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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
14/48

第13節 ステップアップと

 現在後半8分、遼は拍手と歓声に包まれながら、悠々とピッチを後にしようとしている。この試合でも大活躍を見せた彼に、1000人ほどの観客からのスタンディングオベーションが送られているのだ。

 プロの試合に比べば客数は全然少ないが、それでも観客が一人の選手を手放しで誉めていることには変わりはない。

 普段の自分を知らない人が、この試合のプレーだけを見て俺を賞賛してくれている。そう考えると、遼は鳥肌が全身に沸き立ってくるのを感じた。

 遼はタッチラインを越える時にスタンドを得意気に見上げた。そして自分に代わって試合に出る選手の肩を軽く叩きながら「頑張れよ」と呟いて、タッチラインを越えた。


「お疲れ、良くやったぞ。怪我とかはないか?」


 ベンチに下がり、竹下監督と握手をかわす。


「大丈夫ですよ。っていうか……もうちょい出たかったです」

「すまないな、次に向けて温存したかったんた。そのエネルギーを決勝で爆発させてくれ」

「……了解です」


 遼は少し渋りながらも了承し、ユニフォームの上からビブスを着て、遼よりも5分早く交代した優磨の隣に腰を降ろした。

 スタミナの無い優磨は、後半開始直後に遼がゴールを決めて、3点差がついた時点で交代されたのだ。

 ベンチの脇のスペースでは、リザーブの選手たちが続々と身体を仕上げ始めている。3点差がついて、かつ優磨と遼を代えてもゲームを優勢に進めているのを見て勝利を確信した竹下監督は、午後の決勝に備えてレギュラー組の選手何人かを温存するつもりのようだ。


「お疲れ。……凄かったな、お前」


 顔から滴り落ちる汗をタオルで拭いていると、優磨が半分呆れたような笑いを見せながら言ってきた。


「ヤバイよ、俺今日キレッキレ」

「だろーな。遼さ、今日誰にも止められる気がしねーだろ」

「うん、相手の動きが手に取るように解るよ。俺だけが速く動いてるって感じ」


 遼はまだ興奮が覚めないのか、真っ赤な頬のまま早口でまくし立てた。

 遼が自分だけが速く動いてる、と感じたのは昨日の兄貴とのマッチアップが大きく影響している。

 昨日の紅白戦で、遼はあの翔を抜いた場面以外でも、小学生ではあり得ないようなアジリティとディフェンス技術を持つ翔とマッチアップし続けた。突破できたのは一回だけだったが、翔のマークに慣れてしまったので、小学生の中では決してレベルが低くない鶴ヶ峰のディフェンスでも、遼にとっては大したことないように感じてしまったのだ。


 ちなみに遼は、物心付いた時から翔に挑み続けている。だからぶっちゃけた話、そこんじょらの同年代の相手に遼が負けたことはほとんどない。

 しかも昨日、たまたまかもしれないが兄貴を抜けるほどにまでなったのだ。もう鬼に金棒状態である。



 ◇



 今大会で圧倒的な攻撃力を見せてきたFC川越に対し、準決勝の相手・鶴ヶ峰FCはやはり守備的な布陣を敷いてきた。

 そのため序盤は引いてきた相手に手こずり、なかなかリズムを掴むことができなかった。

 だが前半半ば、相手のコーナーキックを阻止したことから始まったカウンターで遼の個人技から得点を奪い、そこからは川越が試合の主導権を握ることになった。


 更に直後、川越は失点を取り返そうと前がかりになりかけた鶴ヶ峰の攻撃を退けると追加点を奪い、相手のリズムを完全に崩すことに成功する。

 鶴ヶ峰の選手たちの中で、点を取り返そうと考える選手と、まだ1失点だから守っていこうと考える選手とで二分してしまい、戦い方がまとまらなくなってしまった。そして考えがバラバラのまま強引に攻めに転じることになった訳だが、それを簡単にいなされてしまったのだ。

 まだ精神的に未熟な小学生にとって、一度崩れたメンタルを試合中に立て直すのは困難なことである。というか、プロでもこれはなかなか難しいのだが。


 ハーフタイムを挟んでも試合の流れは変わることはなく、後半開始早々にまたも遼がゴールを決めた。

 ハーフェーライン後方からドリブルを開始した爽太が、テンポの良いドリブルでバイタルエリアまで突き進み、二列目から飛び出してきた優磨にパスを出す。そして優磨は左サイドから物凄いスピードでディフェンスラインの裏をえぐるようにして飛び出してきた遼に丁寧なラストパスを送り、キーパーと一対一になった遼は確実にそれを決めた。

 また得点に直接絡んだ訳では無いが、海がポストプレーをしようと中央にいいポジショニングを取り、相手ディフェンスを引き付けたことも要因の一つである。

 オフェンス陣がバッチリ噛み合ったその得点に、竹下監督は満足気な表情を浮かべた。



 ◇



「うおお、行け爽太!」


 爽太が決定的なチャンスを向かえ、遼がベンチから前のめりになって叫んだ。


 ピッチのど真ん中でボールを受けた爽太は、優磨に代わって入ってきたトップ下にボールを落とした。そして爽太は左サイドに流れて行く。

 そのトップ下は光に繋ぎ、そして光はオフサイドラインギリギリに張り付いている海に向かって弾丸のようなパスを出した(ちなみにこの瞬間、優磨は「……これで攻撃が途絶えたな」と呟いていたが)。

 海は焦ってそのボールをコントロールしようとしたが、突然背後から「スルー!」と言われ、咄嗟にボールを飛び越えた。ボールは海の下を通過したが、あまりに突然の出来事だったので海はバランスを崩し、「ぐえっ」向けてと言いながら不器用に地面に転んだ。

 失笑する両チームの選手たち。だが直後、鶴ヶ峰の選手たちからはその笑みが消えた。

 どフリーで抜け出した爽太は、タッチの大きいドリブルで猛然とゴールに突き進んで行く。ディフェンスは追い付けず、キーパーと一対一になった。


「決めろォ!」


 遼に続き優磨も叫ぶ。爽太はドリブルのスピードを緩めることなくゴールに突っ込んで行き、キーパーがフリーズした瞬間にトーキックでシュートを放った。

 トーキックはインサイドやインステップでのキックに比べて正確性に欠けるが、キックモーションが非常に少なくて済むのでこのような場面には向いている。

 キーパーはまったく反応できず、ボールはファーサイドのゴールネットを揺ら――さなかった。

 ボールはポストの横ほんの数センチのところを通過して、ピッチの向こうへと消えていった。


「ああー!!」


 川越の選手・ベンチそしてスタンドから絶叫が聞こえた。みんな残念がっているが、一番悔しいのは爽太自身だろう。

 チームメートながら最大のライバル・遼がこの試合大活躍を見せ、観客からスタンディングオベーションまで受けているのに対し、自分は未だノーゴール。

 そしてせっかく迎えた絶好の得点チャンスだったのに、それをふいにしてしまったのだ。

 遼には遠くて見えないが、爽太は感情を押し殺そうとして歯をギリギリと喰い縛っている。胸中穏やかではないだろう。


 そしてそれから少し経過した後、ピッチの脇に白い川越の2ndユニフォームを着た選手が二人立った。一人はサイドバックの選手で、もう一人はウイングの選手である。

 アップダウンを激しく繰り返し疲れの見えてきた右サイドバックと、決勝に備えて怪我や疲労のリスクを避けるために主力選手の爽太を下げようとしたのだ。

 右サイドバックの選手はそれを見て安堵していたが、爽太は竹下監督を喰い殺さんばかりの目で睨み付けた。


 そーだろうな。俺が爽太の立場でもここで変えて欲しくない。


 遼はそう思った。竹下監督もそこはわかっているだろう。だが決勝戦に万全の体制で挑むためにも、爽太には無理をしてほしくないのだ。


 だがうちの11番は竹下監督の心遣いなんてお構い無しだ。彼にとって一番辛いのは、疲労が溜まった状態で決勝に臨むことではなく、目の前で行われている試合から締め出しを食らってしまうことだ。

 そして爽太はプライドが高い。だから交代するとしても、せめて自分が結果を残さない限りは大人しく下がろうとはしないだろう。

 竹下監督も爽太の心中を察しているのだろうか、申し訳無さそうな顔で爽太を見ている。


 現在反対側のコートでは、浦和レッズジュニア対大宮アルディージャジュニアの準決勝も行われているのだ。

 それを偵察に行っている松さんからメールが送られて来たのだが、試合は今拮抗していて、このままでは延長戦もあるとのことだ。そうなれば延長戦を闘った分、決勝の相手はどちらが勝ち上がってきてもうちより疲労の蓄積は大きい。だからうちは更に万全を期して、主力組を決勝にむけて温存しようと思っているのだ。

 だが爽太はそれでは納得しないだろう。ベンチに戻ってきたらあいつにどんな言葉をかけてやればいいのか…………。


 竹下監督はそんなことを考えたりもしていた。



 ◇



 光曰く、「代わりの選手がピッチの脇に立った時、爽ちゃんの方向からプチッて音が聞こえた」そうだ。

 鬼のような形相でフィールドを駆け回る爽太に敵も、そして味方も畏れをなしていた。それほど爽太の気迫は半端じゃなかったのだ。


 川越のベンチで交代の準備ができた時から、爽太は次プレーが止まったら自分が下げられてしまうことを悟った。


 嫌だ、俺は下がりたくねーよ!だってまだゴール決めてねー!


 爽太は絶対に下がりたくなかったが、選手の起用を決めるのは監督だ。一選手に過ぎない爽太がそれに抗える訳がない。

 交代しないのが無理なら、せめて結果を残してからピッチを去ろう。爽太はそう心に決めた。

 そして爽太はポジションを無視して、気が狂ったようにボールを追いかけ始めた。


 鶴ヶ峰が中盤でパスを繋ぎ始める。爽太はそれに向かって突っ込んで行った。鶴ヶ峰はそれを回避して、右サイド(川越から見て左サイド)へと繋ぐ。爽太は右ウイングなのだがそんなものお構い無しに左サイドへチェイスしに行く。

 利樹が「爽太、ポジション無視すんな!」と怒鳴っているが、現在の彼のには馬耳東風に過ぎなかった。

 だが爽太以外の川越の選手は積極的にボールを奪おうとはしない。3点差を付けて残り時間は10分ほど。リスクを冒すような場面ではない。

 だから爽太は孤軍奮闘し続けた。俺一人でやるしかない、俺一人で結果を出すしかないと。

 何本もダッシュを繰り返し、ゼーゼーと荒い息をしながらも爽太は決して止まらなかった。


「海、右切れ!」


 相手ボランチがセンターバックにパスを出したのを見て、爽太は海にむけて叫んだ。海は「おう!」とそれに応えた後ダッシュで敵センターバックの右足を切りに行った。

 海が右側のコースを切ったことにより、相手センターバックの次のプレーの選択肢を減らすことができるため、爽太はボールを奪いやすくなるのだ。


 獲れる…………!!


 爽太がそう確信した時だった。

 敵センターバックがダイレクトでパスを出そうとしたのを見て、海はパスコースを切るのではなくボールそのものを取りに行った。スライディングを敢行した海だが、センターバックのそれはキックフェイントで、海は勢いを殺すことができず、海の足はボールではなく相手の足ににぶつかってしまった。そして直ぐ様レフリーのホイッスルが響き、鶴ヶ峰ボールのフリーキックを取られてしまった。


「なっ…………!!」


 遼と優磨、そして竹下監督は声にならない声で叫んだ。優磨は遼の隣で小さく「あのバ海が!」と毒づいている。


 ヤバい、あいつキレるぞ!


 遼はそう直感した。

 爽太は海に向かってゆっくりと歩み寄って行く。そのただならぬ雰囲気に、海は身を固くした。

 そして海の目の前まで来た爽太は、海を殴るのでもなく、そして罵るのでもなくただ黙って海の顔を見上げた。海は爽太の目を見た瞬間、自分は何か悪いことをした、けれどその原因が解らないと言ったような、戸惑った表情を浮かべた。

 爽太は直ぐに目を反らし、交代するべくピッチの外に向かって歩き始めた。

 爽太はキレなかった。だが肩を震わせて、歯を喰い縛って歩いて来る。

 ベンチで爽太を向かえた竹下監督は、爽太の頭にタオルを掛け、何も言わずに肩を叩いた。爽太はそれで乱暴に顔を拭いた後、遼たちが座っているベンチに歩いてきた。だがベンチには座らず、その脇の芝の上に腰を降ろした。

 遼はあえて爽太に声を掛けなかった。

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