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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
20/48

第19節 風になる

ー登場人物FILEー


甲本(こうもと) (りょう)

好きなサッカー選手はネイマールとロナウドとロナウジーニョ! ちなみに友達とやるスマブラは無類の強さを誇る(翔に鍛えられたから)。

 利樹は己の指先にボールが触れた感触を得ることが無いまま、胴体から地面に落下していった。しかし飛んでいる間、利樹の目は最後までボールを捉えていたのでそれの行方ははっきりと解っている。


 ボールは――ゴールに入っていない! 宇留野はフリーキックを外したんだ!


 ボールがバーを越えたと同時に会場の空気が一斉に緩んだ。つられて利樹も芝から起き上がりながら、ホッとした表情を浮かべる。自分で防ぐことはできなかったが、決められることは無かったのだ。

 利樹は、芝生に座ったまま少し呆然としている宇留野を見て思った。


(サンキュー海! お前のお陰だ!)



 ◇



 宇留野の足はもう限界だった。

 インパクトの瞬間、彼は軸足で体を支え続けることができず、芝にすてんと尻餅を着いてしまった。そのためボールに思い通りに力を伝えることができず、回転がかかりきらなかったシュートはドライブしきれずに枠を大きく外れてしまったのだ。


「クソがっ…………」


 宇留野は呪詛を吐きながら立ち上がり、悔しそうな表情を浮かべたまま川越ゴールに背を向け、自陣に帰っていく。宇留野以外のレッズの選手たちの雰囲気もまた重苦しかった。

 絶好の得点機をエース自ら不意にしてしまったのだ。チームのテンションが下がるのも無理はない。


 ピッチは川越の選手の安堵と、レッズの選手の落胆に包まれ、どこか涼しげな風が吹いた気がした。

 フィールドに現れた一瞬の間。

 利樹はボールを受け取り、ピッチへ向き直ってボールをセットしようとした。その時――


「トシ、出せ!!」


 青いユニフォームの10番が、猛スピードでレッズディフェンスの裏の広大なスペースへ走り込もうとしていた。たとえ皆が集中を切らしたとしても、彼だけは常に気を緩めることなく、点を取ること、この試合に勝利することだけを考えていた。


「ディフェンス切り替えろ、マークだ!」


 レッズのキーパーがすぐにそれに気づいて指示を送り、レッズのディフェンスが慌てて遼をマークしようとする。だがレッズディフェンスは後手に回っていて、今遼にボールが渡れば彼はほぼどフリーの状態でシュートまで持っていけそうだった。

 しかし利樹もレッズディフェンス同様、遼の動きを感じ取ることができていなかったので、不意を突いた速攻は成立しなかった。

 利樹はそれでも遼にボールを出そうとした。だがレッズディフェンスはその時には戻りきってしっかりとブロックを立て直していたので、ロングボールを放り込んでも100パーセントこっちのボールになるとは限らない。


「利樹! 無理に出すな!」


 ベンチから竹下監督の声が飛んだ。退場者を出して数的不利な状況の今、確率の低い手段を使って下手にボールを失うようなことは避けたかった。


「トシくん右!」


 光がフリーな右サイドバックに出すよう利樹に言った。利樹はそれに従う。山川はアプローチを受けないまま縦に暫くボールを運ぶと、裏を取る動きを見せた爽太に浮き玉のスルーパスを出した。爽太とレッズディフェンスが並走してそれを追う。だが二人とも追い付くことができず、ボールはエンドラインを割ってしまった。

 レッズボールのゴールキック。だがその前に一旦ゲームが止められた。ピッチの脇には川越とレッズの選手が一人ずつ立っている。選手の交代が行われるようだ。


「浦和レッズ9番アウト、14番イン」


 第四審判がレッズの交代から告げる。レッズは内藤に代えて小柄なフォワードを投入してきた。


「FC川越8番アウト、12番イン」


 続いて川越の交代が示された。スタミナが切れて完全に足が止まってしまった優磨に代えて、五年生の選手・大島聖也が入ってきた。

 彼は本来フォワードの選手だが、トップ下より前のポジションならすべてこなすことができる。五年生の中ではエースクラスの選手なので能力も申し分ない。トップチームでは遼、爽太、海、優磨に阻まれて出場機会がそれほど与えられてないが、この四人がいなければどのチームでもスタメンを張れる実力を持っている。

 竹下監督は数的不利なのにも関わらず、敢えて攻撃的な選手を投入してきた。

 受けに回ってしまえばやられる。苦しいだろうが、勝つためには攻め続けるしかないぞ――遼は竹下監督がそう言っているような気がした。


 だがそう上手くはいかなかった。

 今度は川越がレッズに袋叩きにされる。繋がれて振り回され、センタリングを上げられて競らされ、雨あられのようなシュートを浴び続ける。せっかくボールを奪っても焦りながらクリアするのが精一杯で、しかもそのセカンドボールは拾われっぱなしになっている。

 川越のディフェンスは、新しく入ってきたセンターフォワードの対応に特に苦しんでいる。

 主に最前線に張りながらフィニッシャーの役割をこなしていた内藤とは違い、このフォワードは身体能力はそれほどではないもののドリブルが巧く、1.5列目まで落ちてボールを引き出し、自ら切り込んでチャンスメイクもしてくる。疲れている時にまったくタイプが異なるフォワードを投入されるのはディフェンスにとってかなり嫌なものなのだ。


 バイタルエリアでテンポ良く繋がれたパスがそのフォワードに渡る。彼はスピードの緩急で佐藤をかわし、英のチェックをいなしながらゴール左下隅にシュートを打ってきた。利樹が跳び、何とか手に当てる。こぼれ球は小林がスライディングでエンドラインの外にクリアした。


 遼も下がってきて守備に奔走する。

 今は守る時だ。残り時間が少ない今、失点したら息の根を止められたも同然である。

 爽太も下がって来ようとしたが、遼に「必ず繋ぐからそこで待ってろ!」と言われ、唯一攻め上がって来ないレッズのセンターバックと一緒にセンターサークル付近で待機している。


 一方的に攻められる川越だが失点はしない。

 ディフェンスに必要なのは技術よりも気持ちだと言われるが、川越の気迫のこもったディフェンスはまさにそれだった。パスコースを切る、シュートコースを塞ぐ、玉際で負けない、五分のボールは逃げずにスライディング……。ディフェンスでは当たり前のことをやっているだけだが、酷暑の苦しい時間帯で、小学生がそれらのことを一人も手を抜かずにやり続けることは驚嘆すべきものだ。

 レッズは攻撃の決め手が掴めない。ペナルティエリア付近で違いを作り出せる選手――宇留野と赤澤が疲弊しきっているため創造的なプレーができず、攻撃のパターンが単調になっているのだ。


 赤澤がレッズフォワードに出したラストパスを大島がカットした。だがボールはこぼれ、それはペナルティエリアの外にいた宇留野の足元に収まった。

 遼はいち早くそれに反応し、宇留野にアプローチをかけに行く。宇留野はフェイントをかけてかわし、シュートを打ってこようとした。だが彼の足元にはもうキレがない。遼は体を入れてボールを奪った。それと同時に爽太は少し下がって来て、遼からボールを受けようとした。遼は爽太の足元に弾丸のようなパスを出した。

 爽太はディフェンスを背後に背負いながらもしっかりと収め、キープする。遼はパスを出したと同時に駆け上がり、すぐに爽太の真横まで達した。今爽太からポストを貰えれば、ここからフリーのまま独走することができる。遼は爽太にアイコンタクトを送った。

 爽太は左足のインサイドで遼に出す――と見せかけてアウトサイドでターンを決めた。


 遼に落とすと思っていたディフェンスは、爽太のターンに簡単に振り切られた。

 レッズの選手たちが目を血走らせながら爽太を削りに行く。先ほど海が内藤にしたように、このまま行かせるくらいならファールでもいいから止めてやろうといった感じだ。レッズのディフェンスは誰も爽太がパスを出すとは考えていない。

 この土壇場で、決勝点を決める絶好のチャンスを爽太が譲る訳がない――この決勝までの爽太のプレーを見てれば、彼らがそう思い込むのも無理はなかった。


 爽太は迷わなかった。ターンした直後、爽太はチラッと顔を上げて遼の位置を確認すると、さっき自分の横を走り抜けたままスピードを落とさずに、ハーフェーライン寸前まで上がっていた遼の少し前目掛けてパスを出した。


(決めてくれ)


 爽太はそう思った。プライドを捨てたとかそんなんじゃない。己が決めるよりも確実な方法を採ったまでだ。勝ちたい。ただそれだけだった。それ以外のことは何も考えていなかった。



 ◇



(サンキュー爽太)


 遼はスピードを上げてボールに追いつくと、顔を上げて前方の状況を確認した。

 遼の目に映ったのは、まるで怯えているような強張った表情を浮かべているレッズのキーパーと、その後ろに静かにそびえ立つ相手ゴールだけだった。

 淡い碧のピッチの広大なスペースを、一陣の風が吹き抜ける。

 遼は爽快な笑みを浮かべたまま、少し大きめなタッチでボールと共に前進していった。

 速い。遼は風になっている。レッズのディフェンスもフォローに回ろうとしている爽太ですらも遼に追いつくことができない。

 ペナルティエリアに差し掛かろうかという時にレッズのキーパーが飛び出して来た。彼は遼と共に自分に向かってくるボールへとスライディングを敢行した。遼は一瞬で彼の視界から消えた。スライディングは虚しくも空振りに終わり、彼は芝に座ったまま呆然と遼とボールの行方を見つめていた。


 ゴールエリアまで到達した遼は、左足のインステップで渾身の力でボールを捉えた。それは足に吸い付き、ひしゃげ、無人のゴールネットに豪快に飛び込んでそれをちぎれんばかりに揺らした。

 遼はドリブルしてる時からの笑みを絶やさないまま、肩の力を抜いて後ろを振り返る。そこには自分の最高のチームメートにして最強のライバルでもある少年が、満面の笑顔を振り撒きながら腕を振り回して走り寄って来ていた。

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