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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
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第10節 毒舌なベビーフェイス

 敵陣のバイタルエリアでゴールを背にしてボールを受けた優磨だが、背後からのプレスに耐え切れず、光に向けてバックパスを出した。その刹那、SC熊谷の選手一人が光に向かって猛プレスを掛ける。

 光はトラップ一発でそれをかわし、オーバーラップしてきた右サイドバックにパスを送った。だがそれは届かず、パスコースを狙っていた相手にカットされてしまった。

 どうやらファーストディフェンダーがかわされるのは想定されており、そのため熊谷の選手たちは次のパスコースを限定することで、確実にボールを取りに来たのだ。


 そしてボールを奪った瞬間、それが合図となり熊谷の選手たちが次々と前線になだれ込んで来る。

 ボールを奪った選手は縦に素早く当てて、自分もまた縦に走り込んでリターンを受けた。そしてその選手は川越のディフェンスの枚数が少ないのを確認すると、猛然とドリブルを開始する。

 現在FC川越のゴール前にはセンターバック二枚と、ゴールキーパーの計三人しかいない。


「戻れぇ!!」


 川越のキーパーから怒声が飛ぶ。言うが早いが川越の選手たちは猛ダッシュで、必死に自陣のゴールに向かって行った。

 熊谷はこれを絶好の得点チャンスだと捉えたため、なりふり構わず全員が上がってくる。そのため川越は海まで帰陣せざるを得なくなっていた。





 河口優磨も童顔を歪ませながら必死に戻る。決して足が速くない彼だが、今は自分史上最高のスピードが出てるのではないかと思った。

 絶対に失点はまずい。時間帯を考えても、ここで失点したら恐らく熊谷は守りに入ってくる。そうなったら、現在よりもアグレッシブに仕掛けて行かないと点は奪えないだろう。

 一人ひとりの身体能力が高い熊谷に対して、強引にディフェンスラインを上げてハイリスクを負うなんて、絶対に避けたいのた。

 スタミナの無い優磨にとって2試合連続フル出場はかなりキツい。だがそれでも彼は乱暴に自分のエンジンを駆り立て、走り続けた。

 だが次の瞬間、優磨は自分の横を青い突風が吹き抜けていくのを横目で見た。


 ボールを奪った熊谷の選手が、味方とのパス交換で川越のディフェンスを崩してゴール前に迫る。流石に2対3の状況では勝ち目が無かった。

 そしてペナルティエリアの左でキーパーと一対一になりる。キーパーの位置を確認した後、右足インステップでシュートを放った。

 だがここで川越のキーパーも意地を見せた。ファーサイドに向けて放たれた強烈なシュートを、研ぎ澄まされた反応を見せ左手一本で弾いた。

 派手なオフェンス陣ばかり目立つ川越だが、このキーパー・調利樹だって埼玉県トレセンに選ばれているほどの実力者なのだ。

 そのスーパーセーブに川越のベンチが沸く。だが喜びも束の間、ゴール前にこぼれたボールにいち早く反応したのは熊谷の選手だった。

 誰よりも早くこぼれ球を拾った彼は、まだ体勢が整っていないキーパーを尻目に、無人のゴールに強烈なシュートを放った。





 光は熊谷のフォワードがシュートを打った瞬間、「もうだめ!」と思い目を固く閉じた。やってしまった。また自分のミスから失点してしまったのだ。

 そして会場が歓声に包まれる。光は身体の力が抜けていくのを感じた。


「ああ……わたしのせいだ……」


 崩れ落ちそうになるのを歯を食いしばり、なんとか踏み留まった。そして拳を握りしめ、現状を見据えるため覚悟を決めて恐るおそる目を開く。

 逃げ出したかったが、それは自分が許さなかった。

 すると…………そこにあったのは、光が予想していた残酷な現実とは違う光景があった。

 ボールの行方を探すと、それはゴールの中ではなく、タッチラインの遥か彼方にあった。


「うおー! 遼、よく戻った!」

「ナイスディフェンス! だけど大丈夫か?!」


 そしてゴール前に人だかりの輪ができいて、口々に遼のことを褒めている。だがそこに遼の姿は見えなかった。

 いぶかしげに思った光はその場に駆け寄り、輪の中心を除き込む。するとそこでは、遼が顔を両手で覆いながら仰向けで倒れていた。


「うぅ……いってぇ」

「大丈夫か遼、取り敢えず座れるか?」

「なんとか大丈夫。うお~」


 遼は呻きながら起き上がり、手を顔から離した。

 彼の大きな目は涙目になっている。そして遼の顔を見た光は、思わず声を上げそうになった。


「うわ、ヤバいぞこれ! なんつー量の鼻血だよ!」


 海がすっとんきょうな声を上げた。

 遼の顔の鼻から下は、鼻血のせいでほぼ真っ赤に染まっていた。どうやら遼は、さっきのシュートに追い付き、顔面から飛び込んで防いだようだ。

 すぐにレフリーが笛を吹いて試合を止める。遼は止血のため、一旦ベンチへ下がらざるを得なくなった。


 光は失点を免れて安堵したと同時に、遼に対して申し訳ない気持ちで一杯になった。

 ベンチに下がって行く遼とすれ違う時、光は俯いて目を合わせないようにした。

 遼は光の側に来ると、軽く肩を叩いて、血で真っ赤に染まった歯を見せながら


「これは貸しだからな」


 と言った。光はその言葉の意味が解らず、タッチラインの外に出ていく遼を見ながらキョトンとしている。するといつの間にか側にいた優磨が


「次は俺がミスったら光がカバーしてくれってことだよ」


 と遼の言葉の真意を伝えた。


「サッカーはチームスポーツだ。ミスは誰か一人の責任じゃない。さっきのだって俺のパスが少し緩かったのも原因だ」

「いやでも……あの後わたしが判断を間違えなければこんなことにはぁ痛いっ!」


 光がそう言いかけた瞬間、優磨が光の背中を叩いた。


「自惚れんな光。自分のミス一つで流れが変わるほどのビッグプレーヤーにでもなったつもりか?」

「い、いや別にそういう訳じゃ」

「だろ? 俺にはお前より遼の方がよっぽど重大な責任を背負ってると思うんだけどな」

「……!」

「別にいいぜ、いつまでも勝手にビビってても。ただな、俺たちは勝ちたいんだ。そんなに責任を背負いたがって自分を責めていつまでもウジウジしてんなら邪魔だからな」

「うん…………」


 レフリーが笛を吹いて、熊谷ボールのスローインからゲームが再開されようとしている。優磨は最後に光の肩を軽く叩いて去って行った。


「今は10人で凌げ! 遼が戻るまで我慢だ!」

「おう!」


 竹下監督の激にみんなが答える。

 光はベンチで鼻血と格闘している遼を見た後、両手で頬を思いっきり叩いてから走り出した。

 彼女の瞳には、今までのような弱々しさは無かった。





 竹下監督は自分の横に座り、中々止まらない鼻血に対してぶつぶつと文句を言っている少年を横目で見つめた。

 彼は俺が悩んでいた問題をいともあっさりと解決してくれた。俺がどんなに考えても答えが見つからなかったことを、まだ12歳に満たない彼が見つけてくれたのだ。


 竹下監督はグラウンドに視線を戻した。

 あれから光はさっきまで漂っていた悲壮感が消え、水を得た魚のように生き生きとプレーしている。


 まったく凄い奴だよお前は。俺が六年生の頃よりも凄い……かもしれない。かもだからな、かも。立場上一応俺の方が上ってことにしておかないとな。

 それにしても、数的不利になったのに押されてるという気配がまるで無い。前線の二人が遼の分まで走ってくれているのと、光の調子が上がり中盤で良くボールが収まるようになったのが要因だな。

 これは延長に突入する前に勝負を決めれるかもしれないぞ…………


「…………とく……した……んとく! 竹下監督!」


 隣で何度も自分を呼ぶ声が聞こえた。どうやら考え事に夢中で、遼の声が聞こえてなかったようだ。

 遼はやっと自分の方を向いてくれた竹下監督に


「鼻血止まりましたよ! 俺はいつでも戻れます!」


 とうずうずした様子で言った。残り時間もあと少しなので、延長になる前に決着を付けたいという焦りも見えている。


「お、おうすまない。考え事をしていた。それじゃ第4審判のところに行って、次のプレーが止まったら入れてもらえ」

「はい!」

「残り時間も少ないからガンガン攻めてこい。点取って来いよ!」


 遼はその言葉に頷くと、最後に鼻血の塊をほじくり出して、小走りで両ベンチの間にある第4審判の席に向かった。





「早く出ろ……早くボール出ろよ!」


 試合に入るためには、ボールが外に出るかファウルなどでプレーが止まらなければならない。

 だが遼がピッチの脇に立ってから、中々プレーが切れなくなってしまったのだ。

 時間は刻々と過ぎていく。遼は小刻みににステップを踏んだり、軽く跳びはねたりして焦る心を何とかあやそうとする。

 そして遼の我慢が限界に近づいた頃、ようやくボールがタッチラインを割り、遼はフィールドに戻ることができた。

 遼がピッチに入った時、爽太と優磨の顔からは安堵の色がはっきりと見てとれた。爽太ですら、やはり疲労の色は隠せなかったのだ。


「おっしゃー、1点取ろうぜ1点!」


 海が叫んでいる。センターフォワードというのは結構運動量を必要とするポジションなのだが、海はまだ疲れている様子はない。どんだけスタミナあるんだあいつは。

 心の中で海に突っ込みを入れつつ、遼は自分のポジションへ走って行った。


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