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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
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第25節 げに恐ろしや

ー登場人物FILEー


調(しらべ) 利樹(としき)

FC川越の正ゴールキーパーにして副キャプテンを務めている。レッズの大ファンで、遼が原島に会ったのを知った時は嫉妬のあまり増川のいるロッカールームで半狂乱になり、その後増川から延々と説教を食らってしまった。

 遼が女子たちに取り囲まれた翌日。


 いつもと同じ時間に家を出た遼は、丁字路の角の向こう側からやってくる爽太を見つけた。しかし爽太の隣には、いつも一緒に来るはずの光がいなかった。


「あれ? 光はどーした?」

「ああ……あいつは具合が悪いから学校は遅刻して行くって」

「マジか! あいつ以外と丈夫なのに……珍しいな」


 遼はドングリまなこを見開いて驚いた。

 痩せていて色白で、いつも俯き加減で歩いている光はどこか弱々しい印象を与えるが、体は結構丈夫だったりするのだ。体は。


「それじゃあしょーがねーな。二人で学校まで行こうぜ」

「おう」


 黒いナイキのシャツを着た遼と、ベイルのレアルのレプリカ(2ndバージョン)を着た爽太は学校へと歩き始めた。


「あれ、今日お前も黒いの着てんじゃん。ベイルかーいいね」

「だろ。今シーズンはネイマールよりベイルのが凄かった」

「うるせーよ。ってかネイマールはそこまで酷くなかった。バルサが全体的に今シーズンはなんか違ったんだよ」

「確かにそれはあるな。あーあベイルをW杯で見たかった」


 サッカー小僧×2は、国内外問わずサッカーのことをあーだこーだ喋りながらアスファルトの上を歩いて行く。

 サッカーの話になるとこの二人は熱い。二人は時に激しく同調し、時に周りの人が振り向くほどの勢いで熱い議論を交わしている。

 特に膝を怪我する前のフェノーメノは史上最高のフットボーラーか否かについての議論は、かなり白熱した物になった。


(あれ、もう着いちまったな)


 そして二人はいつの間にか校門の前にいた。夢中で話しているうちに、無意識の内に通学路を踏破していたようだ。

 いつもはこんなことはない。なぜなら、光は遼や爽太ほどサッカーに詳しい訳ではないので、今日のようにサッカーの話だけに夢中になることがないからだ。


「もう学校か」


 爽太も同じことを考えていたようだ。


「ほんとな。俺ら完全に話し込んでて気づかなかった」

「光がいないとサッカーのことしか話さないからな」


 二人は顔を見合わせて苦笑する。


「まあ明日には光も元気になってるだろ」

「ああ、間違いない」


 二人は階段を昇りながらそう頷き合う。そして恒例の、業間休みのサッカーの約束をしてから六年一組の教室の前で別れた。


 光は明日には元気になって、またすぐに三人で登校していくことになる――遼はそう思っていた。

 しかしそれは裏切られた。遼は暫くの間、爽太と二人きりでの登校をすることになったのである。



 ◇



「なぁ爽太……俺さ、最近光にめっちゃ避けられてるんだけど」


 自転車のハンドルにもたれ掛かりながら遼はため息を吐いた。


「それ俺も思ってた。お前光に何かしたのか?」


 光が遼たちと登校しなくなってから1週間ほど経ったある日の夕方、遼は爽太と共に自転車で市営の運動公園に向かっていた。これから夜練である。


「いや何も」

 

 遼は顔をしかめて答える。爽太はため息を吐き、二人は少しペースを落として自転車をこぎ始めた。


 光が学校を遅れてきたあの日から、光は極力遼と関わらないように振る舞っていた。

 一緒に通学や練習の行き帰りをしないのはもちろん、業間休みと昼休みのサッカーにも光は出てこないし、練習が無い日の校庭でのサッカーも来なくなった。廊下とかですれ違った時に声を掛けても無視される。

 極めつけはFC川越の練習のことだ。二人組を組めと指示された時、六年生で遼と光だけが余った。そこで遼は光と組もうとしたのだが、光は遼が声を掛けようとした時に慌てて五年生の人と組に行ったのだ。

 流石に遼もこれには落ち込み、それ以来廊下で会ったとしても声を掛けることすらできなくなってしまったのだ。


「光にも直接聞いてみたんだよ。なんでそんなに避けるのかって」

「んで何て言われた?」

「……『別に何でもないよ』って言われて、そのままどっか行っちゃった」


 遼は眉間にしわを寄せる。なぜなら、遼には光が自分を避けるようになった原因が解らないからである。

 原因が解るならいい。解るなら今すぐにでも謝って、光と仲直りをしたいと思っている。しかし原因が解らないから遼もどうしようもないのだ。


「この前俺ん家で鼻からラーメン出したことでからかいすぎたかなー」

「それ結構前じゃん。しかもそーやっていじるのはいつものことだから、それじゃないだろ」

「そっかー」


 爽太は少し日が落ちかけている空を見上げる。そして突然ハッとしたように遼の方へ向き直った。思い当たる節があったのだ。


「? どーしたんだよ爽太」

「いや、何でもない」


 だが断定はできなかったので、遼に言うのは止めておいた。自分にとってそれはまったく未経験のことだったので、はっきりとそれだとは解らなかったのだ。

 だがしかし、原因はそこにあるような気もするのだ。


 遼があの女子たちに校舎裏へ連れ込まれて行くのを、爽太と光は見ていたのだ。爽太は「あいつ(遼)何してんだよ」くらいにしか思っていなかったが、隣に居た光は雷に撃たれたような顔をしていた。

 その時は光が何でそうなっていたのか理解できなかったが、昨日の昼休みの出来事と繋げると、光の衝撃の原因が解った気がしたのである。



 ◇



 昨日の昼休み、外は雨が降っていたので爽太は教室で本を読んでいた。爽太は熱心な読書家である。ちなみに頭はかなり良く、オール5をとったことも一度や二度ではない。

 静かに本を読みたかった爽太であるが、雨の日の昼休みの教室はうるさかった。本を開いて読んではいるものの、周りがうるさすぎて内容が頭に入ってこない。入ってくるのは騒がしい雑音ばかりだった。

 しかし爽太はその雑音の中に興味深い会話を見つけた。ある女子グループの会話である。


「最近さー結構カップル成立してきてるよね」

「そうそう、一昨日も 二組の麻友ちゃんが及川くんと付き合ったらしいし」

「嘘マジで?! 知らなかったー」

「カップルと言えば、美依(みより)が遼くんと付き合えたの知ってる?」

「いやそれは当然知ってる!」

「有名じゃんそれはー」


 爽太はそれを聞いて吹き出しそうになってしまった。

 女子の間では有名な出来事だったのかもしれないが、遼におそらく一番身近な存在である自分は、それをまったく聞かされていなかった。驚くのも無理はない。


 ちなみにその美依という女の子は、学校をダッシュで飛び出そうとした遼をヒーヒー言いながら引き留めたあの女の子である。

 学年の女子グループの中でも一番目立つグループの人で、その中でも殊更目立つ女の子だ。顔もそれなりに可愛くて、バスケをやっていて、運動神経も光と争えるくらいの物を持っている。


「美男美女かー憧れるな」


(あ、あいつが美男だと?!)


 爽太はまたも吹き出しそうになった。

 遼には申し訳ないが、あいつはイケメンではない。不細工ではないが、ぶっちゃけかっこよくもないのだ。

 しかし優しくて、足が速くて、そしてサッカーの上手い遼は女子たちの憧れの的なんだろう。


(マジかよあいつ。女子に興味ないと思ってたけど、意外なところもあるんだな)


 フッと笑って本を閉じた後、昼休み終了五分前を告げる予鈴が鳴った。爽太は用を足すために席を立った。


「いいなーわたしも付き合いたいな」

「柚希も好きな人いるんでしょ?」

「うん…………いるにはいるんだけど…………」


 爽太はトイレに立つ自分に、柚希と言う子が切なげな視線を投げかけていたのに気づくことはなかった。


 男子よりも女子の方が精神面での成熟は早い。男子は女子に興味を持ったってせいぜいイジワルをするので精一杯だ。そうでなくとも、恋心なんてものが小学男子に解るはずもない。今ここで言ったカップルだって、皆女子たちからのアプローチで成立したものなのだ。

 一見周りの男子たちよりも大人びて見える爽太だが、彼もそこのところは例外ではなかった。

 恐るべしである。 



 ◇



「どうしたんだ爽太?」


 無言のまま何かを考え続けている爽太に遼が聞いた。


「……何でもない」


 爽太は「光がお前のこと好きだってのは知ってるのか?」と聞こうと思ったが、それは確信のないことだし、そうであったとしてもあまりにも質問がストレート過ぎるので止めておいた。


「遼ってあいつと付き合ってるの?」


 爽太はもう知ってることであったが、本人の口から改めて確認しようと思って聞いた。


「? あいつって誰? 俺誰とも付き合ってないよ」

「…………え?」


 爽太のなかでたぶん今年一番びっくりした。その証拠に、隣で自転車をこいでいる遼からも、爽太の前髪の下の目がパチッと見開かれるのが見えたほどである。


「え、ちょい待て。俺が誰かと付き合うとすると思ったのか? 俺ぜんっぜんそーいうのわかんないよ?」

「は? お前美依って奴からコクられたんじゃないの?」

「いやコクられてないよ」

 

(こいつ……わけわかんねぇ)


 爽太の驚きは呆れに変わっていった。なんかもう、遼がよくわかんなくなってきたのだ。


「美依ちゃんにはこの前校舎裏に連れ込まれたけど……別にそんだけ」

「いやたぶんその時に何かあったんだよ! お前その時美依って奴から何て言われた?」

「何って言われてもなぁ…………」


 遼はあの時の記憶を克明に思い出そうと、懸命に頭を捻り始めた。

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