表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
28/48

第27節 怒りのシザース

ー登場人物FILEー


(はなぶさ) 祥平(しょうへい)

FC川越のセンターバック。

低学年の頃、川越のみんなで『はなぶー』と呼んでからかっていたらぶちギレてえらいことになったためそれ以来『はなぶー』は禁句になった。

 敵陣のバイタルエリアで優磨からのパスを受けた遼は、ボールを左足のインサイドに吸い付けるようにしてターンを決め、先ほどから執拗にへばりついてくるマーカーがやって来る前にゴールを向いた。

 そして左足のインサイドでボールを軽く内側に押し出し、それをアウトサイドで切り返す――ようにして素早く跨ぐ。そして直ぐ様右足のアウトサイドで内側へとつつき敵をかわした。鮮やかなシザースにマーカーはなす術もなく芝に尻餅をつく。

 もう一度ボールを縦につついてエリアに侵入した時、敵センターバックが慌ててカバーに入ってきた。だが遼は彼がやって来るよりも早く右足を振り抜き、自分から見てゴール左隅に正確に決めた。

 甲本遼、記念すべき全国大会初得点!!


「よっしゃあ!」


 遼は10メートルほど走った後に飛び上がり、空中で渾身のガッツポーズを決めた。そしてその直後、いつもの如くチームメートたちが遼の元に駆け寄ってきて、頭を撫でたり(と言うよりは思いっ切り擦ったり)ハイタッチを交わす。

 暫くそのようにもみくちゃにされた後、遼はようやく解放された。ベンチを見ると、竹下監督が手を叩いてこちらを見ている。竹下監督は目で「オッケーナイスプレーだ!」と言っていた。

 遼はニカッと笑ってそれに応える。そして相手の選手たちを哀れむような目で一瞥した後、そのまま意気揚々とキックオフに備えたボジションを取りに行った。



 ◇



 遼と光の仲が戻った日から、光は見事に復調した。いや、復調というより以前よりもプレーのキレが明らかに増した。何かに吹っ切れたようでプレーに迷いが無く、判断の一つひとつが的確で速いのだ。

 遼に「お前判断速くなったなぁ」と誉められた光は「えへへ」と照れ臭そうに笑っていた。皆はその光景を何となく見ていたが、理由を知っている爽太と竹下監督は、遠巻きに慈愛溢れる瞳で見つめていた。

 そんな絶好調の光もいて、相変わらずモチベーションの高い選手を多数取り揃えた川越は、夏休みに入った直後に行った試合合宿でも他県の強豪相手に勝ちに勝ちまくった。

 仕上がりはほぼ完璧である。竹下監督は、彼らが全国でも負けるところが想像できなかった。


 そしてグループリーグの組み合わせが決まった。

 抽選の翌日、竹下監督は今度は忘れることなくみんなに組み合わせを伝えた(松本コーチが「今度は忘れないで下さいよ!」とかなり念を押していたので)。

 FC川越はA~LまであるグループのうちのCグループになった。

 Cグループは川越の他に3チームいる。福島県代表の多賀SCと石川県代表のFC金沢、そしてこのグループ唯一のJクラブで、川越にとっておそらくグループリーグ最大の難敵となるであろう、広島県代表・サンフレッチェ広島FCJr.だ。この中で上位2チームが二次リーグに進出できるのである。


 川越は広島と共にグループリーグ突破の最有力候補に挙げられている。しかも川越が1位、広島が2位という順位だ。いかに彼らに対する期待が大きいかが伺える。



 FC川越は現在FC金沢とCグループの第1試合を闘っており、スコアは後半半ばを経過して2対0で川越がリードを奪ったところである。


 この試合、序盤は初戦独特の緊張感からか両チームとも動きが固くミスが散発し、互いになかなかペースを掴むことができなかった。顔が上がらないため視野が狭まり、判断が遅れ、前線や中盤で思うようにパスが回らない。

 しかも金沢はベッタリ引いて典型的なリアクションサッカーをしてくるチームで、畳み掛けて力で捩じ伏せる川越に取ってはやりにくいチームだった。


 そんな状況を打開したのは、やはりエースだった。


 遼はパスが繋がらないと見るや、後方の選手がボールを持つと頻繁にギャップに顔を出して受けようとしたり、相手ディフェンスと常に駆け引きをして裏を取る動作を見せていく。それに釣られて爽太や優磨も連動して動き出し、金沢のディフェンスに所々綻びが見えるようになってきた。

 そして前半16分。ようやく揺さぶりが効いてきて、川越はこの試合初めての決定機を迎えることができた。


 ハーフェーライン付近でボールを持ったセンターバックの英が右サイドバックの山川に繋ぐと、山川はダイレクトで中央から寄ってきた望月に当てた。望月は背後からやってくるチェックをソールを使ったターンでかわすと、簡単に光に預ける。敵ボランチのプレスが直ぐ様やって来るが、光は素早く逆サイドに展開してこれを回避する。タッチライン際に爽太が張っていた。

 爽太は浮き玉を正確にコントロールすると、対峙したディフェンスを股抜きでかわしチップキック気味のセンタリングを上げる。そこにはもう皆さんお分かりだろう、センターフォワードの海が足のバネを振り絞って空中に躍り上がった。

 しかし海は飛んでいる最中突如バランスを崩して尻から地面に落下した。ファーサイドに走り込んでいた遼は、相手センターバックが海のユニフォームを掴んで引きずり倒すのをしっかりと見ていた。

 そしてその瞬間、レフリーのホイッスルがけたたましく鳴り響く。そしてペナルティスポットを指差した後、海を倒した選手にイエローカードを提示した。――PKだ!


「ハッハッハーどうだPKだ! 俺様が獲ったんだぞ!」

「サンキュー海! それよりケツは大丈夫か?」

「あー大丈夫だよ遼、こいつすげー頑丈だから。それより落下されたグラウンドの心配した方がいいぜ」

「何言ってんだ優磨! 俺だってなぁ……で、でりけーとなんだぞ!」


 はしゃぐ川越の選手に、レフリーがボールを渡しに来る。海がそれを自信満々に受け取った。

 ペナルティスポットにボールを置いた海は、バックステップでかなり長めの助走を取る。そして笛が吹かれた途端、その場で軽くジャンプをしてから爆発的に駆け始めた。

 殺気剥き出しで猛スピードで突っ込んでくるスキンヘッドの巨漢に、キーパーは明らかにビビっている。そのためキーパーは、かなり早いタイミングで飛んでしまった。

 ドゴォンという物凄い音と共に発射されたシュートは、既にキーパーが飛び立った後のゴールど真ん中に豪快にぶちこまれた。


「ハッハッハ、どうだオラァ!!」


 雄叫びを上げる海に川越の選手たちが群がり、つるつる頭を撫でたり叩いたりする。海がゴールを決めた時にお決まりの、遼たちなりの祝福だ。


 その後攻撃のリズムを掴んだ川越は積極的に仕掛けていくが、金沢のディフェンスも流石に全国まで出てきたチームだけあってしっかりしており、そう簡単には点を取らせてくれない。

 逆にカウンターからピンチを迎えてしまった場面も2回ほどあった。

 だがピンチを迎えてもディフェンス陣が要所をしっかりと押さえてくれるので事無きを得て、前半は1対0で折り返した。


 後半も立ち上がりから川越は攻め続けた。


 爽太が右サイドをドリブルで破り、ゴールラインまで達した時にマイナスのセンタリングを上げる。それに2列目からタイミング良く飛び出してきた光が右足で合わせたが、金沢のディフェンスにスライディングでブロックされてしまった。 


 尚も川越は一方的に攻めまくるがゴールが割れない。相手は極端なまでに引いてきているので、スペースがまるでなく、ボールを保持していても突破口が見つからないのだ。

 前半もかなり守備に重点を置いていた金沢だが、後半は一層ディフェンスに比重を置いてきたのだ。


 遼はここである種の違和感を覚えた。

 金沢は1点リードされている側なのにも関わらず、攻めてくる気配がまるでない。それどころか、なんとかこのまま0対1で終えようというような 様子さえ見てとれる。川越相手に1失点でゲームを終えられるなら上々とでも思っているのか。


 遼の心に苛立ちが募ってきた。


(こいつらこんなサッカーしてて楽しいのかよ? 相手の監督の指示か? それともただの負け犬根性かよ? )


 遼はなんとしてでも、もう1点を取りに行こうと決めた。

 この試合では自分に金魚の糞のようなマンマーカーが二人も付けられ、スペースなんてほとんど無いに等しい状況だったために、ボールを受けても簡単にはたき続けていた。だがそんな物はお構いなしに、バイタルよりも前ならボールを失ってもいいから強引に仕掛けていくことにする。

 

 そして遼の再三に渡る無茶なドリブルは遂に実を結び、追加点が生まれたのである。


 遼のゴールの後、金沢は集中が完全に切れてしまった。川越は相手が戦意を喪失しても容赦はしない。更に遼が右サイドからのカットインでミドルをぶち込み、3点目を決めて勝利を決定付けた。


 その後得点はなかったものの無失点のままタイムアップの笛を迎え、遼の全国大会デビュー戦は終わった。


 ホイッスルが三度鳴り響いたと同時に、スリートップを除く川越の選手たちの顔からは、喜色と安堵の両方が見てとれた。遼たちの代は全員が全国大会の出場経験が無かったので、いくら下馬評が高い彼らでも未知の世界に足を踏み入れる心地だったのだろう。 


 ちなみにスリートップのうち、海はいつも自信満々な顔に更なる自信を漂わせていて、爽太は無得点だったためかいつもよりも少しむっつりしているように見える。遼は喜んではいるものの、いつものような弾ける笑顔を見せてはいなかった。


「お疲れ遼」

「あ、監督。ありがとーございます」


 ベンチに戻りタオルで顔の汗を拭いていた遼に、竹下監督が声を掛けてきた。


「どうしたんだよ、2点取って勝ったっつーのにそこまで嬉しそうじゃないな」

「はぁ……。いや自分のプレーに納得いかなかったとかそーゆーのじゃないんです。何と言うか、全国ってこんなもんなのかなぁと思って……。もっと自分のサッカーをしてくるんだと思ってました」


 苦笑いを浮かべながら話す遼。一方竹下監督は、爆笑しながらそれに答えた。


「おいおい、そりゃあいくら全国大会だからって格下のチームはいるさ。お前はレッズのようなチームがゴロゴロいるのを想像してたみたいだけど、あれは大会が始まる前からすでに優勝候補だったんだから、あれよりもレベルが上のチームはそう簡単にはないよ」

「そうっすか……いやでも何だかなあ。……つまんないですね」


 遼は頭を掻きながら腑に落ちない表情を見せる。ここで竹下監督はある不安を覚えた。


「遼、俺はお前の実力は認めている。確かにお前は凄い選手だよ。けどな、俺はまだお前が宇留野に勝ってるとは思ってない」


 遼の眉がピクリと動いたのが竹下監督には見えた。


「俺らがレッズに、宇留野に勝ったのだって『対レッズ用の戦い方』をやってきたからだろう? それだってリアクションサッカーじゃないか」


 遼は相変わらずぶすっとしている。竹下監督の言いたいことは良くわかるが、それを受け止めたくないのだ。要するに駄々をこねているのでる。


「遼、こんなことでモチベーション下げてんじゃねーぞ。宇留野に勝ちたいんだろ? だったら優勝しかないだろ。日本一の小学生になろうぜ。俺に『戦術は甲本』とでも言わせてみろ。それで始めて調子に乗れ」

「……わかりました」


 ふて腐れた表情のままだったが、遼の口元には微かに笑みが浮かんでいた。そして眼には鋭い光が宿っている。


 ――日本一の小学生。戦術は甲本。何でも一人で打開できるプレーヤー。遼はそれになることに決めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ