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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
38/48

第37節 スーパー遼

-登場人物FILE-


宮寺みやでら 彰二しょうじ

浦和レッズのU-15部門、浦和レッズJr.ユースの監督。特徴はつるつるの坊主頭とサングラスと割腹の良い 腹。厳つい見た目をしている。ちなみに妄想癖がある。

 ビクターは、自陣を疾風の如く駆け抜ける青いユニフォームの10番を追いかけている。


 ――――自分が戻って遼を止めなければ。


 味方のディフェンスは必死に戻り彼の進撃を阻止しようとするものの、遼は尽くそれをかわしている。跨ぐ、切り返す、止まる、急発進する。遼がフェイントを掛けてディフェンスをかわす度に、観客からは歓声が聞こえた。


 現在は延長後半の半ば。延長前半に勝ち越しを許してしまっているので、ここで追加点なんか許してしまったら息の根を止められたも同然である。

 しかもその勝ち越し弾を許したのもこの忌々しい10番なのだ。

 ペナルティエリアの角から放たれた美しく巻かれたシュートは、なかよしキッカーズのディフェンスといえどもどうすることもできなかった。


 最後のディフェンスであるセンターバックが抜かれた。残るはキーパー1人。キーパーはたまらず飛び出すが、遼はこれも抜きにきた。


「オラアアアッッ!!」


 キーパーは遼の足元にまるで誘導ミサイルの如く飛び込んで来る。小柄な遼は少なからず恐怖を感じるだろう。そうビクターは思ったが、遼はループでキーパーの上を越すと、次いで自分もその上を軽やかに飛び越えてかわした。恐怖なんてものは微塵も感じていなかった。


「うめえ!! なんだ今のかわし方!!」


 遼の華麗なドリブルに観客は酔いしれている。

 そしてゴールはもう無人。大きな口を開けて、遼の足元のボールを待っている。


 ビクターは無心で、最大限の脚力を込めて遼へと追いついた。まるで獲物を眼前にした獣のように、全身のバネを開放して軽やかかつ力強く駆けた。

 PKを取られても構わない。レッドカードを貰っても構わない。ここで遼に点を取られるくらいなら、死んだ方がマシだ。そう覚悟して、ビクターは遼目掛けて後ろからスライディングを敢行した。


 だが遼は、己のすべてを懸けて放ったビクターのスライディングを、かわしてしまった。もちろん後ろを確認する時間なんてなかった。


(…………え?)


 ナンデカワサレタンダロウ?


 ビクターはわからなかった。完全に死角から飛び込んだ筈なのに。しかも容赦なく削りに行った筈なのに。なんで遼はかわせたんだろう?


(あっ…………!)


 思考が停止している間に、遼はゴールにボールを流し込んでいた。余裕たっぷりに、コロコロと転がして決めた。


(クソッ! なんでや……なんでや!!)


 ビクターは拳を握りしめ、唇を噛み締める。ビクターの漆黒の唇から、真っ赤な血が一筋流れた。


 対照的に川越の選手たちは歓喜を爆発させる。2点差をつける4点目が入ったことにより、選手たち勝利をほぼ確信した。そのことが彼らの歓喜に一層油を注いだ。


「やったーー遼ちゃん!!」


 左手の人差し指を立てながら得意気に自陣に凱旋する遼へ、光が真っ先に抱きついた。普段は恥ずかしがって、遼がゴールを決めてもあまり派手にはスキンシップをしない光だが、今のゴールはそういった乙女の恥じらいすら吹き飛ばしてしまう物があった。


「あっ……!!」


 ふと我に帰った光は、全身が火がついたように熱くなるのを感じた。しかし川越の選手たちは遼と光を中心にしたまま飛びついてきて、更に密着することになってしまった。


(う、嬉しいけど……は、恥ずかしいよぉ)


 光の心の叫びは、少年たちの熱気にかき消されてしまった。



 ◇



 遼のゴールに酔いしれたのは、一般の観客たけではなかった。選手を見る目が肥えているはずのスカウト達ですら、嘆息し、手放しで賛辞を送らざるを得なかった。


「凄いな……元からずば抜けた選手だと思ってはいたが、まさかこれ程とは」

「開花しましたね、完全に。最早宇留野とともにこの年代の双璧をなす選手でしょう」


 ポロシャツを着た年配の男性と、同じくポロシャツを着た30代ほどの男性2人が、興奮を帯びた声で話している。


 その隣で、1人のスキンヘッドの中年男性が機嫌の良さそうな笑みを湛えている。彼の名は宮寺彰二。浦和レッズJr.ユースの監督である。

 彼は自身が獲得を熱望している選手を生で見ようと、チームの練習をコーチ達に任せ、自分はよみうりランドにすっ飛んできたのだ。


(いや〜来た甲斐があったね〜)


 サングラスの下の小さい目を更に細め、ピッチを駆け回る甲本遼を見つめる。


(成長したな〜ほんと。小四くらいから目を付けてはいたけど、こんなに化けるとは思わなかったぜ)


 宮寺は埼玉のある大きな大会で、当時四年生だった遼を見たことがあった。小柄ながら抜群のスピードとテクニックを誇り、決定力も兼ね備えた遼を、宇留野のパスの受け手として最高のプレーヤーだと思った。


 その後県大会で対戦し、宇留野らに叩きのめされた遼だったが、それを糧にして見事にレベルアップした。


 今の遼は、宇留野のパスの受け手ではなく最高の「引き出し役」になるだろう……。この2人を組ませれば、U-15やU-18、そしてそこから先のタイトルの総ナメも夢ではない。

 だが才能が傑出し過ぎている分、育てる側にはとんでもないプレッシャーがかかる。もし彼らがプロに成れなかったら、いや日本を代表するプレーヤーに成れなかったら、俺は世間から物凄いバッシングを浴びるだろう。

 ……だが、俺なら奴らをきちんと育て上げることができる。いやむしろ育てたい。育てさせてくれ。こんな素晴らしい原石を間近で育てられる機会なんて滅多にないぞ。こんな機会を逃すんなら、死んだ方がマシだ。


(ああ〜絶対ウチに来いよ遼! 俺と宇留野とそして最強のチームメート達と共に伝説を作り上げようぜ!!)


 もう宮寺はニヤニヤが止まらなくなっている。隣にいた別のクラブのスカウト達は、そんな宮寺から少し離れていっていた。



 ◇



 なかよしキッカーズの選手たちは、最後のホイッスルが鳴るまで決して諦めなかった。ビクターと風野を中心に攻め立て、何度も強引に川越ゴールへ迫ろうとするが、川越の選手たちはこれを尽くいなしていった。


 なかよしキッカーズの攻撃の圧力は相当なものだったので、川越は自陣に引きこもって受身に回ることはせずに、徹底して時間を使うことにしたのだ。


「ヘイ大樹!」


 遼はバイタルで望月からパスを受けた。攻撃に比重を掛けていたなかよしの選手たちは慌てて戻り、遼へプレスを掛けに行く。

 遼はこのまま突き進んで点を取ることを考えたが、ここであるブラジル人選手のプレーがふと脳裏に思い出された。


(デニウソンやってみるか)


 YouTubeで見た日韓ワールドカップ、トルコ戦のデニウソンのプレーである。


(どうせ時間稼ぎをするんなら、やってやるか。リスクを冒す必要もないし)


 ニヤッと笑い、ボールと共に縦へ進む。一人目のディフェンスが戻り立ちはだかるが、遼は3回ほど跨いでディフェンスの重心を崩した後、軽やかにこれをかわした。遼の敵を小馬鹿にしたようなプレーにディフェンスは怒り、再び遼へと迫ってきた。

 遼はディフェンスの接近を背後に感じながらも、別のディフェンスと正対してボールを保持している。敵は焦らされ、迂闊に飛び込みそうになるのをなんとか堪えている状況である。


(来たか)


 遼は先程抜きさった奴に加え、更にもう一人がやって来るのを視界の隅に捉えていた。


「えっ? 遼どこ行くんだ?!」


 海が逆サイドからすっとんきょうな声を上げた。それもその筈だ。だって遼は中ではなく外に向かってドリブルを開始したのだから。

 一瞬虚を突かれたなかよしキッカーズのディフェンスだが、直ぐ様遼へプレスを掛ける。だが遼はそれをかわし続けた。


「舐めとんのかコラァ!」


 激高したなかよしの選手が遼へと迫る。更に1人、遼へマークが付いた。

 一対四。これだけいれば、幾ら甲本でもボールは奪われるだろう……。この状況を見ている人のほとんどはそう思った。


 だが遼はその想像を軽々と上回った。


 熱くなって、足先だけを矢継ぎ早に出してくるなかよしキッカーズのディフェンスだが、遼はそのタイミングを計算し尽くしたかのように逆を取る。いや、寧ろ遼の足元へ足を《出させられている》ようにすら感じた。


 そして――――


「おおおお!! ビクターが行ったぞ!! 甲本に5人目のマーカーだ!!」


 遂にビクターも動いた。やや前目のポジションで攻撃のチャンスを伺っていた彼だが、やむを得んと判断して下がって来たのだ。


「マジかよ……! すげぇ、デニウソンを超えやがった!」


 宮寺は堪らずとうとう声を上げてしまった。だが隣のスカウト達も、今度は引いてはいなかった。遼のプレーに、職務を忘れて完全に夢中になっていた。


 バイタル後方のライン際で体を張ってキープしている遼を、ビクターが後ろから押し倒した。流石に疲れて脚に力が入らなくなっていた遼は、簡単に転んでしまった。


「いってぇ」


 だが顔は笑っている。見上げると、もう怒りが爆発するのを寸前で押さえているビクターが立っていた。自分がビクターと仲良くなければ、とっくにぶっ飛ばされてるだろうなと遼は思った。

 レフリーが接近し、ビクターに注意を促す。カードは出なかったが、カード以上のダメージを相手に与えることはできただろう。


「遼、蹴るか?」


 これからマイボールのフリーキックだ。爽太が転がっているボールを見ながら遼に言う。


「もう無理。脚に力が入んない」


 遼は苦笑しながら答えた。


「じゃあ軽く時間稼いでから海に合わせるか」


 遼は爽太に言われて中を見た。海はまだ元気にエリア内を動き回っている。

 爽太はボールを拾うと、バウンドさせながらのんびりと歩いてフリーキックの地点まで行った。そしてまたのんびりと後ろに下がり、腰に手を当てて構える。

 爽太の近くに立っている遼は、なかよしキッカーズ側から発せられるイライラした空気が半端じゃないことに気づいているが、爽太はまるで意に介していない。


「キッカー早くしよう!」


 レフリーに催促されて、爽太はようやく発進した(これまたのんびりとした助走だったが)。そして放り込まれたロングボールを海が競り合う。だがこれはビクターに阻まれてしまった。


「カウンター!!」


 ビクターは味方を煽り立てながら、自身も敵陣へと疾走する。だが遼はレフリーが時計を見たのを見逃さなかった。腰に手を当てて深呼吸をすると、レフリーが三度長い笛を吹いた。


「っしゃあッッ!! これでベスト4だ!」


 遼は爽太とタッチをかわす。


「優勝まであと2つだな」


 爽太は無表情でそれに応える。


 一人のドリブラーが壮絶なインパクトを残して、準々決勝は幕を閉じた。

クロップお疲れさん。

最後にバイエルンに勝ててよかった…(泣)

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