第31節 怪物、出現
ー登場人物FILEー
◎片岡 ラモン ビクター(かたおか らもん びくたー)
ナイジェリア人の母を持つハーフ。桐生とともにナショナルツインゴリラを形成している。好きな食べ物はオムライスらしい。
川越はあれから更に遼が1点を追加し、4対1で広島に勝利した。そしてその後も圧倒的な強さで川越は勝ち続けた。
1次リーグは次のSC多賀戦に4対0で勝利して全勝で突破し、続いてその後の2次リーグもすべて勝って準々決勝まで駒を進めてきた。
遼は目下得点王ランキングトップに付けており、2位・3位の選手は遼に肉薄しているものの4位以下には大差をつけている。更にこの準々決勝で、得点王ランク1位と3位率いる優勝候補同士がぶつかるため、この試合は得点王争いという意味でも重要なものを持っていることになる。
現在準々決勝第1戦のハーフタイム。遼たちの試合は第2戦なので、現在はアップの真っ最中である。ブラジル体操から基礎練習に移り、それから4対2のボール回しを行っているところだった。
そのボール回しを行っている最中、海が何の気なしに口を開いた。
「次のチームさあ……ほんとに強えのか?」
「馬鹿、強いに決まってんだろ。あの大阪の代表で、得点王ランク3位の奴とナショナルのボランチ、んでナイジェリア人のハーフの黒人がいるチームだぜ。名前だけで判断すんなよ」
「お、おう……でもよ、流石に“なかよしキッカーズ”はなあ……」
そのなかよしキッカーズこそ、準々決勝で遼たちが対戦するチームだ。大阪府予選を勝ち上がってきた少年団チームで、ガンバやセレッソと言ったJクラブの下部組織を下して全国への切符を掴んだチームである。当然弱いはずがないが、どうしてもかわいらしい名前のせいでそう見えてしまうのは……まあしょうがない!
「いや違うって優磨。それははみんな一人の奴のことだよ」
「? どーいうこと?」
遼の発言に対し優磨が訝しげな顔をする。遼は苦笑しながら応えた。
「得点王ランク3位のハーフのボランチってことだよ」
「はあ?! な、なんだよそれ……」
優磨は驚愕に目を見開き、そしてがっくりと首を項垂れた。柏原に続きまたそんなこんな化け物が中盤にいるのかよ……。
そう思うと流石にしんどくなってくる。身体能力をゴリゴリに使ってくる奴は優磨の苦手分野であった。
「確かサッカーダイジェストの全国大会のページで見たけど、遼ちゃんと並んで取り上げられていた人だよね?」
「うん、そいつだ」
全国大会の前、光は遼の家で一緒にサッカーダイジェストを読んでいた。ページ数は少ないながらも全日本少年サッカー大会の特集が組まれていたのである。
優磨はほぼ解っていることだが、念のため遼に
「……やっぱフィジカル半端ないんだよな?」
と聞いたが、「お察しの通り」と返ってきたので渋い顔をして肩を竦めた。
「でもテクニックは? だいたいフィジカルある奴って大体足元あれだろ?」
優磨は海を見ながら遼に問う。しかし遼は申し訳なさそうに答えた。
「……巧いんだなこれが。俺やウルみたいに、試合中にバンバン足技繰り出す訳じゃないけど、結構できるよ」
「ゲッ……」
優磨はもう露骨に嫌そうな顔をしている。いや、優磨だけではない。同じく中盤を務める光もため息を吐いていた。
ただ遼と爽太は、次の試合を早くやりたくてしょうがないという雰囲気を――ナショナルレベルの強敵と早く戦いたいという気持ちを身体中から発散していた。
◇
試合前、FC川越となかよしキッカーズの選手たちが各ベンチに向かって移動している時、一人の肌の黒い少年が、遼と爽太と海が歩いているところへと近づいてきた。
「おう遼やないけ。久しぶりやなー元気してたか?」
その少年は、その肌の黒さからは想像もつかないほど真っ白な歯を見せて笑う。関西弁が恐ろしく不釣り合いなのは取り敢えず置いておこう。
「おう元気だぜ。ってかすげーなービクター、ボランチで得点ランク3位って半端ないぜ。しかもアシストランキングもトップだろ? やべえなおい!」
「んなほめんといてやー! 照れてまうわ自分。ってかあんさんもかなり噂になっとるで。昨日の北九州戦の6人抜きはほんま痺れたわー」
「いやいや、それほどですよー」
(に、日本語ペラペラだ……しかも関西弁ってマジかよ)
仲良く話している二人を見て、海はかなり面食らっている様子だ。それを見たビクターは、悪戯っぽい笑みを浮かべて海に話しかけた。
「おう、あんさん川越のセンターフォワードやろ。あ、今はウイングか。よろしくなー」
だがそこは流石海。「ナショナルトレセンがこの俺に話しかけてくるとはな……フッ、俺様は注目の的って訳か」とえらいポジィティブに考え、「おう、俺様が梶原海だ。よろしくな」と薄笑いを浮かべながら答えた。
ビクターは更に隣の長髪の少年へと目を留める。爽太は吊り上がった二重瞼で睨んでいたが、ビクターは構わず話しかけた。
「あんさんもぎょーさんドリブルするなー。ええのー、わいそーいうプレー好きやで。よろしくな」
「……おう」
ぶっきらぼうに答えた爽太に対して笑みを投げ掛けると、ビクターは「ほな後でな」と言ってなかよしキッカーズのベンチへと駆けて行った。
遼たちもベンチへと走る。他の川越の選手たちは、既に竹下監督の周りに半円を描いて座っていた。
◇
今日は幸い曇っていて、湿度は相変わらずだが気温はここ最近の中では低い方だ。優磨のスタミナも後半途中までは何とか持つかもしれない。
光は相手コートのビクターを見て緊張した面持ちをしているが、この緊張は恐らく悪い方にはいかないだろう。
オフェンス陣は自分を含めて相当気合い入っている。さっきベンチで竹下監督に、「この試合は打ち合いになると俺は踏んでいる。つまりどっちが多く点を取るかで勝負が決まるんだ。いいか、やってやってやりまくってこい。点取り合戦は絶対に負けんじゃねえぞ」と物凄くハッパを掛けられたのだ。
普段のほほんとしている監督にここまで熱く言われて、彼らが燃えない訳がない。
そして今大会、川越と戦う相手は殆どベタ引きの人海戦術を使ってきた。それでも大量に得点を上げて勝ってきた川越であるが、やはりド派手な乱打戦はテンションが上がる。
そこは対するなかよしキッカーズも同じようで、整列時は互いの殺気がぶつかり合って体が心地好く疼いた。
レフリーが中央で両チームのキーパーを確認してから、ホイッスルを甲高く鳴らす。張り詰めた空気が、なかよしキッカーズのフォワードのキックオフと共に解き放たれた。
「前から行こう! プレス厳しく!」
最後尾の利樹から檄が飛ぶ。遼は敵陣ど真ん中のビクターに向けて猛然とアプローチを仕掛けた。
ビクターはここでは無理をしない。右サイドバックに繋ぎ、自身はパスコースを作るために中盤を動き回る。
遼はまだビクターを追っている。立ち上がりは中盤の高い位置くらいまでなら、ビクターを追いかけていくつもりだ。
なかよしの右サイドバックは、中は無理と判断して縦にロングボールを蹴る。なかよしの右ウイングと、川越の左サイドバックの小林が競り合う。なかよしの右ウイングが先に体を入れた。小林は背後からピッタリと体をくっつけて圧力を掛ける。振り向けないと判断した右ウイングは、小林の脛にボールをぶつけて、コーナーキックへと逃れた。
その瞬間、川越の選手たちの視線は、一人の少年に注がれた。ビクターがエリアに入ってきたのである。
「海、絶対やらすなよ!」
ディフェンスのマークを確認しながら利樹が叫ぶ。
海がビクターと並んだ。身長はわずかに海の方がでかい。
なかよしのキッカーが右手を挙げてから助走を開始する。その間、海はビクターとガツガツと体をぶつけ合いながらポジションを争っていた。
空中に放たれたボールに両者ほぼ同時に跳ぶ。だが海は直後、肩甲骨の辺りをズシンと押し潰されるような感触を受けた。
「なっ?!」
ファーサイドでボールの行方を追っていた望月が驚愕する。ビクターはあの海よりも頭一つ抜け出していた。
ビクターは海に寄り掛かるような姿勢のまま、額でボールを捉える。一瞬会場の空気が張り詰めるが、利樹が胸元でガッチリ収めたのですぐに緩んだ。
「うおおお高え!!」
「ほんとに小学生かあいつは?!」
ピッチの周りの観客がざわめく。これまでこの全国大会を見続けてきた者は、川越の梶原のエアバトルの強さを十分に知っていた。それが一発目で破られてしまったのだ。驚くのも無理はない。加えてコーナーキックの競り合いというのは、ディフェンスが多少有利なのだがそのアドバンテージもビクターには関係なかった。
ナショナルトレセンのフィジカルモンスターがいきなり実力を見せつけた。
「くそっ!」
エリア内で膝を着いている海を見下ろしながら、ビクターは白い歯を見せている。海は火の着いたような眼でビクターを睨み付けた。
「……フン」
「へっへっ、やっぱそうこねーとな」
観客も、そして川越の選手たちもがビクターのプレーに唖然としている中で、爽太と遼は強敵を歓迎しながら自分たちのアタックの準備をしていた。