十四話
百合がウインドウを表示させて確認しながら言った。
「正直、私達が愛想を振りまくより、未来が一発笑顔を見せさえすれば老若男女問わず篭絡できると思うんだがな」
「無理だろ。こいつ、びくびくしてるから舐められる」
竜神が首を振った。
「ほんとっスよ。未来先輩、ポヤポヤしてたらAVに出演させられますよ。気をつけないと……」
「まさかさっきの連中か?」
竜神が不愉快そうに声色を落とす。
「多分ですけどね。未来先輩と繋ぎ取ればAV女優紹介してくれるらしいっスから」
未来は眩暈を起こして一歩下がった。
「俺、そんなことになったら死ぬ。舌噛んで死んでやる」
「未来」
「頚動脈掻き毟って死んでやる」
「落ち着け」
「手首噛み千切って死んでやる」
「小心なんだか豪胆なんだかわからんな」
肩をぶるぶる振るわせながらも鬼気迫る表情で言い放つ未来に、百合が呆れたように呟いた。
「さて無駄口はこれぐらいにして全員ウインドウを出せ。美穂子が頑張ってくれたからな、それぞれステータスを確認しよう」
竜神、浅見、達樹、未来がウインドウを出す。
最初に報告をしたのは竜神だった。
「レベル16 HP2250 MP28 特技に『カウンター』『力を溜める』『ダメージ二倍』――相手に与えるダメージは二倍になるけど、オレにも半分のダメージが返ってくる特技だ。魔法には『ガーディアン』が増えてる。仲間全体の物理攻撃ダメージを身代わりに受けられる魔法で、一回の使用でその戦闘中は永続的に有効」
「レベル19っス! HP1380 MP350 特技に『強奪』『偲び足』『逃亡』『鍵開け』魔法に『スピードアップ』『スピードダウン』あ、敵全体に攻撃できる魔法が増えてます!『ダガーの雨』。全体物理攻撃です」
続いて達樹。次に浅見。
「僕はレベル18。HP1430 MP430 特技に『カウンター』『二刀流』『庇う』『解析阻止』――自動的に解析されるのを阻止する特技だ。よかった、これでステータスを覗かれるのを防げるね。回復魔法に、ヒールの全体魔法『ヒールレベル2』『毒消し』『痺れ消し』攻撃魔法に『バースト』『サンダー』サンダーの全体攻撃『ウォールサンダー』炎の全体攻撃『ファイアー』一撃死させる魔法『デス』補助魔法に『スピードアップ』敵に使える『レベルダウン』魔法攻撃を防ぐ『マジックバリア』」
「すげーっスね浅見さん。バランスいいっつーか、さすが勇者」
最後に百合で――――。
「私もレベル18だ。HP1250 MP300 特技は『防御』『命中率UP』『力を溜める』魔法に『サンダー』『ファイアーボール』物理攻撃を軽減する『シールド』シールドの全体魔法『バリアー』が増えているな。未来、お前はどうだ?」
「レベルは0、HPが220、MP0……特技も、増えてるけど…………」
未来はうな垂れた。
「えっととりあえず……『姫の手紙』!」
未来が掌を翳して唱えると、掌の上にティアラのエフェクトが周り、キラキラと弾けて消えた。
掌の上に見慣れたアイテムの紙が乗る。
「これ、一つずつ持っててくれ」
「何?」
プリントでも配るかのように全員に手渡していく。最初に受け取った美穂子が紙を確認する。そこに描かれていたのは白い封書だった。
『姫の手紙』――姫の信頼が綴られた手紙。持っているだけで攻撃力が10%上がる。
「へー、使い切りアイテムじゃねーんスね。便利ー」
「役に立ちそうなのはこれぐらいかな。後は……」
隣に立つ竜神でも聞き取れないほどの小声で未来が何かを呟いた。未来の体に十字のエフェクトが重なって黒く弾け飛ぶ。
「よし。これでいいな。お金とアイテムが手に入ったんだから、街に戻って装備整えねー?」
「あぁ。そうだな」
「賛成っス! 装備整えるのって楽しいですよねー」
「紙が嵩張ってきたから袋も欲しいな」
「み、未来!! 背中どうした!」
和気藹々と歩き出した中、珍しく狼狽した竜神の声に全員が足を止めた。
「背中?」
確か未来の背中は大きく開いていて、綺麗な肌が晒されていたはずだ。透明感のある肌というフレーズは化粧品のCMだったかで聞き覚えがある。
が、そう言われてもピンと来なかったのだが、未来の肌がその表現に一番近いのではないかと思う。
マネキンや人形のような無機質な肌色ではない。間違えなく生きた体なのにどこか冷たい印象があって白く美しい。真っ直ぐに伸びた背筋のラインも伴って純粋に綺麗だ。
並んで歩いていた美穂子がふと横を見て――――。
よろけて倒れそうになり、木に体を預けた。
「美穂子さん!?」
慌てて浅見が美穂子を支え、未来の背中に視線をやる。
「未来――!」
浅見は息を呑んで絶句する。
すっと頭の中が冷えた。先ほどの連中につけられたのか。誰だろう。浅見は自身が倒した人間の顔は覚えていた。あの中に、いたのだろうか。
「わぁああ!? 先輩!? なん、それ!!?」
「誰にやられたんだ!!」
達樹と百合に肩を掴まれ、容赦無い握力に未来が顔を顰める。マイナス3、地味にダメージまで受けてしまう。
「ち、違うって、これ、俺の特技にあったんだ。『姫の傷』。パーティー全体のスピードと防御力が上がるんだ」
未来の白い背中には、斜め十字に大きな傷が付けられていた。
「さっきの戦闘の傷じゃないんだな!?」
竜神に詰め寄って聞かれ、未来は軽く違うってと答える。
「さっきまでなかっただろう?」
言われて見ればその通りだ。こんな傷があれば、誰か一人ぐらい気が付いただろう。
「――――あんた、本当にバカなんだな!! 何考えてんだよ一体さあ!!」
「な、なんだよ、」
大きく息を吸ってから怒鳴る達樹に未来が戸惑う。
「いくらゲームでもやって良いことと悪いことがあんだろ! 考えてから使えよ!!」
「考えて使ったにきまってんだろ! パーティーのスピードと防御力が上がるんだぞ!?」
「知らねーよ普通にテンション下がるだろ! なんでそんな痛そうな傷アンタにつけさせてまでゲームしなきゃなんねーんだよ!!」
「い、痛くねーよ別に!」
達樹はそれ以上会話をしようとはしなかった。足を振り上げ未来の横の木を蹴ろうとして、「やめろ」竜神に引き倒され地面に転がる。
「ってェな!」
竜神は睨み上げてくる達樹を見ようとはせずに、未来に正面から相対していた。
「未来、傷を解除しろ」
威圧的に見下ろされ、未来は観念して肩を竦めた。
「その……で、でも、解除って、どうやるの? かな? って」
達樹は立ち上がると、服に付いた土も掃わずに歩き出す。
「た、達樹、その……ごめん」
後輩相手に謝るのはいささか癪だった。
おまけに、悪いことをしたとは思えない。達樹に答えたように傷は別に痛く無いし、傷があるという自覚も余り無い。強いて言えば少々皮膚が引き攣れる程度だろうか。だがすぐに慣れる。
パーティーのスピードと防御力が上がるのだから、どう考えてもメリットの方が大きい。
「うっせー話掛けんな」
謝ったのに冷たく切り捨てられ、未来はう、と息を呑む。
達樹はなんだかんだ言いつつも先輩である未来を立ててくれていたのだと、今更ながらに痛感する。
「未来」
呼ばれて顔を上げる。美穂子だった。
「私にも話かけないで」
美穂子の冷たい視線に射抜かれ、未来は息を呑んで立ち尽くした。
先頭に達樹、続いて美穂子と百合、その後ろに浅見。竜神。未来は竜神の後ろについて歩いている。
達樹と美穂子を怒らせた時、百合も浅見も何もフォローしてくれなかった。むしろ視線が冷たかった。
速度を落として一緒に歩いてくれている竜神も、責めてこないだけで呆れているのがわかるから悲しい。
達樹はともかく、美穂子を怒らせたショックから立ち直れない。普段は優しく穏やかな少女だけに。
「美穂子も達樹もなんでそんな怒るんだよぉ……。別にいいじゃねーか体に傷がつくぐらい。ほんとに剣で切ったわけじゃねーのに」
トボトボと力無く歩きながら、竜神に愚痴を零してしまう。
竜神は呆れた顔をした。
「わかんねーの?」
「わかんねえよ全然!」
本当に判らない。それどころか「俺の体に傷があって、お前等に何か迷惑が掛かることでもあんのかよ!?」と逆切れしてやりたい。
「チームが強くなるからって、美穂子の背中にデケェ傷があったらどう思うんだ?」
竜神の言葉に、いきり立っていた未来の思考が空回りした。
「え?」
「しかも、オレら、それがずっと目に入るんだぞ」
「――――――!」
「美穂子なんかお前の傷見て倒れかけてたしな。そりゃ怒るだろ」
「……………………そっか――」
未来はがっくりとうな垂れた。
「もう一度謝ったら、達樹と美穂子に許してもらえると思いますか」
「さあ……」
「そこは嘘でも! 大丈夫だって言ってください!」
「嘘でいいのか?」
「もういいよ!」
口元をふにゃふにゃと歪ませた未来に、大きな瞳でちっとも迫力無く睨まれる。
未来は走り出して、一番近くに居た浅見に頭を下げた。
浅見はきつい視線を尖らせたまま未来を見下ろしていたけど、もともと温厚な彼は怒り続けることはできなかったようだ。
真摯に謝る未来に笑顔を見せた。
それから未来は美穂子と百合に走る。
美穂子はあからさまに顔を背けた。本当に珍しく激怒してる。
「俺、お前達の気持ち考えてなかった。ずっと傷を見るなんて嫌だよな……。ほんと、俺、達樹の言うようバカだった。ごめん」
謝る未来のほっぺたを、美穂子は両手で引っ張った。
「うやああ」
「もっともっと反省しなさい! 私、死ぬかと思ったんだからね!」
「ごえんー」
なんだかんだとやり取りしつつも、最後には美穂子は未来を抱き締め背中をそっと撫でて、百合は笑顔でその様子を見ていた。
最後に向かうのは先頭を歩く達樹だ。
未来は達樹の数メートル後ろで一旦立ち止まったが、意を決したように距離を詰めて行った。
近寄ってきたのが未来だと判ると、軽くではあるが、蹴りを入れるふりをして達樹は未来を追い掃おうとしていた。
それでも未来は引かずに頭を下げる。
達樹は熱しやすく冷めやすい直情型だ。浅見とはまた別の理由で、真摯に謝る未来相手に怒り続けることは出来なかったようだ。
最後には達樹も頭を下げ、謝ることに成功していた。
未来は笑顔で竜神の所へ戻ってきた。
「ありがとうな、竜神」
「? なにが」
「お前が美穂子の例えで教えてくれなかったら、俺、絶対謝ってなかったから」
未来は素直な性格だ。きっかけが無くったっていつかはちゃんと謝っただろう。
自分では気が付いてないかもしれないけど、未来の背中の傷は息を呑むぐらい酷い有様だ。
何度見ても、竜神でさえ心のどこかが軋む音を立てる。
未来を大事にしている達樹や美穂子が正視に耐えられず感情を爆発させるのも当然だ。
小さなことに感謝してくる未来に竜神も笑顔を見せた。
街に入ると、また花火が打ち上がった。最初の撃ち上げ花火とは違う、運動会で上がるような音ばかりの花火だったが。
『チーム花沢様のご帰還です』
(帰ってきたときもいちいち放送があるのか。面倒くさいなー)
未来は花火の煙が靡く空を見上げた。
街に入って歩き出すと、ざわ、と空気が揺らいだのが判った。
「お姫様のチーム、PKしてる奴増えてんじゃん」
「チームの半分がPKしてるなんて普通ありうるか?」
「きゃぁ! な、なにあの傷……」
「ひっでぇ……」
「………………!!」
明らかに自分の背中を見て悲鳴を上げられ、未来は顔を青くした。
これ、特技なんです。傷みたいに見えても単なるグラフィックなんです! そう叫んだほうがいいのだろうか。
でも直接なにも言われて無いのに、過剰反応して叫ぶのはどうなのだろうか。また変な連中に絡まれる原因になるのではないか。
未来には判断が出来なかった。
口を噤んで、一番近くを歩く竜神にもっと近寄ろうとして――――。
「なぁ」
同じ歳ぐらいの男に話掛けられ、振り返った。
そこにいたのは男だけではなかった。女の子も居た。
『俺女とかきめえ』
最初に攻撃して来た女に詰られたのを思い出し、未来はできるだけ女言葉にしなきゃ、と自分に言い聞かせる。
「な、なんですか?」
あからさまな女言葉は使えないので、簡単な敬語に逃げてみたが、これはこれで正解のはずだ。
竜神、百合、何かあったらフォロー頼む!! 俺、兄ちゃんと一緒でコミュ障だから、変な事いわれたら絶対テンパって事態を悪くしちゃうから!
自分よりコミュニケーション不全で天才というだけで医者として生きている兄を引き合いに出してしまうが、竜神はともかく百合など兄と会ったこともない。引き合いに出されても意味不明なだけだろう。
それが判らない程度には未来はパニクっていた。
「よかったら俺等のチームに入らない?」
は!? 入るわけねーだろ! 未来は叫びたかったが踏みとどまった。未来にとって大切で大事で、何より頼りになる仲間は今居る五人だ。これ以上に信頼できる友人なんてこの世のどこにもいない。未来の中の信頼が無意識に仲間を見上げてしまう。
いや、ここは味方に頼る場面じゃない。
がっつり否定しなければ。
未来は話しかけてきた二人に顔を向けた。