第16節 両雄激突
6月16日午後1時、埼玉スタジアム第3グラウンドA。
今からこの場所で、2014年の埼玉県の12歳以下の頂点を決めるための最終決戦が始まる。
ピッチには真夏のような日射しが降り注いでいて、気温はかなり高くなっている。しかも前日に雨が降ったばかりで湿度はかなり高く、会場全体の熱気も相まってピッチは蒸し風呂のようになっていた。
遼はセンターサークルの中央で、足元にボールを携えながら腰に手をあてがって立っている。
もうレガースの位置に問題はない。この試合を闘う覚悟、あいつらに勝つための覚悟はもう出来ている。
現在FC川越は既に円陣を済ませ、各自ポジションに散って浦和レッズの円陣が終わるのを待っている状態である。
「暑いな……」
遼はキャプテンマークを巻いていない右腕の袖で汗を拭いながら、隣に立っている割りと背の高い細身の少年に向かって呟いた。
「ああ……だけど俺は暑いのは嫌いじゃない」
梅雨真っ盛りにも関わらず雲一つなく、高く澄んでいる空を見上げながら爽太は答えた。
爽太は暑苦しさとは無縁そうな少年だが、意外なことに夏は嫌いではない。むしろ好きだ。上手く伝わらないかもしれないが、夏にこの暑さとともに訪れる不思議な匂いが爽太は好きなのだ。
「りょーう! 頑張ってこいよー!」
バックスタンド側にある芝生の応援席からは、聞き慣れた声の声援が届いた。
声の先には、遼にそっくりな顔をした高校生が、ポロシャツの襟をパタパタと扇ぎ、胸に風を送りながら叫んでいた。
「翔くんも来てるんだ」
爽太が声の主を見ながら言った。
翔の通っている県立明和南高等学校は埼玉スタジアムのすぐ近くにある。
翔は、今日は運良く午前練習だったので、練習が終わった後遼の大舞台を観るためにすぐに飛んできたのだ。
「兄貴の代は全国行ったんだって」
「ああ、竹下監督が言ってたよな」
「……負けられないな」
「そうだな」
遼は息を強く吐き、円陣を終えてポジションに散っていく赤いユニフォームを睨んだ。
ハーフェーラインを挟んで、今日のこの空のように蒼いユニフォームと、フィールドの選手たちの闘争心のように紅いユニフォームが対峙する。
レフリーが両チームのキーパーを確認してからキックオフのためのホイッスルを吹くまでの刹那、ピッチを沈黙が支配した。
そして川越ボールのキックオフで試合が始まる。
爽太がボールを足の裏で軽く押し出したその瞬間、ピッチ、そして会場は沈黙を解き放つような熱狂に包まれた。
遼はセオリーの如く優磨にボールを下げる。優磨はそのボールを光に預けると、自分はするすると中央を上がって行った。
海は自分たちのオフェンスだというのに、中盤の低い位置で常に宇留野を警戒している。相手ボールになった瞬間から海の激しいマークが宇留野に襲いかかるだろう。
優磨には成宮がマークに付く。成宮は海と違って飛び抜けてフィジカルに優れている訳ではないが、豊富な運動量を持っている。先の準決勝をほぼ前半のみの出場で終えたとはいえ、スタミナに不安のある優磨にとってはこの試合は辛いものになるだろう。
川越は後方でボールを回す。
レッズはディフェンスラインを押し上げたいのだが、川越のツートップがディフェンスラインに張り付いているため無闇に上げることができない。優れたパサーがいて、個人技の嵐でゴールに向かって来る川越に対しラインを高く保てなんて、自殺行為に等しいからだ。
レッズは前からプレスを掛けに来た。ワントップの内藤が猛烈にチェイスし、宇留野を含めた二人のシャドーがパスコースを寸断する。
センターバックの佐藤は繋ぐのを諦め、ピッチ中央の爽太にロングボールを放り込んだ。敵センターバックに辛うじて競り勝った爽太は、ヘディングで優磨に落とす。成宮が直ぐ様アプローチを掛けるが、優磨はダイレクトで左サイドから中央に流れてきた遼に渡した。
遼はコントロールしてドリブルで仕掛けようとするが、レッズのサイドバックも中に絞ってきて、ドリブルのコースを消そうとする。彼は遼に抜かれることをまず第一に警戒して、抜かれまいと距離を取ってきた。
抜くのには手間が掛かりそうだが、こう間合いが広いとシュートは打ち放題である。
ゴールまでかなり距離があるものの、遼は思い切ってシュートを打つことを決めた。
右足から左足にボールを持ち換え、体を振り絞ってインステップでボールを捉える。そしてセンターサークルの手前辺りから、レッズのゴールに向けてライナー性の強烈なシュートが襲いかかった。
レッズのキーパーは俊敏な動作でこのシュートに対応し、キーパーから見てゴール右上の隅に飛んできたボールをヒスティングでバーの上に弾き出した。
「ナイッシュー遼! どんどん打っていこうぜ!」
利樹が最後尾から吠える。遼のオープニングシュートは入りはしなかったものの、チームを盛り立てるとはできたようだ。
直後左サイドから川越のコーナーキック。
海は宇留野のマークのため上がって来ないので、中に上げてもゴールが生まれる確率は少なかった。
そのため川越はショートコーナーを選択した。優磨が短い助走からロングボールを蹴る素振りを見せたが、ペナルティエリアから飛び出してきた遼にショートパスを繋いだ。タイミングを外されたレッズディフェンスは、エリアの中で混乱した。
一拍遅れて反応したレッズディフェンスが遼の背後に張り付くが、遼はダイレクトで優磨に折り返す。
優磨は右足のアウトサイドでコントロールすると、ツータッチ目にインフロントでカーブをかけたショットをファーに向けて放った。
インパクトの直後、優磨の口元から笑みがこぼれた。右足には最高のシュートを打った時に残る、あの心地好い痺れが疼いている。
レッズのキーパーは飛び付くが触れることができず、バーを越えるかに思われたボールは斜に鋭くに落ちてサイドネットに突き刺さった。
刹那の静寂の後、歓喜が爆発する。
その場でカッツポーズを決めた優磨は、真っ先に飛び付いてきた遼に芝に押し倒され、更にその上からのしかかってきたブルーのユニフォームによって見えなくなった。
ベンチ、そしてスタンドの川越の父兄たちが陣取る部分が揺れている。
待望の先制点を川越は得ることができた。
だがその後、先制点に安心してしまったのか変な気の緩みが川越の選手たちに生まれてしまった。
全体的にプレスが甘くなって、その結果レッズに流れをみすみす引き渡してしまった。
左サイドハーフからパスを受けた宇留野は、海のタックルが来る前に素早く逆サイドに展開する。ディフェンスは振り回され、レッズの選手が続々と危険なエリアに侵入してくる。
オーバーラップしてきたレッズのウイングバックはダイレクトで中にクロスを入れる。内藤は英に激しく体をぶつけられながらも体勢を崩さない。走り込みながら胸でボールをコントロールした。だがコントロールの時に少しバランスを崩してしまっため上手く足元にボールを収めることができず、横へ流してしまった。
だが内藤はそれでも強引にゴールをこじ開けようとする。英よりも一瞬速くボールに追い付くと、体を思い切り捻って右足を全力で振り抜いた。
川越のベンチに戦慄が走る。
至近距離での強烈なシュートに怯むことなく突っ込んで行った利樹だが、ボールは彼のグローブの先をかすめネットに突き刺さった。
歓喜のレッズと落胆の川越。だがレフリーは得点が入ったことを示すホイッスルを吹かず、変わりにラインズマンの旗がゴールエリアを指していた。内藤のシュートはゴールの中ではなく、ゴール外側のサイドネットを揺らしたようだ。
「あっぶねー」
遼はゴールから遠く離れたハーフェーライン付近で胸を撫で下ろしていた。対照的に、隣ではレッズのディフェンスがまるで自分が決定機を逃したかのように悔しがっている。
「得点したことは忘れろ! ディフェンスはタイトに、攻撃も緩めることなくガンガン行け!」
ベンチから松本コーチが声を荒げる。川越の選手のどこからともなく「集中しようぜ!」と声が上がった。
そうだ、まだ前半の4分の1すら経っていないのだ。こんなところで勝ったと思っていたら相手はレッズなんだ、ボロクソにやられてしまう。
川越は集中を取り戻し、立ち上がりのようにレッズゴールに果敢に向かって行くと思われた。
だがレッズ優位の流れは変わらない。レッズお得意の華麗なパスが回り始めた。川越のディフェンス陣は走らされ、翻弄される。
ピッチの外に出て川越ボールのスローインになった時、遼は近くにいる光の顔に滝のような汗が浮かんでいるのを見た。暑さや湿度が高いこともあり体力の消耗は思いの外激しい。
ボールはまたしても宇留野を経由する。ボランチからのボールを、宇留野は左足のソールを使って右斜め前へ出した。そのボールは走り込んできたレッズの右ウイングバックに渡る。完璧なタイミングとパスコース。こいつは後ろにも目が付いているのだろうか。
ウイングバックはセンタリングを上げようと中を見るが、内藤は佐藤と英の二人がかりのマークを振り切れないでいる。
レッズのウイングバックはセンタリングを諦め、カットインして切れ込もうとする。だが川越の左サイドバック・小林の粘り強いディフェンスはそれを許さない。
宇留野は手間取っているウイングバックのフォローに入るべく右サイドに流れた。宇留野はウイングバックの苦し紛れの弾丸パスを事も無げに足元に収めると、対峙した海をヒールリフトシャペウでかわした。
スタンドから大きな歓声が上がる。
「クソッ!」
海は必死に追いすがるが、もう間に合わない。宇留野は落ちてくるボールをダイレクトでシュートした。
威力よりもコントロールを重視したループ気味のシュート。利樹はクロスステップを踏みながら下がるが、柔らかい弧を描いたボールは利樹の頭を越えてゴールネットを揺らした。
赤いユニフォームが祝福のため背番号10に群がる。海はギリギリと歯を軋ませながら、下を向き芝を睨み付けていた。
「海、切り替えろよ。今のはお前のミスでやられたって訳じゃねーんだ」
竹下監督がベンチから立ち上がり、海に激励の言葉をかける。
海はこの試合、宇留野を抑えるために誰よりも献身的に走っている。宇留野は凄い。海がここまで頑張ってくれてなかったらもっとやられていただろう。
海の頑張りに応えるためにも、早くもう1点取らなければならない。
爽太がソールでボールを押し出し、遼は優磨にボールを下げる。川越のキックオフでゲームは再び動き出した。
僕はこの作品が処女作で、小説の書き方が全然解らないまま手探りで書き続けています。
できるだけ自分の中で納得のいくように頑張っているつもりですがやはりストーリーも文章もとても拙いものだと思います。
なのでこの作品をもっと良いものにしていくためにも、評価や感想、批判などをしていただけたら幸いです。
何卒ご協力お願いします。