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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
34/48

第33節 負けてたまるか

※浦和レッズV逸のショックの為、今回の登場人物FILEはお休みさせて頂きます

 FC川越のスリートップは再三に渡り強硬突破を計り、なかよしキッカーズのディフェンスはこれを幾度となく跳ね返す。一方なかよしキッカーズはビクターを中心に何度も中央突破を仕掛けるが、英率いる川越守備陣はこれを尽く潰した。

 目まぐるしく好守が入れ替わる展開にも関わらず、結局スコアは動かずに前半終了の笛を迎える。


「っ……ぷはぁ」


 優磨は笛の余韻を鬱陶しく思いながら、体の力を抜いて溜まっていた息を吐き出す。急に顔を出した太陽がうざったいことこの上ない。ベンチに向かって歩き始めると、まだ折り返し地点にしては強い筋肉の張りをふくらはぎに感じた。


(ちっ……思ったよりキツいな)


 優磨はベンチに下がっていくなかよしキッカーズの選手の中から、頭一つ抜けているビクターを見る。頬を紅潮させて荒い息をしている自分とは対照的に、彼は涼しい顔をしてチームメートと喋っている。


(コイツ……マジで同じ小学生かよ)


 舌打ちをして、滝のように溢れる汗を拭いながら歩く。コイツといいうちの10番といい、ナショナルはこんなのばかりなのだろうか。

 宇留野に柏原、そしてビクター……これまでに対戦したナショナルの中盤陣と自分を比べてみる。……技術やインスピレーション等一部では勝る物を持っていても、身体能力やスタミナを含め総合的に見たら、俺が一番劣るのは明らかだ。

 俺はやはり駄目なのだろうか。俺はどんなに練習しても奴らには追い付けないのだろうか…………。


「クソがっ」


 じわりと脳の片隅をよぎった考えを、優磨は悪態とともに否定する。認めたら負けだ。そしたら俺はもう、これ以上前に進めなくなってしまう。

 こんなもんじゃねえ。俺はまだこんなもんじゃねえんだ!


 優磨はベンチにドカッと腰かけると、受け取ったスクイズの水を一口だけ含み、濡れタオルで首筋を冷やすのも少々にして、俯いたまま竹下監督の指示を聞く。


「うーし、思ったより点は入んなかったけど俺の予想通りの流れだ。こっちもあっちも気合い入ってるし、お前らやってて楽しいだろ?」

「楽しいっす!」


 遼が満面の笑みで顔を染めながら言う。遼にとってこの試合は、この大会で最も楽しい試合となっている。そして遼以外にもそう思っている選手は多いようだ。“事実上の決勝戦”とまで言われたこの試合は、内容的には全然楽ではないのにも関わらず、彼らはとても楽しんでいる。


「けどあのビクターはヤバいな。俺の想像以上だ」


 竹下監督は苦笑しながら言った時、優磨の肩がピクッと動いた。竹下監督はそれを視界に捉えていた。


「おい優磨、さっきから全然水飲んでないけど大丈夫か? しっかり飲んどかないと後半持たないぞ?」


(…………飲んだところでどうせ持たねえよ)


 自分の問いに無反応な優磨を、竹下監督はため息をついて見つめる。優磨の考えていることは、竹下監督にはあらかた予想はついている。


「後半……途中で優磨は交代させるからな」

「…………」


 優磨は無言だ。優磨の途中交代はいつものパターンなので、優磨自身別に驚きはしない。ただハーフタイムにそれを告げられることは初めてだった。


「優磨が下がったらディフェンスを一枚増やしてカウンターサッカーに切り替える。その時は恐らく空中戦や対人に強い大場を入れるだろう」

「…………?」


 竹下監督が突然言い出したことの意味が解らず、みんな頭上にはてなマークを浮かべている。


「あっ!」


 遼がいきなり声を上げた。そして優磨の方を見てニヤッとする。


「優磨、後半は爆発しようぜ」


 キョトンとする優磨。だが彼も竹下監督の言葉の意味を理解したのか、遼の方を見て頷く。そしてスクイズの水を喉を鳴らして飲み、絞ったタオルで顔を思いっきり拭いく。

 竹下監督はそれを見て、顔を綻ばせた。


(そうだな。どうせ最後まで持たないんなら、全部ピッチに置いてきてやろう)


 ハーフタイムにいきなりスタミナが増える訳ではない。自分に残されたリミットは少ないことは解っている。ならば……その短い時間の中で、ありったけのインパクトを残してやろう。優磨はそう決断した。


「お前の真骨頂、早く周りの観客にも見せてやれ」


 今度は松本コーチが親指を立ててニッコリと笑う。その顔は優磨よりも赤く、そろそろ絶滅しそうな白髪は伸びきった素麺のようになってしまっている。

 ――ふて腐れてる場合じゃねえな。

 優磨に、いつもの意地悪そうな面構えが戻ってきていた。



 ◇



「おし、円陣組もうぜ」


 遼は後半開始前に気合いを入れようと、ベンチメンバーを含む選手全員、そして竹下監督ら指導陣にも声を掛けた。

 そして川越のベンチの前に大きな一重の輪ができる。各々の思いが一つになるよう、みんな互いの肩を強く握り合う。皆この試合に勝ちたいと思っている。


「これを勝てば優勝が凄く近くなる。優勝するためにも絶対に勝とう」

「おう!!」

「このメンバーで全国を戦うことはもうないんだ。……だから俺は絶対に勝ちたい」

「……おう」


 みんなの返事のトーンが少し落ちる。闘志が落ちたのではない。むしろ逆だ。互いにこのメンバーが好きで、一致団結している証拠である。

 遼は一呼吸置き、そして息を目一杯吸ってから声を張り上げた。


「声出してー!!」

「おう!!!」

「気合い入れてー!!」

「おう!!!」

「……絶対勝つぞー!!」

「おおう!!!」


 チームメートたちも全声力を持ってそれに答える。はち切れんばかりの闘志をみなぎらせ、川越の選手たちは後半に向けて臨戦体勢に入った。


 遼はセンターサークルの中心で、腰に手を当ててなかよしキッカーズの選手が出てくるのを待つ。すると少しして、ビクターを先頭にして彼らは出てきた。

 センターサークルの手前にポジションを取ったビクターと視線がぶつかる。彼の眼からは獰猛な殺気が見てとれた。試合前のあのフレンドリーな感じは微塵もない。遼は視線を反らさずにそれを睨み返す。


 ――――――――ピィッ!!!


 レフリーのホイッスルが強烈な太陽光に反射し、甲高い音を響かせる。海がボールを軽くつついたのを皮切りに、少年たちの闘争心は一気に爆発した。


 遼は優磨に下げる。優磨はダイレクトで右サイドのコーナーフラッグ目掛けて蹴った。爽太がタッチライン際を駆け抜ける。だがなかよしのディフェンスもこれに対応している。柔らかい弧を描いて落ちてくる球体を我が物にせんと、二人は激しく競り合った。

 二人の体の軋む音が、ピッチサイドのベンチ聞こえてきそうな程激しい競り合いだった。ボールはこぼれるが、なかよしのディフェンス、そして爽太もボールを取りに行けない。二人とも苦悶の表情を浮かべ、その場でしゃがんでいる。


「くそっ!」


 遼はカバーに入る。しかしなかよしの左ウイングのカバーの方が早く、マイボールにできなかった。

 なかよしの左ウイングはクリアするべく大きく振りかぶる。一旦ゲームを落ち着かせようとするのが狙いだろう。序盤に畳み掛けたい川越にとっては、あまり嬉しいプレーではない。


「(ディフェンス)ラインバック!」


 利樹が守備陣に、ロングボールに備えてラインを下げるよう指示する。英たちは迅速にこれを遂行した。


(すぐに跳ね返してやる)


 英はこれから飛んでくるであろうボールに対して意気込む。だがボールは、突如現れた坊主頭の少年の足にぶち当たり再び敵陣方向へと転がって行った。


「サンキュー海!」


 利樹が叫ぶ。海はキックオフ後中にポジションを取っていたのだが、ボールが来なかったので下がり、そしてスライディングを敢行したのだ。


「よし」


 遼は今度こそボールを拾う。そしてゴール方向を向こうとしたが、敵のディフェンスが密集していたためドリブルには移れなかった。


「遼出せ!」


 痛みが癒えた爽太がボールを受けに来る。遼は爽太を見る。ディフェンスは爽太へのコースを切る。遼はそれとは反対の方向にパスを出した。


「行けぇ優磨!!」


 松本コーチがベンチから怒鳴る。竹下監督も小声で「行け」と呟く。優磨は中盤に開いたスペースをドリブルで突き進み始めた。

坪井、お疲れさまでした……湘南でも頑張って下さい……応援しています……

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