二話
日向未来(ひゅうが みき)が目を覚ましたのは、テーブルの上でした。
「はぁ?」
すぐ隣には、牛を丸ごと焼いたんじゃないかってぐらい巨大な肉のステーキ、一本丸まる使っていそうな巨大なにんじんのグラッセ、ごろりと転がるたくさんのジャガイモが並んでる。
皿はどれもこれも大きくて、身長155cmしかない自分が乗れそうだ。と思いつつ体を起こそうとして。
未来は、自分が皿の上に寝かされていたのだと気が付いた。
「なんだ、これ!?」
ソースも副菜も添えられて無いけど、まるで料理のような扱われ方だ。
未来は十五歳だ。たった十五年しか生きてない。だけどいろいろと酷い目に会ってきた。
目を覚ましたら女の子になっていたり、中年のおっさんにのしかかられていたり、お化け屋敷の入り口だったり、トラブルには慣れたつもりだったが、やはり何度体験しようと慣れるものではない。
「あぁ、ご飯が目覚めてしまった」
「美味しい料理が目覚めてしまった」
「はやく捕まえないと」
「え?」
地の底から響くような暗い声に、未来は顔を上げた。
「――――――――――――!!??」
毛むくじゃらの獣人がデカイフォークとナイフを構えて見下ろしていた。
大きい。目測だけでも身長は3メートルに届きそうだ。しかも1匹じゃない。5匹はいる。未来は自分の目を疑った。
は、と息を呑んで後ずさる。
振り下ろされてきたフォークから逃げて、皿から出てテーブルの上を走る。
「OPとかねーの!? なにこの始まりかた!!」
テーブルが高い。飛び降りることはできなくて、両手を付いて這うように足から降りる。
予想では、ハンターハンターのグリードアイランド編みたいに入り口で合流して、6人でOPを見てから一緒にゲームを始めると思っていた。
こんな、いきなり、フォークで襲われるなんて始まり予想してなかった。
ここで死んだら誰とも会えずにゲームオーバーだ。
(そんなの嫌過ぎる!)
未来は必死になって逃げた。
ずん、ずん、と足音が後ろから追ってくる。
体の割りに動きが遅いのだけが救いだ。
巨大なドアが向こう側から開いた。
また巨人!? 未来は逃げる方向を変えようと足を止めたのだが。
「やっぱり未来!!」
「浅見!!」
入ってきたのは浅見虎太郎(あさみ こたろう)だった。
「未来、僕の後ろに。えっと、ファイアーボール」
「うわあああ!?」
「うわああ!!」
浅見の掌から炎が沸き上がって未来を追っていた化物めがけて飛んでいった。
さして大きな火球ではなかったのだが、いきなり目の前に炎が出現して、未来も、使った浅見自身でさえ驚いて後ろに下がってしまった。
「すげーな浅見! 魔法使いなのか?」
「と、とにかく今は逃げよう!!」
浅見が未来の手を取って走り出すと、どこからともかく機械音声が響いた。
『レベルアップ! 浅見虎太郎はレベル2に上がった!!』
パパラパー。
「レ、レベルアップしたぞ……」
「そうみたいだね……」
展開が速くて付いていけない。
「先生に攻略方法とか聞いてくればよかったな」
「ほんとだよ……。あんまりゲームしたことないからさっぱりわからないよ……」
だだっ広い廊下を手を繋いで走る。獣人の住居は岩をくりぬいて作られていた。ガラスの無い、単なる岩穴の窓の外にはどこまでも森が広がっている。
「皆は一緒じゃないの?」
「うん。僕も目を覚ました時、一人だったから……」
浅見が目を覚ましたのは、森の中にある一軒家のベッドの上だった。
横のテーブルに中年の男女が座ってて、どこか感情の無い声で会話をしていた。
「お姫様がとうとう獣人にさらわれてしまったそうよ」
「綺麗な姫だったのに、可哀想に」
知らない場所で目を覚まして動揺する浅見を他所に、会話は繰り返され、もしや未来や美穂子が捕らえられているのではないかと、慌ててこの岩穴に乗り込んできたのだ。
付け加えると、その男女は、何を話しかけても同じ事しか繰り返してくれなかった。
混乱していて気付くのが遅れたのだが、二人の頭上にはNPCの文字が浮いていた。プレイヤーではなく、必要な会話しかしないゲームのキャラクターだった。
「浅見、すごい格好だなー」
未来は感心した声を出した。
浅見の格好は、先ほどまでの制服姿ではなかった。
細いベルトの絡まった革素材の服と、ふくらはぎまである長いコートを纏い、腰に剣を掛けている。
「未来もすごい格好だよ。気付いてる?」
「え――――? な、なんだこれ! うわあああ!? は、裸じゃねーか!!」
「は、裸じゃないよ!!」
未来は自分の体を見下ろすやいなや、耳まで顔を赤くして胸元を腕で覆って蹲った。
浅見まで赤面して慌てて腕を振るってしまう。
確かに裸とは言えない。
未来はやたらとふわふわした純白のドレスを身に纏っていた。
レースで作られた首輪、腕輪。どこもかしこも白のファーとレースだらけだ。
だが胸元はがっつり開いていて、これでもかというぐらい谷間が露になっていた。もちろん肩も丸出しだ。
「うっわぁあ! 背中もスースーすると思ったら、こっちもほぼ裸……! こんな服嫌だぁあ!」
本人の言うとおり背中も白い肌が剥き出しで首から下がる細いリボンが揺れているだけだ。
スカートの中にはパニエが入って裾が広がっているのに長さはミニスカート並みに短くて、足元はガラスのハイヒール。
先ほどまでは背中に流していたはずの髪が、ツインテールに結ばれているのにもようやく気が付いた。
「浅見、お願いだからそのコート貸してくんね!? こんなんで歩きたくねーよ!」
未来は露出のある格好なんかしたことがなかった。出すといってもせいぜい足と腕。制服のスカートだって、他の女子達よりもやや長めにしている。
こんな半裸ともいえる格好で歩ける度胸はなかった。
身長差があるので、浅見の長いコートだと地面に引き摺ってしまうだろうが、それでもこんな格好よりましだ。
体の半分以上肌を露出して、耳まで顔を真っ赤に染めた細くて華奢な女の子に上目遣いで懇願されて、浅見は視線を逸らした。
「貸してあげたいのは山々なんだけど……、僕等の服、装備品なんだよ」
説明しつつも浅見はコートを脱いだ。
実際触らせたほうが早いと踏んだのだ。
「装備品?」
未来はコートを受け取るのだが、浅見の手を離れた途端、手の中のコートが異常に重たくなった。
「う!?」
「ね? 自分が装備出来る服じゃないと駄目なんだ。僕の家にもいろいろ服はあったんだけど、僕がまともに動ける服はこれだけだったんだ」
「そっか……ここ、ほんとにゲームの世界なんだなあ……。ううう、我慢しないと駄目かあ……やだなあ……こんなカッコで皆の前に行きたくねーなぁ……」
頭を抱えるがここに座ってもいられない。未来は観念して立ち上がった。
ヒールが高くてふらついてしまうので浅見に手を引いて貰い、森の中へと足を踏み入れていった。