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四話

 乗用車ほどもある巨大なクワガタを、竜神は大剣で切り裂いた。

 クワガタは虹色に光って消滅する。

 と同時に戦闘終了のファンファーレが頭上に響いた。


『竜神強志はキラークワガタを倒した! 50ゴールドを手に入れた!』

 視線の高さから降ってきた金の袋を竜神は両手で受け止めた。

 さして衝撃も無く腕に乗った途端、金の袋は紙へと変化する。

 この世界のアイテムやお金は入手すると紙に姿を変えていた。

 モンスターを倒すと空から金が振ってくる。受け取ると同時に金は金の絵が書かれた紙に、アイテムはアイテムが描かれた紙になる。

 必要以上に物がかさばらないための配慮なのだろう。

 草や金程度ならいいが、鎧や剣など手に入れれば持ち歩くだけでも一苦労だ。その点、紙に書かれた鎧や剣ならばなんの苦労もない。


「ああもう雑魚が鬱陶しい! 美穂子と未来はどこにいるんだ!」


 百合が苛立たしげに叫ぶ。

 数十メートル進むごとに一々モンスターに襲われていた。

 人探しをしている身としては鬱陶しいことこの上ない。こんなにエンカウント率が高いとは思って居なかった。か弱い少女二人が戦って勝てるとはとても思えないのだが、未来と美穂子は無事なのだろうか。

 竜神もまた内心で苛立っていたのだが――――。


「――うぁあああ! く、くるなあああ!!」

 遠くからかすかに人の声が聞こえてきた。メンバーの中で唯一の中学生、王鳥達樹の声だ。


「達樹だ」

 竜神は悲鳴の方向へと走りだした。

「くそ、外れか」

 百合も悪態を付きながらも、先に走り出した竜神の後を追う。


「達樹君!」

「浅見さん! 未来先輩! た、助けてくださいいい!」

「ぎゃあああ! なんだこれなんだこれうやあああ! 俺無理!」


 聞き覚えのある声が増える。「未来」竜神が呟くように、百合が叫ぶように呼ぶ。未来と浅見だ。


 開けた場所に出た。達樹は木を背にして小さな剣を振るい、浅見は百合と同じような諸刃の剣を構えて飛びかかってくる虫を切り落としている。


 蜘蛛だ。それにしては大きい。人の上半身程度もある。狭い場所に二十匹はひしめいている。


「おれも無理なんす死ぬ死ぬくるなあああ!」

「二人とも下がって、ファイアーボール」

 浅見の手から炎が迸る。


「あっち! ちょ、服燃えた! 浅見さんんん!」

「ご、ごめん!」


 炎は蜘蛛の外骨格に跳ね返されてしまい、ほとんどダメージが通っていない。

 竜神はすぐさま剣を構えて参戦し、一気に三匹もなぎ倒す。

「竜神!」「竜神先輩!」


 百合も剣を構えて、未知の物体でも見るかのような視線で、怖がる達樹と未来を交互に見てから言った。

「お前達、蜘蛛ごときにきゃあきゃあ悲鳴を上げていたのか……」

「蜘蛛っすよ蜘蛛! 絶対無理! ねーよキメェっすもん!」

「お、俺も、足の多い虫駄目なんだよぉ情け無くてごめんだけど!」


「まったく実に可愛らしい。ゲームで未来の弱点を見つけられるとはいい発見をしたな。達樹は気持ちが悪いから死ね。蜘蛛ごときで男がやかましい」

「百合先輩の鬼ぃ! おれにあたりきつすぎっすよぉ!」


 無駄口を叩きながらも、浅見と竜神、百合の三人がかりで傷も無く無事殲滅することができた。

 勝利のファンファーレが響いて戦った三人の腕にお金が振ってくる。


「怪我はないか?」

 紙をコートのポケットに突っ込み剣を鞘に収め、竜神は未来を向いた。

「う、うん、大丈夫だ。お前らも無事そうでよかったよ」


「うっわ! 先輩なんすかそのカッコ! カワイー! つかやっぱ先輩超胸でけーっすね。体ほっそいのに」

「うわああ! 忘れかけてたのに言うなもう!」


 未来が掌で達樹の顔を叩くものの、達樹は微動だにせずに胸をガン見だ。

 竜神は自分のコートを一瞥して、未来の身長を確認してから眉根を寄せた。このコートでは二十センチ以上引き摺ってしまう。


「浅見、未来にコートを貸して――」

「それが、できないんだ」「コート、装備品なんだよ」

 未来と浅見の両方に説明され、竜神は頷くしかなかった。


「おい、美穂子は一緒じゃないのか」

 百合が見回して訊いた。

「見てない。お前達と一緒じゃなかったのか」

 答えるのは未来だ。

「美穂子ちゃんいないの!? 早く探さなきゃ。一人じゃ可哀想っすよ」

「あぁ。急ごう……その前に、お前達のステータスを教えろ。ブレスを触ったら画面が表示されるんだ。やってみろ」


 達樹と未来、浅見がウインドウを表示させる。

 最初に答えたのは浅見だ。

「僕は勇者だよ。レベル3、最大HP700 最大MP130 回復魔法『ヒール』と攻撃魔法『ファイアーボール』」


 続けて達樹が答える。

「おれ、シーフっス! レベル2、最大HP630 最大MP100 補助魔法に『盗む』と『サーチ』ってのがあります」


「未来は?」


「――――ひ、姫って書いてるんだけど、なにこれ」

「姫?」

「レベル無し、最大HP150 MP……0」


 しんと、静まり返った。


「え、NPCキャラなんじゃねーっすかね! ほら、勇者パーティーに守られてるーっ的な」

 達樹が精一杯のフォローを入れるものの、未来の表情は優れなかった。

「ありがとう達樹……。死にたい」

「死ぬとかいっちゃだめだよ!」

 浅見が体を乗り出し気味に叫ぶ。


「ううう、俺、こんなんばっかじゃねえか……。自分が情けな――――」

 画面にスクロールバーがあったので、未来は落ち込みつつも下まで見て、益々顔色を青ざめさせた。


「どうしたんスか先輩」

 隣の達樹が身を乗り出すと、未来は慌ててウインドウを閉じる。

「なんでもない!!!」


「未来、私達はゲームを始めるんだから、仲間のステータスはきちんと把握しておきたいんだ。何か書いてたんじゃないのか?」

 百合が問うが未来はぶんぶんと首を降るばかりだ。


「なんも無い! それより、お前らの職業は何だったんだ?」

 明らかに何か隠しているが、これ以上聞いても無駄だろう。百合は質問に答えた。


「私はファイターだ。レベル3、HP690 MP70。特技は『武器全種類装備可能』魔法は『オフェンスアップ』」

「オレはバーサーカーだ。レベル2、HP980 MP25 特技は『庇う』魔法は今の所使えない」


「え、竜神君がバーサーカー?」

「お前が?」

「竜神先輩がバーサーカーっておかしくないっスか? 百合先輩と逆なんじゃねーの?」


 百合が感じたことを三人も感じたようで、それぞれ驚きに声を上げる。

 百合自身も思ったこととはいえ、余りに正直すぎる馬鹿達樹の頭に百合は拳骨を落とした。


「それにしてもバランス悪いチームっすねー。後衛がいねーなんて」

 百合に殴られた頭を摩りつつ達樹は眉根を下げた。

 浅見も、百合も、竜神も前衛キャラクターだ。姫である未来は武器を持たないのだから戦えないキャラクターだろうし、達樹自身、装備は三本の短剣だ。


「お前の持っている剣、ダガーだろ? それ、投げて使うんじゃねーの?」

 未来に言われ、達樹は「あ、そっか」と頷いた。


「ちょっとやってみていいっすか」


 三本の剣を腰から抜いて、木に向かって投げる。達樹はダーツでさえ外しまくって壁を穴だらけにし、親に怒られた経験があるのに、狙った場所に吸い込まれるように命中していた。

 おまけに、ダガーは腰から抜いても抜いてもなくならない。何度でも腰に出現してくる。

 逆に、木に刺した剣は新しいのが腰に出現すると同時に消えているけど。


「おおお、すげーきもちいー! 現実世界っぽく見えても、やっぱゲームの中なんですねー」


「いーなー。俺もやってみたいなぁ」


 未来がものほしそうな顔をする。

 ピンクの頬を染めて、指の関節を唇の割れ目に押し当てて、大きな瞳を気だるげに細めて。腕を上げているので胸が押さえられ、ただえさえ深い谷間が強調されていて、どうにも。


 この人ってほんとヤラシイなー。


 達樹は真顔になりそうな顔をどうにか笑顔のままで硬直させる。未来自身にヤラシイ自覚がないのだから見ている方としては最悪だ。


「やってみますか?」

「うん!」

 未来は笑顔で手を差し出したのだが、ダガーが手に乗った瞬間、叩き落とされたように短剣を取り落とした。


「――なんだこれ、超重い! お前サイヤ人かよ!?」


「へ?」

 達樹は目を丸くして未来を見た。

 短剣の重さは包丁程度しかない。いくら未来がか弱くても、この程度の剣を持てないはずが無い。


「駄目だよ未来!」


 浅見が焦ったように地面から剣を取り上げ、達樹に渡した。

「武器も装備品なんだから、自分が装備できる武器じゃないと駄目に決まってるだろう?」

「そ、そっか! 忘れてた」

 というより考えが至らなかった。

「ここ、ゲームでしたね! すんません未来先輩!」

「いや、お前のせいじゃないよ。邪魔してゴメン」

 未来がしょんぼりとうな垂れる。


「もういいだろう。美穂子を探さねーと。行くぞ」

 ぽん。竜神が未来の肩を叩いた瞬間、未来の頭上にHPバーとダメージウインドウが表示された。「う、」と竜神が息を呑む。


 マイナス1。


 未来のHPが減った。


「わ、わりぃ!」

「何今の!? 俺、ダメージくらったのか!? あれで!?」

「竜神先輩、からだデケーのにむやみに触っから」

「未来、先に行け! 肩ぶつかっただけで殺しそうでこええ」


 一騒ぎありながらも、五人は美穂子を探して森を進むのだった。

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