第34節 石化
ー登場人物FILEー
◎冨田 累
南台SSの快速フォワード。関東トレセンである。まだまだ登場は少ないが、これから頑張っていく……かもしれない!!
優磨は敵陣の中央をドリブルする。彼のボールタッチはとても滑らかで、それを見るだけで彼がいかにボールコントロールが優れているかが伺える。
しかもただ進んでいるだけではない。常にルックアップし、味方を視界に入れながらボールを運んでいるので敵は迂闊には飛び込んでこれない。しかし――
(来やがったなモンスター)
視界の端から、漆黒の弾丸が物凄い勢いで接近してくるのが見えた。コンマ数秒後には、優磨はビクターとぶつかるだろう。フィジカル的な部分で難がある優磨にとってビクターとのガチンコ勝負は相当厳しいに違いない。だが優磨はパスに逃げることなく、そのままドリブルで運び続けた。
「ああ、まずい!」
周りの観客がざわめく中、当の本人は至って冷静だった。
優磨はビクターを引き付ける。ギリギリまで引き付ける。そしてビクターの足がボールをかっさらおうとしたまさにその時、優磨は左足のアウトサイドで、ノールックでパスを出した。
(ナイス優ちゃん!)
受け取ったのは、背後からオーバーラップしてきた光だ。優磨がビクターを留めておいたお陰で、光は余裕を持ってボールを受けることができた。
だがここは敵陣のバイタルエリアだ。すぐにでも敵は光の元へ殺到するだろう。それが解っている光は、中へ走り込んでくる遼へとパスを送る。そして遼は更にダイレクトで、逆サイドのディフェンスラインの裏を狙ったパスを出した。
そこには海が走り込んで来ていた。敵のディフェンスは優磨から始まった早いテンポのパス回しに振り回され、海のマークを緩めてしまったのだ。
「よぉし! 海打てぇ!!」
ペナルティエリア内部でキーパーと一対一がなった海に対し、ベンチで松本コーチが拳を握りしめながら叫ぶ。竹下監督も「よし」と呟き頬を緩めている。
だがなかよしのキーパーは、抜群のタイミングで飛び出してきた。そして彼は地面を滑り、体ごとボールに飛び込んでくる。それを見た海は、チップキックでキーパーの上を越そうと試みた。
(遼がいつもやってるんだ。俺にだってできる……はずだ!)
ぶっちゃけ海は、試合中にまともにチップキックを使ったことはほとんどない。遼や爽太や優磨が使っているのを見ているたけだった。しかし今、チップキックを使わざるを得ない状況に陥ったため、遂に使う機会が来たのだ!
海は右足の爪先で、ボールの下を芝ごと捉えようなイメージで軽く蹴った――つもりだった。
――――ビシッ!! カァン!!
海の強すぎたチップキックは見事にバーを叩き、もう一度ピッチへと舞い戻って来た。遼は慌ててそれに飛び込むが、それよりも早くビクターに体を入れられ、タッチラインの外に大きくクリアされた。
「……とことん不器用な奴だな」
竹下監督は苦笑する。なんともまあ海らしいミスだったが、竹下監督は海がチップキックを試みたことは良かったと思った。
なんか最近遼や爽太の真似をするようになってきたので、海自身もっと上手くなろうとしているのであろう。
しかし一つ気になることがある。こんな場面でいつも大騒ぎをする松本コーチがえらい静かなのだ。物音一つしない。もしかして寝ているのだろうか? いや、流石にそれは……。
竹下監督は横目で隣の松本コーチを見る。
…………松本コーチは石化してしまっていた。
「なぜだ……なぜ失敗した」
海はなぜ自分のチップキックが失敗したのか解らず、頭を抱えながらブツブツと呟く。だが直後、「まあ次だ次! 次は成功するさ!」とこ言って軽やかに自陣に帰って行った。
◇
その後暫くは川越の時間帯が続いた。
優磨は残りのエネルギーを爆発させ、中盤で攻撃を活性化させる。もちろんビクターらなかよしキッカーズの中盤陣がこのまま好き勝手やらせる訳ないが、それでもビクターをディフェンスに専念させているので、優磨は正に『攻撃は最大の防御』を体現しているのだ。
優磨から遼、そして右サイドの爽太へとボールが回り、爽太は縦にドリブルを仕掛ける。そしてペナルティエリア付近で左足のアウトでカットインを決めた。
「爽太!」
遼が最前線から引いて受けようとする。
マークを引き剥がしてフリーになるのが狙いだろう。なかよしのディフェンスは遼へと注意が向いた。その隙に優磨は遼と入れ替わるようにして1.5列目から飛び出し、爽太もそこへパスを送る。
しかし決定的と思われたラストパスは、長い脚を伸ばしたビクターによって阻まれ、コーナーキックになってしまった。
そしてそのコーナーキックはキーパーにキャッチそれ、川越の攻撃は一旦途絶えてしまう。
再びマイボールにしてからも川越は攻め続けたが、なかよしは引いてブロックを作ってきた。今は相手の時間帯だと割りきって守りきり、そして自分たちの時間帯が来た時に得点を狙いにいく。恐らくそのような感じだろう。
(だったらそれまでに点取ればいい話だ!)
この試合久々に遼の単独突破が発動した。ストーカーのようなマンマークを付けられていたためなかなかボールを持つことができなかったのだが、流れの中でなんとか浮くことができたのだ。
地面を強く蹴って一気に加速する。ディフェンスと並走する形になったが、それをスピードだけで置き去りにした。
次に先ほど逃れたマンマーカーが必死に遼へ迫ってくる。遼は右足のヒールチョップでこれをかわす。更に別のディフェンスがやって来たので、これを軽くいなすと後方から走り込んできた優磨にパスを送った。
(優磨……すげー走るな)
後半開始前の優磨の空気から、彼はピッチにすべてを置いていく勢いで奮戦することは考えられた。だが想像以上だった。
優磨は遼や爽太みたいに、闘志を剥き出しにしてファイトするタイプではない。それは彼の体力的なものもあると思うが、彼はクールに効率的にプレーするスタイルだった。だが。
――――――――精魂尽き果てるまで。
今の優磨には、正にこの言葉がピッタリである。
優磨は右足のインサイドで的確にボールを捉えようとした。だがここでもあの怪物が立ち塞がった。
「ぐはっ?!」
優磨の右足がボールを捉えようとした瞬間、彼はビクターから激しいチャージを喰らって吹っ飛ばされた。そして直後、レフリーのホイッスルが鳴り響き川越ボールするフリーキックが宣告され、ビクターにはイエローカードが提示された。
「おい、大丈夫か?」
ビクターはレフリーに促され、怒気を含んだ声で優磨に声を掛ける。中々思い通りにいかないゲームに苛々してきているのだろう。しかも決定的なチャンスを作られてしまったため、ファールで止めるしかなかった。
位置はペナルティエリアすぐ外のゴール正面。川越にとってこれは逆転する大きなチャンスである。
「遼……俺蹴ってもいいか?」
優磨は遼に問う。息は荒く、頬は火照って真っ赤だ。
「うん。優磨が取ったフリーキックだから、優磨に任せるわ」
遼はニヤッと笑いそれに応える。今の優磨にならすべてを預けられると思ったのだ。
「……サンキュ」
優磨もフッと笑う。そしてボールを足元におもむろに置いた。
それから二人はボールがプレースされている位置で、小声で何やら囁き合った。その時遼の顔は驚きに染まり、優磨はいたずらっぽい笑みを浮かべていたが、それに気づく者はいなかった。
そして遼がボールの位置を若干修正した後、二人は助走を取り始める。しかし優磨の助走は遼の半分以下である。
(なんか仕掛けてくるつもりか? それとも…………直接来るんか?)
なかよしキッカーズのキーパーは思考を回転させる。
(ほんなら……反応で止めてやるわ)
下手に先読みするのは止めた。あの二人のインテリジェンスは相当な物だ。読もうとすればするほど、返って奴らの掌の上で転がされてしまう。
(……何してくんのかは解らんが、中に来たらわいが必ず跳ね返したる)
中で海のマークに付いているビクターも、ここで失点する訳にはいかないと全神経を集中させている。
――――――――ピィッ!!
レフリーの笛が鳴った。
遼は助走を始める。ボールに向けて一気に爆発的に駆ける。ピッチの、いや会場のすべての視線が遼に集中した。
遼はそのままボールの上を走り抜けた。壁は遼のフリーキックを防がんとするべく、足に渾身の力を込めて飛び上がっている。
優磨はインステップで、速いゴロの球を壁の下に通した。
「えっ…………?!」
なかよしキッカーズのキーパーは、もうどうすることもできなかった。彼はピッチに肩膝を付いたまま、ゴールネットに吸い込まれていくボールを見送ることしかできなかった。
「ッシャアァァッ!!」
川越の歓喜爆発。竹下監督はベンチで拳を握って吼えた。
(やりやがったぞあいつ! まさかこのプレッシャーの掛かる場面でこれをやるなんて……いやーすげーなほんと!)
竹下監督は顔中を喜色で染める。だがここでふと気づいたこがある。こんな時にいつも自分以上に騒いでいる松本コーチがえらい静かなのだ。
どうしたのかと思いチラリと隣を確認する。
…………松本コーチは石化してしまっていた。
なかよしキッカーズとビクターはこのまま終わってしまうのでしょうか?!




