襲撃
「どうするつもりだ!? 奴らは王都まで目と鼻の先にいるんだぞ!?」
絢爛な部屋のなかで怒鳴り散らす、見た目で高い権力を保持していると分かる装飾をしている中年の男、そして、その怒鳴り声を聞いても微動だにしない、若い男。
「御存知ですか、今日のエルントとサンスクリットを結ぶ海は大荒れになるそうです。
もしかすると、運悪く、船は転覆してしまうかもしれません」
「『終の魔女』の弟子を倒せるとでもいうのか?」
「倒すなどと、何のことか分かりませんが、いかに『終の魔女』の弟子であろうと自然災害には敵いますまい」
「必ず『スラント』は回収しろ」
「承りました」
『緊急警報、現在上空に正体不明の生物が滞空しています。
乗客の皆様はすぐに船内へ避難してください。
繰り返します────────』
「シオン、これって」
「間違いなく追手だろうが……」
「どうしたのよ?」
「いや、なんでもない。
行くぞ、絶対の俺の傍から離れるなよ」
「はあああああああああ!」
上空より飛来してくる魔獣を一閃、両断された肉体から血が噴き出す。
しかし、その騎士は返り血も浴びず、次なる獲物を探し船上を疾走する。
「報告いたします、現在負傷者数3名、どれも軽傷ですぐに復帰できます。
魔獣の数も減っており、このまま押し切れると思われます」
「まったく、この程度の魔獣に後れを取るとは、帰ったら、訓練のやり直しだな。
しかし、なぜ、こんなところに魔獣が……
ついに、帝国が仕掛けてきたのか」
「国境付近ならともかく、こんな国の重要人物も乗っていない船を狙うというのは考えずらいですね」
「まぁいい、敵が何であれ我等は民を守るだけだ。
もう一息、殲滅するぞ」
戦意を固め、再び、戦いへと向かおうとしたとき、燃えるよな赤い髪を靡かせ、船上へと舞い降りた、成人もしていないだろう少女。
その特徴的な髪、この状況でこの場に現れた事、そのどれもが注目する理由足り得るが、何より異質だったのは、身の丈の倍はあろうかという大剣をどこからともなく取り出し、軽々と持ち上げている光景だった。
「……邪魔……不許可……」
咽るような血の匂いが漂う船上のあちらこちらに転がる魔獣の死骸。
飛行能力を持った魔獣相手に、この短時間でこれだけ倒せるなんて、騎士団の名も飾りじゃないってわけね。
これなら、態々、私たちが出て行かなくても……
「ぐあああああああ!!!」
断末魔のような叫び声と共に吹き飛ばされてくる隊長。
それを顔色1つ変えず、足で受け止めるシオン。
いきなり飛ばされてきた事にも驚いたけど、それより足で止めるの?
普通に足がめり込んでたわよね?
「標的発見……命令遵守、殺害……」
なに、あの剣、どう見たってあの子の身長の倍はあるじゃない!?
あんな小さな体の何処にあんな力があるのよ
「こいつをやったのはお前か?」
「肯定」
「その髪といい、その力といい、まだ、あんな馬鹿な研究を続けている奴がいるとはな」
「あんた、あの子のこと何か知ってるの?」
「お前が知る必要はない。
あれは殺すぞ、生きていても救いはない」
「私の納得のいく説明をしなさいよ。
そうじゃなきゃ、あんな小さな子供を殺させるわけ───」
刹那、シオンが私を付き飛ばし、私のいた場所に大剣が振り下ろされる。
甲板はその衝撃に耐えきれず、大穴を開ける。
やっぱり、狙いは私ってわけ!?
こんな子供まで使うなんて許せないと言いたいところだけど、とりあえず今は、生きることに専念!
「逃走……駄目……」
「やらせるか!」
魔獣さえも易々と切り裂く、雷刃を一振りで掻き消し、その余波は、船を激しく揺らす。
「貴方……生捕……!」
「やってみろ!」
あれほど大きな剣を持っている力も脅威だけど、あの小柄な体だからこそできる細かい動きもできる俊敏さも十分な脅威だわ。
シオンが繰り出す攻撃を躱し、剣で薙ぎ払いながらシオンに肉薄していく。
「───っぐ」
大振りの一撃がシオンを捕え、後方へと吹き飛ばす。
魔法障壁でダメージは少なそうだけど、あのシオンが押されるなんて。
「……堅牢……出力向上……!」
って、あれより上があるの!?
このままじゃ、いくらシオンでもまずい、だけど、私にできる事なんて……
なにか、なにかないの!?
「馬鹿女、逃げろ!」
「油断大敵」
無慈悲な暴力が私を薙ぎ払おうと迫ってくる。
あれだけの質量にあの速度なら私なんて死ぬなんて当然、大剣が通り過ぎた部分は肉片さえ、残りはしない。
今度こそ────死ぬ
「不可解」
「────え」
振り下ろされた大剣は私の横へと逸れ、甲板を砕く。
は……外した?
「ぼさっとするな!」
シオンが放った雷刃が再び、私と少女の引き離す。
「あ、ありがと」
「後で、お前がどれほど愚かで馬鹿な事をしたか教えてやる」
「あ、あはは、それは遠慮……聞かせてもらいます」
射殺さんばかりの視線に屈する私、いや、無理だって、超怖いもん。
───はぁ、1時間くらいは覚悟しておこう
「紡げ、『智天使の聖歌』」
「なにしたのよ?」
「俺が本気で戦ったらこんなちんけな船なんて沈むからな、少し空間を閉じさせてもらった」
そっか、だから、シオンは規模の小さい魔法しか使わなかったのね。
面と向かって話すと毒舌ばっかりなのに、意外とその辺は気を付けてるのよね。
「さて、さっきの借りを返しすぞ」
「敵戦力向上、出力制限解除、『キュクロープス』、安全装置解除」
「じょ、冗談でしょ……?」
あんな馬鹿でかい剣を両手に1本づつ、背後に4本も……
しかも、さっきよりパワーもスピードも上がってるのよね?
「ちょ、ちょっとシオン、本当に大丈夫なの!?」
「前にも言ったが俺の師匠を誰だと思っている」
いくら、『終の魔女』の弟子だからってあんな出鱈目な相手を……!?
「───!?」
背後にあった4本の大剣が音もなく砕け散る。
「どうした? 自慢の剣舞は終いか?」
「───っ!」
振るわれた大剣もシオンに届く前に砕け、次々と現れる大剣は存在することを許さないと言わんばかりに、瞬時に砕け散る。
「次はこっちから行くぞ」
瞬時に懐に潜り込み、一蹴、魔力で強化されたシオンの攻撃は大剣をぶち抜き、空中へと蹴り上げる。
「───かっはっ……」
いくら人外の身体能力とは言え、構造はあくまでも人、シオンの一撃で空気を失った肺が酸素を求め、呼吸を促す。
そして、その隙を逃がすわけもなく、投げ出された少女を囲むように雷を纏った炎の塊が顕現し、少女へと殺到する。
酸素を催促する肺を無理矢理黙らせるように、無呼吸のまま大剣を6本同時に身を囲むように作りだし、シオンの魔法を防ごうとうとするが、一発で大剣は融解し、残る炎弾が少女の身を灼く。
終幕かと思えたが、ぼろぼろになった体を酷使し、シオンへと飛びかかろうとするが、それを先読みしていたシオンは、体を横にずらし、少女の最後の攻撃を躱す。
そして、無防備になった背中に手を添え、零距離からまともな生物なら致死量達する電撃を放出し、少女の活力が失われるように赤く煌めく髪が、光を失い、少女の動きも止まった。
「死んだの?」
「いや、呆れるほどの耐久だ、あれだけやったのにまだ生きてる」
それにしても、こいつ容赦ないわね。
私ならこんな子供を本気で攻撃できそうにないと思うんだけど、蹴飛ばすわ、燃やすわ、電流流すわ、傍から見ればただの虐待よ、これ。
でも、まぁ、生きているってことは一応手加減はしたのかしら?
「───うぅ、貴様たちは……」
「目が覚めたら、さっさと仲間の回収に行って来い。
運が良ければまだ生きてるかもしれないぞ」
「貴様がそいつを……?
態度は最悪だが、腕は確からしいな。
助力感謝する」
「さっさと行け」
「分かっている、が、まずはそれを殺してからだ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、せっかく、シオンが手加減して殺さないようしたのに!」
「それは、魔獣の群れの中から降りてきた。
生かしておけば、この船に乗っている乗客員すべてに危害が及ぶ。
例え子供の姿をしていようとも、多くの人を救うためならば仕方ない」
「それは、そうかもしれないけど……」
「そう言うつもりなら猶更止めておけ。
そいつを殺せば、この船は確実に沈むぞ」
「どういうことだ?」
「そいつが死ねば、そいつの体は生体爆弾と化す。
そいつの強さは身を持って知ってるな、それが爆発するんだ、お前らが何をしようとも防げるものじゃない」
「その話は本当か?」
「嘘だったら俺が殺してる」
「分かった、ならば、身柄は拘束させてもらおう」
「お前らができるなら任せてもいいが、目を覚ました時、多少の犠牲は覚悟しておくんだな」
「────ぐっ、協力を頼む」
「条件がある。
こいつを追い払ったのはお前、例えお前の部下だろうが上司だろうが、こいつのことを口外するな。
もう1つ、俺たちのことを詮索するのもなしだ。
これが守れないなら、分かっているな?」
「────いいだろう、だが、サンスクリットに着くまでは部屋で落としくしてもらおう。
部下に見つかっては言い訳のしようがない」
「俺とお前を同じにするな。
そんなへまはしない」
どうして、こいつはいつも一言多いのかしらね?
せっかく、いい感じに話がまとまりそうだったのに……