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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
33/48

第32節 違う喜び

ー登場人物FILEー


内藤(ないとう) (あつし)

浦和レッズJr.のセンターフォワード。実はレッズJr.に入る前のチームでも宇留野とは同じチームだった。ちなみに好きな食べ物はラーメン(山盛りこってり系)である。

 ――今度はこっちの番だ。


「トシ、早く蹴れ!」


 遼は左サイドに流れながら叫ぶが、利樹は既にペナルティエリアいっぱいに飛び出していて、敵の高いディフェンスラインの裏に大きくパントキックを放り込んだ。

 遼となかよしのディフェンス一人がそれに反応する。だが遼は加速してぶっちぎり、今にもタッチラインを割りそうなボールをスライディングでコントロールした。


(ほ、ほんま早いなこいつ! 加速だったらビクターと同じかそれ以上あるかもしれんぞ!)


 なかよしのディフェンスは遼の瞬発力に驚いた。

 だが彼は遼が起き上がった直後に追いつき、遼の進路に立ちはだかる。

 遼は長い距離を疾走した上にスライディングまでして疲れたのだろうか、向きを変えて後方から味方の上がりを待つことにした――ように見えた。

 ディフェンスがしめたと思い、遼に当たりに来たところを、遼は右足のソールでディフェンスとタッチラインの間に素早くボールを通す。そして一気に反転して、自分もそこを駆け抜けた。


「いっけえ遼!!」

「一人でいっちまえ甲本!!」


 今日の観客のボルテージは凄い。それに釣られて、遼のドリブルのステップワークも軽やかになっていくように見えた。


 カバーに来たディフェンスを高速の二回跨ぎで抜く。そしてカットインしてシュートを打とうとした。が、ディフェンスは打たせまいとゴール前をがっちり固めてきた。

 流石にこの距離から、利き足でない右足でコースを狙ったループは打てない。そこで遼は、縦にドライブを仕掛けると見せかけて中に優しいパスを送った。


「おおおおおっ!!」


 そこには素早く攻守を切り替えた光が走り込んで来ている。決定的なチャンスを迎えて、川越ベンチは沸き立った。


(行けぇ!)


 光はシュートをふかさないよう、インパクトの瞬間に軸足を浮かせながらミドルを放つ。だがなかよしのディフェンスは、立ち上がりの失点はしてなるものかと体を投げ出してシュートコースを塞ぎに来た。

 そしてスライディングを敢行したディフェンスの一人にボールは直撃し、光のシュートは失敗に終わった。


「いってぇ……」


 そう呻きながら起き上がるなかよしのディフェンスを、同じく捨て身のブロックをした仲間が労っている。


「オッケー良い流れだったぞ! 光! 今のシュートの判断は良いからな! 抑え方は悪くなかった!」


 竹下監督もベンチから出てきて、手を叩きながら檄を飛ばす。敵の監督も同じようにテクニカルエリアギリギリまで出てきており、この両監督の様子はそのままこの試合の熱を表している。


「今度はなかよしだ!」


 またもピッチの周囲がざわめく。

 中盤を一人で切り崩したビクターがディフェンスを引き付けて右サイドに叩き、それを受けた右ウイングはダイレクトでクロスを上げた。

 彼は先程のコーナーを蹴った選手だ。キックの精度は高い。だが英が相手フォワードに競り勝つ。埼玉県の最小失点の意地が全面に表れている。川越はピンチを脱したかに見えた。だが――


「まだだ!! 打たすなコース切れっ!!」


 利樹が必死の形相で怒鳴る。ボールに向かって漆黒の弾丸が突っ込んで来ていた。追いすがった望月が滑り込んでシュートを阻止しようとする。

 だがビクターは、そのダッシュの勢いからは信じられないような柔らかい身のこなしで内側にキックフェイントを掛けると、利き足とは逆の左足で素早くミドルを打った。

 利樹は一拍遅れて跳ぶ。ディフェンスが密集していたことがここで仇となった。

 味方ディフェンスがブラインドとなって、シュートに対する反応が遅れる。コース・強さともにそこまで厳しくなかったが、何とか手に当てるだけで精一杯だった。

 利樹は体勢を立て直せないまま、セカンドボールに飛び込んだ。センターバックの佐藤も懸命にクリアしようとする。しかし一番最初にボールを捉えたのは、なかよしの左ウイングだった。

 滑り込みながら右足の爪先で放たれたシュートは、利樹の指先を掠めてゴールネットを揺らした。


「なかよしが先制したぞ!!」

「川越が初めて先制された!!」


 ゴールを掴み取った左ウイングは、拳を突き上げながら自陣へと凱旋する。ビクターらなかよしの選手たちは彼に集まり、関西弁で捲し立てるように祝福していた。


「下向くな! 取られたら取り返せ!!」


 ピッチを取り巻いている観客の一角から、川越の選手たちを励ます声が上がる。川越の選手たちの保護者や兄弟、そしてOBたちが陣取っている部分だ。彼らのボルテージもやはり相当高い。普段決して怒鳴ったりしない光の母親までもが、両手を口元に当てて娘を叱咤激励していた。


 試合がレフリーのホイッスルと共に再開される。

 なかよしの選手たちはアグレッシブにプレスを掛けてきた。優磨は右の爽太に大きく展開する。爽太はコントロールするが、ディフェンス二枚に激しく当たられてボールをロストしてしまった。が、すぐに笛が鳴って川越ボールのフリーキックが宣告される。爽太はマーカーを食い殺さんばかりの眼で睨み付けていた。


 キックの位置は、ペナルティエリアの角からタッチラインギリギリまで進んだところ。キーパーは壁を3枚立て、自身はニアポストから壁の位置を調節している。だがここでキーパーはいつもはいるはずのない奴がボールの横に立っていることに気づいた。


「おいビクター、甲本ってフリーキック蹴れんのか?」


 なかよしのキーパーが怪訝そうな顔でビクターに問う。壁の向こう側では、遼が空気孔の位置を念入りに確認しながらボールをプレースしていた。


「ああ。気を付けろよ」


 ビクターは海とポジション争いを繰り広げながら簡潔に答える。実は遼、ナショナルではフリーキッカーを任されることもあるのだ。

 ではなぜチームでは蹴らないのか? それは光と優磨といった、競り合いは苦手だがキック精度は高いといった選手がいるので、自分は中で得点を狙った方が効率が良いと考えているからだ。


 ボールに向かって左右に、遼と優磨が並ぶ。二人は何やら囁きあった後、一斉に助走を取り始めた。

 助走を取り終えると、遼は右腕のキャプテンマークを直して、左手を挙げる。なかよしのキーパーはその瞬間、遼が蹴ってくることを確信した。あとはそれがクロスかシュートかの問題だ。

 あの位置から直接狙ってくるとは考えにくいが、甲本のことだ。念のためにシュートに対応できるポジションを取っておく。クロスが来てもうちにはビクターがいるから大丈夫だろう。 


 笛が鳴ると同時に、優磨が助走をスタートさせた。そして彼はボールを蹴らずにそのまま走り抜ける。壁は跳んでいないし、キーパーも体勢は変わらずだった。

 そして遼が軸足を踏み込み、右手を挙げるようにして大きく振りかぶる。遼のインパクトの瞬間に壁は跳び、キーパーも膝に力を込めた。だが遼の蹴ったボールはゴールへ向かって飛んでいない。遼はさっきダミーとして縦に走り抜けた優磨にパスを出したのだ。


「よこせ優磨!!」


 海が不意を突かれたビクターのマークを振り切ってニアへ走り込んでくる。優磨はダイレクトでセンタリングを上げた。


「オラァ!!」


 海が吼えながら跳ぶ。キーパーは海のヘディングシュートを予感してポジショニングを変えた。ビクターも、ポジショニングは悪いながらも海と競り合うために跳ぶ。高さはほぼ互角だ。

 キーパーは目の前で跳躍した二人のフィジカルモンスターのせいで、刹那ボールを見失った。直後、二人の頭上を越えていくボールを視界に捉え、慌ててクロスステップでファーポストに流れていく。そして自分の頭上をも越えていきそうなボールを、バスケのフェイダウェイのような体勢で必死に弾き出そうとした。

 だがボールに触ることはできず、キーパーは背中から芝に叩きつけられた。飛び込んできた選手と激突したのである。


「ガハッ……!」


 一瞬呼吸が止まる。だがそれでも目は無意識にボールを探していた。しかしボールのありかを見つけた時、キーパーは本当に息が止まりそうになった。


「爽太くん! すげーよナイスファイト!」


 ゴールネット内に静かに転がっているボールを見て、爽太は小さく拳を握っている。近くにいた望月が、座ったままの爽太に歓喜のあまり抱きついた。


「練習通りだね」


 遼がしてやったりと言った顔で笑いながら、優磨に向けて手を挙げる。


「すげえな。ここまで綺麗に決まるなんて思わなかった」


 優磨はそれを右手で軽く叩く。軽快な音がピッチに響いた。

 ドリブルで何人も抜き去って決めるのはもちろん爽快だが、予め方策を巡らせておいて、それがドンピシャで決まった時のセットプレーというのもまた痛快なものだ。

 川越の選手たちはこの一連のプレーに関わった者たちを中心に、わいわいと騒ぎながら帰陣する。それを利樹がキーグロを叩いて迎えた。


「取り返すでぇ! お前らもっと走るぞ!」

「この調子でいくぞ! 前半の内に逆転しようぜ!」


 両チームのキャプテンが声を上げる(ちなみになかよしのキャプテンはビクターである)。

 太陽はいつの間にか顔を出し、灼熱の日光がピッチの温度を更に高めていた。

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