六話
「――――――浅見!!」
浅見はすでにこちらに走っていた。回復魔法を発動させようと竜神に掌を翳している。そんな彼に未来は飛びついて――、頬にキスをした。
二人の体が発光して、光とハートのエフェクトが弾け飛ぶ。
「――!!?」
「回復魔法、早く!」
「『ヒール』!」
呪文を唱えると浅見の腕が直視できないほどの光を発した。
腕を制御できなくて驚きにたたらを踏む。慌てて左手で右手を押さえつけ、掌を竜神に向ける。
先ほど未来に使った時は指先程度しか光らなかったのに、掌どころか腕全体が輝いているようだ。
レベル2の浅見が使う回復魔法なのに、900程度も減っていた竜神のHPは一気に全快した。
竜神はかっと目を見開いた。巨躯がバリバリと雷撃を帯びて光っている。竜神の声とは――――いや、人の声とは思えない猛獣の咆哮のような声を上げる。
「竜神――――!? 駄目だ、『待て』!!」
未来の声に、地面に膝をついたままではあったが、敵に向かって飛びかかろうと前のめりになっていた竜神が、突如拘束でもされたかのようにびくりと痙攣して止まる。
未来は飛びついて竜神の頬にもキスをした。
「『いいぞ』!」
「な――!!」
「きゃああ!!」
女たちが魔法で竜神に攻撃する。
竜神は大剣を一振りして魔法をかき消し、そのまま剣を振り下ろした。
一撃で全てが終わった。
並んで立っていた二人を一太刀で切り裂いたのだ。
女達の姿は掻き消え顔写真のついたウインドウが表示されて、10秒からのカウントダウンが始まる。
0になった途端、死亡と表示されウインドウは閉じた。
カウントダウンが終了する前に蘇生の魔法かアイテムを使えばまたゲームに復活できるのだろう。
ウインドウが消えると同時に、竜神の右手が真っ黒く染まる。腕だけではなく、掌さえ真っ黒に表示されている。
「……なんだ?」
竜神が自分の右手に触るとウインドウが現れた。
『プレイヤーキラーキャラクター 右手が黒く表示される』
「竜神、その手どうしたんだ!? ダメージ受けたのか!?」
「違う。PKの印みてーだ」
「え……!? こ、こんなペナルティがあったのか……」
未来が竜神の腕に触って顔を伏せた。
「ごめん……」
「あ? なにが。それより何があったんだ? お前を庇ったあとから何も判らなくなったんだけど」
「暴走状態になっていたぞ。恐らくバーサーカーのデメリットだろう。ステータスを確認してみろ。新しい項目が増えてるんじゃないか?」
百合に促され、ブレスに触れる。
「『狂乱』 一回の戦闘でHPが四分の一以下になると自動的に発動。回復しようとも、敵を殲滅するまで止まらない。こいつのせいか……。くそ、面倒くさい職業だな」
「あれ? 竜神君、未来の声には反応してたみたいだけど」
待て、竜神。その声に反応して竜神は足を止めていた。近くで見ていた浅見が首を傾げる。
竜神の指が画面をスクロールさせる動きをした。
「――ただし、姫の命令には従う」
最後に読み上げられたのはその一文だった。
「なるほどー。すげーっすね。バーサーカーってお姫様のペットって感じなんすね」
「変な言い方すんなよ!」
未来が達樹に食って掛かる。
「それより、さっきのキスは何だったんすかぁ? おれにはー? 浅見さんと竜神先輩にばっかりずりー」
「あ」と浅見。「え?」と竜神。「う」と未来。
竜神は覚えていなかったが、しっかりと感触を思い出してしまった浅見が顔を赤くする。
「ああああれは、その、……俺の特技にあったんだ。『祝福のキス』戦闘中、頬へのキスで、その戦闘中ずっとレベルがプラス50されるって」
「レベル50プラス!? うわあチートっスねー。味方だからいいけど、こんなんが妨害してきたらクソゲーすぎますよ」
「お前が話したがらなかったステータスはそれか。バランスブレイカーもいいところだな。姫がいるだけで勝てるじゃないか……竜神、腕を見せろ」
百合の言葉に竜神は黙って腕を差し出した。
真っ黒の腕に顔を寄せ、百合はまじまじと検分する。どれだけ目を凝らしても、闇に沈んだかのように黒にしか見えない。布地が黒いせいではなく指先までがぽっかりと切り取られたような不自然な黒なのだ。
「コートを脱げ」
コートを脱いでもやはり真っ黒のままだ。
「PKキャラにこんなデメリットがあったとはな……。よし、汚れ仕事はお前に任せる。少なくとも浅見にはぜったいPKさせないように気をつけるぞ」
「あぁ」
「なんで僕だけ?」
「お前は職業が勇者だからな。今後どんな影響があるかわからん。PKは私と竜神に任せろ。女赤子子供老人関係なく打ち殺してやるから」
「……頼りになりますよね百合先輩って……。おれ、いくら敵でも相手が子供とか赤ちゃんだったら絶対殺せねーもん」
達樹がぼやきながら、女達が消えた後に出現した袋を探る。
「すっげー! あいつら結構金とアイテム持ってましたよー! 装備品もなんか高そう! PKも悪くないっすねー」
先ほどまでの発言を一掃するような言葉を吐いて達樹は大喜びした。
道なりに歩き続けていると、程なく大きな街が見えてきた。
「おー、初めての街! 買い物とか出来ればいいっスねー。楽しみ!」
外から見るだけでも街には大勢の人間がいた。遠目なのでどれがプレーヤーでどれが機械仕掛けのNPCか判らないが、相当数のプレーヤーがいるに違いない。
「今度こそ会話できる人がいればいいな。今の所なんの情報もないしさ。ありがとう竜神、こっからは自分で歩くよ」
抱き上げられていた未来が竜神の腕から降りる。ヒールの細いガラスの靴が石畳の上でガチンと甲高い音を上げた。
一歩踏み出した途端に未来はバランスを崩して前のめりになった。
慌てて体勢を立て直す。
(ハイヒールって、不安定な靴だったんだな……)
森の中ではヒールが土に埋まって一人でもなんとか歩けたのだが、石畳の上だと反発がひどい。強制的に、10センチ以上の高さで爪先立ち歩きにさせられている気分だ。おまけに足首に食い込んでくるガラスが痛い。またすぐに靴擦れになるだろう。未来はうんざりと顔をうな垂れた。
だが今は堪えなくては。抱き上げられていては必要以上に人目を引いてしまうし、また、先ほどの女達のような絡まれ方をするかもしれないから。
心に決めて歩き出すが、やはり右へ左へと安定しない体が歯がゆい。
「手、貸せ」
声と同時に竜神に手を取られ、力強く引っ張られて未来は安堵に息を付いた。
「ごめん、ありがとう」
ただ手を引かれているだけなのに随分と楽に歩ける。足だけじゃなくて繋いだ手にも体重が乗せられるし、多少よろけても引っ張り起こしてくれるから。
未来は歩くことだけに集中していた意識をようやく冒険の目的へと向ける事ができた。
(今度こそちゃんと情報を集めないとな。美穂子の行方も気になるし、このゲームが何を最終目的にしているのかさえわからないんだから)
五人で街のゲートを潜った途端、頭上に大きな花火が上がった。
「うお、何だ!?」達樹が驚いて首を竦める。
『新しいチームの参戦ですー!!』
機械的な女の声が街中に響く。
『なんて素晴らしい! 皆様、ご注目ください! レアクラスプレイヤー、『姫』のいるチームです!』
いきなり自分の事が街中に宣伝され、未来は驚いて竜神の大きな体の後ろに隠れた。
一気に注目され、あちこちから声が上がりはじめる。