誤解
敵に占拠されたエルント支部から、撤退後、私はふと思った。
あれ、これからどうするの?
エルントには戻れない、かといって、歩いていくには時間が掛かりすぎる。
そもそも、王都に近づけば近づくほど騎士団との遭遇率は上がるわけだし、無難なところで他の拠点を目指すしかないわね?
でも、歩いて行くには結構距離があるのよね……
「ねぇ、今何処に向かってるの?」
シオンに先導されるままについてきてるわけだけど、こっちにはエルントがある。
シオンの事だから何か考えがあっての事だろうけど、説明もなしというのは心臓に悪い。
先の件もあるわけだし、というかその事についてシオンに問い詰めたのよ。
罠だって分かってるなら、事前に教えておいてもいいと思わない?
いきなり、首落とされかけたのよ?
そう言ったら
「お前に演技なんてできるのか?
もし、相手に見抜かれていたら、その首は落ちていたんだぞ?
そうならない為にも、お前が間抜け面でいてもらう必要があったんだ」
との事。
うん、分かるわよ? 私は助けてもらった立場で、あれこれ言える立場じゃないって。
おかげで『スラント』も奪われずに済んだし、私も5体満足でこうして生きているわけだし?
でも、それでも、一言多いと思わない? 間抜け面?
美少女とか女の子とか、そもそも女性というくくり以前に、人として失礼極まりない言葉を付け加える必要が何処にあるわけ?
ないわよね? ないわよね!?
うぐぐ、かといって、ここで口答えしても倍返しになって帰ってくるだけだから、何も言うことができず、ストレスばっかりたまっていく始末。
───はぁ、不憫な私。
「スラントに決まってる、王都まで歩いて行く暇なんてないだろう?
まさか、王都に返還さえできれば、問題ないなんて思ってないだろうな?」
「それは、分かってるけど、スラントに行ったら騎士団に遭遇しちゃうわよ?」
なによその憐れんだような目は……
止めなさいよ、なんだか、本気で可哀想な人みたいじゃない
「お前が馬鹿だとは知っていたが、まさか、ここまで馬鹿だったとわな。
俺の言っていることが理解できるか分からないが一応説明してやる。
あの手配書は、俺たちをあそこにおびき寄せるための物であって、実際に俺たちが騎士団に捕まえて欲しいわけじゃない。
むしろ、そうなってしまうと、王国に『スラント』が戻ってしまうわけだからな。
いくら、協力者がいようとも、表だって動くとはできないだろうし、警備だって今以上に強固になってしまうしな」
慣れって怖いわね、罵倒されたはずなのに、全く耳に入ってこなかったわ。
「王国第三騎士団隊長、ライル・ハーヴェストだ。
エルナ・ファルミネ、貴殿の身柄を拘束させてもらおう」
途中で少し休憩をはさみ、朝方にエルントに到着。
このまま、定期便に乗って移動の時間で寝ようと思っていた矢先
「どういうことよ、これ?」
あれだけ私を馬鹿にして、騎士団が待ち伏せしてました?
これって土下座ものよね?
別にね、私もシオンが全部悪いって思ってるわけじゃないわよ?
でも、あれだけ豪語しておいて、間違ってたら、詫びの一つでも入れるなんて当然だと思わない?
「シオン、土下座しなさ───~~~~~っ!!?」
こいつ、ぐーで殴ったわよ!?
普通、男が女をぐーで殴る?
しかも、気遣いなんて一切なく、しゃべってる途中だったから勢いで舌まで噛むし、私涙目よ?
それも、当の本人は知ったことではないと言わんがごとく、その視線は正面にいる騎士団に向けられてるし。
だれか、こいつに女の子扱いを教えときなさいよ!
「おい、そこの偉そうな奴」
「む、君はエルナ・ファルミネの共犯者か?
ならば、貴様も一緒に来て貰らおう」
「話を聞け、この馬鹿。
騎士ってやつは脳みそまで筋肉でできてるのか?」
うわ~お、流石シオン、騎士団の隊長であろうがその毒舌は変わらないのね。
こいつなら、王様だろうが神様だろうが平気で罵倒するわよね。
そう考えれば、敬語を使わせてた、師である『終の魔女』って本当にすごいわよね。
「それは、私に向けて言ったのか?」
「そんなことも分からない程、耄碌しているなら、さっさと引退しろ。
俺は会話が通じない、猿と戯れている暇も、趣味もない」
ああ、額に青筋が浮かんで、掌から血が滲みそうなほど握りしめてる。
でも、よく我慢してる方だと思うわよ?
言うに事欠いて、猿、よくもそんな罵倒がすらすら口から出てくるものと逆に感心するわ。
「い、いいだろう、話を聞こう」
「その手配書はもう、撤回されてるだろ」
「はっ……はははははは、何を言っている?
あれは昨日、張り出されたものだぞ?
それが、撤回されているなど、都合のいい夢を見ただけだ。
そんなに夢が見たいのであれば、これから牢の中で好きなだけ見るがいい」
あれだけ罵倒されたのが、よほど悔しかったのか、その反動でご機嫌になる隊長様。
対するシオンは、もはや人に向けていいような目じゃなく、家畜かゴミを見ているような目で見ている。
「あの、隊長、その男の言うとおり、手配書は撤回されています」
「はははははは……は?」
「で、何がそんなに面白いんだ? 脳筋猿」
「潮風が気持ちいいわ」
あの後、シオンはシオンで、笑われたのが癇に障ったのか、気が済むまで罵詈雑言を浴びせ、私たちは無事に定期便に乗り込むことができた。
これで、王都まで一直線、何も問題ないはずなんだけど……
「ねぇ、シオン、すっごい睨まれてるんだけど」
「まったく、脳筋の癖に、プライドだけは高い奴だ。
猿山の大将だけで満足していればいいものの」」
怒りで顔を真っ赤にしている、脳筋隊長。
というか、私はこっそり囁いたのに、こいつ、わざと聞こえるように言うなんて、本当に性格が悪いわね。
「そろそろ頃合いだろう」
「え、なんか言った?」
「お前に少し働いてもらう」
素直に、頼みがあるって言いなさいよ。
どうして、そういちいち見下そうとするのよ……
「あの、ちょっといいですか?」
「なんだ……」
うわ~、不機嫌ですって言ってるような顔ね。
まぁ、あれだけ言われれば当然だけどね。
「あはは、あいつが言うことはあまり気にしない方がいいですよ。
性格が根っから最悪だから、誰にでもあんな風なんですよ」
「それならば、君が教育しておくべきだな。
あんな慇懃無礼な態度、他の隊長であれば首を跳ねられても文句は言えないぞ」
ふぅん、脳筋だけど、その場の感情で流されて一般人を殺めるようなことはしないと。
悪い奴ではなさそうね。
「実は、私もつい最近会ったばかりで、それなのに、あいつからは散々罵倒されてます。
だから、気持ちは分かりますよ」
本当にね、流石に殺してやりたいとまでは思わないけど、最低でも土下座。
その後、靴を舐めさせてやりたいわね。
「ほぅ、ならば、なぜ、あんな奴を連れて旅をしている?」
「先日の手配書が張り出されたときに賞金稼ぎの野盗に襲われまして、その時に助けてもらったんです。
もちろん、タダというわけではありませんから、護衛という形です。
あれで、腕は立ちますので念のために王都までついてきてもらってるんです」
「成程、しかし、1日だけとはいえ、犯罪者として手配してしてしまったことはすまなかった。
王国を代表して謝罪しよう」
「そんな、こうして無事、誤解も解けたんですから気にしないでください」
「そう言ってもらえると助かる」
「ところで、私はどうして、犯罪者扱いされたんですか?」
「私も詳しくは知らないが、罪状は人殺しだったな。
だが、今思えば少し妙なところがあったな。
本来、調査団から報告が上がってから手配されるものなのだが、その調査団はここ最近エルントには向かっていない。
君に罪をなすりつけるつもりにしてはたったの1日で撤回されてしまっているしな」
本来なら、私は昨日殺されていて、記憶から薄れてきたところで撤回するつもりだったんだろうけどね。
でも、それが破綻して、無理に動かざるを得ない今、必ず不審な動きがあるはず。
「私を指名手配した人って分かりますか?」
「流石にそこまでは分からないが、その許可を出すのは宰相である、ファルガス殿だ」
「どう、何か分かった?」
「情報が少なすぎて、決定的な事は何も分からないが、宰相が怪しいのは確かだな」
それはそうよね、調査もなしに手配を認め、その翌日に撤回を許可してるんだから。
それにしても、騎士団の隊長ともあろうものがああも簡単に内部情報を話していいのかしら?
そうなるように、シオンが仕向けたらしいんだけどね。
なんでも、あれだけ挑発して、その味方であろう私がシオンのことを悪く言えばそれに便乗してくる。
それに、私は被害者なんだから、その立場を利用すれば話を聞けるはずだとのこと。
確かに、最初は険悪だったけど、シオンのことを言ってからは紳士的な態度で話してくれたし、多少は気が晴れたみたいだったわね。
こうなることを予測してあれだけ罵倒したのかしら?
いや、どう考えてもあれは素ね……
「なんにせよ、王都に入ってからも油断するなよ。
また、乗っ取られている可能性だって否定できない」
「分かってるわよ」
これは本当に最悪の手段だけど、私が罪を被って自首してしまえばいい。
そうすれば、少なくとも帝国の仕業ではないと示すことができる。
「おい、受け取れ」
「なによこれ?」
「さっきの報酬だ、あの脳筋から聞きだせる情報はあれくらいだろうからな。
へまをやらかすかと思ったが、よくやったな」
────ちょ、誰よこいつ!?
シオン? いやいや、私が知っているシオンはこれくらいできて当然だくらいにしか思わない極悪非道の冷血漢よ。
こんな、上手くいったからって報酬をくれるわけもないし、ましてや褒めるなんてありえないわよ!
でも、やっぱり、私の目の前にいる美形はシオンなわけで……
やばい、嬉しい、いつもとのギャップが激しすぎて、少し褒められただけなのに、昇格した時と同じくらい嬉しい。
だ、駄目よ、落ち着きなさい、私。
調子に乗ったら、また、罵倒されるわ。
「悪いが、またこんな時が来た時は頼んだぞ」
「し、仕方ないわね、そこまで言うならやってやるわよ」
何このツンデレ、もう攻略1歩手前じゃないのよ……
なに? 私ってこんなに単純だったわけ?
いや、駄目だって、シオンに惚れたら最後、『終の魔女』の玩具にされちゃうんだから。
「おい、大丈夫か?」
どうして、今日に限ってそんなに普通なのよ!
もっと、いつもみたいに『気持ち悪い』とか『ついに緩み切ったねじが外れたか』とか罵倒しなさいよ!
ちょっとずつ、Mに目覚めつつあるエルナ……と言うわけではなく、単純にギャップに戸惑っているだけ、今のところはですけど。
でも、しっかり、飼いならされちゃってますね
シオンの調教は 鞭:飴=9:1となっております
それではまた次回(。・ω・。)ノ~☆'・:*;'・:*'・:*'・:*;'・:*'バイバイ☆