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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
15/48

第14節 プライド

本当はU-12の全国大会やその予選は8人制で交代は3人までと決まっているんですが、『サッカージャンキー』の世界では11人制5人交代のルールで行っています。

 試合後、午後の決勝進出が決まって喜び合っている選手たちの中で、一人浮かない顔をしている奴がいる。いや、彼は普段から無表情なので、どちらかというと浮かない雰囲気を醸し出しているって言う方が正しい。

 なぜ彼は落ち込んでいるのか。

 別に彼は試合中に大きなミスをした訳ではない。というか彼はかなり唯我独尊的な性格をしてるので、光のようにミスをしたくらいで落ち込むようなことはない。

 この試合のプレーの出来だって、10点満点中6.5点は与えられる。確かに決定機を決められず、ノーゴールに終わってしまったことは残念だが、それでも得点には絡んだしアシストもした。

 だが彼はそれでも満足できなかった。理由はただ一つ、遼が自分よりも良いプレーをして結果を出したからだ。

 真島爽太は歓喜の中心にいる背番号10を見つめながら、拳を固く握りしめていた。


(爽太……そろそろ自分を変える時が来たんじゃないのか?)


 その様子を見ていた竹下監督は軽くため息をついた。


 爽太の遼に対するライバル意識は今に始まったことではない。5年前の4月に川越東小学校のグラウンドで出会った時から、二人のライバル関係は始まっていた。

 二人は同じドリブラーとして切磋琢磨しながら実力を伸ばしてきた。良いライバル関係を築いているのだが、最近は爽太が遼に以前にも増して対抗意識を燃やすようになったのだ。

 それは、やはり遼と爽太の間にできた「トレセン」という壁が影響しているのだと思う。

 俺も遼も実力的にはそんなに変わらないはずなのに、どうしてあいつはナショナルに選ばれて、俺は選ばれないのか。おそらく爽太はそんなことを考えているのだろう。


(ああ、確かに『ドリブル』だけでみたらお前は遼にひけを取らない。だがサッカーはそれだけではだめなんだよ……)


 遼は『勝利すること』をまず第一に考えてプレーしている。だが爽太は、『自分が遼よりも目立つこと』、『遼に勝つこと』を最も重要だと考えているのだ。

 だから遼も爽太も同じようにドリブルを多様するのだが、遼の使うべき時に使われる効果的なドリブルに対し、爽太のそれはエゴイステックで無謀過ぎる時があるのだ。


(図抜けた個の力が物を言う少年サッカーだから爽太は通用している。だがこの先もこのまま通用するとは限らない)


 竹下監督は爽太にそう説きたかったが、反骨心の塊である爽太は注意されたりすると敢えて真逆のことをしてくるのだ。だから爽太が自分で気づいて直していくしかない。

 腕を組んで渋い顔をしていると、偵察を終えて戻ってきたばかりの松本コーチに話しかけられた。


「竹ちゃん、なんか険しい顔してたけどどうしたの?」

「はぁ……爽太のことでちょっと悩んでたんです」

「ああ爽太のことか……確かに彼の将来のためにも、あれは解決しないといけませんね」


 陽気な声で話しかけてきた松本コーチだったが、竹下監督の悩みの原因を知った途端、竹下監督と同じようにため息をついて険しい顔になった。

 竹下監督は重くなった雰囲気を感じて話題を変える。


「そういえばあっち(反対側の準決勝)はどうなりました?」

「おお、そうだった。そのことを話そうと思っていたんたよ。いやー凄い試合だった」


 松本コーチはまた明るい声に戻り、さっき自分が偵察してきた試合について話始めた。



 ◇



 準決勝のもう一試合は、浦和レッドタイヤモンズJジュニア対大宮アルディージャジュニアというJクラブの下部組織同士の対戦となった。Jのジュニアクラブということで互いのチームのレベルはとても高く、準決勝に相応しい好ゲームとなった。


 アルディージャは川越と同じくツーボランチの4-3-3のフォーメーションを採るチームで、ナショナルトレセンに選抜されているセンターフォワードの一条巧美を中心とした破壊力抜群のアタッカー陣を誇る。

 対するレッズは3-4-2-1。こちらもかなり攻撃的なチームで、『天才小学生』宇留野貴史を中心としたタレント豊かな中盤陣が織り成す、小学生とは思えない華麗なパスワークが持ち味である。

 また宇留野は遼ほどではないがドリブルも上手く、一発で試合を決めれるフリーキックも持っている。抜群の深視力を誇り、試合をひっくり返せる素晴らしいパスを出すこともできる。まさにオールラウンドプレーヤーだ。

 この2チームの試合はやはり当然の如く乱打戦になった。


 開始2分、中盤で強引なプレスをかけてボールを奪ったレッズはショートカウンターで先制した。

 レッズのボランチ・成宮慶吾はバイタルエリア付近で敵の横パスを奪うと、パスコースに顔を出してきた宇留野に預ける。宇留野はトラップ時ボールを右足のインサイドに吸い付かせながら回転して、ディフェンスが詰めてくる前にゴールの方を向いた。

 アルディージャのディフェンスは宇留野を囲んでボールを奪おうとするが、無闇に突っ込めばパスがあるし、詰めないとシュートを打たれてしまうというジレンマから思い切ってボールを奪いにいくことができない。

 すると宇留野は右足をビリヤードのキューのように動かしてディフェンスを幻惑し、トーキックでラストバスを出す。それを受けたレッズのフォワード・内藤敦が豪快にゴールに叩き込んだ。


「どんまい、取り返すぞ!」


 先制点を喜ぶ赤いユニフォームの選手たちの横で、キャプテンマークを巻いているオレンジのユニフォームのセンターバック・前田孝介が手を叩きながらチームを鼓舞する。皆がそれに「おう!」と応え、アルディージャが反撃を開始した。


 アルディージャのキーパーはコーナーキックのハイボールを飛び出してキャッチすると、直ぐ様前線に投げ込んだ。味方フォワードも相手ディフェンスもいないスペースに投げられたこのボールに一条はいち早く追い付き、ディフェンスを背負ってボールをキープする。

 そしてフォローのために駆け上がってきた選手に一旦ボールを預けると、自身はディフェンスの裏めがけて走りだした。

 ボールを受けた選手は精度の高いループパスをキーパーとディフェンスの間に落とし、一条はそれをコントロールしてキーパーと一対一になる。

 キーパーは良いタイミングで飛び出してきたもののループで頭を越されてしまい、レッズは同点ゴールを許した。


 取られたら即取り返す。なんと試合開始から5分ほどの間にもう2点も入ってしまったのだ。

 この埼玉県の2つのJクラブが互いのプライドを懸けたガチンコバトルに、会場のボルテージも上がってくる。それに釣られるように両チームの攻撃も更に加速していった。


 ゲームの支配権は中盤を制しているレッズが握っているが、アルディージャは前田を中心とした守備陣が集中して守り、決定機は作らせない。

 一度宇留野が良いミドルを放ったもののキーパーのファインセーブに阻まれた。


 そして前半11分、アルディージャが逆転する。

 前線から連動してかけ続けたプレスが効を奏し、アルディージャの左サイドハーフがレッズのディフェンスラインでボールを奪った。その選手はそのままペナルティエリアに持ち込みシュートを打とうとしたが、足を掛けられて倒されてしまった。

 レフリーのホイッスルが響き、アルディージャのPKが告げれる。

 キッカーは一条。長い助走から放たれたキックはゴール右下の隅に鋭く突き刺さった。


「うらぁ! 見たかコラァ!」


 荒々しい雄叫びを上げる一条。彼はナショナルには選ばれているものの、全国から選ばれたサッカーエリートたちの中では控え選手としての立場を余儀なくされている。

 そのため彼はナショナルでもエースとして君臨している宇留野貴史には強烈なライバル意識を持っており、先程1点目を取った時も、己の実力を誇示するかの如く大声で吠えていたのだ。


「サンキュー巧美! この調子でもう1点取るぞ!」

「おう!!」


 前田がチームを盛り上げ、それにアルディージャの選手たちが応えていく。

 それ以降、レッズがボールを支配するものの、流れはアルディージャが掴むことになった。


 前半15分、またしてもゲームが動いた。

 スタンドに向かってオレンジのユニフォームの10番が絶叫している。アルディージャに3点目が入ったのだ!

 自陣から細かく繋いでビルドアップしてきたレッズだったが、中盤での横パスがレフリーに当たってしまいそれをアルディージャに奪われ、カウンターを食らった。

 レッズのディフェンス陣はビルドアップの段階からパスコースを作るために攻撃的なポジションに入っていたため、アルディージャの速攻に対処できない。

 キーパーとの一対一に持ち込まれ、それを決められ――はしなかった。コースを巧みに読んだレッズのキーパーがビッグセーブを見せた――がこぼれ球を一条に詰められてしまった。

 なんと一条は前半の内にハットトリックを達成したのだ。スタンドがどよめき、それを見て一条はにんまりとした笑みを作った。


 当然レッズは面白くない。不運もあったとは言え、ライバルチームであるアルディージャに2点もリードを許してしまった。

 ここから彼らはボールを支配することよりも、ゴールに圧力を掛けることを優先するようになった。

 中盤で交通整理役のようにパスを散らしていた宇留野も、ドリブルで突っ込んできたり強引なシュートを打つ場面が増えた。

 自分らのスタイルを捨て、遮二無二ゴールに向かっていく。一見これは悪手のように思えるかもしれないが、少年サッカーでは実はこちらの方が効果的だった。

 いくらレッズとは言えどまだ小学六年生ほどの子どもたちなのだ。相手を翻弄し続けるバルサよのうなパスサッカーなどできる訳がない。それよりも一人ひとりの能力が高いレッズの選手なら、個人技で打開する方が相手は嫌だったのだ。


 前田を中心に激しい守りを見せているアルディージャだが、何度かピンチを迎えてしまう。

 そして前半終了間際、宇留野が中盤で一人かわして持ち込むと、内藤とのワンツーで更に一人かわし、ペナルティエリアの手前から正確なシュートをゴール左隅に決めた。

 宇留野はそれを傲る様子もなく、ただ自分は当たり前のことをしたまでだという様子で自陣に帰っていく。レッズの他の選手もそうだった。


(まだ俺たちは負けているんだ。喜ぶのはまだ早い)


 そんな気持ちがレッズの選手全員に現れていた。

 そしてアルディージャボールのキックオフで試合が再開された瞬間、レフリーの笛が鳴り響き前半が終了した。










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