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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
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第35節 ビクターの思い

ー登場人物FILEー


竹下たけした 淳一じゅんいち

遼たちの代のFC川越の監督。川越の、そして遼の兄貴が通っている明和南高校のOBでもある。明南時代には現在SC熊谷の監督である増川の元でプレーしていた。若くして引退してしまったが、元プロである。好物は唐揚げ。

(クソッ…………逆転されてもうた)


 しかも自分が犯したファールのせいで。……いや違う。その前に自分がまんまと優磨の思惑に嵌まったことが失点のきっかけだった。思い通りのプレーができていなかったことで、完全に我を忘れていた。

 この失点は完全に自分のせいだった。


 ビクターは得点に浮かれはしゃいでいる川越の選手たちを見ながら、ギリッと歯を食い縛り拳を握る。


(クソッ……クソッ……負けてたまるか!)


 発狂しそうなほどの熱が頭に昇る。それは己に対しての怒りだった。


 ビクターは直ぐ様試合を再開するべく、キーパーにボールを要求しようと振り向く。だがビクターはキーパーとは目を合わせない。……怖かったのだ。キーパーは自分のことを責めているのではないかと思った。


「わりぃビクター、入れられちまったわ」

「えっ?!」


 だがキーパーは責めるどころか、片手を立てて謝ってきた。


「いやぁ……まさかあれをやってくるなんて予想外やったわ。すまんな、あんな簡単なシュート止めれなくって」

「い、いや…………」


 ビクターはキーパーから放られたボールを受けとる。だが目は合わせていない。返事も「いや、わいのミスや。すまん」などと言うべきだったのに、曖昧な物になってしまった。


 FC川越が選手交代を行っているため、すぐに試合を再開することはできなかった。交代しているのは先程フリーキックを決められた川越の8番(優磨)である。彼の代わりにはそこそこ背のでかい15番(大場)が入ってきた。


 ビクターはボールを持ったままセンターサークルの方へと歩いて行く。その時ふと誰かが自分の右肩を叩くのに気付いた。


「どんまい」


 右ウイングの風野浩人だった。


「……浩くん……ごめんよ」

「気にすんな。こんな厳つい見た目してんのに、中身はまだあの頃のままかよ」


 風野は笑いながら言う。つられてビクターも少し笑顔になった。


「んなわけあるかい」

「ハハ、まあナショナルのボランチだもんね。そりゃそうか」


 そう言うと、風野はまた試合の顔に戻る。


「勝とうぜビク」

「もちろんや」

「……お前にはな、ほんと感謝してるんだ。ビクのお陰でここまで来れた。だから絶対、お前をここで負せさせる訳にはいかない」


 風野はそう言うと小走りでキックオフのためのポジションに戻って行った。


 一方ビクターは衝撃を受けていた。誰も自分のことを責めてなんかいない。エースである自分のミスによる失点なんて、決して許されないと思っていたからだ。いや、それどころか感謝していると言う。


 ビクターは風野の背中を見ながら呆然と立ち尽くしていた。


(…………違うんや。感謝すんのはわいの方なんや…………)


 ビクターは胸に熱い物が込み上げて来るのを感じた。



 ◇



 子どもというのは、大きく差異がある人をよく苛める。そしかもそれを無邪気でやっているが故に、大人のいじめよりもたちが悪いことがある。  


 ビクターは他人より肌が黒く、顔の彫りが深いというだけでその犠牲者になってしまった。


 友達はできなかった。だからビクターはサッカーが大好きであるのにも関わらず、放課後のサッカーや、地元の少年団に加わることは躊躇われた。


 ビクターは一年近く、町外れの高速道路の下で一人柱を相手にサッカーをしていた。


 だが二年生になった時、遂にビクターに転機が訪れた。現在なかよしキッカーズの右ウイングにして10番の風野浩人が神奈川から転校してきたのだ。


 風野は元来の明るい性格で、すぐにクラスの男子の中心になった。

 主にビクターをいじめたいたのはそのクラスの中心の人たちなのだが、風野はそんなことはしなかった。

 だが心を閉ざしかけていたビクターは、自ら風野と仲良くなろうとはしなかった。



 ◇



 ある日ビクターが家に帰りいつも通り高速道路の下に向かおうとすると、途中で風野に出会した。風野の自転車の篭には表面のデザインが褪せ始めたサッカーボールが入っていた。


「あ、お前は……片岡、だっけ?」

「うん…………」


 ビクターは俯きがちに答える。


「これからサッカーすんの?」


 風野はビクターの自転車の篭に入っている所々擦りきれたサッカーボールを見て、キラキラした瞳で聞いてきた。


「え、あ、うん…………」


 ビクターはどもりながから答えた。それを肯定とった風野は「じゃあ早く学校行こうぜ!」と急かす。しかしビクターはモジモジして動こうとはしなかった。


「わ、わい……学校はちょっと……」

「行きたくないの?」

「う、うん…………」

「ふぅん……じゃあ別の場所でやるか。片岡はいつもどこでやってんの?」

「あ、あっちの高速道路の下や」

「俺ん家の近くじゃん。よし行こうぜ」


 風野は自転車の向きを帰ると、立ち漕ぎで猛スピードを出しながら走り出した。ビクターは慌てて後を追う。二人は直ぐ様目的の場所に着いた。


「やるか」


 風野はボールを取ると徐に上に放り、足の甲を使ってクッションコントロールをする。そしてビクターに向き合っていきなりドリブルを仕掛けてきた。


「おっ……!」


 ビクターは構えて応戦する。風野はスピードに乗ったまま突っ込んできて、素早くビクターの股を抜いてかわした。


「あっ……!」


 ビクターは呆気にとられ、口を半開きにして風野を見つめている。一方風野は勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。


「じゃあ次は片岡の攻撃な」


 風野はビクターにボールをパスすると、掌を上に向けてクイクイッと引いてきた。来いよと言っているのだ。


 ビクターはボールとともに駆け出す。そして簡単な切り返しで風野を振り切った。


「は、早いなおい」


 風野は苦笑してビクターを見る。ビクターは少しだけ嬉しそうに笑って、風野にボールを渡した。


「ちくしょう……これでも俺、前のチームでエースだったんだぞ」 


 風野はムキになってドリブルを仕掛ける。一方ビクターも、最初は緊張のせいかぎこちなかったが、馴れるにつれてどんどん夢中になっていった。

 かわしたりかわされたり、そして止めたり止められたり。一対一に飽きると、パス交換をしたり壁当てもしたりした。


 そうして二人はそのまま日が暮れるまでボールを蹴り続けた。


 やがて二人の頬と空が真っ赤に染まると、どちらも疲れきって座り込んだ。そして暫くそのままに荒い息を静かに宥め続けた。


「ふぅ……。お前ほんと上手いな。俺さ、さっきも言ったけど転校する前は結構強いとこで10番つけてたんだぜ」


 風野は大きく息を吐いてから話し始めた。


「なんでみんなとやりたがらないんだよ。ビクならぜってー1番になれるのに」


 それを聞いたビクターは、苦笑いをしながら口を開いた。


「わい……いじめられとんのや」

「え、そんなでっかくて強そうでサッカー上手いのに?!」


 風野は目を見開く。一方ビクターは恥ずかし気に頭を掻いている。


「俺の学校じゃサッカー上手くて足速い奴はみんなの人気者だったよ?! もったいないなーすげー上手いのに」

「わ、わいってそんな上手いんか? まだどこのチームにも入ったことないから、そういうこと全然わからんのや」


 風野に誉めちぎられてビクターは驚いた。ビクターは今までチームに所属していなかったので、自分のレベルを知らなかったのだ。

 

「所属なしって……マジかよ。一人でここまで上手くなったってことか? ……もう色々びっくりだわ」

「ハハ……わいも入りたいとは思うんやけど、地元のチームはどうもなあ」


 風野はそれを聞くとニンマリと笑みを浮かべた。


「じゃあ俺と同じチーム入ろうよ。ここからは少し遠いけど、すげー強いって評判のチームがあるんだ!」

「それはええかもな……ちなみになんていうチームなんや?」

「……な、なかよしキッカーズ……」


 風野はビクターから目を逸らして頭を掻きながら言った。


「……言いにくいんやけど、あ、あんまり強そうには見えへんな」

「ま、まあ名前はな。でも今年全国大会出たらしいし、強いことは間違いないと思う」


 ビクターは芝を見つめる。そして一息吐いてからゆっくり口を開いた。


「……風野くんが入るんならわいもいこうかな」

「風野くんなんてやめろよ。浩人でいいぜ。よし、こんど体験入団に行こう!」

「うん! ありがとなひろくん!」

「おう! んじゃ遅くなって来たしそろそろ帰るか。あ、明日もここに集合な」

「うん! じゃあ明日な!」


 風野はサドルに跨がり夕暮れの向こうに消えていった。ビクターはその背中を見つめた後、自分も自転車に乗って帰り始めた。


「明日もか……」


  嬉しかった。次の日がこんなにも待ち遠しいのは初めてだった。早く明日もサッカーがしたいと思った。



 ◇



 風野との出会いをきっかけにビクターは大きく変わった。


 なかよしキッカーズに入団後は瞬く間にスタメンを勝ち取り、近隣では「なかよしキッカーズに怪物がいる」とまで囁かれるほどになった。

 なかよしキッカーズの中にはビクターをいじめるような人はいなかった。そこは名前の通りだった。それにそれどころかサッカーが上手いビクターはチームの中心になっていったのだ。

 彼ら中では、サッカーの上手い奴こそが正義だったのだ。


 一方学校でも、クラスの中心である風野と親しくなったことでクラスメートたちとの距離は徐々に縮まっていった。

 そして5月の運動会で出場したリレーで大活躍したこともあって、ビクターは一躍クラスの人気者になった。

 ビクターはリレーの選手になることを躊躇ったいたが、風野に背中を押されて出場したのだ。出てみて本当に良かったと思った。



 ◇



 ビクターはサッカーの実力で風野を追い抜き、ナショナルトレセンに選ばれるようになった。自分を自信を持つようになったビクターだが、それでも風野への感謝を忘れたことは一度もなかった。


「…………絶対負けへんぞ。勝つんや」


 野獣の瞳には既にFC川越のゴールしか映っていなかった。

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