第15節 勝利のために
「決勝の相手はアルディージャに決まった」
昼食後のミーティングで、竹下監督は自分の周りに半円を描いて座っている選手たちに向かって、開口一番そう言った。
「えぇ! マジかよ!」
「絶対レッズが来ると思ってた!」
途端に選手たちの間が騒がしくなる。ほとんどの人はレッズが勝ち上がってくるものだと思っていたから、これはしょうがないだろう。
遼もかなり驚いて、飲んでいたアクエリアスを少し吹き出してしまった。 海に至っては口を開けたまま銅像のように固まってしまっている。
「嘘だ」
「はっ?!」
竹下監督のまさかの一言に一同が騒然とした。松本コーチだけが、竹下監督の隣でニヤニヤしている。竹下監督はこの手のことをよくやるのだが、流石にここで使ってくるとは誰も予想してなかった。
「ほんとそれ止めて下さいよ……心臓に悪いですって」
優磨がため息混じりに突っ込んだ。竹下監督はその突っ込みを待っていたのだろうか、楽しげな目で優磨のことを見下ろしている。
「まあまあ、丁度良いリラックスになっただろ。これはな、俺がよく増川監督にやられた手段なんだ。あ、増川監督って熊谷の監督のことな。あの人は俺の高校時代の恩師なんだ。よし、緊張がほぐれたところで決勝戦に向けてのミーティングを行う。爽太、そんな目で見つめるな。照れるだろ」
爽太は表情はほとんど変えずに、前髪の下の鋭い目だけで怒りを表現していた。
「スコアは5対3だった。アルディージャが一条のハットトリックでリードして前半を折り返したが、後半にレッズが3点取って逆転したんだ」
選手たちからどよめきが上がる。もう一つの準決勝は激しい乱打戦になったようだ。
「アルディージャには前田がいますよね? あいつらでも5失点しちまったんすか?」
爽太が聞いた。前田も爽太と同じく関東トレセンに選ばれているので、顔見知りなんだそうだ。ちなみに前田はナショナル昇格の候補として、遼と一緒に昇格のためのセレクションを受けに行ったので、遼も前田のことは知っていた。
前田はナショナルに昇格はできなかったものの、遼も彼の実力は認めているし、前田が率いるバックラインがそんなにボコボコに点を取られるなんて少し考え難かった。
「ああ。レッズのオフェンスは……宇留野貴史はやっぱり凄かった」
みんなの息が消沈する。遼と爽太と海だけが、「やっぱ決勝はこーじゃないとな」とか「うん、俺も強いレッズと闘いたかった」などと喋っている。
「別に沈む必要はないさ。確かにレッズは強いけど、俺たちも全然劣ってはいないぞ? 俺たちの県大会での戦績は、得点数だと全体で2位だし、以外かもしれないが失点数は1番少ないんだぞ? それに対レッズ用の戦い方を練習したんじゃねーか」
川越はオフェンスばかりが目立っている印象が強いが、ディフェンスラインにも良い選手が揃っており、準決勝を終えてまだ1失点しかしていない。
得点数は1位ではないのかと思った人もいるかもしれないが、1位はレッズの15得点で、川越は2点及ばなかった。
そして竹下監督が「対レッズ用の戦い方」と言ってからずっとニヤニヤしている少年がいる。
「さっきから何ニヤニヤしてんだよ海坊主。気持ち悪いから止めろって」
「フッフッフ……黙れ脇役。決勝の主役はこの俺様だ」
優磨は突っ込まず、ため息を吐きながら海を一瞥すると、竹下監督の方を向いた。竹下監督は温かい目で海のことを見ている。
竹下監督はその視線を優磨に向けて、目で「今はあいつを調子に乗せてやってくれ」と伝えている。
優磨は苦笑し、もう一度自分の目の前の大きな背番号9を見た。
「んじゃスタメンを発表するぞ。キーパーは利樹。ディフェンスは右から山川、佐藤、英、小林」
「はい!」
呼ばれた選手たちが大声で返事を返していく。返事と挨拶は大きな声で、というのはFC川越の決まり事であり、一年生の頃から口酸っぱく言われているのだ。
「中盤の底は望月と海。光はセントラルの位地に入れ。んでトップ下に優磨が入ってツートップはお前ら二人な」
「はい!!」
やはり返事は大きい。特につるつる頭の返事は竹下監督が顔をしかめるほどでかかった。
皆さんお気づきになっただろうが、この試合川越はフォーメーションを変えてきた。フォワードはツートップで、しかもボランチというポジションから一番縁遠いような奴がボランチに入っている。
「作戦は練習した通りな。海、お前は任務を忠実に実行する傭兵だ。どこまでもどこまでも宇留野に付いていって、決して自由にさせるんじゃないぞ」
「ラジャー!」
海は額に手を当てて敬礼のポーズをとった。
実は、海にボランチに入って宇留野のマンマークを命じた時、始めは物凄く嫌がったのだ。海は性格的にもかなり攻撃的で、センターフォワードとして結果を残している。
だから攻撃参加の機会が減るマンマーク要員を海が嫌がるのも無理はなかった。
そこで竹下監督は海の単純な性格を利用して、おだてて調子付かせることで、海に宇留野のマンマークをするよう仕向けたのである。
「レッズの選手もうちと同じようにみんな足元が上手い。そして前線には内藤という良いストライカーがいる訳だが、攻撃の起点はあくまでも宇留野だ。あいつをどう抑えるかによってだいぶゲーム展開が変わってくる。つまりこの試合のキーマンはお前なんだ海」
「わかってますって」
竹下監督の目の前に座っている海は後ろを向いて、ぐるりとチームメートたちを見渡しながらドヤ顔をしている。優磨は何か言いたそうだったが、何も言わずに渋い顔をしていた。みんなも何も言わず、温かい目で海のことを見ている。
「あとディフェンスに関して言いたいことは、ラインを上げるという意識を常に持っておけ。ディフェンスと中盤の距離をコンパクトにすることで中のスペースが減り、宇留野付近でボールが回りにくくなる。ラインが浅くなると裏を取られがちになってしまうが、そこは佐藤と英のラインコントロールに任せた。ただ内藤は馬力があるから気を付けろよ。危なくなったらセーフティーでいい」
ディフェンスの選手たちは、険しい顔付きで竹下監督を見ている。竹下監督は基本的にディフェンダーに対しても攻撃的なことしか言わないのに、ここまで守備の面に関して言うということは、この試合が相当厳しいものになるということが予想されるからだ。
「次にオフェンスだが、これはお前ら三人(遼、優磨、爽太)に任せる。個人で局面を打開する力ではお前らは県内最強だ。だからガンガン仕掛けて、これでもかと言うくらい相手ディフェンスをチンチンにしてやれ」
前線の三人がにやりと笑みを浮かべる。海は自分がその県内最強に入っていないのか、と言いたげな目で竹下監督のことを見ていた。
「あ、あとゴールに近いところのファールは避けろよ。宇留野のフリーキックは相当なものだからな」
松本コーチが付け加えた。その視線はつるつる頭の少年に向いている。
「よし、んじゃ作戦会議はここまでだ。今から10分以内に試合の準備をしてそれからアップな。気合い入れてさっさとやれよ」
選手たちは竹下監督の言葉に返事をすると、会場の外にある荷物置き場へ歩いて行った。その足取りは軽快だが、浮き足立っている訳でもない。決勝に向けて、いい感じでメンタルは調整できていた。
◇
淡い緑のピッチに、真っ赤に燃えた闘志をたぎらせながら足を踏み入れた刹那、突然後ろから肩を叩かれた。振り向くと、自分よりも10センチは背の高いつるつる頭の少年が、神妙な顔でこちらを見下ろしている。
「なんだよ」
爽太は軽く突き放すように言った。試合前にそんな面をしている奴なんて、鬱陶しいだけだと思ったからだ。
すると海は、爽太の目を頑張って見ようとしながら、小さな声で話し掛けてきた。
「その……さっきはごめんな」
さっきとは、準決勝で自分が交代するきっかけとなったファールのことだろうと爽太は察した。
爽太は視線を外した。
「…………別にいいよ。確かにあの時はかなりムカついたけど、その前に決定機を決め切れなかった俺が悪いんだから。むしろあれはお前が必死にボールを奪おうとして起こったミスなんだから、責めてもしょうがない」
「そ、そうか……なら良かった」
海は心底ホッとしたのか、ため息を吐きながら苦笑いを浮かべている。そしてその後海の顔には、いつも通り根拠のはっきりしない自信に満ち溢れた表情が浮かんでいた。
(こいつ……ほんとに単純だな)
爽太は表には出していないものの、内心ではクスクスと笑っていた。
そして爽太は、相手陣地のほぼ真ん中でストレッチをしている選手に向かってガンを飛ばしながら海に言った。
「じゃあ頼むぜ海。あのチョンマゲ野郎をぶっ潰してくれ」
「ハッハッハ、任せろ。この俺様が責任を持ってあいつを削ってくる」
「…………みんな言ってるけどファールには気を付けろよ」
「あーもう、わーってるって」
しつこいぞ、と言わんばかりに手を振りながら海はセンターサークルに向けて歩いて行った。
外を見ると、うちの10番はレガースの位置を入念に確認している。まだ位置が定まらないところを見ると、少しナーバスになっているようだ。
自分はまったく気負いはない。舞い上がってもいない。精神的にはベストコンディションと言っていいだろう。
(この試合こそは、遼よりも宇留野よりも、フィールドの誰よりも活躍してやる)
ピッチを使ってのアップが終わり、選手たちはレフリーの笛に促されて、整列のために一旦ピッチの外に出る。
爽太は思いっ切り息を吐きながら、軽くステップを踏みつつサイドラインを越えた。
爽太の様子を見ていた竹下監督は、口元に微かな笑みを浮かべながら、やれやれと首を振っていた。
Jリーグが開幕したということで、勝手ながら今シーズンのJ1リーグ順位予想を活動報告でさせて貰いました!笑
そんな訳で興味がある人は是非ご覧になっていって下さい!