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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
18/48

第17節 怒りも俺の力に

 バイタルエリアでゴールに背を向けたままボールを受けた優磨は、成宮の厳しいチェックを感じながらもなんとかキープし続ける。そして後方から上がってきた、スタメンで唯一の五年生のボランチ・望月大樹に落とす。

 前線では川越の突貫小僧二人が猛スピードでクロスして、レッズディフェンスを混乱に陥れる。望月は左サイドの裏のスペースにダイレクトでロングボールを蹴った。

 それを追うのは爽太とレッズのディフェンス二人。爽太はレッズディフェンスの一人に先に触られたものの直ぐ様強引に体を入れて取り返し、右足のアウトサイドで二人のギャップにボールを通し、カットインして中に切れ込もうとする。振り切られそうになったレッズディフェンスはたまらず足をかけてしまい、川越ボールのフリーキックが宣告された。

 プレーが切れて、レッズの選手たちの集中力が一瞬緩む。爽太はその隙を見逃さず、パッと起き上がると素早いリスタートでゲームを再開させた。

 中央のキーパーとディフェンスの間に速いグラウンダーのパスか送られる。遼はそれを感じており、スライディングでそのボールに飛び込んだ。レッズのキーパーも滑り込んで来るが、遼の足のつま先が僅かに早く触れる。入るかと思われたがボールはポストをかすめ、ピッチの外に流れていった。

 スタンドから安堵と落胆の入り交じったため息が聞こえる。芝を叩いて悔しがる遼を、爽太は頭上で手を叩いて慰めた。


 レッズのディフェンスもかなり疲れてきている。

 レッズはディフェンスラインもビルドアップに参加したり、前線のパスワークに加わるため、常にラインを高くして上下移動を繰り返している。そしてこの二人の再三に渡る突破を止めるために、幾度となくハーフェーラインからゴールラインまでの距離を往復しており、本来フィールドでは一番走る距離の少ないセンターバックまでもが、大粒の汗を芝に垂らしていた。


「適当でもいいからどんどん(蹴って)こい!」


 遼が前線から叫ぶ。

 うなだるような暑さと湿度、加えて絶対に負けられないというプレッシャーからくる、ピリピリとした緊張感。この試合は身体だけでなく精神の消耗戦にもなってくる。

 できればハーフタイムの前に勝ち越し点を取って、少しでもこっちが優位に立ってゲームを折り返したい。

 相手も同じ考えのようで、ただボールを支配するためのパスではなく、リスクと運動量をいとわないゴールを奪うためのパスを繋いでくる。

 優磨が成宮にボールを奪われたところから始まっショートパスの連続で川越守備陣はズタズタに崩され、宇留野とこちらも五年生のレッズの11番・赤澤勝也のワンツーでゴール前への侵入を許してしまう。

 遼の体に悪寒が走る。失点を予感した。

 だが幸いにもその予感は外れてくれた。宇留野のシュートを抜群のタイミングで飛び出してきた利樹が体で防ぎ、カバーリングに入ろうとしていた英が必死にタッチラインの外にクリアする。

 危なかった。

 利樹は腹にシュートを食らったようで苦しそうにうずくまっている。英は利樹の体を伸ばしてやる。スタンドからは拍手が聞こえた。


 ピッチの脇にある時計に目をやる。針は20分のラインに重なって止まっている。おそらくあとワンプレーかそこらで前半は終わるだろう。


 ダメージが少し癒えた利樹は、前線にロングボールを放り込む。高く上がったボールは太陽の光を反射して、美しい光沢を帯びてゆっくりと落下してくる。

 海は頭一つ抜けて競り勝ち、ヘッドで後方へ、つまりレッズ陣内に向けて逸らした。

 遼は強く芝を蹴ったダッシュで、ボールに殺到する人波から一歩抜け出す。ボールへの進路にいち早く体を入れ、ディフェンスにボールを触らせない。ゴールへ向けてドリブルで突き進んでいく。

 前半ラストワンプレー。これは必ず決める。

 だがディフェンスもこれを凌げばハーフタイムだと悟っており、自分の体に鞭を打ち必死のダッシュで遼に追い付いて来る。

 遼はディフェンス二人に挟まれた。ディフェンスは、まだペナルティエリアに入っていないのをいいことに、ファールを犯しても構わないからゴール前には行かせまいと、両脇からガツガツと当たってくる。 ここで倒れてフリーキックを得ることもできるが、今はそれでは駄目だ。何とかしてシュートまで持っていかなければならない。

 遼は不自由な体勢ながら強引にシュートを打とうとした。ディフェンスはスライディングでそれを阻止しようとする。


(これはフェイントに決まってんだろ)


 遼は右足の後にボールを通すクライフターンで切り返し、斜め前に優しくボールを押し出した。

 そこには爽太がトップスピードで走り込んで来る。爽太はスピードを落とすことなく、体ごとゴールに向かって飛んでいきそうな勢いで思い切りボールを打ち抜いた。

 爽太の体重と脚力と走力全てを乗せたシュートに、レッズのキーパーはまったく反応できていない。


(決まった!)


 遼はそう予感した。だが、その予感も覆されてしまった。

 ゴールネットに突き刺さるかと思われたボールはバーにぶち当たり、甲高い金属音を残して上空の彼方へと去っていってしまった。

 再びスタンドからため息が漏れる。それはさっきのよりも大きい。

 爽太は何も無かったかのように踵を返し、ゴールキックに備えたポジションを取りに行った。


 レッズのキーパーがゴールキックを蹴った直後、前半が終了した。

 6月の半ばにも関わらず真夏のように強い日射しは、一向に弱まる気配が無い。

 ベンチに引き上げる両軍の足取りはかなり重そうだった。



 ◇



 控え組がアップのために灼熱のピッチへ行ったので、遼たちは僅かな日陰のあるベンチに腰を降ろす。ガブガブとスクイズのアクエリアスを飲み、水をほとんど絞っていない濡れタオルで首筋を冷やす。何とかしてこの暑さをまぎらわしたかった。


「うん、前半は悪くなかったぞ」


 選手の前に立った竹下監督が、選手たちの様子とは真逆の陽気な声で言った。

 そして竹下監督は選手の目を自分に集めようと手を叩くが、誰も目を合わせようとしない。無言のまま俯いていた。遼も軽い吐き気に襲われていて、前を向くことができなかった。


「おーいお前ら、元気出せよ」


 ……無理だ。プレーしていない人には解らないだろうが、ピッチはかなり危険な状態になっている。ワンプレーごとに体力を奪われていくのが体感できるレベルだ。とてもじゃないが、いつも通り大声で返事できるほどの体力は残っていない。


「お前ら目を閉じてみろ」

「…………?」


 皆が怪訝そうな顔で竹下監督を見る。いたずら好きの竹下監督のことだ。一体何をする気なんだろう。


「大丈夫だよ、目を閉じてる間に水をぶっかけるとかそんなことはしないから」


 竹下監督は「おいおい、流石にこの場面でそんなことはしないぜ」という意味の苦笑を浮かべる。皆は渋々目を閉じた。


「去年のレッズ戦、スタメンとして試合に出てた奴もいればベンチで見てた奴もいる。スタンドで俺と一緒に観戦してた奴もいるよな」


 あの試合では遼と爽太がスタメンで出てて、優磨と海と利樹がベンチ入りしていた。ちなみに海は後半から途中出場していた。


「もう一度、あの試合を思い出せ。できるだけ鮮明にな」


 言われるがままにもう何度もうなされてきた悪夢を振り返る。遼の胸中に冷静な怒りが込み上げてきた。


「どうだ遼、思い出せたか?」


 竹下監督は遼に聞いてきた。遼は顔を上げて、竹下監督の目を見ながらゆっくりと答えた。


「……はい」

「疲れてなんかないよな?」

「もちろんです」


 即答した。


「お前らもまだまだ行けるよな?」


  竹下監督は遼以外の皆にも聞いた。さっきまでの死んだ魚のような眼をしている奴は一人もいない。覇気のこもった眼で、竹下監督の言葉に強く頷いていた。

 プレーに夢中になる余り、あの日の悔しさや怒りをすっかり忘れてしまっていた。もうあんな思いは二度としたくない。また敗けるくらいなら死んだ方がましだ。

 

「俺がいつも言ってる楽しむというのはな、サッカーを上手くなるためにとても重要なことの一つなんだ。試合に勝つことでサッカーは更に楽しくなり、その楽しさを求めてまた勝とうと頑張れる。けど試合に勝つ楽しさとは正反対になってしまうが、試合に負けたことで感じる怒りや悔しさも、自分が強くなるために大事な物なんだ」


 竹下監督の言葉の意味は凄く解る。あの敗北があったから俺は更に努力を重ねた。もう負けたくなかったから。お陰で俺は小学生以下の日本代表に選ばれるほどまで上手くなれた。


「けど負けっぱなしで終わっちまったらただの負け犬だからな。敗戦を糧にして最後には勝つ、これがグッドルーザーってやつだ。もう足が動かない、走れないと思ったらあの試合を思い出せ。そうすればまた走り出すことができるはずだ」


 そう言い終えると、竹下監督は前半の出来を振り返り、それを元にして後半の指示を出し始めた。


「海はよく宇留野を抑えている。あの失点はしょーがない。宇留野が巧すぎた」


 選手の間で、「あんなの漫画でしか見たことねーよな」とか「キャプテン翼みたいだったぜ」という声が口々に上がる。海もそう思っているようで、あれは仕方ないと割りきっているようだ。


「後半もこのまま頼むぜ。地獄の果てまであいつを追っていけよ。お前の底無しのスタミナを見せつけてやれ」

「おう!」


 そう言うと海はシートから身を乗り出して、反対側のベンチにいる、前髪を額の上で結んでいる少年を睨み付けた。


「ディフェンスは左右に振られてもまず中央を固めろ。上げられてもいいから中で確実に跳ね返せ。利樹を含めて声を掛け合って、マーカーを確認していけよ」


 ディフェンスの選手の間で話し合いが活発になる。今は宇留野よりもフィジカルに優れた内藤に苦しんでいるようなので、彼を抑えるための作戦会議が開かれている。


「大樹、赤澤を好きにやらすな。同じ五年生でもお前のが上だと思い知らせてやれ」

「はい」

「光はもっと上がってもいい。優磨をサポートしてやれ。あのボランチかなりできるからな」


 優磨は苦笑を浮かべる。強がりたいところだったが、実際かなり体力を消耗していたため何も言えなかった。

 最後に竹下監督は遼と爽太を見た。そして


「おーいお前ら、前半無得点なんだすけどぉー。君たちうちのエースなんじゃないんですかぁー」


 あからさまに挑発してきた。


「……後半は点取ってきます」

「…………決めてくる」

「そうか。じゃあ任せたぜ」


 審判団がピッチに入り、ハーフタイム終了が告げられる。FC川越は選手とスタッフ全員で円陣を組み、フィールドへ戻って行った。

 ピッチは選手たちがいない間にも日光を浴び続けて、反対側には陽炎が激しく揺れている。


 再びハーフェーラインを挟んで、両チームが睨み合う。そして内藤と赤澤がセンターサークルの真ん中に立ち、後半開始のホイッスルが高々と鳴り響いた。













バイエルン強すぎます笑

俺はドルトムンドのファンなので面白くないですね……レヴァンドフスキ獲られちゃいますし(泣)

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