表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
10/48

第9節 狙われた光

 後半開始直後にFC川越は絶好機を迎える。


 センターサークル付近でディフェンスを背負いながらポールを受けた遼は、ディフェンスの後ろからの圧力に耐えながらもヒールで敵の股間にボールを通し、ターンを決めて抜け出した。

 そして即トップスピードに乗り、敵陣をドリブルで中央突破していく。スピードに乗ったままの切り返しで、向かって来たディフェンスを一人かわした。哀れなSC熊谷のディフェンスは尻餅を付いて見送るしかない。

 ペナルティエリア目前まで迫り、遼はキーパーの位置を確認してシュート体勢に入った。だが熊谷のディフェンスが必死に戻ってきて、身体を投げ出してシュートコースを塞ぎに来た。

 だが遼はシュートを打たずに、またもヒールで、そしてノールックでチョンと後ろにボールを落とした。

 そこには2列目から光が全速力で走り込んで来ている。

 相手はほぼ全員が遼に釘付けになっているため他のマークが緩くなっており、光はほぼフリーな状態でミドルシュートが打てそうだ。センターバックはキックフェイントに引っ掛かり完全にフリーズしているので、シュートコースもかなりある。


 よし行け光、打て!


 遼は心の中でそう念じた。――だが光はシュートを打たず、少し慌てたように右サイドの爽太にパスを送った。

 一瞬戸惑ったような素振りを見せた爽太だったが、すぐにボールをトラップしてシュートモーションに入ろうとする。

 だが、光の横パスは相手ディフェンスが整う時間を与えてしまい、爽太のシュートコースが限定されてしまった。仕方なく爽太はサイドにドリブルした後、海目掛けてセンタリングを上げたがそれは海に合う前にディフェンスに弾き返されてしまった。


「おい光、なんで遠慮するんだ! 今のは自分で行け!」


 竹下監督がベンチから声を上げる。確かに今は自分を出さなければいけない場面だ。

 リスクを回避するための慎重なプレーと、ミスを怖れるが故の消極的なプレーというのは似て非なる物である。今のプレーは明らかに後者だ。光はミスを怖れるあまり、時々"逃げる"プレーを選択してしまうのだ。

 竹下監督は、爽太のような積極的(というかほぼ無謀)なプレーに関しては、失敗してもアドバイスを送るくらいで特に怒ったりはしない。

 カテゴリーが上がっていくと我を出したなプレーは制限されてしまうことがあるが、この年代のうちは多少無鉄砲な方がこれからの成長に期待できる、と竹下監督は考えているからだ。

 だが、今のうちから消極的なプレーばかりを選択していては、上のカテゴリーに行った時にまったく自分を出すことができずに潰れていってしまう。

 なので竹下監督は、さっきの光のプレーに対して怒鳴ったのだ。


「光、ミスなんて誰でもするんだからな。いちいち怖がんないで、思い切ってやれよ」


 遼は光の肩を叩きながら言った。


「そうだぞ! もっともっとガンガン行かないとだめだぜ!」

「お前は少し大人しくしろよ、海坊主」

「なんだと、このチビ!」


 海の一言に優磨が食い付き口論が始まっているが、遼は無視してディフェンスに戻る。あの二人はいつもああなので、放っておいた方がいい。いつも海が何かしら発言すると優磨が突っ込むというのがお約束のようになっているのだ。


 光は頷き返してはいたものの、あれは技術ではなく精神的な問題なので、直すのはかなり難しい。アドバイスでどうこうなる物ではなく、自分で目覚めるしかないのだ。

 だから光が自分の殻を破れるようになるためにも、俺たちが全力でサポートしていかなければならないと思った。





「右ケアしろ、右!」

「おい8番マーク空いてるぞ! 誰だよマーク!」

「そこお前だろ! ニア通させんな!」


 川越の陣内で、あらゆる怒号が飛び交っている。現在、流れを完全にSC熊谷に持っていかれてしまい、我慢の時間帯が続いている。


 どちらかと言うと川越が押していたはずなのに、どうしてそんな展開に陥ってしまったのか。それは、熊谷に弱点を的確に突け込まれてしまったからだ。


 熊谷は後半からフォーメーションを変えてきた。最初は川越と同じ攻撃的な4-3-3のフォーメーションだったのだが、現在は守備的な4-5-1のフォーメーションを採っている。

 フォワードの人数が減ったため、前線からのアグレッシブなディフェンスが無くなり、後方から余裕を持ってボールを繋いでいけると思った。

 事実ディフェンスラインでパスを回している時は、ワントップの奴が緩いチェイジングを掛けてくる程度である。

 センターバックは横パスを繋いで中盤へのパスコースを見つけ、攻撃のきっかけを作るため光へ縦パスを出した。

 すると、今まで緩かった相手のプレスが突然光へと襲い掛かって行った。


「うわっ!」


 強烈なスライディングが彼女を襲う。間一髪かわしたが、そこを待ってましたと言わんばかりにもう一人が強引に身体を入れてボールを奪いに来た。サッカーは平等だ。たとえ相手が女子であっても、フィールドに立っている以上情けは無用である。

 光は吹っ飛ばされ、ボールを獲られてしまった。

 ヤバい、ショートカウンターが来るぞ!と思ったその時、レフリーの笛が鳴った。熊谷のチャージングを取ったようだ。


「危なかった……」


 遼はホッと胸を撫で下ろした。





 川越のベンチでは、竹下監督が忌々しそうに相手のベンチを睨んでいた。

 するとむこうの監督はそれに気付いたのか、視線をピッチから竹下監督に向けると挑発的な笑みを浮かべ、そして再び視線をピッチに戻した。


「チキショー、あの狸ジジイめ」


 竹下監督はまるで子どものように唇を尖らせて毒づいた。


 SC熊谷の監督・増川直也は、かつて埼玉高校サッカー界屈指の強豪である県立明和南高等学校の監督を務めており、竹下監督の高校時代の恩師であるのだ。

 竹下監督と増川は良き師弟関係を築いていたため、増川が定年を迎えて、そして竹下監督が26歳という若さで現役を退いて少年サッカーの監督を始めた後も、その交友関係は続いていた。……最近はライバル関係という言葉の方が合っている気もするが。


 熊谷は、前線から激しいプレスを掛けてもかわされてしまうことが多かったので、無理に前から行かないで、中盤から後ろでどっしり構えるようにしてきたのだ。

 そのためいくらディフェンスラインでボールを保持できても、中盤に当てればさっきのような物凄いプレスが来るし、前線にロングボールを蹴ってもフィジカルの強いSC熊谷のディフェンスには、海以外は何とか競り合おうとするのがいっぱいいっぱいで、マイボールにすることができない。


 特に光にボールが渡る度に、熊谷の選手やベンチから「当たれ!」だの「次の(パス)コース切れ!」だの大声で指示が飛び、光が狙われているのは明らかだった。


 確実に勝ちにいくためには、ここで光を交代させるのがベストかもしれない。だが、ここで光を下げてしまったら精神的に立ち直るのにかなりの時間を要するだろう。少なくとも、今大会中に立ち直るのは不可能に違いない。

 竹下監督は、チームの勝利よりも選手個人の成長を第一に挙げている。だからここで光が潰れてしまうようなことは絶対に避けなければならないのだ。

 だがやはり試合には勝ちたい。県大会でナンバーワンになり、全国大会へ行くのもチームの目標であるからだ。

 だから迷った。弱点を見抜かれて尚光を使い続けるか、それともチームが勝つために交代させるか。


 増川監督が突け込んできたのは光ではなく、俺の采配その物に突け込んできた。


 だから竹下監督はイライラしているのだ。

 竹下監督のことをよく知っている増川だからこそ突け入ることができた弱点。少年サッカーなのに非情過ぎるだろ……と思う人もいるかもしれないが、勝負事なので文句は言えない。

 あの人の勝ちに対するこだわりは半端ではないのだ。


「さてどうしたものか……」


 そう呟き、あれこれと思案を巡らせる。だが、中々いい案が思い浮かばない。


「うーんどうするか…………あ、ヤバいぞ!」


 竹下監督が悩んでいる間に、FC川越は絶体絶命のピンチを迎えてしまった。

今後機会があれば竹下監督の過去にも触れたいと思っています

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ