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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
19/48

第18節 覚悟

「現実の小学生はこんなプレーしないだろー」と思った人はいるかもしれませんが、いやーいるんですよリアルに。今年プロデビューした先輩は小学生の時マジでこんなプレーしてました笑

恐ろしかったです笑

 後半、両チームとものっけからトップギアで動き出して来た。

 ハーフタイムを挟んだが、どちらの緊張の糸も切れていない。この張り詰めた試合で気を抜いたりしてしまえば、その間隙を突かれて瞬く間に試合を決められてしまうのが解っているからだ。


 序盤勢いに乗ったのはレッズ。

 宇留野は右から来た横パスを、右足のアウトサイドでコントロールする。そしてお約束のように襲いかかってくる海の激しいチェックに華奢な宇留野はバランスを崩すが、それでも足元からボールを離さない。

 そして右ウイングバックがサイドを駆け上がり始めた瞬間、宇留野はキックモーションに入った。川越ディフェンスは自分たちからみて左サイドを警戒し、海もそのコースを切りに行く。

 だが宇留野はブロックに来た海の股間に、速いライナーのボールを通した。そのボールは右サイドに偏っていた川越ディフェンスの間を縫って、左サイドの裏のスペースに抜け出した左ウイングバックに渡った。

 ピッチを切り裂き、ゲームを一瞬にしてかえてしまうようなパスを宇留野は出すことができる。それがここで炸裂した。


「戻れぇ!」


 川越ベンチから絶叫が飛ぶ。

 左ウイングバックはドリブルで中へと突き進み、利樹と一対一になる。彼は中に折り返したり利樹を抜いたりといったことはせず、迷わずに左足を振り抜いた。

 だがシュートは精度を欠き、強烈なシュートは利樹の正面を直撃した。利樹はそれを手に当て、正面にこぼしたものの直ぐに抱え込んで事無きを得た。

 天を仰いで悔しがるウイングバックを、宇留野は呆れたような表情を浮かべて見る。ウイングバックはその視線を感じると、小さく「すまん」と謝って自陣に帰って行った。


 利樹はディフェンスラインを一旦上げさせてからパントキックを蹴った。

 望月が赤澤とヘディングで競り合う。こぼれたボールを光が奪った。左サイドに構えている遼にパス。遼は中央に寄ってきた爽太にはたく。爽太は更にオーバーラップしてきた右サイドバックの山川に回す。遼はその間猛ダッシュで右サイドへ迂回する。長い距離はできれば走りたくなかったが、それをやらない訳にもいかない。

 山川から縦に出されたボールを受けた遼は、パスの勢いを殺すことなくコントロールしてゴールライン付近までドリブルする。レッズの左サイドバックがチェックに来ると、右足のアウトサイドで縦につつくと見せかけて跨ぎ、すかさず左足のアウトで押し出してそれをいなす。

 軽く視線を上げて中の状況を確認する。中には爽太が、そして少し遅れて優磨と光が突っ込んでいくのが見えた。

 遼は速くて低いボールをニアに蹴り込む。爽太とディフェンスがそれに突進する。爽太の足が先にボールに触れ、シュートを打てたと思ったがディフェンスの出してきた足に当たってしまった。

 ディフェンスともつれて倒れ込んだ爽太はゆっくりと起き上がって遼に親指を立てる。遼もそれに頷いた。

 いい、それでいい。ガンガン攻めていこう。


 選手たちの何人かの顎が上がるようになる。その中には時折苦しそうに口元に手を当てている者もいた。

 酷暑と連戦の疲労が身体を蝕んでいる。後半も真ん中、いよいよ正念場だ。


 宇留野の繰り出したスルーパスに内藤が追い付けず、川越ボールのゴールキックになってしまった。

 内藤は芝を蹴って自分を呪う。宇留野は舌打ちをして内藤を睨み付ける。内藤は明らかに一歩目の速度が落ちているし、宇留野のパス精度も格段に悪くなっている。彼らはここに来て疲労の色が一層濃くなった。前半から頑張ってくれたディフェンス陣のお陰である。

 

「上げろ! 上げろ!」


 松本コーチがベンチから叫んでいる。川越の選手たちの間でも押し上げの雰囲気が出始めていた。

 ラインを高くして、スペースにどんどん川越の選手が走り込む。


 小林の横パスが光を経由して、逆サイドの爽太へと展開される。爽太はドリブルで運ぶ。レッズのディフェンスはチェックが遅れている。爽太は遠目から思い切ったシュートを放った。

 だがセンターバックにブロックされ、クリアされる。攻撃は途絶えたかに思われた。だが望月がそれを拾い、川越の攻撃は続いた。

 川越の波状攻撃をレッズが凌ぐ。身体を張ってシュートコースに飛び込んで簡単には打たせない。だがセカンドボールはことごとく川越が拾い、サンドバッグのように殴り続ける。

 川越がこじ開けるか、レッズが死守するか。


 軍配はレッズに上がった。


 ペナルティエリアの外にこぼれたボールを、光は人に当たらないようループ気味のシュートでゴールを狙った。だがそれはバーを叩き、ボールはゴールエリア上空をポップフライのようにさ迷う。


「キーパー!」


 レッズのキーパーが叫び、密集地帯を掻き分けて飛び上がりボールをキャッチした。そしてボールを胸に抱えたままペナルティエリアの限界まで走り、前線にボールを投げ込んだ。

 遼は自陣を振り返る。遼の肌が危機感に沸き立った。


 ――マズい。2対2だ!


 川越陣内には佐藤と望月しか残っていない。両サイドバックと空中戦に自身のある英、そして海までもが上がってきていた。

 内藤はトラップすると宇留野に落とし、自分は少し開いて佐藤の裏を掻い潜るような動きを見せる。

 望月は宇留野とマッチアップするが、ずるずると後退していくばかりで何もできない。宇留野は首を振り、常に内藤の動きを視界に捉えながら細かいタッチで運び続ける。

 遂にバイタルエリアまで来た時、望月は果敢にも間合いを詰めて行った。

 それを見た宇留野は縦に単独で突っ込むと見せかけ、今まさに佐藤を振り切ろうとする内藤にパスを出そうとした。


(ここだ!)


 望月はこのタイミングを狙っていた。パスコースを読み、足を伸ばしてボールをかっさらおうとする。だがボールはそこを通過していかなかった。

 宇留野は右足のインサイドで跨いでアウトサイドで切り返した。完全に裏をかかれた望月は、尻餅を着いて置き去りにされてしまった。

 佐藤は内藤のマークを捨て、宇留野とゴールを結ぶ最短距離を塞ごうとする。だが宇留野は決死の選択をした佐藤を嘲笑うかのように、ノールックで内藤へとパスを出した。

 佐藤の絶望に染まる顔が、ハーフェーライン付近の遼からも読み取れた。

 内藤は正確に決めることを心掛け、ワントラップしてからシュートモーションに入る。

 その時内藤の斜め後ろから、猛ダッシュで帰陣した海の強烈なスライディングが襲いかかり、ボールごと内藤の足を刈っていった。内藤は豪快に芝に倒れる。そして内藤が倒れるのとほぼ同時に、レフリーのホイッスルが鋭く鳴り響いた。

 レフリーは胸ポケットに手をやる。イエローカードが出されるのだろう。ボールに行っていたとはいえ、後ろからのスライディングは危険だと判断されたのだ。

 海は内藤を完璧にフリーにしてしまったあの場面では、あのままシュートを打たせるよりもフリーキックの方が防げる可能性は高いと判断し、カードを貰う覚悟の上でそう選択したのだ。

 海はカードを突き付けられるのを、腰に手をあてがったまま黙って待っている。だが直後川越の選手とベンチは戦慄した。

 カードの色は黄色ではなかった。


「ちょっと待って下さいよ!」


 望月が抗議の声を上げる。レフリーは望月を睨み付けた。


「落ち着け大樹。お前までカード貰ったらどーすんだ!」

「でも……絶対おかしいってこれは!」


 佐藤は必死に望月を宥めようとする。だが佐藤もこの判定には納得できないでいた。

 他の川越の選手もレフリーを取り囲むが、やはり必死の訴えは聞き入れて貰えなかった。レフリーは胸からシートを出して退場者の名前を素早く書き込む。海には早くピッチから出るよう促した。


「ごめんな……後は頼むぜ」


 海はまだ血が沸騰したままの望月の頭をくしゃっと撫でると、達観した表情でそう言い残し、ユニフォームの袖で汗を拭いながらピッチを後にしていった。



 ◇



 利樹は壁に入っている5人に向かって、身振り手振りを交えながら大声で指示を送り、壁の位置を念入りに調節している。

 利樹から見てペナルティエリアの右斜め45度辺りで、ゴールまで約15メートルの地点にボールがセットされている。そしてそこには、宇留野がゴールを見つめながら一人で悠然と立っていた。


(すげー自信だな)


 ダミーのキッカーを立てるとか、中の選手を確認するとかというフェイクも一切無し。利樹は「俺が蹴ると解っていてもお前はどうすることもできないよ」宇留野に言われている気がした。


 ここは宇留野の最も得意な位置だ。 去年の県大会、丁度この辺からあいつは俺らのゴールに決めたんだ。

 そのボールの軌跡を間近で見た当時、あれを止めるのは自分では不可能だとすら思わされた。才能の違いに、俺は呆然としてしまったほどだ。

 だけど今回は違う。

 俺は大会の1ヶ月前以上前から、優磨や光、更には竹下監督にまで手伝って貰って、練習後居残りでフリーキックを受け続けたんだ。

 それだけじゃない。宇留野がフリーキックを蹴ったシーンが映っている映像を探して、何度も何度も見直した。そして去年のあの場面を、夜布団に入る度に脳内再生した。

 止めるイメージはばっちり掴んでいる。


(絶対に……止める!)


 利樹は頬を膨らませながらフゥーッと息を吐いた。壁の位置も、自分のポジショニングも完璧だ。

 決められる場合があるとすれば、宇留野のキックが自分の予想を遥かに上回った時のみだろう。


 レフリーの笛が鳴った。

 宇留野が走る。壁の選手は体を固くする。利樹は膝に力を込める。両ベンチ、そして観客は固唾をのんで宇留野の一挙手一投足を追った。

 宇留野のインフロントからゴール左隅に向けてボールが放たれた。


(速い!)


 シュートスピードは去年よりもかなり上がっている。だがボールは枠には入らず、そのスピードのままバーを越えてどこかへ飛んでいってしまうように見える。

 だが利樹はステップの速度を緩めることなくボールへと足を運ぶ。

 そして外れると思われたボールは斜めに急激にドライブし、外れたと思った者の期待を脆くも打ち砕いた。

 だが利樹は反応している。ドライブするボールにタイミングを合わせ、全身のバネを振り絞り空中に躍り上がった。そしてボールの落ちてくるであろうコースに向けて懸命に右手を伸ばす。


 空中の利樹には、その一瞬の時間がまるで永遠のように感じられた。

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