働き蜂の憂鬱
どこかの童話の賞に投稿した作品です。
3300字程度なので、五分もあれば読めると思いますので暇つぶしにどうぞ。
童話とは銘打っていますが、そんなに童話らしくないと思います(基本はライトノベル書きなので)
「どうしてこんなに頑張っているんだろう」
不意にぼくは思った。
今まで女王蜂の言われるがままに蜜を集め、敵と戦いがんばってきた。
この日も蜜を集めることに終始する。そんな日になると思っていたのだが。
「どうして、なんのため?」
一度気になると、気にしないように目を背けようとして……出来ない。
ついつい集めた蜜を運んでいる間に考えてしまう。
明日も今日と同じことをしている。繰り返す。
明後日も、明々後日も――永遠に。
女王蜂の為に尽くして、それで……何が残るんだろう。
例えば勇猛果敢な攻撃蜂の有志を語り継ぐことはある。
でもそれは一部だけだ。滅多にないことで、それを自分と同列に語る事なんてできない。
今まで長い歴史の中でそういった名誉が得られるのはごく少数。
ためしにほかの蜂を見てみる。
みんな女王の為に頑張っている。
あっちこっちから蜜を集め、外敵から身を守り、警戒する。
どうしてそんなにがんばれるの?
見返りがあるのでもなく、賞賛されるでもなく。
ぼくは気になった。気になって仕方なかったので、目の前を面倒臭そうに飛んでいる蜂に声をかけた。
「どうして君はそんなに頑張っているの?」
「別に。ほかにすることないし……でも素直にやるのも疲れるからテキトーにやるだけだし。あーあ、働き蜂みたいになれたらなぁ……。でもあんなやる気、とてもじゃないけど湧いてこねえよ」
「目的があるなら頑張ってみたら?」
迷っている自分と重なって、つい提案してみた。
彼が動けたのなら、ぼくも頑張れる気がする。
「無理無理。あいつらの隣に居たことあるか? それはもうビュンビュン飛び回って、ずっと蜜集めの事しか頭の中に無くて、僅かな空き時間さえ仲間と話し合うんだぜ? どうやったら効率よく蜜が集まるか――とか、外敵が来た場合どうすればいいのか――とか。とてもじゃないが真似出来ないよ」
一緒に頑張れたら、と思ったけどうまくいかなかった。
仕方なくぼくはありがと、と簡単にお礼を言ってから移動した。
次は話題に上がった働き蜂に話を……と思ったけど、いざ声をかけるのには勇気が要る。
なんていうか、同じ蜂なのにこう空気がピリピリとしていて声をかけたらぼくの首が閉まってしまうような気がしたから。
だから話しかけやすい普通の蜂へ声をかけた。
「どうして君はそんなに頑張っているの?」
働き者でもなく。怠け者でもない。普通な蜂に尋ねた。
「分からない。でもみんながやっているから自分もやるだけ。少なくとも怠け者には見られたくないし、かといって働き者みたいに頑張れる気はしない。ちょうど真ん中ぐらいが平和なんだよ」
「でもそれって嫌にならない?」
「嫌にならないよ。どうして嫌になるんだい? 確かに退屈に思うかもしれない。少なくとも誰かに迷惑をかけるわけでもなく、否定されるわけでもない。蔑みの眼で見られることもない。怠け蜂のような下が居る限り、普通で十分だよ。高みを目指すなんてとんでもない。その小さな羽根が傷ついて空も飛べなくなるよ?」
「……う、うん。ありがとう。答えてくれて」
ぼくは怠け蜂にしたように、お礼を言って背を向けた。
次にぼくは勇気を持って働き者に尋ねた。
「どうして君はそんなに頑張っているの?」
「頑張れば必ず報われる日が来る。失敗を恐れて踏み出せなくなるより、行動している方が良いに決まっている。例えば自分が怠けていたから女王が殺された、なんて言われたらいやだろう?」
「う、それは確かに嫌かも」
「そうだろう。もし自分が頑張れば助けられるかもしれない。そういう運命を捻じ曲げられるかもしれない。確かに我々のやっていることは一見、無意味の連続かもしれない。だがこうは考えられないか? もしその考えを以ってして行動すれば、誰も何もしない方が良いに決まっている」
「え? そうなの?」
働き蜂から出る言葉だとは思えず、ぼくは思いっきり素っ頓狂な声を出してしまった。
そんなぼくの反応が嬉しかったのか、働き蜂は満足げに頷き、こう答えた。
「もし誰も女王様を守らず、各自好きなことをして遊びまわっていたらどうなる?」
「えーと、えと……女王様が困る」
「ああ、困るな。そして蜜が集まらず、皆が困る。子孫繁栄も出来にくくなり、そこら辺を遊びまわる蜂達は他の生き物に狙われるだろう。この巣も他の蜂によって侵略されてしまうだろう。つまりは誰かが動かねばならぬのだ。もしかしたら自分自身は何の役にも立たないが、長い目で見れば子孫繁栄という目で見れば役に立てているに違いない」
「でも名は残らないよね?」
「ああ、残らないな。でもな坊主。名を残そうとして残せるものはいない。頑張っていたら気が付いたら名が残っていただけだ。まあ何が言いたいかというとこの統率が乱れてしまえば我々は自然の摂理によって死滅させられてしまう。無駄な時間を過ごせるほど、世界は優しくないんだ……ま、せいぜい人間なら話は別だろうな」
「人間は話が別なの?」
「お前はさっきから訊いてばかりだな。そうだ、奴らは無意味に肥大化して数こそ多いが統制というものが取れているように見えない。どうせ過ぎた力を持て余して怠けているに違いない」
「そういうものかなあ……ありがとう」
「継続すれば必ず努力は実になる。頑張れ」
最後に応援の言葉をくれたのは働き蜂が初めてだった。
ぼくは考える。
努力が必ず報われると信じる働き者。
努力の価値を見いだせない普通者。
努力の必要を感じない怠け者。
ううん、分からない。どれが正しくてどれが間違っているのか。
ぼくは女王様に尋ねようとしたけど、警備が堅くて諦めた。
仕方なく翌日、蜜を集めに行くフリをして人間界へ向かってみた。
働き蜂が言う人間がどういう風に頑張っているのか気になったのだ。
「うわ、すごい……」
黒い服を着た大人たちが街中を闊歩している。
何をしているのか全く分からないけど、表情を見るとみんな疲れている。それでも一生懸命歩いて大きな箱の中に入っている。
そうやって観察していると今度は子供の姿が見えた。
子供たちはまた同じような服を着てすっごく大きな箱に入っていく。
今度は透明な壁があるから覗いてみた。うわ、すごい。みんなが座って一点を見つめている。動いていないのに休んでいない。
段々夕暮れになってくると今度は女の人が街中でにぎわう。
なんだか重そうな荷物を持っている。ぼく、あんな大きなもの持てない。力持ちのアイツでも無理だよ。
働き蜂は否定していたけど、人間も人間で大変なんだね。
「はあ……どうしてみんな頑張るんだろう?」
暗くならないうちに巣にぼくは帰りながら、溜息をつく。
どんな形であれみんな頑張っている。
怠け蜂だって働き蜂ほどじゃないけど一応頑張っている。
普通蜂だって怠け蜂になりたくない思いで頑張っている。
働き蜂だって自分がやらないといけない義務感で頑張っている。
でもぼくは分からない。
人間も頑張っている。
きっとぼくらには及びもつかないような相手と戦っているに違いない。
「あ……」
ふと思い出した。
ぼくはある日、女王様に言われた。
それはぼくひとりに対しての言葉ではなく、群れのみんなに対してのものだったけど。
「わたくしのために頑張りなさい」
胸を張りながらそう言い放ったのだった。
その時はぼくもそうだとばかり思っていたけど……。
「なんだか違う気がするなあ……もしかして頑張る目的って人から与えられるものじゃないのかな……そういえばみんな自分なりになりたい未来やなりたくない未来のために頑張っているもんなあ。……ぼく、何になりたいんだろう? どうなりたいんだろう……?」
深く溜息をついて、速度を上げる。
おや、何だか巣が騒がしいぞ?
「どうしたのっ!?」
「おうお前かっ! 大変だ。近くの蜂どもが攻撃してきたんだ! 行くぞ!」
悩む時間もなく、敵襲。
「了解。頑張ろうねっ」
「当たり前だ!」
結局、何のために頑張るかはよくわからないけど。
……とりあえず目の前の窮地を脱する方向で――群れとか女王とか誰から与えられた誰かのためじゃなくて、まずは自分の為に頑張ってみよう。
ここで生き残らなくちゃ、何のために頑張るか? その答えも見つけられないから。
おしまい。
よく教師が「頑張れ」といいますが、あれほど無責任な言葉はないと思います。
なぜならどんな風に頑張ればいいのか、その具体性がないからです。
嫌々でいいから頑張れ。本気で頑張れ。頑張り方にも幾つかの種類があると思い、それを形にしてみました。
作品内で主人公の蜂はとりあえず行動しています。
私自身ついつい考えすぎて行動が遅れてしまってばかりです。
そんな叱咤激励も含めて、これから頑張っていきたいと思います。
よければ次回作にご期待ください(笑)