それこそ味方のオフェンスの時も遼に張り付き、遼にボールを入れさせまいとしている。
そしてフォーメーションを従来の4-4-2から、よりディフェンシブな5-4-1に切り替えてきた。爽太と海のサイドアタックもかなり警戒されている。
中盤は人数で制圧する考えだろう。後半からテクニカルな選手にかわり、明らかに肉体派な選手をボランチの位置に入れてきた。フィジカルに難がある優磨を潰したいようである。
(これならうちのアタックもなんとか凌げるだろうな。……だけど自分らの攻撃の時はどーするんだ?)
前線には波多野しか残っていない。確かに身体能力が高い彼だが、うちのディフェンスは彼一人でやられるほどヤワではない。
(まさかもう勝負を捨てて、これ以上失点しないためにこの策を用いたのか?)
いや、違うだろう。竹下監督は自分の考えを否定する。
(何か狙いがあるのか……?)
竹下監督は名古屋ベンチを見る。名古屋の監督は厳しい目をしてピッチを見ている。
(まあ、うちはうちのサッカーをするだけだ)
竹下監督は再びピッチに視線を戻す。丁度その時、名古屋の中盤の要である比良 康介が、川越のディフェンスラインの裏にロングボールを放り込んだ。
英と波多野がそれを追う。スピードでは若干波多野が有利だ。そのため英は敢えて競り合わず、波多野に先にボールを触らせた。
そして英は波多野がトラップした直後、ボールとゴールを結ぶような地点を立つ。そして粘り強いディフェンスで波多野の侵入を防ぐと、戻ってきた小林と二人掛かりでボールを奪った。
「ナイスディフェンス!」
利樹がグローブを叩く。
「クソッ…………」
一方波多野は、悔しさに顔を歪ませながら帰陣して行く。
「わりぃけど、あのバケモン(遼)に比べれば、スピードもテクもねーからな」
英は遼と波多野を交互に見ながら言う。普段から遼のプレーを見せつけられているので、あの程度のプレーなんて普通に対処できる。
(遼ならあの場面でエラシコだのシザースだのなんだのしてくるしな)
英はラインを上げた後、汗を拭う。まだ太陽の影は短くなりきってはいない。これから更に暑くなるだろう。後半も半ば、これから試合はどう動くのだろうか。




