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愚者の目指したアーカディア  作者: 鷲野高山
1章 新大陸の守護者
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10話 約束

「そうだ、ひとつ忘れてたよ」


 中央棟への移動中、唐突に夕真が声を上げた。


「今日はどうしようか?」


 質問の意図が理解できない蓮也と舞は、お互いに顔を見合わせ目を(しばたた)かせる。


「……どうって?」

「この後のことだよ。召喚儀典にはそんなに時間がかからないから、その後は自由時間なんだ。佐々木先生もさっき言ってたけど、今日でエリア移動が解禁になったからね。このあと三人で街に行ってみようか」


 街、という単語には聞き覚えがあった。

 そもそもレラシオネスには、学園の生徒以外にも生活している人達がいる。その大多数が学園の卒業生。そんな彼らが生活しているのが、他のエリアにある居住区であり、街である。蓮也は実際に見たことないが、なかなかの大きさらしい。


「わぁー! いいね、いいね! 三人で行こ!」


 キラキラと瞳を輝かせた舞が、夕真の提案に賛同する。

 特待者二人と、普通の反応者(蓮也)の組み合わせ。その光景が容易く想像できて、さぞ目立つんだろうな、と内心溜め息をつく。


「……そうだね」

「約束! 絶対だからね!」


 満面の笑みを浮かべた舞は、それはもう嬉しそうに、どんどん歩いていく。

 それを見ていた蓮也と夕真は、思わず互いに顔を見合わせると、どちらからともなく苦笑いを浮かべた。


「……舞。まだ話の途中なんだけど」

「あっ! ご、ごめん、蓮也」


 舞が戻ってきたことを確認して、話を続ける。


「夕真はいつ頃終わるの?」

「僕は、立場的には見届け人だからね。全生徒が終了するまでは、動けないんだ。だから、終わったら通信するけど……あ、それか、二人は先に行って、僕が後から合流する形でもいいよ」


 フレットの通信機能を使えば、どちらの場合にせよ、連絡はとれる。

 しかしだ。道に詳しい人間がいるのといないのでは、だいぶ違う。それこそ、この間(迷った時)と同じ状況になりかねない。


「うぅーん、私はどっちでもいいけど……蓮也は?」

「夕真が終わったらでいいんじゃないかな。ふたりじゃちょっと心細いし」

「なぁーに、それー! 私とじゃ心細いってこと!?」

「いやいや……夕真みたいに詳しい人がいたほうがいいってことだよ。……それじゃ、先に終わる俺と舞はどう時間を潰すかだけど」

「あー! 話逸らした―!」

「逸らしてないよ!」


 とそんな具合に、わーわーと二人で騒いでいた時。

 先頭にいる佐々木の大声が聞こえ、蓮也は未だ騒いでいる舞を無視して、前を向いた。


「では、この中央棟で召喚儀典を執り行うが、事前に準備をする必要があるのでな。用意ができ次第、フレットに連絡する。それまでは自由行動だ」


 騒ぐのに夢中になって気が付かなかったが、眼前には門があった。一般生のエリア移動の阻止に一役買っていたこの入口。昨日までは閉じられていたそうだが、今は開け放たれている。


 続いて、さらにその上を見上げてみるも、さした感想もなかった。外壁が白いのは一般棟と同じだし、その大きさも中央棟のほうが少しばかり上回っているというだけである。


「ねぇねぇ、蓮也! 始まるまでどうしてよっか?」


 舞が瞳をキラキラ輝かせ、勢い込んで訊ねてくる。さっきのぶぅたれた顔は何処にいったと言わんばかりの変貌だ。


「適当に建物の中で待ってればいいと思うけど」

「えぇー! せっかく来たのにー!?」


 ぶー、と再び不満顔になる舞を適当にあしらい、蓮也は夕真へと尋ねた。


「準備って、そんなに時間がかかるの?」

「そうだね、大した時間はかからないよ。その間、屋上にでも行ってみたらどうだい? ……大丈夫だよ。そんなに高くはないし、ちゃんと柵もあるから下を見ることはないよ」


 いつの間にか、顔が険しくなっていたようだ。

 そもそも蓮也は、高いところが苦手なわけではなく、むしろ好きなほうだ。ただし、それにはちょっとした制約がある。


 下を見下すことができないのだ。だが、それは夕真の言うとおり下を見なければ問題はない。安定した足場かつ、下を見る必要のない場所。それが必須条件。

 高所恐怖症――というのは、少し違う。高いところ自体は、苦手ではないのだから。


「自由行動とは言ったが、すぐ集合できるようにしておけよ」


 佐々木の声に、わっと生徒達が動きはじめる。


「僕は、召喚儀典の場で待機しているからね。また後で会おう」


 まだ動き始めていない蓮也と舞に、夕真がそう言って去ろうとした時。


「宮月。お前、なにやってるんだ?」


 ひとりの男子生徒が、三人のところに近づいてきた。

 そばにいた他の一般生を押しのけ、三人の前――いや、正確には夕真の前で立ち止まる。


 男子生徒は、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべつつも、その目は完全に夕真を睨んでいた。そしてその上には――特待者であることを誇示する、深緑色の髪。


「……西浦か」


 ポツリ、と夕真が口を開く。


 西浦。それが、深緑色の髪をもつ、特待者の名前のようだ。


「お前はこっちに直接のはずだが?」

「いやぁ、ごめんごめん。友達と妹に会っててね」


 とても友好的とは言い難い態度の西浦を相手に、夕真はいつも通りの口調で答えていく。

 それをはらはらしながら見守っていた蓮也は、ふと背中に違和感を感じた。ワイシャツを引っ張られるような感覚。

 ぐるりと首を回して背後を見てみる。


「……舞、何やってんの?」


 そこには、背を縮こめて、蓮也の肩口から顔だけをそっと出している舞の姿があった。


「だって……どうなるか心配で」


 それには蓮也も同感だった。

 西浦の視線は明確な敵意を孕んでおり、対して夕真は微笑を浮かべてのらりくらりと追及を躱している。まさに一触即発の状態だ。


「……で、こいつがその友達だと?」


 ふと、西浦の視線が夕真から逸れ、蓮也と、その背後にいる舞を捉えた。最悪な事態にならなかったことに安堵しつつも、今度はその矛先が自身に向けられたことに、内心焦りを覚える。


「そうだよ。……まぁ、その後ろにいるのは僕の妹なんだけど」


 夕真がそう言った途端、ワイシャツがより一層力強く引っ張られる。だが、予想していたような追及はなく、西浦は、ふんっ、と鼻をならすと三人に背を向けた。


「特待者であるお前の妹は別としてだ。そこにいる凡人(蓮也)などと付き合うのはやめた方がいいぞ」


 そう言い放つと、西浦はそのまま中央棟へと歩き去って行く。


「彼は結構プライドが高いからね。あんまり気にしないでくれると嬉しい」

「……お、おぅ」


 まさか、いきなり凡人呼ばわりされるとは思わなかった。


 そもそもこのレラシオネスには、誰もがやすやすと足を踏み入れられるわけではない。入島を許されているのは、ラールの測定装置に反応した者、すなわち反応者を除けば、あまりいない。すなわち、普通の人間では、ここに入ることすら許されない。

 しかし、特待者(エリート)から見れば、ただの反応者でも取るに足らない存在なのだろう。


「じゃ、僕も行かなきゃ。また後でね」


 そして夕真も、中央棟へと入っていく。

 その背を見送った蓮也と舞は互いに顔を向き合わせると、この後の行動について相談を始めるのだった。

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