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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
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第22節 ごめん、実は知っていた

ー登場人物FILEー


梶原(かじわら) (かい)

最近虫歯に悩んでいる。オフサイドを理解したのは五年生になってからだった。ちなみに県トレには選ばれているものの、埼スタでの試合のメンバーからは外れてしまった。

 サイドバックから縦にボールが入れられ、それを右足でコントロールした爽太はタッチラインを背負って神奈川のサイドバックと向き合った。

 その途端、スタジアムは不思議な興奮と緊張感に包まれた。


(次は何をする……?)


 スタンドの観客、そしてピッチの両チームの選手やスタッフからそのような眼差しが長髪の少年に注がれる。

 爽太は前髪の下でギラギラと目を輝かせ、唇の両端を牙を剥いたように吊り上げながら足とボールを細かく動かしてディフェンスのタイミングを外そうとしている。

 だがタッチミスをしたのか、突如爽太の足元からボールがこぼれサイドバックの方に向けて転がっていった。


(しめた!)


 サイドバックはそのボールに足を伸ばして奪おうとする。だかあと僅かでボールに足が触れようかという時、ボールと爽太は彼の目の前から一瞬にして消え去った。

 あれはタッチミスではなく、敵を食い付かせるための餌だったのだ。


「あっ! …………」


 サイドバックはもう、長髪を靡かせながら疾走する7番の背中を見送るしかない。


 爽太はそのままスピードに乗り、縦へと突き進む。だがサイドバックとのマッチアップに少し時間を掛けてしまったので、神奈川のボランチにカバーに入られてしまった。

 だが爽太はそれすらもスピードで千切ろうとする。ボランチは強引に縦に来る爽太と並走する形になった。

 だがペナルティエリアの角辺りまで来た時、爽太は急ブレーキを掛けて左足のアウトサイドでカットインした。ボランチは完全に振り切られる。


「マジかよすげえなあいつ!」


 その時、遼はベンチからガタッと立ち上がり、半分呆れたように叫んだ。宇留野も遼の隣に立ち上がり、感心したように爽太の独壇場を眺めている。


 今日の爽太は文字通り絶好調だった。右サイドでボールを持てば必ずと言っていいほどシュートかセンタリングまで持っていくし、一対一の勝率は100パーセント。それだけではなくこの試合の爽太は判断力にも冴えを見せ、強引に突破を計るだけではなく、時折ワンツー等も混ぜながら上手く味方も使っていた。

 無双である。あの増川がベンチで手放しで爽太のことを褒めていたほどだ。

 たがらこの試合、帯同メンバーを全員出場させるために遼と宇留野、そして一条が交代させられたのだが、爽太だけはピッチに残り続けられたのだ。


 ドリブルをするための十分なスペースが与えられ、なおかつこれだけの観客が集まっている。

 爽太のモチベーションを上げるのにはこれ以上ない環境だった。普通なら緊張するような舞台でも、爽太にとっては己を披露するための最高のステージに過ぎないのだ。


 シュートレンジに入った爽太は、キーパーの位置を確認する。するとセンターバックが中のフォワードのマークを捨て、シュートコースを切りに来た。

 それを見た爽太は無理に打ちにはいかず、左足のアウトサイドで軽く横に流す。

 そこには内藤が走り込んで来ていた。内藤は、爽太にセンターバックが釣られたお陰で空いたペナルティエリア中央のスペースに、ワンタッチでコントロールして侵入した。

 絶好の得点チャンス!

 だがここて神奈川のキーパーが、これを読んでいたかのような抜群のタイミングで飛び出し、シュートされる直前に滑り込んでキャッチした。


「うおっ! あぶねぇ!」


 内藤は咄嗟にジャンプしてキーパーをかわす。だが着地の時にバランスを崩して、豪快に芝に倒れ込んだ。そして「クソーッ!」という咆哮を上げながら芝を思い切り叩いた。

 爽太は相変わらずの無表情のまま「どんまい」と呟くと、ゆっくりと自陣に帰って行った。


 現在後半終了間際で、スコアは3対2で埼玉がリードしている。得点者は埼玉・爽太×2と藤川、神奈川・瀧澤×2。

 ちなみに爽太はアシストも一つ記録しているので、この試合の埼玉の全得点に絡んでいた。


 神奈川のキーパーは立ち上がると、時間がもう残り僅かなので、ディフェンスラインを上げさせる前に急いで前線にパントキックを蹴った。

 そしてそのボールを英と滝澤が競り合おうとした時、レフリーの笛が三度鳴り響いて少年たちの夢舞台は幕を閉じた。

 スタンドからは選手たちに向け一斉に拍手が贈られる。試合前よりも観客が増えているので、拍手の音はかなり大きくなっていた。

 そして少年たちは、試合中に見せていたフットボーラーの顔からはにかんだ小学生の顔に戻る。熱戦を繰り広げた少年たちへの賛辞を、レッズサポーターもマリノスサポーターも敵味方関係無しに贈り続けた。

  スタンドに向けての挨拶を終え、握手で健闘を称えあった後はスタジアム内のロッカールームに引き上げる。

 遼はピッチから去っていく爽太の無表情の中に、得意気な表情を微かに発見した。まあ確かに今日は爽太の日だったから、多少は調子に乗っても誰も文句は言わないだろう。

 遼はそれについて何か言ったりはせず、爽太に「お疲れ」とだけ言うと、背を向けて再び薄暗い通路へと入って行った。



 ◇



 遼は階段を降りてトイレの前に差し掛かったその時、丁度通路にいた浦和レッズの9番の選手と目が合った。その選手の名前は原島瑞希。スピード溢れるドリブル突破を持ち味とするレッズのエースで、遼の憧れの選手の一人である。

 遼はペコリと頭を下げて、いそいそとその横を通過していこうとした。握手とかをして貰いたい衝動に駆られたが、試合前なので迷惑になると思ったから止めておいた。

 だが


「おう、君って埼玉の11番だよね?」

「は、はい。そうです」


 まさかのあっち側から声をかけてきてくれた。遼は驚いて一瞬どもってしまった。


「プレー少しだけ見たよ。みんな上手くてびっくりしたわ」

「は、はあ……」


 遼は謙遜するべきか、それとも素直に喜ぶべきか解らずに間の抜けた返事をしてしまった。


「埼玉は君と10番の子と7番の子が上手いと思った」

「あ、ありがとうございます」


 カチコチになりながら頭を下げる遼。原島はその様子が可笑しく、思わずクスッと笑ってしまった。

 すると突然、髪をポマードでてかてかに固めた男が、すっとんきょうな声を上げながら原島の横にやって来た。


「おいおい瑞希、あんまり小さい子びひらせんなよ~!」

「いやそんなことしてませんって槙原さん」


 彼の名は槙原智輝、日本代表候補のセンターバックである。彼の登場に遼は、緊張を通り越して再びハイテンションに達してしまった。遼は今、顔を真っ赤にしながら口を半開きにしているという、何ともおかしな表情をしている。

 自分の目の前に代表クラスのサッカー選手が二人もいて、しかも自分と一緒に会話をしている。サッカー大好き小僧の遼にとってそれはまるで夢のような光景だった。


「しっかり練習しろよ、君なら絶対にプロに成れるから」

「そうだぞ、こいつだって中々の問題児だけど実はめちゃくちゃ練習するからな。だからレッズの9番を獲ることができたんだ」

「ま、槙原さん……それって褒めてるんですか?」


 遼はまだポカーンとしたまま二人のやり取りを眺めている。すると頭と右肩に強い衝撃が走った。二人が肩と頭をバンバン叩いてきたのだ。


「うちのJr.ユースに来いよ。あの7番と一緒にさ」


 槙原が小声で冗談っぽく言ってきた。その横では原島も悪戯っぽい笑みを浮かべながら遼を見下ろしている。

 槙原としては軽い冗談のつもりで言ったのだろうが、遼からすればもう一大事だ。元々レッズへ入る気満々だったのだが、その決意は更に固くなった。


「じゃあ俺たち試合だから。応援よろしく頼んだぜ!」


 槙原がそう言って、二人は角を曲がって消えていった。

 遼たちはこの後、埼玉県県トレセンはレッズの、神奈川県トレセンはマリノスの応援席に行って試合を観戦できるのだ。


 遼はさっきまでのことが現実かどうか解らないといった感じで暫し呆然としていた。だが突如鳴り響いた増川の「何やってんだ甲本! さっさと着替えんか!」という怒鳴り声で我に帰り、ダッシュでロッカールームへと戻って行った。



 ◇



 原島と槙原は、二人でスパイクの音をカチャカチャと鳴らしながらスタジアム内の通路を歩いている。二人の顔はさっきからずっとニヤニヤしていた。


「あの子が甲本遼か……素直な子だったなー」


 槙原がどこか感心したように言う。原島もそれに頷いて同意を示していた。


「宮寺さんがどうしても欲しがる訳が分かる気もしますね」

「そーだな。あんだけずば抜けて上手い上に性格は真面目。将来性たっぷりだな」


 そう言うと槙原は原島を横目でチラチラ見ながらほくそえんだ。


「……大人って汚いっすね」

「うん……なんかちょっと申し訳ないよな」


 二人ともあくまでも偶然を装って遼に声を掛けたように見えたが、実はそうではなかった。二人は遼と爽太の名前をちゃんと知っていた。

 なぜ二人がそのようなことをしたのかと言うと、レッズJr.ユースの監督である宮寺に、遼と爽太との接触を以来されたからだ。

 ある程度サッカーを知ってる者ならこの二人の名も間違いなく知っている筈である。宮寺はその二人の知名度を活かしてあの二人の逸材をライバルクラブに引き抜かれることなく自分たちの元へ呼び込もうとしたのだ。


 だがこの作戦には盲点があった。だがその点には遼と爽太と深く関わっている人たちでなければ気がつかなかっただろう。

 声を掛けるべき対象は遼ではなく爽太にするべきであったのである。

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