7話 嫌な視線
いつもより早い朝食を終え、蓮也と夕真は一般棟前の広場隅にいた。
時間的にはまだ余裕はあるが、大多数の生徒が集まっている。さすがに皆興奮しているのか、あちこちで聞こえる話題は、これからの召喚儀典のことばかりだった。
「……しかし、舞の人気は凄いね。兄としては嬉しいばかりだよ」
うんうん、と頷きながら夕真が広場中央を満足気に見やる。
「まぁ、同級生の中で唯一の特待者だからね……」
特待者じゃなくても人気だったろうけど。そう続けて、蓮也も中央へ視線を向けた。
ふたりの視線の先にあるのは、大きな人だかり。中心に見える光り輝く白銀の髪。遠くからでも目立つそれは、間違いなく舞のものだ。
何人かの生徒は、隅っこにいる夕真の存在に気が付いているものの、視線は舞に集中している。
「……ま、そりゃそうか」
この学園の入学可能年齢は高校生以上。ただし特待者のみ、それ以前の入学が許可されるのだ。その特例を使った夕真は、中学卒業後にきた蓮也と舞よりも、昔からレラシオネスにいる。
ゆえに、普通の一般生から見れば、夕真は見知らぬ特待者。距離を置いていてもしかたないだろう。
と、不意に目の前の人垣が割れ、中心から舞が姿を現した。何を探しているのか、きょろきょろと広場を見渡している。
「…………」
嫌な予感がした。
こそこそと移動しようとした蓮也の腕を誰かが掴む。振り返った先には、満面の笑顔を浮かべた夕真。
「蓮也はもっと自信を持つべきだよ」
何故、という表情が顔にでていたのか、夕真は短く告げる。ぐいぐい、と腕を引っ張るも、夕真はその手を離そうとはしない。
しかたなく蓮也は、広場中央に目を戻した。
「……あ!」
蓮也たちの方へと視線を向けていた舞とばっちり目があう。
終わった。内心でガクリ、と項垂れる蓮也の心も知らず、大きく手を振りながら舞は小走りで近づいてくる。
「兄さん、蓮也! おはよう!」
それにつられて移動する生徒達の目が、その先にいた夕真と蓮也を射抜く。夕真には憧憬にも恐れともとれる目で。蓮也には探るような目つきで。
不快な視線だった。……いや、もしかしたら蓮也の勘違いなのかもしれない。
しかし蓮也には、向けられる様々な視線が「なんでお前がそこに立っている?」「場違いだ」そう言ってるように思えてならなかった。
「おはよう、舞」
「……おはよう」
そんな蓮也の気持ちとは裏腹に、何が嬉しいのかにこにことした笑みを絶やさない舞。広場にざわめきが広がり、一層強まった視線が蓮也に突き刺さる。
そんな肩身の狭い思いをしていた蓮也を救ったのは、落ち着いた、それでいて深みのある声だった。
「静かに! ……よし、3組、4組全員揃ったな?」
広場に響き渡る、有無を言わせない声色。一瞬にして押し黙る生徒たち。
その視線の先にある、一般棟入口階段。そこには、集まった生徒をじろりと鋭い瞳で見据える、上下黒のスーツ姿の、黒髪の女性がいた。
「私が担当しているやつらは知っていると思うが、それ以外の生徒は初めてになる。一般生3組担任の、佐々木だ」
蓮也と舞も所属している、3組。その担任である佐々木は言葉を止めると、階段を下って広場へと足を踏み入れた。
「今日で一般生より卒業、エリア移動も自由となるが、君たちはまだまだここでは甘ちゃんだ。それを忘れるな」
佐々木の鋭い瞳が、一瞬蓮也を捉えた気がして咄嗟に視線を逸らす。
今まで一般生に許された移動は、寮と一般棟のある北エリアの一部のみ。よく考えれば、あの墓地はどうだったのか。
……おそらく、大丈夫なはずだ。
開き直った蓮也は、再び佐々木へ視線を向ける。
「今後の日程だが、まずはこの広場でフレットの制限解除をする。その後、中央エリアで召喚儀典。以上だ。君たちが今まで生活していたのは、レラシオネスのごく一部でしかない。ふらふらして迷わないように」
では、少し待っていろ。そう続けて佐々木は、自身のフレットを操作しはじめた。