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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
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第26節 大暗躍

ー登場人物FILEー


桐生(きりゅう) 雄彦(たけひこ)

東京都のクラブチーム・南台SSのゴールキーパーで、ナショナルトレセンの正ゴールキーパー。身長は海よりもでかくガタイもかなり良いため、ナショナルではみんなからキングコングやゴリなどと呼ばれている。ちなみに本人はまんざらでもないらしい。

 遼は校舎裏で、壁を背にして立っていた。もちろんその周りは数人の女子によってこ囲まれている。

 絶体絶命。遼にとっては、そう呼ぶのに相応しい状況だった。


「ねえ遼くん」

「な、何?」


 遼の目の前に立っている、細身の長身にショートカットという出で立ちの女子が言った。彼女こそがあの渡辺美依である。

 ちなみに遼よりも美依の方が10センチ以上も身長が高い(遼が153センチ、美依が164センチ)。そのため美依本人にはまったくその気はないだろうが、構図的には完全に、獲物を目の前にした蛇とそれに睨まれた蛙である。今の遼にはピッチにいる時の躍動感はまるで感じられなかった。


 美依は遼の名前を呼んでから顔を赤らめ、モジモジしている。彼女の周りでは、女子たちが「ほら頑張って美依!」とか「ここまで来たんだから言うしかないでしょ!」だのと囁き声で励ましている。

 ちなみにそれらの声は遼にも聞こえるような大きさであったが、彼の耳にはそれらはまったく入ってきていなかった。遼の思考はどうやってこのピンチを切り抜けるか、このことだけを考えていた。


「あ、あのね遼くん」

「だから何だって」


(俺早くサッカーしに行きたいんだけどな)


  遼の心に少しずつ苛立ちが募ってきた。用件があるなら早く言ってほしい。恥じらいだの照れくさいといった、そのような乙女心がまったく理解できてない遼はそう思っている。


「私と……つ、付き合ってください!」


 美依はショートカットがブワッと舞い上がるほどの勢いで頭を下げた。遼からは見えないが、彼女の目は興奮と緊張のあまり潤んでおり、そしてそれとは対照的に唇は乾き切っていた。

 その様子を、美依を取り巻く女子たちは「よくぞやったな」と言うような目で見ていた。


「う~ん今日は無理だな」

「…………えっ?」


 遼は腰に手を当て、苦笑しながらそう答えた。一方美依を含む女子一同は遼の言った言葉の意味がわからず、 呆気に取られたような顔で遼を見ている。

 ちなみにこれはボケではない。遼はいたって真面目な気持ちでそう言ったのだ。


(しめた相手は動揺しているぞ! 今がチャンスだ!)


 そう思った遼は、一気に敵陣を突破することに決めた。遼はもちろん、なぜ彼女らが動揺しているのかは知らない。


「じゃあ俺今日はサッカーしに行くから、付き合って欲しいんならまた今度ね! んじゃ!」

「え、あちょっと!」


 遼は戸惑っている女子たちの間をすり抜けると、ダッシュで校門を飛び出して行った。残された女子たちは、遼の去って行った方を見たまま立ち尽くしている。


「行っちゃった…………あれってOKってことなのかな?」


 一番最初に我に帰った美依は、後ろを振り返りながら言った。すると彼女以外の女子たちも正気に戻り、各々顔を見合わせながら渋い顔をしていた。


「う~ん…………い、いいんじゃない?」


 そのうちの一人がそう言った。すると他の女子たちも「そ、そうよね!」「一応は成功ってことでいいんじゃないかな!」と口々に言った。


「OKか…………」


 美依は手をグッと握り小さなガッツポーズを作ったまま空を見上げる。一方遼はそんなことは露も知らず、一刻も早くサッカーがしたいがために全速力で家路を急いでいた。



 ◇



「それだよ」


 爽太は確信した。

 光はおそらく美依が遼と付き合ったということを、女子たちのネットワークを通じて知ったのだ。男子たちのネットワークにはそんなことは出回って来なかったので、爽太は知ることができなかったのだ。


「それって何だって」


 遼は不安気な眼差しで爽太を見る。まだ気づかないのかこいつは。そう思った爽太は呆れてため息を吐いた。


「お前ってほんと、なんつーかその……まあいいや。取り敢えず簡潔に言うと、お前は美依って奴からコクられたんだよ」

「へーそうなんだコクられたんだ俺……コクられたんだ俺?!」


 遼はいきなりすっとんきょうな声を出した。通りすがりの人たちの視線が一瞬遼へと集中した。


「他に何があるんだよ」

「いやだからその……一緒に遊ぼうとかそんな感じ?」


「違うに決まってんだろ」と言いかけて爽太は言葉を止めた。二人は赤信号のため十字路で停止した。


「っていうか俺がコクられたのと光のそれとはどんな関係があるんだよ?」


(もういいやこいつ)


 爽太は適当に「別に何でもねーよ」 とはぐらかして、またペダルを踏み始めた。


「あ、待てよ爽太!」


 遼はさっさと先に進んで行ってしまう爽太を、急いで立ち漕ぎで追いかけ始めた。



 ◇



 時間は再び戻って、光が竹下監督との話を終えた後のこと。

 爽太は光と二人て帰ろうと思ったので、遼を先に返して一人転車置き場で待機していた。そして光が話終えてこちらにやって来るのが見えると、手招きして呼び寄せた。


「何?」


 そう言った光の声はとても平らで、二人しかいない夜の自転車置き場で不気味に響き渡った。


「帰ろう」


 爽太はサドルに股がりながら言う。光は無言のまま、乾いた瞳で爽太のことを見ている。


「…………遼は先に帰った。だから大丈夫。お前に話したいことがあるんだ」


 光の瞳が揺れた。そしてまた数秒ほど黙ったままだったが、やがて自転車に乗り、爽太の隣を走り始めた。

 そして暫く無言のまま走り続けた後、爽太が意を決したようにゆっくりと口を開き始めた。


「あいつ、美依って奴とは付き合ってねえってよ」

「…………え?」


 光の目が驚愕に見開かれた。続いて「そ、それってどういうこと?」と震える声で爽太に問う。爽太は光を横目で見た後、軽く息を吐いてから話し始めた。


「あれはあいつの勘違いだよ。あいつは女心や恋愛なんて物はクソほども解っちゃいない。美依の気持ちも、お前の気持ちも、どちらもあいつにとっちゃどーでもいい物なんだ」


 そして爽太は遼が自分へと伝えた告白シーンの再現を更に光へと伝えた。話が進むにつれて、隣の少女の目からは小粒の涙が零れ始めた。光は泣いてはいるが顔は微笑んでいる。それは弱々しいながらも喜色に溢れ、月明かりに優しく照らされていた。 

 二人はまた無言で走り続ける。聞こえるのは時折通る車の音と、光が鼻をすする音だけだった。


 すすり泣く音が止んだ時、爽太はハンドルから片手を離し光の方を向いた。


「んでどうすんだ光」


 光は一瞬何を言ってるのか理解できず首を傾げていたがすぐに察し、はにかんだ笑みを浮かべながら言った。


「…………まだいいかなっ」

「そうか」


 爽太は離していた手を再びハンドルに戻す。30メートルほど前に、高速道路の上を跨ぐ大きな坂道が出現した。二人は助走を付け、軽やかに坂を駆け上って行く。あっという間に坂の頂上に到達した。


「でも早くしないと今度はほんとに取り返しつかなくなるぜ」


 爽太はそう言い残し、光を置いて颯爽と坂を下って行った。


(ったく本当に世話の焼ける奴らだったぜ)


 爽太は口許を緩ませながら、立ち漕ぎのまま体勢を低くした。


「あーもうそんなこと言わないでよ! ってか爽ちゃん速いよ待ってぇぇーー」


 光も肩まで掛かった髪を風になびかせながら、光の速さで消えていった爽太の後を追いかけて行く。光の顔は、ついさっきまでの彼女からは考えられないほどの喜色で溢れていた。  


 翌朝、光は『いつも通り』の時間に家を出た。外には髪の長い少年が、俯いて腕を組んで立っている。光はその少年に「おはよう」と声を掛けると、彼は手をひらっと振って応えてきた。それを見て光は微笑む。そして二人は遼の家の方へと歩き出した。

 二人で歩いている間、爽太は昨夜のことを特に話題には出してこなかった。


 二人は暫く歩き続ける。そして交差点を曲がって、遼の家の前へと通じる道路に入った時、遼が門を開けて出てきた。


「おう」

「おはよう遼ちゃん!」

「うん? ああおはよう……って光!」


 遼の寝ぼけ眼が完全に見開かれた。門の前に突っ立ったまま、呆然とこちらを見つめている。だかすぐにほっとしたような表情を浮かべ、光たちの方へと歩いてきた。


「久しぶりだな~」


 嬉しそうに遼は言う。遼はなぜ光が自分を避けていたかについては特に聞いてこなかった。遼はまたこうして光と一緒に学校へ行けるようになったわけだから、特に理由を知る必要はないと思ったのである。

 光は少し複雑な気持ちになったが、「遼ちゃんらしいや」と思い直し、深く考えないことにした。


 三人で学校までの道をのんびりと歩いて行く。半分ほど歩いた時、遼が深刻そうな顔で光の方へ振り向いてきた。そして「なあ……」と言いながら重そうに口を開く。光の心臓の鼓動が急に速まった。まさか…………。


「また兄貴にウイイレでボコられたんだけど……。しかも俺レアルであっち北朝鮮代表だぜ? もう俺どーすればええねん」


(そうきたか!)


 光は心の中で激しく突っ込んだ。そしてその突っ込みの勢いそのままに遼の背中を思い切り叩いた。


「いってぇ光! 何すんだよ!」

「何でもない!」


 ケロッとした顔で光は答えた。遼は「はあ……?」とぼやいて、背中をさすりながら歩き始めた。

ネイマールのW杯が終わったまいましたね……。しかも準決ではドイツにこれでもかってぐらいボコられちまいましたし、なんかもう凄く悲しいっす(涙)

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