2話 碧髪の特待者
固有名詞が出てきますので、文中でも解説しておりますが、ここでも解説させていただきます。
<レラシオネス> 場所の名前と捉えて頂ければ問題ありません。要するに、島です。
<ラール> 犬、とか猫、とかそういう生物の名前ではなく、その総称です。生物のこと、と捉えて頂ければ問題ありません。
聞き慣れない呼称に、蓮也の頭は疑問に埋め尽くされた。
「……ボ、ス?」
少女の言葉を反芻するように、蓮也はボソリと呟く。
「そう、ボス。……この子がそう言ってる」
少女はコクンと頷いて背中に手を回すと、ごそごそと身じろぎをしはじめた。
そして、やがて動きを止めると、蓮也へと手を差し出す。その両手にちょこんと収まっていたのは――碧く輝く鱗を持つ西洋竜の幼体。
口から出かかっていた、なんで、という疑問の声をぐっと飲み込みながら、蓮也は瞠目した。
碧い髪を見た時から予想はしていたが、それを確定づける、碧い西洋竜のラール。それが示すのはつまり――。
「……特待者……」
口から無意識にこぼれでた単語が、木立の静寂を破った。
ここ、<レラシオネス>という島で生活している者のほとんどは、ラールと呼ばれる生物と契約している。それが、一般的に反応者と呼ばれる人々。
蓮也も反応者ではあるが、この場所に昔から住んでいるわけではない。むしろどちらかといえば、入島したのはごく最近のこと。そのため、今はまだラールとは契約していない、ただの一般生徒だ。
対して、目の前の少女のように特待者と呼ばれるのは、50万人以上の人間が住む、といわれるレラシオネスで、1割にも満たない天才。つまりは、反応者よりも上位の存在だ。
蓮也は視線を上にずらして、少女の髪を盗み見る。視界いっぱいに広がる、日本人離れした碧。有力な説では、契約しているラールが強力すぎるゆえに、影響を受けて変色しているのでは、とされている。眼前の少女は、まさしくその通りであった。
そして――だ。
蓮也は、小さくとも存在感のある幼竜をまじまじと見つめ、ゴクリと喉を鳴らす。
レラシオネスでは、ラールという特殊な存在を、珍しさ、実用性、力の観点からクラス付けしている。
竜が分類されるのは、その最上位である、レジェンドクラス。普通じゃないこの場所でも、滅多にお目に掛かれない存在なのだ。
蓮也が幼竜に圧倒されていたまさにその時。少女が、幼竜の乗る両手を蓮也へと差し出した。
「……撫でてほしいって」
「え……俺に?」
不意に放たれた言葉に戸惑いながら、蓮也は視線を下ろした。少女の掌の上で、つぶらな瞳をパチパチさせて、蓮也を見上げる幼竜。
言葉がないまま、目が合うこと数秒。蓮也は内心びくびくしながらも、その頭目がけてそろそろと手を伸ばした。
ゆっくりと、それでいて着実に縮まっていく距離。やがて、蓮也の左手が幼竜の頭に触れた――刹那。
バチィィィィイイイイ!!
と、蓮也の体を何か得体のしれない感覚が駆け巡った。
うわっ、と声を上げてのけぞり、蓮也は幼竜をまじまじと見つめる。
しかし幼竜は小首を傾げて蓮也の奇行を見ているだけ。自身の左手を見てみても、別段変わった様子はない。
どういうことか。答えは出ないまま、ぐるぐると思考が渦巻く。
気のせいだったのか? いや、そんなわけはない。あの形容し難い何かを自分は確かに感じた。――ではなんだというのか。
考えに耽っていた蓮也の意識を現実へと戻したのは、ぐりぐりとこすりつけられるような、右手の感触だった。
「…………」
やはり気のせいだったようだ。
自らの小さい体を蓮也の右手に押し付け、気持ちよさそうに目を瞑っている幼竜を見て、蓮也は思う。
やがて少女は満足気に頷くと、幼竜を頭に乗せた。
「ん。この子も喜んでる……ありがとう、ボス」
幼竜の体を撫で、無邪気な笑みを見せる少女。それを見た蓮也は、ポリポリと頬を掻きながら、ばつが悪そうに告げた。
「あのさ……そのボスってのやめてほしいんだけど……」