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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
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第23節 悩み

ー登場人物FILEー


河口(かわぐち) 優磨(ゆうま)

童顔のクセに結構毒舌。その上ドSで人をいじることが大好き。ちなみに優磨と海は遼たちとは別の小学校に通っている

 遼と爽太と利樹が埼玉スタジアムで試合をしてから3日たった火曜日の夜、FC川越は川越市の市営グラウンドでナイター練習をしていた。グラウンドからはボールを蹴る音と、サッカー少年たちと白髪頭の太ったコーチの威勢のいい声がよく響いてくる。そしてたまーに無精髭を生やした青年が、のんきな声で喋るのが聞こえてきた。

 彼らのいつもの練習風景である。

 いや、訂正する。今日――というかここ数日は、いつもよりもグラウンドはうるさく、そして熱かった。特に刈り上げ頭のキーパーの少年とパチンコの玉のような頭をした飛び抜けて背の高い少年、そして小柄で大きなどんぐり眼をしている少年はことあるごとに「おい声出そうぜ!」だの「オラ気合いたんねーよ!」だのと叫んでいる。彼らがそう言うとチームメートたちも「おう!」と応え、練習の間は高いテンションが一度も途切れることがないのだ。

 そんな気合い入りまくりのサッカー少年たちの練習風景を、竹下監督と松本コーチは嬉しそうに見ていた。



 ◇



 県大会が終わった次の日だけは練習が休みになった。竹下監督は過酷な環境の中で公式戦を2試合も闘った疲労を考慮して、そして見事タイトルを勝ち取った少年たちへのご褒美ということも兼ねてOFFにしたのだ。


 だがその次の火曜日からはまた激しい練習が再開された。


 県大会に勝ち抜いたFC川越は、夏休みによみうりランドで開催される全日本少年サッカー大会へ出場する。

 激戦区埼玉の王者である川越は、県大会が始まる前から全国大会でも優勝候補だったレッズを下してきたこともあって、目下優勝候補の一つとして挙げられているのだ。

 更に遼たちは川越史上最強の世代とも言われていて、内外で彼らに対する期待は相当なものとなっていた。


 県大会の前はのし掛かるプレッシャーに怯えていた遼だったが今回は違う。レッズに勝ってからはあの悪夢を見るをこともなくなり、身も心も現在至極絶好調なのである。そして今は期待も己のパワーに変えられる程の余裕も持っている。

 遼を中心にまとまった川越はいい緊張感を持って、次の目標・全国制覇へ向けた練習を行っていた。



 ◇



 現在時刻は7時半頃。恒例となっている練習メニュー最後の紅白戦をするところである。選手たちは竹下監督によっていくつかのチームに分けられ、ビブスを貰ってからグラウンドへと散らばっていった。


 光は青いアディダスのビブスを身につけた。遼や爽太たちもこの青いビブスを着ている。トップチームのビブスだ。背番号はユニフォームと同じ6番。ポジションもいつもと同じボランチである。


 自陣の中央付近にポジションを取った光は、視線をセンターサークルの方へ向けた。そこでは背番号10のビブスを着ている遼が、隣の背の高いつるつる頭の少年と何やら話している。その顔はとても楽しげで、光は二人が――いや、遼が何を話しているのか気になってしまった。


(遼ちゃん何話してるんだろ……やっぱこれから始まる試合のことかな? いや、日曜日の原島に会ったことをまだ自慢してるのかな? それか練習中に海くんがスクイズの水を吹き出したことをまたからかってるのかもしれない…………)


 などとぼーっとあれこれ考えてたら突然、海のでかい声がグラウンドに響き渡った。


「おい光! 何してんだよ!」


 光はそれで我に帰った。その途端、足元にコツンと衝撃が走った。キックオフで遼から下げられたボールが当たったのだった。


「あっ! やばいっ」


 こぼれたボールに向かって隙ありと言わんばかりに、サブチームのセンターフォワードの大島が猛プレスを掛けてくる。光は大島に触られる前に、必死に足を伸ばして爪先で左サイドバックへと繋いだ。

 だが相手のウイングはこれを狙っていた。

 小林はトラップ際に体を寄せられ、バランスを崩したところでボールを奪われた。そして相手ウイングはそのまま裏へ飛び出した大島へと短いスルーパスを出す。


「おい光マーク!」

「あっ」


 利樹から怒号が飛ぶ。集中を切らしていた光は、大島にあっさりと置き去りにされてしまった。

 慌てて英がカバーに入る。だが大島は簡単に中へとはたく。そこには2列目から控えボランチが飛び出してきており、ノートラップのまま右足のインフロントでキレの良いミドルを放った。

 それは内巻きにポストを掠め、ゴール右隅に突き刺さった。なんとトップチームは、試合開始から僅か1分ほどでサブチームに先制を許してしまったのだ。


「おい集中しようぜ集中!」


 ゴールネットから拾い上げたボールを海に向かって投げながら利樹が声を荒げる。


「ひかるー! やる気無いんなら代えるぞー!」


 ベンチではピチピチの白いポロシャツを着ている松本コーチが、短パンから突き出ている脂肪をブルブルと震わせながら怒鳴る。隣の竹下監督は光には特に何も言わず、松本コーチの横で脚を組んで座っている。


(そうだ。今はあんなこと考えている場合じゃない)


 光はキックオフ前、小刻みにジャンプしながら気持ちを整えようとした。雑念を振り落とし、なんとかしてゲームに入ろうとする。

 しかし駄目だった。雑念は振り払えず、散漫なプレーでチームの足を引っ張りまくってしまった。


 試合は遼と爽太がサブチーム相手に個人技で無双して、なんとか最終的に3対2勝利した。

 しかし本来中盤の舵取り役を担うべき光の出来が最悪だったので、ディフェンスラインからのビルドアップはほとんど上手くいかず、後方からスリートップにボールを当てて「はい後はお願いします」という単調なサッカーになってしまった。

 守備面でも光は控えボランチにいいようにあしらわれてしまい、何度も決定的なチャンスを与えてしまった。光は割りとディフェンスも巧いのだが、明らかに腑抜けている今日の彼女は控えボランチの敵ではなかった。


 流石に竹下監督も黙って見てる訳にもいかなくなってしまい、後半途中から遂に光は控えボランチとビブスを交換する羽目になってしまった。




(何やってんだろ私……)


 試合後、グリーンのビブスを着ている光は茫然として俯いていた。自分が控えボランチにポジションを取られたから悔しい、というのではない。ただただ、必死に練習をしているチームにメートたちに対して、本当に申し訳ないと思った。

 完全に悪循環に陥ってしまった。

 集中できないままゲームに入り、そうなるとやはりプレーの出来は悪くなる。更にメンタルの弱い彼女は、そこから自己嫌悪へと走ってしまい、更に心を乱してしまうのだ。崩れたメンタルをその試合中に立て直すことなんて当然できる訳がない。

 県大会で克服できたかに見えた弱点だったが、やはりそう簡単には直らなかったようだ。


 練習の終わりに全体で挨拶をした後、光は竹下監督に呼ばれた。その時光は悟った。


(スタメンから外されるのね……)


 控えボランチと交代した時から、このことは覚悟していた。だがいざ本当にそれを告げられるとなると、言い様もない悔しさが込み上げてくる。


「光」

「は、はい」


 目の前のパイプ椅子に座っている竹下監督が、少しの沈黙の後いきなり口を開いた。


「今日は悪い時のお前がモロに出ちまったな」

「はい……」


 肩をすぼめ、俯いて返事をする光。それを見た竹下監督は、少し雰囲気を変えようと明るい声で話始めた。


「誰だって悪いときゃあるよ。それは遼だって爽太にだってある。お前は単に悪い時の出来が酷すぎるだけだ」


(いや、それってあまり良いことじゃないと思うんだけど……)


「長田(控えボランチの名前)も、良い時のお前にはまだ全然敵わない。だからさ、自信持てよ。今日一日駄目だっただけでスタメンを落とすようなことは無いからな」

「はい!」

「うし、明日からまた頑張れよ」


 光は最後に軽く礼をして竹下監督の元から去っていこうとした。だが直後、ぼそっと囁かれた竹下監督の言葉に彼女は戦慄した。


「あんまり遼のことばかり見てんなよ」


 竹下監督は口元にいたずらっぽい笑みを浮かべていた。だが、直後それは振り返った光の表情を見た瞬間に掻き消された。

 彼女の顔からサーッと血の気が引いていくのが、竹下監督の目からも見てとれた。彼女の白い顔は蝋人形のようになり、半開きになっている口は酸素を求める死にかけの魚のようにパクパクと動かされている。


「い、一体何のことですか?」


 普段の物静かな彼女からは想像もつかないような殺気を含んだその声に、今度は竹下監督が思わず体を強ばらせた。


「いや何でもない何でもない。俺は何も言ってないよ。悪かった光。ほ、ほらもう夜遅いぞ。遼たちも待たせているんだったら早く帰った方がいい」


 竹下監督は光を急き立て、半ば強引に今の話を無かったことにしようとする。


「失礼します……」


 竹下監督はその言葉の裏に、「絶対に誰にも言わないで下さいね」とも言われていているような気がした。


(駄目だ、このネタでは絶対に光をいじれないな。もし仮にいじってしまったとしたら、何かと大変なことになりかねないぞ……)


 ふぅ、と竹下監督はため息を吐く。


「う~ん、あいつはあーいうのはほんと鈍感そうだからな……光の気持ちに気づいてやれりゃいいんだが」


 全国大会の前に、光にはどうしてもて吹っ切れて欲しかった。


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