大広間に全チーム集合!
「りゅううう! どうにかしてくれよ俺ムリだからああ!」
飛びついてくる未来の前身ごろを引き上げて剥き出しになった肩に浴衣を被せつつ、竜神が開け離しになったドアの中を見る。
案の定、女性スタッフが五人ほどもいた。
「…………すいません、こいつ知らない人間怖いんで出てってくれませんか……」
「えー、残念……」
営業部 木藤さんが眉根を下げて答える。
「やっぱりこっちの柄がいいかもって思ったんだけどなー」(総務部 南原さん)
「お姫様可愛いから何でも似合うから返って迷うのよねえ」(広告事業部 笹野さん)
「派手な柄も清楚な柄も可愛い柄も着こなせるって反則だわ」(法務部 高平さん)
「そうですよねー。時間で着替えて欲しいぐらいなんだけどなー」(営業部 近藤さん)
名残惜しそうに竜神の腕に隠れる未来を見ながらも、女性スタッフは全員、余分な浴衣を抱えて部屋から出て行ったのだった。
「百合、どうして止めなかった……」
既に着替えを済ませている百合をにらみ付けて竜神が唸る。
「いや、ついつい。怯えた顔が可愛くて……いや、そうじゃなくて」
コホンと咳払いをして、百合はキリッと真面目な表情を作った。
「お前は過保護すぎる。女にぐらい慣れないとこの先の人生どうするつもりだ」
ぐ、と竜神が言葉に詰まる。確かに、未来の怖がりは度を越している
平気なのが竜神だけというのは尋常じゃない。
なるべく体に触るようにして、他人の体温に慣れさせようとしているのだけどまるで効き目がないのは竜神も判ってはいた。
「お、俺だって頑張ってるけどあんな大人数相手すんのは無理だよ! ちょっとづつ慣れさせてください! ご、ごめんな竜神、浅見も達樹も、もうちょっと待っててくれ」
「ゆっくりいいよ」
「ちゃんと服着てから出てこないと襲いますよー」
ゴ、と強烈な拳骨が達樹の頭に落ちる。
「ぎゃ……! 竜神先輩、手加減してください……脳揺れた……」
「うるせえ」
程なくして、未来、百合、美穂子の三人が部屋から出てきた。
それぞれあつらえたかのように浴衣が似合っている。髪型もそれぞれ手をくわえていて、未来は高い位置でツインテールに、美穂子は髪を横に流して緩くシュシュで纏めていて、百合はポニーテールで、三人ともうなじを無防備に晒している。
「おー! 先輩方めっちゃかわいいー!!!」
達樹が無邪気に喜ぶ。
「お前達もよく似合っているぞ。ヤクザとチンピラとヤンキーのそろい踏みだな」
浅見が落ち込み竜神が歯を食いしばり、達樹がそんな二人にあたふたとしながらも百合に言う。
「百合先輩おれたち痛めつけて楽しいですか?」
「実に楽しいが」
百合先輩だって極妻みたいじゃねーすか、とでも反撃しようかと思ったが賢明にも達樹は言葉を飲み込んだ。
二千倍ぐらいやり返されるのが落ちだ。
六人は案内板に従い大広間へと足を運んだ。
エレベーターで一階へ降り、広いロビーを抜けて中庭を横目にしつつ角を曲がると、体育館ほどもありそうなフロアが眼前に広がる。
大広間にはすでにかなりの人数が集まって、賑やかな話し声で溢れていた。ざっと見るだけでも百人以上はいそうだ。
「へー、モニターってこんな一杯いたんだなー」
「百五十人も居たらしいよ」
横を歩く美穂子の言葉に未来は「そんなにいたの!?」と驚いてしまう。
他校の生徒達もそれぞれ浴衣や甚平を着込んでいた。男子はともかく、女子達が華やかで未来は自然と笑顔になった。
浴衣姿の女子にはなんだか癒される気がするのだ。
大広間にはパイプ椅子が多数置かれていて、思い思いの場所に着席して談笑を楽しんでいた。
先頭に立っていた未来と美穂子が大広間に入ると同時に、放送が流れた。
『チーム花沢様、お帰りなさい!』
聞き覚えのある機械音声。リアの街や戦闘終了時に何度も聞いた声が、まるでRPGの世界の中と錯覚させるかのようにチーム花沢を歓迎した。
にぎやかだった室内がシンと静まり返り、一気に注目されて、楽しそうな顔で先頭を歩いていた未来が顔色を青ざめさせて、後ろを歩いてた竜神に背中をぶつけた。
「ひ、ひょっとして、この中に俺達に襲い掛かってきた連中が交じってるんじゃ……!?」
「未来、今更?」
美穂子が困惑した笑顔で未来に問い掛ける。
「判ってるとばかり思ってたよ」
浅見もいささか困惑しつつ未来を見下ろした。
「完全に忘れてた!!」
「先輩、余裕じゃねーっすか。あのゲームでいろいろあったから強くなったんじゃないっスか?」
「違うよ! あのゲームは本気でトラウマしか残してない。カニだ! カニのせいで全部吹っ飛んでた!」
「判った。オレのカニも分けてやる」
「え! いいの!?」
目を煌かせて浴衣の裾を掴んでくる未来に、竜神は頷いてから周りを見回した。
こちらを睨んでくる連中と興味津々に伺ってくる連中は半々といったところか。ちらほらと無関心な連中も見受けられる。その中に、竜神は見つけた。
す、と百合に目配せをする。百合はにやりと笑って頷いた。卑怯者の竜神と百合の考えは完全に一致していた。
「海原先輩! この間はどうも」
竜神が笑顔を作り声を上げる。低音ながらも良く通る声だ。一気に竜神の視線の先に注目が集まった。
視線の先に座っているのは、入り口に背中を向けて座っている、チームポセイドン――――――。
「きゃあ! 海原先輩、内海先輩! お久しぶりでーす!」
すかさず百合も続ける。いつもより二オクターブは高い声で片手を上げて片手を拳にして顎に当てる可愛らしいぶりっ子ポーズで。
百合の変貌に驚く浅見、達樹、未来を他所に、ざわりと大広間の空気が揺らいだ。
「え!?」
「チームポセイドンの連中、チーム花沢と知り合いなのか……!!?」
「どういうこと!?」
「なんか超仲よさそうなんだけど――!」
チームポセイドンはチーム花沢から姫を奪還するために集まった中に居た。
姫やバーサーカー、勇者達の映像を出したのだから間違えない。
なのに、なぜ!?
「どういうことだ!? 海原、内海、な、なんであの連中と知り合いなんだよ!?」
「おい! チームポセイドン、説明しろよ!」
周りの連中に口々に質問されるけど、答えられるはずもなかった。固まって冷や汗を流すしかない。
そうこうしている内にチーム花沢が近寄ってきて質問していた連中が引いていく。
正面に座って談笑していたはずの「チーム鳳凰」の連中までも席を立ってしまって、「逃げるなそこに座っててくれえええ!」と翔太もりくも愛翔も魁人も脳内で絶叫した。
チームポセイドンが座っていた席は一番端のテーブルだった。もちろん、チーム花沢に見つかりたくなかったから、極力目立たない席を占領していたのだ。後から来たチーム鳳凰が正面に座って、これで、チーム花沢の連中は絡んでこれないだろうと安心していたのに、まさかこうも堂々と、フロア中に響くような声で話しかけてくるなんて!
チームリーダー、花沢百合が他の連中には見えない角度から、ずい、とチームポセイドンに詰め寄って、口を三日月に開く嫌な笑い方をして見せた。
「どうせ私達に対する誤解を解いては無いのだろう? せいぜい恥をかいて貰うぞ」
クククククと百合に低く笑われチームポセイドンは口を噤むしかなかった。
(だって今更言えなかったんだよおおおお!!!!)
(だって今更言えなかったんだもんんんんん!!!)
チームポセイドンは再び脳内で絶叫した。
海原は――――いや、「チームポセイドン」は全員、入り口に背を向けていた。理由は当然、チーム花沢と関わり会いになりたくなかったからだ。
チーム花沢の連中と面を合わせたのは、『リアの街』と『夢屋のカフェ』だけだ。合計時間十五分にも満たない。
後から入ってきたチーム鳳凰の連中が前に座ってくれたし、顔さえ見られなければ大丈夫だと思ったのに、まさかこんな速攻で発見されてしまうとは。バーサーカー――もとい竜神の認識力を甘く見すぎた。
いっそのことぎりぎりになってから入ってくればよかった! 後悔するが遅い。いや、悪あがきはよそう。ぎりぎりになって入ったところで、同じテンションで話しかけられただけだろうから。
「こんにちは」
「ご無沙汰っしたー!」
「夢屋以来ですね!」
チーム花沢がチームポセイドンの前に座る。
「すいません先輩。オレ達だけでいると変に絡まれるんで、傍に居させてください」
竜神が笑顔で会釈して座る。振る舞いは礼儀正しくても、やってることは花沢と変わらない。がっつりチームポセイドンを利用しているだけだ。
(あ、なるほど)
竜神と百合が何をしたかったのか納得して浅見は一人頷いた。
チームポセイドンは恐らく、自分達チーム花沢を悪党だと思ってたくちだ。
そんな彼等と一緒にいれば、他の連中だって簡単に絡んではこれないだろうから丁度良い防波堤になる。この後、肩身の狭い思いをするだろうチームポセイドンの人達には気の毒だが、誤解で全滅させられた身としては、それぐらい享受していただいても罰は当たらないだろう。
未来がほっと息をついて、チームポセイドンのメンバーに微笑んだ。
「先輩達がいて良かったです。入った途端、あちこちから睨まれて怖かったから……」
未来が眉を下げた悲しい笑顔をチームポセイドンに向けた。
(う、ざ、ざいあくかんが……!!!)
翔太は思わず浴衣の上から胸を押さえてしまう。
『あいつらのこと、悪く言う人がいたら訂正していただけませんか?』
そう頼まれていたのに、結局、何もすることができなかった。
今更ながら自分が救いようのない卑怯者のような気がして、落ち込みに暗く沈みそうになる。
「どうしたんですか? 海原先輩?」
自分を呼んだ声が痺れを伴うぐらいに耳に甘く響いて、俯いた顔を覗きこまれて、翔太は息を呑んだ。
(やっぱり超可愛いなぁああもう――――!)
なにがもうなのか判らないが、意味も無くじたばたと暴れたくなってしまう。
翔太の表情が変わったのを悪い意味に取ったのだろうか、未来の瞳が揺らいだ。
「……ゲームの中で、守ってくれるって言ったの断ったのに……、結局、頼りにしてしまってすいません……ご迷惑を、お掛けして……」
未来ががばりと頭を下げる。
「いやいや違うから! 迷惑なんて思ってないよ! 頼りにしてくれていいから!」
「そ、そうだって! 私達こそ何も出来なかったんだし、これぐらいは」
「何も出来なかった?」
「ああ、その、こっちの話」
「うん、遠慮なく頼ってくれていいから! ちゃんと守るから!」
ふや、と未来の表情が安心した子供みたいに蕩けた。
「ありがとうございます」
笑顔が、自分達だけに向けられて、チームポセイドン全員の胸の中に、説明しがたい熱い感情が沸きあがってきた。
そう、あの時、ゲームの中で姫を初めて見た時に胸に広がった感情だ。
姫がいれば、それだけで英雄になれる気がした。
チート能力がなくてもいい。ただ座って応援してくれるだけで、強くなれる。本物の勇者になれる。そう思ったじゃないか。
そうだ。ちゃんと皆に告げよう。
チーム花沢は仲が良いパーティーだったと。掲示板の噂は全て事実無根だったのだと。自分達は妨害プレイヤーでしかなかったのだと。
チームポセイドンは初めて、そう覚悟を決めた。
「うーん、やっぱり睨まれちゃうかー。無理なのかなあ」
思考の海に沈んでいた意識が、優しい声に引き戻される。
プリースト、もとい熊谷美穂子の声だ。
「無理?」
「今回の旅行で、襲ってきた人たちとも仲良くなれるかなーって思ったんだけど、やっぱり無理かなって」
未来は目を剥いて隣に座る美穂子に身を乗り出した。
「ええええ!? み、美穂子、襲ってきた連中と仲良くするつもりだったの!?」
「うん。現実世界なら襲われる心配もないしね。さすがに男の子達は怖いけど、女の子が居たでしょ? 変な誤解してたみたいだから、仲良くなって誤解を解きたかったんだけど……」
「すげー……美穂子ちゃんまじ女神っすねー」
「俺なんかより美穂子のほうがずっと姫の器だよ……。さすが美穂子……」
どちらかと言えば我侭気質の達樹と未来の末っ子コンビが美穂子に崇拝の眼差しを送る。誤解を解くためと目的があろうとも、一方的に敵対してきた相手と仲良くなるなんて発想がまず有り得なかった。
「美穂子さんはプリーストもぴったりだったけどね。癒しに特化した魔法使いなんてイメージ通りだったよ」
「ふふ、ありがとう」
「お前の勇者は意外だったがな。すぐ赤面してテンパるくせ、『勇者』だなんて」
「それは僕も疑問なんだ。村人1とかでも全然不思議じゃなかったのに」
「お前」「浅見さん」
百合が話を振っておきながら、浅見の返事に二の句が告げなくなってしまう。達樹まで一緒に絶句する。
チームポセイドンの連中も浅見の言葉に笑って、会話を始めようと口を開いた。
その瞬間――――――。
ガツン!!
翔太ががくんと体を揺らした。
「――――!!??」
背後から椅子を蹴られていた。
「どういうことだテメーら」
背後から低く響いた詰問の言葉に、翔太の頭から一気に血の気が引いた。
恐る恐る振り返る。
そこに立つのは間違えなく、チームテンプルナイトの梶村キリだった。
「うっ――――!」
(やっぱり切れてるよ案の状だよ全て予想通り!!! うわあああもうなんでオレばっかこんな目に!!)
翔太は頭を抱えたくなった。実際抱えた。先ほど、勇者になれると確信した高揚など一気にどこかに吹き飛んで行った。RPGではレベル100超えていたけど、リアルな翔太は殴り合いの喧嘩なんか小学校の頃したっきりの暴力に関して草食系男子だ。
こんなデカイ男相手に喧嘩なんかできるはずもない。おそらく瞬殺されて終わる。誰か助けてくださいアースソリューションの人助けてください!!
心の中で叫ぶが、生憎、スタッフはこのフロアには居なかった。
「おい、やめろ」
助けは予想外の所から入った。
竜神だ。
竜神が座ったまま、翔太の椅子を蹴るキリを睨み付けている。
(バ、バーサーカー君!! ありがとうううう!!)
かつては目の仇にしていたはずのバーサーカーがまるで救世主のように見えてしまう。
「あぁ? うぜー。テメーにかんけーねーよ。俺が聞いてんのはこいつだ」
「質問があるならオレが答えてやるよ」
浅見がすかさず未来と美穂子、百合を立たせて竜神の傍から離れさせる。ついでに向かい側に呆然と座ったままになってる結衣も腕を引いて立ち上がらせ避難させる。青ざめて微動だにできてない翔太と逆隣の奈緒は達樹が無理やり引っ張った。
「お、おい、やめろよキリ……!」
「いくら何でもここで喧嘩は……!」
チームテンプルナイトの十夜と一樹が慌ててキリを止めに来た。
だが、遠巻きに声を掛けるだけなので何の役にも立ってない。
キリは話掛けられているのにも気が付いて無いだろう。竜神を睨んで頬を引き攣らせた。
「一年の分際でタメグチ聞いてんじゃねーよむかつくんだよテメー。外ぉ来いよ」
「わかりましたよ、先輩。現実世界の怪我はヒールじゃ治んねーけど大丈夫っすか?」
立ち上がった竜神を見て、百合と浅見と達樹の背中が冷えた。
キリに、竜神に向かってほぼ同時に声を上げてしまう。
「そこの馬鹿! 逃げろ今すぐこれは忠告だ!!」
「竜神君全力で行っちゃ駄目だよ手加減して!!」
「弱いものいじめはカッコ悪いッスよ先輩!!」
言葉は両方に届かなかった。
キリが椅子を斜めに振り上げ、雄叫びを上げながら竜神の横面目掛けて振り被った。
竜神はキリの目から視線を逸らすこともせずに片手で椅子を受け止め、キリの胸骨の間、胃の上に裏拳を叩き込む。
「、ぐ……!」
胃液がせり上がってくる不快感を堪え、キリは拳を握って竜神の顔面を狙う。が、簡単に避けられてしまう。竜神が一歩距離を詰めてきて――――。
腹に重い膝蹴りがもろに入り、キリの呼吸が止まった。ようように吐き出すように「が、」と呼気が漏れるが、キリの意識はそこまでしか持たなかった。
べちゃ、と見事に絨毯の上に落ちて、キリはそのまま動かなくなった。
竜神は受け止めたままだった椅子を戻して、乱れた浴衣を治しつつ、「怪我無いですか?」と翔太を向いた。
「……、だ、大丈夫です……。そ、その、ありがとうございました……」
バーサーカー、もといチーム花沢が一年生だというのは知っているのだが敬語で返事をしてしまう。
「せせ先輩! 手加減してくださいって言ったのに!」
「したろ。頭じゃなくて腹狙っただろ」
「部位の話じゃないよ! 力加減の話だよ!」
「失神までさせるんじゃない! 学校行事中だということを忘れてないだろうな! こんなアホのために停学にでもなったらどうするつもりだ! おいお前等、こいつ連れてさっさとどこかに消えろ!!」
百合が完全に気を失ってるアホもといキリの肩を蹴りつけつつ、遠巻きに見ていたチームテンプルナイトに食って掛かる。
さっさと証拠隠滅(失神したキリの排除)しないと竜神が加害者扱いされてしまう。