8話 紅狼
ピピッ! という電子音がフレットから鳴った。と同時に、「制限の解除を確認しました」というメッセージが映し出された半透明のモニターが、蓮也の眼前に浮かび上がる。
「一度に来られても面倒だからな。今から順番に回っていくので、不備がある者や聞きたい者はその時に申し出ろ。では、これから……順番だと言っているだろうが! 全員、その場から動くな!」
佐々木の一喝に、広場にいた生徒達がビクッと身を竦ませた。それは蓮也も例外でなく、反射的に耳を押さえながら、改めてフレットを見る。
文字盤の四角い、シンプルな腕時計のようなフォルム。じーっと観察してみるも、見た目は制限解除前となんら変わらない。
「にしても、エリア移動を禁止しているのに、ラールの契約機能まで制限する必要あるのか?」
おかしな話だった。召喚儀典は、中央エリアに行かなければ不可能。それは、授業時に説明された。ただでさえ、エリア移動を禁止しているのに、なぜ機能まで制限されるのか。蓮也は、それが疑問だった。
「あぁ、それね。少し前、蓮也達が来る前の話なんだけど。実は、その時まではエリア移動の禁止だけだったんだよ」
「え? じゃ、どうして今は制限がかかってるの?」
夕真が蓮也の独り言に答える。
どうやらこの話題は舞の興味もひいたようだ。舞はびっくりしたように目を見開いて、夕真に聞き返している。
「前に、ある一般生が先走って勝手に召喚儀典を行ってしまったようでね。本来はそんなことできないはずなんだけど、どうやら他科の生徒が手引きしたらしい。幸い、大事故には至らなかったみたいだけど。だからその事件以来、禁を破ってエリア移動しても事を起こせないように、制限もかけられたんだ」
規則を破ったその生徒は、退学になって島から強制退去させられたって話だよ。最後にそう続けて、夕真は口を閉じた。
まぁ、気持ちは分からなくもないが。
夕真の話を聞いて、そう口に出そうとしていた蓮也だったが、背後からいきなり声が響き、慌てて口を噤んだ。
「そういうことだ。どうだ宮月、教壇にでも立ってみるか? ……ああ、すまん、兄のほうだ」
いつの間にここまで来ていたのか、佐々木が夕真に言葉をかける。舞は突然名字を呼ばれてビクリとしていたが、それが兄のことだと分かると、ホッと胸を撫で下ろしていた。
「ご冗談を、先生。僕、教えるの苦手なんですよ」
「どの口が言うんだか……まぁいい。ところで宮月。お前は向こうに直接集合だったはずだが?」
「友達と妹と話をしておきたかったんで。すみません」
「……そうか。ならば、少し働いてもらうぞ」
佐々木は、夕真のそばにいた蓮也と舞を一瞥すると、くるりと体の向きを変えて、広場いる全生徒に聞こえるような鋭い声を上げた。
「全員、こちらを向け! これから君たちの先輩に、ちょっとした実演をやってもらう」
おおっ! と生徒の間にどよめきが広がった。同時に、少しでも近くで見ようと、生徒の波が蓮也たちのいる場所に押し寄せてくる。佐々木のしようとしていることを理解した蓮也と舞もそこに加わった。
「では宮月、よろしくな。派手にやってくれても構わん。それはお前に任せる」
佐々木は僅かに表情を崩して夕真に促すと、軽く距離をとり、押し寄せた生徒を牽制する。それに対して軽く頷いた夕真は、フレットを装着した左腕をそっと前に突き出した。
徐々に、夕真のフレットに光が集っていく。
ゴクリ、と誰かが喉を鳴らすのが聞こえた。
夕真の髪を思わせるような、その紅蓮の輝きは、朝の陽ざしの中で煌めき。
肥大していく光。やがてその紅い光は輝きを増し――。
眩いほどの光があたりに満たされた。
直後、夕真を中心として発生する、僅かな風の流れ。地面に描かれていく、紅の六芒星。大気が震え、紅い光が躍る。
あまりの眩しさに、蓮也は目を瞑ることしかできない。
そして――。
ふっ、と風が止んだ。目で認識していなくても、脳が伝える。目の前になにかがいる、と。
そっと目を開けていく。
最初に見たのは、紅。燃え盛る炎の如く、鮮やかな紅。
逞しい四肢でしっかりと大地を踏みしめ、その眼光は天へと向かい。いつ見ても雄々しいその姿。心臓が早鐘を打つ圧倒的な存在感。
その正体は紅蓮の毛皮を持つ、紅き狼。
それが、紅髪の特待者、宮月夕真のラールだった。
一応、文中で表現しまいたが、フレットに関してです。
私の文章力が拙いばかりに、イメージできない方もいらっしゃると思います。
イメージは、腕時計です。左腕の手首付近に巻き付いていて、手の甲側に(要するに時計の文字盤です)四角い画面があって、下からぐるりとひもが……って感じです。文字盤が四角くてちょっと大きく、時計の針とかのかわりにディスプレイです。
宜しくお願いします!