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サッカージャンキー  作者: 宮澤ハルキ
第一章 少年サッカー編
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プロローグ 愛すべきサッカー小僧

サッカー少年たちのリアルな姿を書いていきたい、と思っています。非現実的なスポーツバトル要素は(あまり)入っていないので、ご了承下さい。

 桜が枚散る、4月頭のグラウンド。

 そこでは少年たちが桜吹雪を纏わせながら、自分の顔ほどの球体を夢中で追い続けていた……。





 都会とも言えないし田舎とも言えないような、埼玉県のベッドタウンの住宅街のど真ん中に、広大なスペースを陣取って存在する川越東小学校。そこのグラウンドは、学校を終えた子どもたちのサッカー場となっている。コーチも監督もいないグラウンドで、少年たちは白い砂ぼこりを巻き上げ、顔を紅潮させながらサッカーをしている。子どもたちは皆六年生で、殆どが地元のサッカー少年団「FC川越」に所属している。甲本遼もそこに所属しており、キャプテンを務め、背番号10を身に付けていた。


 ゴールキーパーを務めている少年が大空に向かって高くボールを蹴りあげると、我先にとばかりに落下地点に人が集まって行く。

 遼はその集団から少し離れて立っていた。まるで、あの集団が暑苦しいと言わんばかりの態度で。あのようなごちゃごちゃしたところでは、たとえボールを得ることができても、自分の持ち味を発揮できないまま潰されてしまう。だからこうしてスペースの開いている場所で待つのだ。ボールが自分に向かって転がって来ることを願って……。


 ヘディングで何人かが競り合った後、密集地帯にボールが落ちた。みんなボールを自分の物にしようと必死になっている。人の間をボールが行ったり来たり。ごちゃごちゃし過ぎて訳のわからないままに、やみくもにボールを蹴飛ばす奴もいる。


 おいサッカーボールくん、そんなところにいてもつまらないだろ。早く俺のところに来いよ。そしたら退屈はしないよ。さあ、俺のところにくるんだ。


 遼の気持ちがボールに伝わったのか、突然密集地帯から解き放たれたボールは遼に向かって転がってきた。その瞬間、パッと遼の目が輝いた。

 よく来たな。さあ、楽しもうぜ!


 パンッと音がするような心地よいファーストタッチでボールをコントロールすると、遼はパスを要求している味方には目もくれず、ドリブルを開始した。

 右へ左へ相手の重心を揺さぶり、バランスを崩したところを難なくかわす。ボールを高速でまたぎ相手を幻惑する。両足でリズミカルにボールを操り、敵をおちょくる。何人も何人もかわす。俺は止まらない。誰も俺を止めることはできない。もう、何人抜いたかなんて覚えてないや。自分の影までもかわしてしまったのではないだろうか。

 遂にキーパーまでかわし、ゴールネットに白く泡立つボールを見た時、遼は親指と小指を立てながら手首を振るサーファースタイルで喜びを表現した。これは大好きなブラジル代表のエースのゴールパフォーマンスを真似たものである。たとえ遊びのサッカーと言えどもゴールを決めると嬉しいのだ。しかも、自分の好きなプレーから決めることができたら尚更。


 ふと、遼は竹下監督が一年生の時の入団式で言っていた言葉を思い出した。竹下監督とは、遼たちの代のFC川越の監督である。


「サッカーは、誰だってボールを持っている時が一番楽しいんだ。だからその時を楽しくするためにボールテクニックを磨いていくんだよ。世の中には、個人技を駆使したドリブルや、偶発的な閃きから生まれるパスを確率が低いと否定する人たちもいるけど、そんなこと言ったらサッカーが楽しくなくなっちまう。俺はお前らには、試合に勝つ方法じゃなくて、サッカーを楽しむ方法を教えていくからな。目一杯、サッカーを楽しんでいこう」


 この言葉は、あれから5年経った今も鮮明に覚えている。竹下監督は俺を、そしてFC川越を、サッカーを勝つだけでなく楽しめるように育ててくれた。だからこうして練習の無い放課後も、みんなで集まってサッカーをすることができるんだ。ああ、最高だな。たぶん他には何もいらないかな……。


 ゴールした直後の気持ちの昂りが落ち着いてきて、周りが見えるようになってくると、遼はあることに気付いた。今サッカーを楽しんでいたのは俺だけなんだ。ゴール前に走り込んだのにパスが来なかったFWや、逆サイドでボールを要求していたウイングたちはやや不満そうな顔をしている。遼もそうなのだが、やっぱりボールに触っている瞬間が一番楽しいんだ。だから、頬を膨らませている彼らの気持ちもよく解る。


 ごめん、次はちゃんとパスを出すよ。サッカーは自分が楽しむのは勿論最高だ。だけど、自分も楽しんでなおかつチーム全員で楽しめたらさらに最高だもんな。


 相手チームのFWがセンターサークルにボールをセットして、遼たちのゴールを睨み付ける。彼らの方が、パスが来なかった味方の何倍も不愉快だろう。すぐに取り返してやる、というような気持ちがモロに顔に表れている。

 そう来なくちゃ。本気で向かって来る敵を返り討ちにしてこそ、本当の勝利だからな。それに本気じゃない相手と戦ったって楽しくも何ともない。サッカーは楽しんだ者勝ちだ。遼はそう思っている。



 相手FWの一人がチョンとボールを前に出し、再び試合は動き出した。


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