第1節 5月の人工芝
とある5月上旬の日曜日、遼たちFC川越の選手は東京都内の人工芝のグラウンドの上で、春の陽気を浴びながら試合をしていた。
FC川越の練習日は火曜日と木曜日、そして土曜日と日曜日の週4日である。火曜と木曜の日は夜に市営の運動公園を借りて照明を使って行い、土日の練習は川越東小学校のグラウンドで行われる。
またFC川越は埼玉県内でもトップクラスの強豪なので、土日は試合や遠征が組まれることも多い。今日は東京のあるクラブチームの主催する招待大会に招かれたのだ。
現在時刻は午前10時頃、決勝トーナメントの第1回戦が行われている。小学生の大会は、中学生以上のカテゴリーに比べて試合時間が短いため、1日に何試合も行われることが多い。規模がそれほど大きくない招待大会などでは、グループリーグ・トーナメントといった日程を土日の2日間に分けて行うか、1日にまとめて行うことが殆どである。
今回遼たちが参加している大会の対戦形式は、3チームずつのグループを8つ作り、グループで総当たりした後の順位ごとに、1位パート・2位パート・3位パートに分けて、パート毎にトーナメントを戦うというものである。FC川越は昨日グループリーグをぶっちぎりの1位で勝ち上がり、1位パートのトーナメントに進出した。
この大会でも優勝できそうだと遼は思っている。かなり勢いに乗っているし、俺自身凄く調子がいい。昨日は2試合で5点決めることができた。その調子は今日も維持できているし、今試合に出れば、ハットトリックだって不可能じゃない。――そう、今試合に出れば……。
遼はこの試合スターティングメンバーから外された。コンディションに問題はないどころか、むしろ絶好調なのにである。なぜ外されたのかというと、竹下監督は――いや、FC川越には帯同させている選手を全員使うという方針があるからだ。それは県大会や公式のリーグ戦以外では破られたことはない。要するに遼は、サブの選手に出場機会を与えるためにスタメンを外されたのだ。
(あーあ、つまんないな。確かに全員試合に出すっていうのは選手のモチベーションを保つためにとても大事だと思うけど、一応俺はキャプテンで、エースナンバーを背負っているのだからそこを考えて俺だけは全試合出してくれても……ってそれは流石に駄目か。贔屓は良くないからね。それじゃ出てるみんな頑張れよ。俺はベンチで精一杯応援するから!……でもやっぱり出たいなぁ。いやいや、我満しないと。いやでもやっぱり……)
遼はベンチで前屈みになり、両手の指を膝の前で組ながら、精一杯の無表情でで目の前のゲームを見つめていた。
◇
青いスパイクを履いて、うなじにかかるほど髪を伸ばした少年が右サイドでボールを取られるのを見た時、遼は反対側のサイドのベンチで思わず溜め息を付いた。
(おいおい、今中で海がフリーだったじゃん。出せば決定的なチャンスだったぜ……。確かに俺も、味方がフリーなのにも関わらずドリブルを選択することはある。だけど、それはあくまで行けると判断した時だけだ。流石に今みたいにスピードを殺されて、3人に囲まれた状況では無理に行かない)
だが、真島爽太はそれでも強引に突破を図ろうとするのだ。それが成功する時もあるが、やはり失敗することの方が多い。二度と返って来ない鉄砲玉のように弾け飛ぶ爽太の姿を、遼は何度逆サイドで見たことか。
「おい爽太、俺フリーだったろ! なんでパスしねえんだよ!」
相手ボールになったため味方はディフェンスをするために自陣に戻ろうとするが、戻らずに前線で一人爽太に向かって吼えている奴がいる。センターフォワードの梶原海だ。彼はさっきの爽太のエゴイステックなプレーにかなりご立腹な様子で、爽太が無視し続けているのにも関わらず怒鳴るのを止めない。六年生ながら165センチの身長を持ち、つるつるになるほど髪の毛を剃っている海は威圧感たっぷりだ。海をマークしている敵センターバックは、怒鳴り続けている海から少し引いている。
普通ならこのような場面では、監督は海を注意して黙らせるだろう。だがFC川越の監督はそれをしない。言いたいことがあるなら全部言っちまえと、そんな表情でピッチの中央の海を見ている。遼はそんな竹下監督を見て、海の機嫌が直らないどころか爽太も機嫌を悪くして、チームの雰囲気が悪くなりゲームが壊れるのではないかと少し不安になったが、それは杞憂だった。海はもう言いたいことは言ったという感じで怒鳴るのを止め、幾らかすっきりした風になった。爽太は海が言ってることなど微塵も聞いていないようなので、こちらも問題はない。
なるほど、竹下監督は海の恐ろしく単純な性格と、爽太のえげつないくらいまでの唯我独尊的な性格を踏まえた上でこのように対処したんだな。
勉強になった。遼はいつもあの二人をまとめるのにかなり手を焼いているのだ。なので、今の竹下監督のやり方はこれから彼らをコントロールする時に大いに参考になる。ベンチにいても、勉強になることはあるな……と遼は思った。
その後FC川越は爽太と海が一点ずつ決めた後、さらにこのチーム唯一の女子プレーヤーである白井光が、ペナルティエリア付近のフリーキックを直接決めた。試合終了間際に一点を失ったものの3対1で勝利し、その結果遼たちは午後の準決勝進出が決まった。
◇
昼食を終えて30分後くらいに行われた準決勝をFC川越は2対0で勝利し、決勝に駒を進めた。その試合で遼は、前の試合に出れなかった鬱憤を晴らすかのごとくボールに絡みまくって、チームの勝利に貢献した。ゴールこそ無かったものの、サイドを突破してセンタリングを上げ、それが決勝点となった海のヘディングシュートを呼び込むアシストになったので、それなりに満足した。
決勝の相手はこの大会を主催しているチーム・南台SSで、去年の都大会ではベスト4入りを果たした強豪である。現在試合10分前、選手たちはベンチで竹下監督の指示を聞いていた。
この試合はベストメンバーで臨むことになった。いくら公式ではない招待大会とはいえ優勝が懸かっており、しかも相手は全国レベルの強豪である。さらに竹下監督はこの試合を、あと2週間後に迫っている県大会のシュミレーションとしても絶好の機会でもあると捉えたのだ。
本番と同じメンバーで本番と同じ戦術で戦うことになったわけだが、サブ組の人たちは浮かない表情をしている。そうだろうな。いくら選手を回していくターンオーバーを使っていても、試合に勝つためには常に半数以上はレギュラー組の選手を出すので、当然レギュラーとサブの間には、出場時間にはかなりの差がある。その上試合前に、この試合は出番は無いと通告されてしまったのだ。テンションが下がるのも無理はない。
彼らの気持ちを察した竹下監督は、精一杯申し訳なさそうに
「サブ組はごめんな。この試合は勝ちに行くから、現段階でのベストメンバーでやるわ。でも、全員一度はピッチに立ったということで許してくれ」
と言った。するとサブ組の選手たちも多少は納得したのだろう、残念そうに「はーい」と返事をした。
竹下監督は今度はレギュラー組の選手たちに向かって、
「試合に出る奴等は出たくても出れない奴がいるっていうことを忘れんなよ。本気でやって、楽しんで、そして勝ってこい。いいな?」
と落ち着いた声で、説くように言った。レギュラー組の選手たちは「はい!」と元気よく返事をした。海の返事は馬鹿みたいに大きかった。遼たちのテンションはMAXまで上がっている。
「うし、じゃあ行ってこい!」
無精髭の生えた顔をくしゃっと綻ばせて、竹下監督は選手たちをピッチへ送り出した。
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