4話 抜け出た先は
あの後、迷っていたことを思い出し、慌てて琴葉に教えてもらった道。
それはあまりにも簡素で、迷っていた自分が馬鹿らしく思えるほど単純だった。
墓地を道なりに、一直線。それで寮に行けるらしい。
要するに、墓地にさえ行くことができれば、あとは簡単だったのだ。
すぐに発見できた、広大な空間。
蓮也は走りながら墓地に突入すると、中央の電灯を通り過ぎ、一直線に駆け抜けた。
昼間ならいざしらず、日没直前の墓地というのはかなり怖い。一応電灯の明かりが灯っているが、それも申し分程度。余計に不気味さを演出している。
蓮也は、持ちうる限りの力を足に込め、墓石の列を抜けると、再び木立の中へ入る。
「こ、これで……男子寮に着くはず……」
懸命に走る。もはや、木々の隙間から夕陽はほとんど差し込んでこない。光がなくなる前に、この林を抜けなければ。
蓮也のその願いが通じたのか、あるいはもともと距離がなかったのか。葉の隙間からはなにやら建物のようなものが見えてきた。
悲鳴をあげる体に鞭打ち、走る。林を抜けるまであとわずか。建物もどんどんその姿を大きくしていく。
そして、ついに。
林を抜けた。視線の先には、寮の建物が並ぶ広場。数多の明かりが灯され、夜になっても賑やかな場所だ。忙しなく行き交う生徒、ベンチに腰掛け談笑している集団の姿も見える。
「はぁっ、はぁっ……ふぅ」
荒々しく息をつき、地面に座り込む。走り続けていたせいで、体力は限界に近い。
少し休憩してから部屋に戻ろう。そう考えて、蓮也が顔を俯かせた時だった。
「……蓮也? どうしたの、こんなとこで」
前方からの聞き慣れた声に、ゆっくりと顔を上げる。いつの間に近づいていたのか、目の前にはひとりの女子生徒がいた。学校帰りなのか、私服ではなく、学園の夏服。
街灯に灯され、白銀に輝く、長いストレートの髪。その下で大きい瞳をさらに見開き、女子生徒は驚きの面持ちで、蓮也を見ている。
「え……どうしたって……」
男子寮に戻ってきただけではないか。そう続けようとした蓮也は、女子生徒の言葉に唖然とすることとなった。
「だってここ……女子寮だよ?」
蓮也の幼馴染であり、特待者でもある宮月舞は、怪訝そうな顔で蓮也を覗き込んだ。
慌てて、前方を見やる。言われてみれば、たしかにいるのは女生徒ばかり。寮の建物も、蓮也の記憶にある男子寮とはどことなく違う。
続いて自分の状況を考える。
もうじき夜になるという時間。荒い息をつきながら、女子寮そばの木立に座り込む男。なるほど、舞の態度も頷ける。
変質者。その言葉が蓮也の脳裏に思い浮かんだ。
「え、えー……これには、その……あれだ、うん。止むを得ない状況というか……」
「……ってそんなのいいから早く男子寮に戻らないと! 他の女子に見つかったらヤバいよ、ついてきて!」
女子寮は男子禁制。こうしているところを見られたら言い逃れできない。舞は、地面に座り込む蓮也の手を引っ張ると、そのまま林の中へと駆け込んでいく。
「男子寮は……あっち!」
「助かったよ……サンキュ、舞」
なけなしの力を振り絞り男子寮へと走りだした蓮也の背後から、「明日は頑張ろうね!」という舞の声が聞こえた。
蓮也は足を動かしながら後ろを振り向くと、舞は人懐っこそうな笑顔を浮かべて手を振っていた。それに応えるように蓮也も手を挙げると、前を向いて林を抜ける。
やがて男子寮へと辿り着いた蓮也は、買い置きしておいた菓子パン2つを瞬く間に平らげると、就寝支度もそこそこに、すぐさまベッドに飛び込んだ。
普段はこんなに早く寝る事はないが、走り詰めだったせいか体が重い。
ごろんと仰向けになって天井を見つめる。
終ぞ、両目を閉ざしたままだった少女、琴葉。そのラールの幼竜。幼竜に触れた時の妙な感覚。琴葉に出会う原因となった正体不明の高音。
放課後の出来事の数々が頭に浮かぶが、耳に残るのは、舞が去り際に残した言葉。
「……頑張ろうね……か」
明日に待ち受けるのは、ラールと契約するための式、召喚儀典。
舞はいい。将来が約束された特待者。何も悩む必要はない。
だが、自分はどうか。天才でもなんでもない自分は。
――一体どんなラールと契約するのだろうか。
お腹のあたりにあるブランケットを肩まで引き上げると、明日への期待と不安を抱きながら、蓮也は眠りに落ちるのだった。