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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
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第2節 一閃

 ナショナルトレセンに選抜されている遼と、関東トレセンに選ばれている爽太を擁するアタッカー陣を活かした、破壊力抜群の超攻撃的サッカーをする川越に対し、南台の戦術はは東京都ナンバーワンキーパー・桐生雄彦を中心とした、鉄壁のディフェンスを売りとするチームだ。攻撃と守備、正反対の戦術を使うチーム同士の対戦は、かなり白熱した物になった。


 最初のチャンスは川越だった。光からのロングボールを、海がペナルティエリア付近で敵センターバックに競り勝ってヘディングで落とし、それにトップ下の河口優磨が素早く反応し、ダイレクトでミドルシュートを放った。ゴール右隅に向かって精確にコントロールされたシュートだったが威力が足りず、ダイビングした桐生に弾き出されてしまった。

 優磨のテクニックはチームでも1・2を争うほどで、戦術理解度もかなり高いのだが、小柄で線が細く、スピードやパワーはそれほど有るわけではないのだ。勇磨は俯き、悔しそうな顔をしてコーナーキックを蹴りに行った。


 ペナルティエリアの中に人が密集する。身体をぶつけ合ったり、ユニフォームを掴んだりと激しいポジション争いが行われている。ボールに触るために、少しでも良いポジションを取ろうとみな必死だ。

 優磨は短い助走から、その激しい肉弾戦が行われている真っ只中目掛けてボールを蹴りこんだ。長身の海が合わせようとジャンプするが、ヘディングをする前にキーパーにキャッチされてしまった。いくらヘディングに自信がある海とはいえ、ジャンプしたキーパーに競り勝つのは無理だ。「くそっ」と自分を呪う海に、遼は「どんまい」と声を掛け、ディフェンスのため自陣に戻っていった。


 またしても川越の攻撃。爽太からのサイドチェンジのボールを、遼はインパクトの瞬間にインサイドを引くようにして、ボールの勢いを殺すようにコントロールした。いいコントロールだったのでプレーに余裕が生まれ、敵が寄せて来る前には完全に前を向くことができていた。


 遼はほっとしたと同時に、胸の底に燃え上がるような何かを感じた。試合開始直後から遼は厳しいマークにあい、殆どボールに絡めていなかったので、かなり鬱憤が溜まっていたのだ。この気持ちをさっきから俺に付きまとってくるこの右サイドハーフに――いや、俺を止めにきた奴ら全員にぶつけてやろう――遼はそう思ってドリブルを開始した。


 左足のインサイドで中にパスをすると見せ掛け、素早くアウトサイドで切り返し、正対した右サイドハーフを抜いた。いわばエラシコの逆バージョンだ。エラシコは遼の大好きなロナウジーニョの得意技なので、何度も何度も練習し、完璧に会得していた。すかさずボランチがやって来るが、一人目を抜いた後にトップスピードに乗っていた遼はスピードだけで彼を振り切った。そのまま右足のアウトサイドでカットインして、シュートモーションに入る。右足は利き足ではないが、ある程度のシュートは打てる。細かいコントロールは効かないが、威力は左足に劣らない。渾身のシュートを、桐生の守るあのゴールに思いっきりぶちこんでや――らないっ! 遼はシュートブロックをしようと、必死のスライディングを敢行してきた右サイドバックを嘲笑うかのようなキックフェイントで、外側に切り返した。だが中から外へ切り返したことにより、ゴールへの角度は少なくなってしまった。チラッとキーパーを確認したがポジショニングは完璧で、いつでも遼のシュートに対応できるようになっている。


 ちくしょう、コースが無い……。遼はシュートを諦め、センタリングを選択した。大声でボールを要求しながら、ペナルティエリア中央に向かって走り込んで来るつるつる頭と、ファーサイドに静かに走り込んで来ている長髪の少年が見えた。ペナルティエリアで圧倒的な存在感を放っている海にディフェンスは引き付けられていて、ファーの爽太のマークが若干手薄になっている。


 決めた、海を囮に使おう。遼はセンタリングを上げる瞬間に海を見ながら、その頭を越えるボールを蹴った。ディフェンスは裏をかかれ、慌ててファーサイドに流れていく。だが間に合わず、爽太はほぼフリーな状態で、ゴール右隅にヘディングシュートを放った。だが、桐生はシュートが来ないとわかった瞬間に、ポジションをセンタリングに備えて切り換えていたので、この一連のプレーに反応できていた。左手一本でボールをかき出すと、ディフェンスがそのこぼれ球をすかさずタッチラインの外にクリアした。またしても川越はゴールを割ることはできなかった。


 その後も川越は攻め続けるが、南台守備陣の気合いの入ったディフェンスに手こずり、あまり決定機を作ることができない。できたとしても、最後には桐生という壁が立ちはだかっている。


 遼はなんとか打開したいと思うのだが、常に二人・三人にマークされ、さっきのチャンス以外ではドリブルはおろか、自分へのパスコースすら寸断されてしまっているので、ボールに触ることすらままならない。もう一人のドリブラー・真島爽太も同じく封じ込まれていて、彼もボールに絡めていない。チームの主力二人がゲームから消されてしまったので、優磨と光はポジションを上げ、なんとか点を取りに行こうとした。

 足元のある二人が前に出てきたことで、前線のボール回しはさらに活性化した。更に遼と爽太がいなくても俺様がいるぞ、と言わんばかりに海が前線で身体を張り続け、両サイドバックも積極的に駆け上がって来る。ディフェンスはほぼツーバックになってしまったが、それでも川越は遮二無二攻め続けた。あと一歩で、あと一歩でゴールを奪えそう……。

 その気持ちは川越をさらに攻撃に駆り立て、守備の意識は完全に消し飛んでしまった。







「くそっ」


 自陣のゴールネットに白く泡立つボールを見た時、遼は拳を握り締めながら毒づいた。やられた。前がかりになり過ぎた結果、定石通りのカウンターから失点してしまったのだ。


 光から海へのラストパスがディフェンスにカットされ、センターバックの裏にロングボールを放り込まれた。センターバック二人と、南台で唯一バイタルエリアより前に居た敵センターフォワードが、ボールに向かって走る。センターバックは必死に追い駆けるが、センターフォワードの足は速く追い付くことができない。ならば触れる前に触ろうと、キーパーがペナルティエリアから飛び出してスライディングをするが、先に触ることができず、逆に先に追い付いたセンターフォワードがワンタッチでキーパーをかわし、無人のゴールにボールを叩き込んだのだ。


 失点の原因となってしまったパスを出した光は、俯きながらキックオフ前のポジションに戻って行く。光は責任を感じているようだが、これは光一人の責任ではない。ラストパスにはリスクが付き物だし、リスクを冒さないで点を取れるほど、サッカーは甘くない。

 原因は俺たちオフェンス陣のせいだ。俺たちが封じ込められていつまでも点を取れないでいるから、前がかりになり、攻守のバランスが崩壊してしまったのだ。


 遼の胸中は葛藤で溢れていた。攻めなければ点を取れない、かといってこれ以上攻撃を厚くしたらそれこそ南台のカウンターの餌食になってしまう。一体どうすれば……。遼は悩んだが、答えが見付からなかった。


 川越のキックオフからゲームが再開した直後、前半終了を告げるホイッスルが鳴り、両軍がベンチへ引き上げ始めた。遼と爽太は、自分たちのことをストーカーの如く追い続けてくるマーカーたちを一瞥した後、すごすごとベンチへ引き上げて行った。

トレセンとはトレーニングセンターの略で、選手個人の育成を目的とした、各年代ごとの選抜のことです。FC川越のある川越市の場合は、川越市トレセン→埼玉西部トレセン→埼玉県トレセン→関東トレセン→ナショナルトレセンという風にステップアップしていきます。間違えていたらすいません……。


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