6話 紅い髪の友人
一般寮地下。
地下1階フロアを丸ごと使用した形のラウンジは、大小様々なテーブルやカウンター席、ソファーなどがいくつも並べられた、快適な空間だ。
それと同時に、パンや飲料といった食品から、タオル、歯ブラシなどの生活品を販売している多数の自動販売機も並んでおり、その広大なスペースは、寮生には欠かせない場所となっている。
普段であれば、購入したもので朝食をとる生徒や登校前に一息ついている生徒でほぼ満席となっているのだが、今朝は早くに起きたせいか、ところどころに空席が目立っていた。
蓮也はラウンジをゆっくりと歩きながら、機械の中に陳列された商品に視線を向ける。
朝食はどれにしようか。そんな些細な幸せを喜びながら自動販売機を吟味していたところ、すれ違った二人組の寮生から気になる言葉が聞こえた。
「時々見かけるけどさ、なんでこんなとこにいるんだろうな?」
「さぁな……けどやっぱ近寄りづらいよな、特待者ってさ。」
たまたま通りかかった蓮也にしか気づけないような、小さなやりとり。
それを聞いた蓮也はラウンジの奥へと足を向けた。
予想が正しければだ。この先にいるのはおそらく――。
「……やっぱり」
ラウンジの最奥まで辿りついた蓮也は、思わず呟いた。視線の先、空席ばかりのぽっかりとした一角のテーブル席に、見知った人物の姿が見えたからだ。
学園指定の真っ白なワイシャツを着こみ、人ごみの中でも目立ちそうな、燃えるような紅い髪。どうやらフレットのモニターを操作しているようで、蓮也には気づいていないようだ。
とりあえず近づいて、声をかけてみる。
「夕真、おはよう」
声に反応して視線をずらしたのは、蓮也の幼馴染にして舞の兄、さらには特待者でもある宮月夕真。
夕真は、蓮也の姿を認めると、その端正な顔に軽く微笑を浮かべ、片手を挙げた。
「おはよう、蓮也。今日はさすがに早いんだね」
夕真の対面に腰掛けながら、蓮也も口を開く。
「なんか寝れなくて……夕真はなにしてたの?」
「あぁ、ニュースを見てたんだよ。レラシオネス通信。蓮也にも来てると思うけど」
レラシオネス通信というのは、メールで送られてくる、不定期の新聞のようなものだ。有料ではあるが大した額ではないため、蓮也も購読している。
夕真に言われてフレットを起動させると、モニターには「新着メッセージ」の文字が点滅していた。
見出しには、「本日、召喚儀典」の文字。他は特に目につくものはなく、一般生の蓮也にはおおよそ関係のないものばかりだった。
「それにしても、よくこの場所が分かったね」
「ああ。ラウンジにいた寮生から、ちらっと聞こえたから」
蓮也はモニターを閉じると、ここに来る途中にすれ違った寮生達のことを思い出す。
そもそも特待者とは、その才能を認められ、反応者の中で特別待遇を受けている、所謂エリート。ゆえにその存在はどうしても周りから浮いてしまうのだ。
しかし蓮也は、特待者である夕真、その妹の舞とは幼い頃からの付き合いであるので、気軽に話す友人といった関係。話しかけるのに躊躇する必要がない。
「なんでここにいるんだ、とか言ってた」
テーブルに頬杖をつきながら、夕真を見る。
普通の反応者、しかも一般生から見れば、なぜ雲の上の存在である特待者が一般寮に来るのかは理解できないだろう。
だが、蓮也はその理由を知っている。そんなに重大なことなのか、という疑問を感じるが、確かにそれは夕真にとって大事らしいのだ。
「蓮也にもいつか、あの魅力が分かる時がくると思うよ」
夕真はにこり、蓮也に笑いかけながら席を立つと、自動販売機へと歩いていった。
「……そうかなぁ」
万にひとつもありえない。そう思いながら、蓮也も席を立つと、夕真の後に続いて自動販売機の群れへと歩く。
夕真がまっさきに向かったのは、蓮也が予想していた通り、『一般寮限定!』という看板が立て掛けられた自動販売機だった。
夕真のお目当ての、一般寮限定で販売されている激辛ホットドッグ。辛い物が苦手な蓮也は一度も食べたことないが、あまりの辛さに何人もの生徒が犠牲になったのは記憶に新しい。
「……これのためだけに一般寮に来るのは、夕真ぐらいだよ、ほんと」
鼻歌交じりにパンを購入している夕真に呆れ顔を向ける。普段は落ち着いた雰囲気の夕真だが、時折こういう子供っぽい部分を見せるのだ。
「……俺もなんか買お……」
蓮也は、嬉々としている夕真に背を向けると、近くにあったに自動販売機に目を止めた。悩むこと数秒。パンを選択して、自販機にフレットを押し当てる。
フレットに内蔵された、電子マネー機能。その処理が完了し、ピピッという電子音と共にチョコクロワッサンが落下する。
他の自販機も見て回ったが格別欲しいものもないため、蓮也はチョコクロワッサン片手に、テーブルへと戻った。
「んっ、んぐっ、……遅かったね、蓮也」
夕真は何処に持っていたのか、水筒片手にパンを食べ始めていた。すでにひとつを食べ終えたようで、ふたつめのホットドッグに手が伸びている。
夕真の手から漂う、刺激的な匂い。鼻につくその香りをなるべく嗅がないように、蓮也はチョコクロワッサンの包みを開ける。
口を開き、すぐさま咀嚼しようとして――蓮也はピタッと動きを止めた。すぐ口元に迫っていた包みをテーブルに置き、腰を浮かせる。
「……ちょっと、飲み物買ってくる」
蓮也の行動を怪訝そうに見ていた夕真に告げる。
その言葉に、考え込むような表情から一転、パッと顔を輝かせた夕真は持っていた水筒を蓮也の前に差し出した。
「……それ……中身は?」
「僕特製のチリトマトジュースだよ!」
蓮也の顔が思いっきり引きつった。
『夕真特製のチリトマトジュース』。
蓮也が辛さを苦手になった原因。幼い頃、夕真に勧められて飲んだものの、そのあまりの辛さに暴れまわってしまったという代物だ。しかし夕真は本人は美味しいと感じているらしく、悪気がないのだから蓮也も怒るに怒れない。
「い、いや! ……あー……き、今日は牛乳が飲みたい気分なんだ!」
心底残念そうに、水筒を戻す夕真には悪いと思いながらも、蓮也はあたふたと牛乳目掛けて駆け出した。