梅子と僕のわからない関係
「見えてない見えてない見えてない見えてない――」
目を閉じて蹲ることで、僕は必死に、目の前の現実に背を向けようとする。いや、人外は現実的には存在しないものだから、目の前の現実というのもおかしな話だ。では、なんと言えばいいのだろう。
幻想? 幻? 夢現?
う~む。どれが正しいのか、わからない。
「余計なことを考えて、意識を逸らそうとしているのだな」
耳元で、話しかけられた。まるで、吐息すら聞こえそうなほどの現実感を与えてくる。この少女はすでに、僕の中で触れそうなほどの認識を、持とうとしている。いったい、どこでこれほどまでの認識をしてしまったのだろうか?
朝は、スガが話しかけてくれたおかげで、それほど認識せずに済んでいた。……その後も、声を聞いた気はしたけれど、姿は見ることなく、ここまで来たはずだ。なのに、家にはかなり認識してしまった状態で、この着物の女が居たのだ。
これほどまでに認識してしまった今、どんなに意識を逸らしたところで、消えてはくれないだろう。そして、これ以上無視を続けても、僕の日常に無理が積み上がるだけだ。ならば、適当に付き合って、消えてもらうのが一番なのかもしれない。
果たして、前に認識した時は、どのように消えてもらったのだろうか?
何か、劇的なことがあったようにも思えるのだけれど、残念ながら、昔のことは曖昧で、はっきりと思い出すことができない。
とても危険な目に遭っていたと、漠然とした記憶と、今も残る古傷から思えるだけだ。はっきりと記憶しているのは、人外が消えた後のことで、病院で姉さんや院長先生に心配されていた。
姉さんのあんな不安そうな顔を、二度と見たくはない。
だから僕は、慎重に人外と接しようと思ったのだ。
例え、目の前の着物の女が無害そうに見えようと、人外である以上、いつ牙を剥くのか、わからないのだから。少なくとも、人外は人のように見えるものでも、決して人ではない。
僕は、最大限の警戒を持って、腹をくくることにした。
「わかったよ、認める。僕の目には、しっかりと見えている」
「おぉ。やっと認めたな。では早速だが、私の頼み事を聞いて……って、何をしている?」
着物姿の人外が眉根を寄せて聞いてくる。
「何ってご飯の準備だよ」
僕は台所で、料理の準備を進めていた。八畳一間の小さな家なので、台所といっても、その間に壁があるわけでもない。その姿は人外からは丸見えなのは変わりない。
「なるほどな。……料理か。私に振る舞ってくれるのかな? だが、残念ながら、私はお前たちの料理は、食べられないのだ」
なんてポジティブ。というか、厚かましいのだろう。
「安心しなよ。別に僕は、君の分を作ってはいないから。というか、食べるといわれても、困るしね。僕の家は、質素倹約だかね」
「そうなのか?」
「食費もすべて、姉さんのお金だからね。なるべく負担を与えたくないんだよ。贅沢がしたいのなら、よその子になりなさい」
「そ、それは困る。私はちぃが一番だ」
……僕はいつから、こんなに懐かれたのだろうか?
「はぁ。君はいったい、何者なんだい?」
「……むぅ。ちぃは覚えていないのだな」
「覚えていない?」
着物姿の人外は、とても寂しそうな顔をしていた。彼女の言葉が嘘とも思えず、僕は考える。僕はこの人外と、会ったことがあるのだろうか?
「んはは。忘れてしまうのは、仕方ない。その覚悟もまた、私にはあったからな」
やっぱり、この人外はポジティブだ。寂しげな様子などどこ吹く風といったように、笑い飛ばしている。
「一人で納得しないでくれよ。君は、僕と会っていたのかい?」
「うむ。私はちぃに出会っている。それだけは確かだな」
「それはいつのこと?」
「それはわからない。私もまた、大部分を失ったので、残念ながら、ちぃのように記憶をほとんど失ってしまったからな。ちぃについては、私は会ったことがあって、大切な友人だということしか覚えていないのだ」
「……大部分を失った?」
「そう。私は何らかの行動で、ほとんどを失った。その原因も思い出せないけれど、たぶんそれには、ちぃが、関係しているということだな」
「……僕が?」
この人外の言うことは、わからないことだらけだ。というよりも、人外ですら、わかっていなさそうだ。……けれど、僕の記憶もまた、不明瞭な部分が多いのも事実。彼女は、その時に出会った人外なのだろうか? 彼女の口ぶりからは、僕の記憶が不明瞭になった理由も知ってそうに思える。……記憶があればの話だけれど。
「……とりあえず、君には名前みたいなものはないのか?」
「名前? そうよなぁ。何か、あった気もするけど、忘れてしまったな。わかるのは、私が梅の精ということだけだ」
「梅の精?」
心の中で、何か引っかかるような気もしたけれど、砂粒のように、崩れ落ちていく。けれど、残ったものも確かにあった。
「……梅子」
「ん。そう呼ばれていた気もするな」
梅の精である梅子は、嬉しそうに頷いた。
僕は本当に、梅子に会っていたのかもしれない。なんとなく、頭に残った名前だったのだ。
……しかし、梅の精だから梅子って、……なんて、安直な名前だろうか。
名前を付けたやつは、本当にセンスがないと思う。
その後も、梅子に色々と聞きたいことがあったけれど、もうそろそろ姉さんが帰ってくるので。僕は料理に集中することにした。
姉さんには、人外が見えることを話してはいる。
何とも胡散臭い話だろうと僕でも思ったが、それでも姉さんは、全面的とまではいかないけれど、信じる姿勢を見せてくれていた。
僕は、それが嬉しかった。ただ、話を聞いてくれるだけで、僕の心は随分と救われたのだ。
だからこそ、これ以上、姉さんの負担になるわけにもいかないとも思う。
すでに、生活という部分で、お世話になりまくっているのだ。せめて、人外のことだけは、自分だけで解決したかった。少なくとも人外に関しては、残念ながら姉さんには何もできないから。話したところで、心配させるだけだから。
これ以上姉さんに、余計な心配をしてほしくはなかった。
梅子も、僕の気持ちがわかってくれたのか、姉さんが帰ってきてからは、特に話しかけてくることもなく、まるで、僕ら姉弟を見守るように、天井近くにふわふわと浮いているだけで、何もせずにいてくれた。
話せば、通じるやつなのかもしれないと、少しばかり安堵した。
次の日、僕は学校に行く道のりで、梅子から話を聞くことにした。
「ねぇ、梅子。君は、僕について、何か覚えていることはないの?」
「……そうよなぁ。私が覚えているのは、……あんまりないな」
「ないのかよ」
僕は思わず突っ込んでしまう。
「しかし、私としても、多くを失ってしまったので仕方ないのだ」
「そう言えば、昨日も言っていたけれど、多くを失ったってのは、なんのことなんだ?」
「……そうよなぁ。人で言うところの、死んでしまった状態のことだな」
「……でも、梅子は生きているじゃないか」
僕はそう言いながら、人外に生き死になんて、あるのだろうかとも思う。
「もしかして人外は、死んでも生き返るとかなのか?」
「ふふん。便利機能だろう」
「……本当に、そうなのか?」
半ば信じられず、確認してしまう。
「ん。まぁ、正確には違うけれどな。ちぃの言うところの人外は、二種類あるのだ」
「二種類?」
「一つは、人をはじめとする、ちぃの世界に存在する者達の、思いが形を成したものだな」
「思いが形に?」
「ん。例えば古い屋敷に、昔自殺した女の子の幽霊が出るという噂があったとするな」
「うん」
「そうすると、実際には、自殺した女の子なんていなくても、女の子の幽霊が出るようになることがある。それは、みんなが信じたことによって、作り出されたからなのだ」
「……なるほどね、そういうことか」
僕の見てきた幽霊は、梅子の言ったものなのかもしれないと、合点がいく思いをする。
中学の時に出会った自称幽霊は、この地には昔、病院があって、そこで死んだんだと言っていた。けれど、江戸時代辺りまで調べてみても、そこに病院があったことはなかった。もちろん、江戸時代よりも以前になら、あった可能性はないとは言えないけれど、その自称幽霊は、現代的な患者服を着ていたのだ。そんな患者服を、江戸時代より以前の人が来ていたということは、まずないだろう。そもそも、病院という呼ばれ方すらしていない気がする。つまり彼も、人のイメージによって生み出されたものだったのだろう。
「というと、あれだ。僕は今まで、他人の妄想を目にしてきたってことなのか?」
「まさにな。でも、他人の妄想といっても、一人の思いから生み出されることは、ほとんど無いが」
「……そう」
例え、幾人もの積み重ねだとしても、僕が長年苦しんできたのは、人の妄想だなんて、どれだけしょぼいのだろうか。
「……でも、梅子の言わんとしていることはわかったよ。つまり、人の思いかなんかで形を成した存在だから、例え、死んだり消滅したりしても、形を成すことになった思いが消えない限り、人外はまた、形を成すってことなんだな」
「その通りだ」
「梅子も、そうなんだね」
「違うな」
「違うのかよ!」
「ん。確かにちぃの言うとおり、消滅しても、人の思いがある限り、また生まれる。けれど、それは前の存在とどれだけ似ていても、別物でしかないのだ。だから、私が人の思いから生まれた存在だとしたら、ちぃの事を何一つ覚えていないことになる」
「じゃあ、梅子は何なんだ」
「人外のもう一種類だな」
「もう一種類ってのは、何なんだ? また、思いとやらじゃないのか?」
僕の問いに、梅子は少し、迷った顔をする。
「……そうよなぁ。何から話すべきかな。……とりあえずは、この世界に重なり合うように、いくつもの世界が存在することを理解してほしい」
「……いきなり、ファンタジーな話だね」
まぁ、人外が見える時点で、十分にファンタジーなのだけれど。
「そうだな。だが、人が言うところの天国や地獄、天界や魔界、そんな感じのものは、無数にある。どうして存在しているのかは、はっきりとした理由は分かっていないけれど、推測を聞くか?」
「推測なんだ」
「何せ、私どころか、私の世界が生まれる前の話だからな」
「……そういえばそうか。まぁ、その推測はいいや。とりあえず、重なり合うように、他に世界があるってことだね」
他の世界が重なり合っているなんて、俄かに信じられない話だけれど、最後まで聞いてみることにする。否定は、聞いてからすればいい。
「ん。普段は、認識し合っていないから、お互いに干渉されることなく、存在し合えている」
「認識しないから触れることもないってこと? ……まるで、僕の能力みたいだ」
「まさしくだな。ちぃが見ているのは、世界と世界のちょうど挟間なのさ。ちぃの認識能力が広がれば、他の世界を目にするかもな」
梅子は呑気にそんなことをいうけれど、迷惑が広がる気しかしないので、そんな能力はいらない。
「で、その他の世界がどうしたのさ」
「簡単なこと。ちぃは、世界と世界の狭間で、他の世界に存在する、人のように意志あるものを知覚しているのだ」
「……つまり、梅子は他の世界の住人なのか?」
「そうだ。というよりも、私の本体は、他の世界の梅の木だ。……つまり、今ここにいる私は、梅の木である本体の意識を、この世界の人型として現出していると、想像してくれれば良いな」
「……木が意識を持つのか?」
「私の世界では、そうなのだよ。少なくとも、この世界の人よりも、高次の意識を持っていると思うぞ。えっへん」
梅の木の高次意識を持った存在。それが梅子? 正直、最後のえっへんのせいで、そんな風には見えなくなってしまったのだけれど。
「……だから、梅の精なのか?」
「そうだな」
「ということは、梅子の場合は、死んだりしても、本体の梅の木が無事だから、大丈夫ってことか?」
「ん。だけど私は、本体の私からを切り離された、意識の一つだから、私が死ねば、私の持つ記憶の大部分を失ってしまうのだ」
何ともややこしいことをいう。
つまり梅子は、本体の分身でありながら、独立した存在ということなのだろうか?
分身が得た情報は、本体との間に完全な共有がなされていないから、分身を失うことで、本体は分身の持っていた記憶の多くを失うのだろう。
例えるのなら、本体の梅の木はコンピューターで、梅子はそのコンピューターから派生した、ハードディスクとしての役割も持った、タブレット端末といったところだろうか。
う~ん。上手く例えられん。
それでも、なんとなくは理解できた。
まとめるのなら、梅子は異世界の存在で、僕は昔、彼女と知り合っていたらしく、そして、何かがあって、記憶をお互いになくしてしまったということだろう。
……なんて、……なんて荒唐無稽な話だろうか。自分で考えていて、正気を疑いたくなってくる。
そもそも、梅子の言っていることが正しいなんて、決まっていないのだ。人外はしばしば、嘘を吐く。いや、人外自身からすれば、本心からの言葉なのかもしれないが、そこに、矛盾や真実と違ったことが含まれることは、よくあることだ。中学の頃に出会った自称幽霊然り、梅子だって同じかもしれない。全面的に信用するのは危険だろう。
僕は、自分に言い聞かせるように、改めて思う。
人外は危険な存在だと。
記憶を失った時のことを思い出そうとすれば、浮かぶのは恐怖。お腹と背中に残る、消えない傷跡が疼く。
梅子が、その時関わっていたとするならば、危険であると認識するべきなのだ。
決意するように、そう思っていると、梅子が僕の腕に、自らの腕を絡めてきた。認識してしまった今、伝わってくるのは、女の人の柔らかさと梅の香り。思わずドキリとさせられる。僕には、天谷さんという人がいるというのに。
彼女の顔を見れば、まるで花が咲き誇るような綺麗な笑みを浮かべる。
「私は、大部分の記憶を失った。でも、私にとって、ちぃが大切だという気持ちは、揺らぐことはないのだ」
「……でも、覚えていないんだろ」
思わず見惚れてしまったことに、バツが悪く感じて、わざと意地悪なことを言ってしまう。
「ん。でも、ちぃと一緒にいた、私の気持ちは覚えている」
梅子の言葉はとても真摯で、できることなら信じたいと思えるものだった。というよりも何故か、警戒しようと思いながらも、梅子を本格的に警戒できない自分を感じるのだ。記憶のどこかで、彼女を受け入れて良いと言っているようでもある。それでも、僕の不明瞭な記憶が不安を生み、素直に受け入れることも難しい。
昔に何があったかわかれば、はっきりと、梅子のことを受け入れることも、拒絶することもできるというのに。しかし、思い出すこと自体が怖い気もする。
「何してんだ、ちぃちゃん」
声をかけられたので振り向けば、やっぱりスガだった。別に二人で示し合わせているわけではないのに、登校中の彼との遭遇率は、ゴブリンやスライムよりも高い。まぁ、どちらも居てもらっては困るけれど。
クジで決めた席替えのはずなのに、仲良い連中で近くなったりする、わけのわからない引かれ合う力的なものだろうか? 人はそれを、照れ隠しに腐れ縁というけれど、僕とスガの幼馴染的腐れ縁は、相当なものだろう。
はっ! だからか。僕とスガの間に、腐れた関係が噂されるのか。腐れ縁だけに……。
なぜだか、自己嫌悪に襲われた。
スガは、僕がべらべらと話しているのを、不審に思ったようだけれど、近づいて理解したようだ。
「なんだ、電話をしているのか」
そう。僕はスマートフォンを耳に当てて話していた。梅子は周りに見えないため、一人で話していたら、不審人物でしかない。
ママぁ。あの人、なんで一人で話しているの?
しっ! 見ちゃいけません。
てな状態になること受けあいだろう。
けど、スマートフォンを耳にかざすだけであら不思議。電話をしているだけの人に見えることだろう。
僕は適当なことを言って電話を切るふりをしてから、スガに向き直る。
「おはよう、スガ」
「誰と電話してたんだ?」
「姉さんだよ」
「私はいつから、ちぃの姉に?」
余計な事を言う梅子に、うるさい黙れと言わんばかりに睨みつけておく。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
僕は曖昧な笑みを浮かべて誤魔化した。スガは不思議そうな顔をするけれど、特に聞こうとはせず、話題を元に戻す。
「それにしても、電話相手は千影さんか。最近、全然会っていないな」
「姉さんも忙しいんだよ、仕事が。時間も不規則だしな」
「医者だっけ? やっぱ、大変なんだな」
研修医の時は見ていて本当に心配になるほど、もっと忙しそうだった。今は、研修期間も終わり、少しは余裕ができてきた方だ。それでも、休みの日に、救急外来で呼び出されることも、しばしばだ。正規の医師になり、貧乏生活とおさらばだと言っていたが、お金を使う余裕もなさそうにしている。
大きな家に引っ越そうとも言っていたけれど、探す余裕なんてないのだ。
本当に忙しそうで、好きじゃなくちゃ、医者になんてなりたくないなと思える。
「まぁ姉さんは、忙しい分だけ頼られているってことだし、遣り甲斐もあるって言ってるけどね。……ただ、無理だけはしてほしくないかな」
「そうだな。千影さん、これと決めたら迷わず突っ走るからな。平気で無茶とかしそうだし」
「本当だよ。でも、言うことを聞くような性格でもないしね。だから僕としては、姉さんに迷惑をかけっぱなしだから、これ以上、心配掛けないようにして、姉さんの負担を減らさなくちゃだよ」
「ん~? ……それは違うだろう」
「ん? 何が違う?」
「いや、たぶん、千影さんは、ちぃちゃんに迷惑をかけられているなんて思ってもいないし、ちぃちゃんに、心配をかけてほしいとも思っているんじゃないかな」
「なんだよ、それ」
「だってさ、今はちぃちゃんが飯を作ったり洗濯したりと、家事全般を引き受けてるんだろう?」
「……まぁね。それくらいしか、僕のできることなんてないからね」
本当だったら、もっと色々な事をしてやりたい。楽させてやりたい。でも、愚かな僕には、家事ぐらいしか手伝えることが思い浮かばない。
「それくらいなんてことないさ。ちぃちゃんが家事をやってくれているおかげで、千影さんは、仕事に専念できてると思うんだ。だから千影さんは、ちぃちゃんのことを迷惑だと思うどころか、助かっていると、感謝しているんじゃないかな」
「……そうかな」
あまり、自信が持てない。
「そうだよ。それに、千影さんって、ちぃちゃんのことが大好きじゃん。引くぐらい」
「……引くぐらいは酷くない?」
「あはは、事実じゃんか」
スガは笑う。馬鹿にしているわけではないので、腹が立ちはしないけれど、姉さんのことなので、少しは弁明がしたい。……確かに愛情表現は行き過ぎている気はするけれど。でも、両親が死に、僕も何度か死にかけたので、失いたくないという気持ちの表れなんだと、僕は思っている。仕方のないことなのだ。
「まぁ、なんにせよ、誰だって好きなやつには、迷惑でも何でも、頼ってもらいたいものだろう。少なくとも俺は、ちぃちゃんに頼られたら、嬉しいぞ。千影さんだって、そうじゃないのか?」
「……そういうものなのかな?」
「そういうものだと思うよ。ちぃちゃんだって、できれば千影さんに頼ってもらって、いくらでも迷惑をかけてほしいと思っているだろう?」
言われてみれば、確かにそうだ。僕は姉さんをとても心配しているのに、姉さんの役に立ちたいのに、頼ってくれないことにやきもきする。姉さんのためなら、なんだってするのに。
そう思うのは、姉さんに迷惑をかけてきたという恩や義理とかの義務感だけでなく、ただ単純に、姉さんが好きだからだ。
もしかしたら、姉さんも同じことを思っているのかもしれない。
僕にとってスガの説明は、そう思わせるのには十分なものだった。
「……スガ」
「ん?」
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたけれど、結構お前、頭良いんだな」
僕はにやりと笑って言う。
「あったりまえだろ……って、お前、俺のこと馬鹿だと思ってたのかよ!」
「あはは。どうだろうねぇ」
僕は笑いながら、スガから逃げるように走り出す。
「スガは、良い人ね」
僕の横でふわふわと飛びながら、僕の手を掴んだままの梅子がそう言うので、僕は満面の笑みで頷いてやった。
「最高の親友さ」
学校に入ってから、梅子は用があると、どこかに行ってしまった。見える見えないで煩わされることがないので、僕にとっては嬉しいことだ。
「おっはおう、ちぃくん」
教室に入ると、あくび交じりの天谷さんに挨拶された。天谷さんはだるそうにしていらっしゃる。
「……あぅ、おはよう」
変に意識して、微妙な間が生まれてしまった。天谷さんは、特に気にした様子もなく、話をつづけてくる。
「いやいや。あくびしちゃったぜ、お恥ずかしい」
照れ隠しのような笑みがかわいらしく、僕の心はついときめいてしまう。彼女は男が苦手だから、社交辞令以上の好意はないとわかっているはずなのに、それ以上があるのではと、夢想してしまう。
「そういえば天谷さんって、毎朝早いよね」
「まぁね。お母さんのために朝ごはんとお弁当とか作らなきゃだから、結構な早起きしてんのよ。近所の、おじいちゃんおばあちゃんばりの、早寝早起きよ」
「天谷さんが、お弁当を作っているの」
「まぁね。お母さんは、がんばって働いているから、そのくらい手伝わないと」
「そっかぁ、じゃあ――」
お父さんはと聞こうとして、やめた。男が苦手な天谷さん。そして、話題に出なかったお父さん。あまり、良い話題にはなりにくい気がする。
「――僕と一緒だね」
「そうなの?」
「うっす。僕も、働く姉さんのために、ご飯やら弁当やらをこさえているのだ」
「おぉ。今話題の料理男子」
「ていうか、主夫になりかけてますよ」
「まぁさかの、ヒモですか?」
「ヒモだねぇ」
「駄目だよ、ヒモは。女の人を食い物にしてない分、まだ、ニートの方が、救いがあるよ」
「そんなに?」
「そうよぉ。働け、若者よ」
「学校卒業したらがんばります」
「よろしい」
演技過剰に、重々しく頷く天谷さん。ついつい二人とも笑ってしまう。
「……何してんの、あんたら」
猿……もとい、尾田が呆れたように声をかけてくる。
「朝の挨拶だよ」
「朝の挨拶が。ヒモの話になるのかよ」
「超ひも理論だね」
そう言って、また笑いだす天谷さん。僕も一緒になって笑う。
「ああ。今のでなんとなく、お前らのぶっ飛んだ会話の飛躍っぷりがわかったわ。……つぅか、お前ら仲良いな」
尾田の言葉に、下心のあふれる僕は、ドキリとさせられ、思わず黙ってしまう。けれど、天谷さんとっては、特に思うところはないらしく、あっさりとうなずく。
「そうだよ。なんてったって、二人で秘密を共有するほどの仲だからね」
天谷さんには、そもそも秘密というものが苦手なのかもしれない。もし本当に秘密があるのなら、そもそも秘密があることを隠しておくべきなのだ。
「秘密って、何なんだ?」
ほら。尾田が聞いてくる。秘密があることを知らなければ、余計な詮索は生まれないのに。
けれど、天谷さんは気にした風もなく、得意げに笑う。
「ふふん。教えたげない。なぜなら、秘密だからね」
「おいおい。なんかずるいなぁ、教えろよ、ちぃ」
尾田が馴れ馴れしく、抱きついてくる。
「暑いし、猿っぽい」
「いや、猿っぽいは関係なくね」
「あははははは。確かに猿っぽいわ」
「うわぁ。天谷さんまで。酷過ぎね? 俺、立ち直れないよ?」
本気で落ち込んだようにうずくまる尾田。少しばかり、哀れさを誘う。
「大丈夫だよ、尾田。猿は猿でも、きっと、頭の良い猿だよ」
「そうだよ。ニホンザルよりも、人に近いよ」
僕と天谷さんの必死のフォローに、心を打たれたのか、顔を上げる。
「……なんでそれで、フォローした気になってんだよ、あんたらは」
文句が返ってきた。上手いフォローだと思ったのに、……おかしいな。
「うわぁん、スガ。こいつらがいじめるよ」
僕らに見切りをつけ、スガに助けを求める。
「どうした。猿……尾田」
「お前もかよ!」
尾田の慟哭が教室中に、空しく響き渡る。
僕らはそんな姿に笑っていたが、気づいてしまった。僕の方を憎々しげに睨みつけている石原の姿に。
まぁ、ふられた次の日に、好きな女子と仲良く話している男を見れば、誰だって嫉妬するだろう。それは、仕方無いことだ。
……ただ、天谷さんが僕を好きじゃないってことも、知っているので、優越感も何もなく、損ばかりが積み重なっている気がするのはなぜだろうか?
次の授業は視聴覚室で行うらしい。天谷さんは日比木さんと行ってしまった。やっぱり、二人は仲が良い。
日比木さんは嫌そうにしていたけれど、それでも天谷さんと一緒にいる彼女はきっと、ツンデレだろうと、僕は勝手に思ってみたり。
僕も視聴覚室に向かおうとしていると、石原が近付いてきた。
「よぉ、ちぃ」
何とも馴れ馴れしく、人の肩に覆いかぶさってくる。別に僕は、石原とそれほど交流があるわけでもないので、ただただ戸惑ってしまう。何せ、朝のホームルーム前は、憎々しげに睨んできていたのだ。いつの間に、好感度が上がったのだろうか?
「え、えっと、何か用かい?」
若干、引き気味で尋ね返す。すると、さっきのテンション高い声はどこへやら。僕にしか聞こえない、小さな低い声で聞いてくる。
「お前、噂って聞いたことあるのか?」
「噂? もしかして、校長がカツラだってやつ? 僕も、証拠をそれとなく掴もうとしているんだけれど、中々ね。やつは、尻尾を見せてはくれないんだよねぇ。もしかして、石原はその証拠を?」
「……いや、その噂じゃない。……というか、そんなに噂になっているのかよ、その噂」
「そりゃ、月曜の朝礼毎に、あの頭を見るんだからね。……それで噂ってのは、……はっ! もしかして、僕とスガのホモ疑惑か? あの噂はデマだからね。ただの親友だからね」
そう言ってから、僕はあることに気付いて、顔から血の気が引く。
「もしかして、いきなり肩を組んできたってことは、そう言うこと? ホモ仲間なんて思われても困るからね! 僕にその気はないよ」
石原の腕から必死に逃れる。
その様子に、周囲から視線が集まり、石原は慌てる。
「変な誤解をすんじゃねぇよ。俺だって、男になんか興味ねぇよ。その噂でもねぇっつの!」
「そうなの? じゃあ、どんな噂さ」
「そ、それは」
石原は周囲をうかがい、顔を近づけてくる。どんなに顔の良い男だろうと、顔を近寄らせるのはやめてほしい。冗談抜きで気持ち悪いから。
「……聞いたことあるだろう? 俺と千沙菜が付き合っているって」
「ああ、それね。聞いたことはあるよ」
「だったらわかるだろう? あんまり、千沙菜と仲良くすんなよな」
「嫉妬するから?」
「……ああ、そうだ」
なるほどなぁ。少なくとも、石原はそんなに性格が良いわけでもないようだ。
まぁ、好きな相手を他の人に取られたくないという気持ちはわからないでもないけれど、この分だと、この付き合っているという噂自体、石原が広めたのかもしれない。天谷さんの迷惑など考えずに。
「あんまり、そういうのはよくないよ」
「そういうの?」
「ん。仕方ないとは思うんだけれど、人をやっかむような、悪意は、あんまりよくないよ」
「……悪意?」
あんまり、ピンとこないようで、石原は不思議そうな顔をする。
まぁ、普通に生活していて、悪意なんて言われることは少ないだろう。
「悪意は悪魔を呼び込むよ」
「悪魔?」
余計、わけがわからないという顔をするけれど、僕は早足で彼から離れる。
追及されても困るのだ。
残念ながら、今言ったのは現実的にはあり得ないもの。僕の、人外を見る目だからわかることだ。だから、石原の反応は仕方ないものと言える。それでも僕は言わざるを得なかった。
悪魔は危険だから。
もしかしたら、僕が昔、不明瞭な記憶の中で負った怪我は、ただの人外が相手だったのではなく、悪魔が相手だったのかもとすら思っている。
悪魔は自らの悪意を、行動に移した者にとり憑く。
なぜ、行動に移した者にかというと、行動を起こしたことで、悪意をさらけ出したことになり、悪魔がその悪意に気付くからだと思われる。……まぁ、完全に推測の域でしかないのだけれど。
悪魔は人外だから、直接的なことはしてこれない。少なくとも、認識した僕以外には。
それでも、危険な理由は、悪魔はとり憑いた者の悪意を、膨れ上がらせ、その者の行動をエスカレートさせていくのだ。
例えば、石原のやっかみにしても、膨れ上がらせれば、いじめにまでエスカレートするだろう。恐ろしいことに、悪魔にとり憑かれたものが犯罪を起こしていることなど、よくあることだ。
自衛策として、悪魔にとり憑かれても、悪意を行動に起こしたいという衝動を我慢し続けることができれば、悪魔は勝手に去っていってくれる。けれど、膨れ上がった自分の悪意を押し殺すのは、並大抵のことではないだろう。
だから、できることならとり憑かれないことが望ましい。
誰であろうとだ。被害は、周囲にまで及んでしまうから。
残念ながら、学校という人の多い空間に居れば、悪魔にとり憑かれた人を良く見る。
昼休み、食堂で食べていても、何人か目に入ってくる。悪魔の見た目はおぞましいことが多い。丁度、僕が見ている先の悪魔は、心臓に目玉のついたような見た目をしており、血管のような管をとり憑いた人に埋め込んでいる。正直、食欲減退も良いところだ。
僕にできることは、関わらないようにするだけだ。直接、悪魔に危害を与えられる可能性のある僕としては、関わっても普通の人以上に、ロクな目に遭わないから。
それなのに……。
「……何をするのかな? 梅子さん」
いつの間にか戻ってきた梅子は、僕の後頭部を小さな手で掴んで、ある一定方向を向かせ続けてくる。
ちなみに、僕の視線の先には、悪魔にとり憑かれた生徒がいる。先ほどから、見たくないのに悪魔を見てしまっているのは、その性だ。
彼女はなぜか、悪魔を認識させてこようとする。認識したら、僕が危険なのに。
「あの人外を認識して」
「……何でだい?」
「あの人外は危険な存在だから」
「……なら、認識したくないんだけど。あれは、悪魔でしょ?」
「悪魔? ちぃは、そう呼んでいるんだな。まぁ、その悪魔を認識してほしい」
「勘弁してほしい」
「ぬぅ。困ってしまうのだが」
「……ぬぅって」
あまりに男らしすぎる唸る声に、笑ってしまう。けれど、後頭部を掴む梅子の手の力は、全く弛むことがないのは笑えない。女性らしい細く小さな手なのに、馬鹿みたいに強い。さすが人外。
「ちぃちゃん。首を曲げて、どうしたんだ?」
生姜焼き定食を注文していたスガが、トレイに乗せて戻って来ながら、聞いてくる。
頭を押さえつけられて、僕の首は変な方向を向いているので、まぁ、疑問を持たれるのは仕方ないことだろう。というか、この首の方向がデフォルトだと思われても、困ってしまうけれど。
「えぇと、そうだね。ちょっと寝違えてしまったんだよ。そうそう。さっきの授業中に」
なんというか、我ながら嘘が下手だと思う。予め考えてあったのならまだしも、考えながらだから、真実味を足すのは難しい。
「そうか。寝違えたのか。首が辛いよな」
そう言って、スガは不思議に思うことなく、僕の向かい側に座る。
さすがだ。今の嘘を信じたよ。彼の単純さは、貴重だと思う。いい意味で。
「というか、ちぃちゃん。授業中に寝ちゃダメだぞ」
「いやいやいや。普通に爆睡してたスガに言われたくないよ」
「あれ? そうだったっけ?」
スガは首を傾げる。その様子はわざとらしくなく、どうやら、素で忘れているようだ。
「ったく、こいつは」
僕は呆れながらも、微笑んでしまう。
「というより、ちぃちゃんはどこを見ているんだ?」
全く顔を向けようとしない僕に、スガはさすがに不審に思ったようだ。けれど、何を見ていると言われても、悪魔を見ていると言えるわけもない。僕としては、心臓みたいな気持ち悪いものを見るよりは、スガの顔の方が、まだ見ていたいとは思うのだけれど、梅子がまったく離してくれず、顔が向けられもしない。
どう答えたものかと悩んでいると、梅子が呟く。
「認識できたな」
彼女の言う通り、強制的に見せられ続けていた悪魔は、先ほどよりも遙かに現実感を持っていた。先ほどまでは、テレビを見ているような、何かを隔てたような存在感だったのに対し、今では触れ合えそうな立体感を醸し出している。というか、グロさ倍増だ。せっかく作った弁当を、全く食べる気にならない。当分、肉は食いたくないなぁ。
間近な問題に現実逃避をしてみるけれど、やっぱりというべきか、悪魔を認識したことで、僕の中の危機管理センターが、警報装置を鳴らしっ放しだ。というか、認識してしまったから悪魔も僕の存在に気付いたようで、心臓に付いた目玉が、僕の方をぎろりと見てくる。
勘弁してください、梅子さん。
こうなったら、変人と思われようと、猛ダッシュで逃げるしかない。僕は悪魔から顔をそむけて、決意するように考えるが、いつの間にか、梅子の拘束が外れていることに気付いた。
認識した今、彼女にとって僕は用済みなのかもしれないと思って、再度顔をあげると、悪魔と僕の間に立ちはだかるように、梅子が立っている。
その腕には、梅の枝が握られており、まるで刀のように構えている。
……もしかして、戦う気か?
尋ねようにも、目の前にはスガがいるので尋ねることもできない。
一つ言っておくが、スガは親友だが、この人外が見れることを知られるわけにはいかない。今はなんだかんだで親友になっているけれど、昔は仲が悪かった。その原因は、僕が人外の存在を語っていたからだ。例え、僕の目に見えていようと、人外の存在が証明できないため、みんなにとっては嘘でしかない。あの頃の僕は、スガをはじめ、周りのみんなに嘘吐きと呼ばれ、本当のことを言っているのに信じてくれないことに、僕は腹を立てていた。とても、険悪な時代だ。
その後、学校でも苛められるようになった僕は、人外のことを黙っていることを学び、いじめから助けてくれたスガとも仲良くなることができた。だからこそ、怖いと思う。スガに、まだ人外が見えているのだと知られるのが。
そんなことを考えているうちに、梅子は悪魔に襲いかかった。まるで梅の枝を刀のように、心臓の形をした悪魔めがけて振るわれる。悪魔は血管のような管を、ムチのようにしならせて防ぎながらも、攻撃に移る。
突如始まる人外同士の戦い。
逸れた攻撃は、現実に影響を及ぼすことはないけれど、その威力が馬鹿みたいに大きいのは、なんとなくわかる。どちらの動きも、人間ではありえないほどに速い。残念ながら、速さと威力は、比例するものだ。彼ら人外に、現実の法則が当てはまるかは、甚だ疑問ではあるけれど、試したいとも思えない。試すには、自分の体で試すしかないのだ。試したところで、結果が分かった時には死んでそうな気がする。
正直僕は、目で追うことを早々に放棄している。だって見えないくらいに速いのだもの。……ただ理不尽なことに、人外の攻撃は現実のものには影響しないというのに、僕には効果があるのだ。
なので、僕は怖々と見守ることしかできない。
どうか、僕の方に来ないで欲しいと願って。
情けないと思うかもしれないけれど、仕方ないのだ。こちらに来られても、僕には何もできないのだ。人外が見えるというだけで、漫画やゲームのように、戦う力があるわけでもないのだから。……そう思うと、本当に理不尽だな。
改めて、自分の能力が恨めしく思えてきた。誰か、妖怪退治の極意でも教えてください。
そんなことを考えていると、人外同士の戦いに、決着が付いたようだ。
どうも、人外としての実力は梅子の方があったようで、何度か切り結んだ後、梅の枝によって悪魔は消滅していっている。
それと同時に、僕は不思議な感覚に襲われる。
先ほどまで目にしていた、悪魔の姿が思い出せなくなったのだ。
悪魔がいたのは間違いないはずなのに、急速に、その形が僕の中から失われていく。
けれど、この感覚にも思い当たるものがあった。
人外は、現実の存在ではないためか、消滅してしまえば記憶にも留まることは難しいらしく、その姿形すらも、記憶の中から消えてしまうのだ。
不思議だった。
僕は、そのことを知っていたはずなのに、今の今まで忘れていたのだ。
しかし、そのことを思い出したことで、もうひとつ、思い当たるものがあった。
僕の中で、梅子の記憶が消えている理由は、同じことなのかもしれない。
かつての梅子が死んでしまったことで、僕の記憶に、かつての梅子のことを、留めることができなくなってしまった。だから僕は、梅子のことを忘れてしまったのだろう。
「どうした、ちぃちゃん」
スガの問いに答えることなく、僕があんまりにもぼんやりしていたから、スガが心配そうに聞いてくる。
「ん? ……なんでもない。ただの、白昼夢だ」
「白昼夢! すげぇ。そんなの見ることなんてあるんだ」
適当な言い訳をしたのだけれど、なぜか驚かれてしまった。でも、僕はそれが気にならないほどに、考えに集中していた。
僕の失われた記憶は、かなり多い。六歳から十三歳までの大部分を占めている。そしてその記憶が、梅子の死によって失われているのだとしたら、僕は、多くの時間を梅子と共有していたことになる。
いったい、僕と梅子の間には、何があったのだろう?
失った記憶を思い出そうとすると、僕の心にはいつも、恐怖が先にやってくる。だから、自分から思い出したいなんて考えことはなかったのだけれど、僕は気になり始めていた。
失われた、僕と梅子の過去が。