夢見た場所
一撃必殺、それが叶うことはないと分かっているだろうが、それくらいの心持でこちらへと殺意をむき出しに飛び込んでくる、電波野郎へと踏み込んだ。
漆黒の鎌と白刃の刀が激突し、火花を散らす―――――――だが、そんな常識はこの鎌には通用しない。
「――――――っ!?」
「――っち、避けたか」
鎌が辿る軌道に在った刀は何の抵抗も見せず、消え去った。
減速せず、首へと向かう鎌を寸でのところで躱した電波野郎の顔は戦慄している。
「――――馬鹿な……」
「これが、『理の使役者』とただの人の力の差だ」
この鎌からはあらゆる概念が通用しない。
『斬る』という概念が存在しないということは、その反対である斬れないという現象が起きない。
この鎌は刀を斬ったわけではなく、軌道上にあったものが勝手に道を開けただけ。
俺の力の集大成ともいえる、最強の武器『フェイル』
「―――認めない……僕こそが最強の存在だ!」
再び刀を創りだし、魔法と織り交ぜ、斬撃を放つ。
その一撃一撃が街一つ滅ぼすには十分な威力だ。
だが、出力の問題はつい先日解決したばかりだ。
鎌で振り払い、力づくでねじ伏せ、首を狩る為、弾幕のなかへ身を投じていく。
「認めない、認めない認めない!」
「もう、黙れ」
鎌が首の薄皮一枚のところを通り過ぎていく。
恐怖に染まった顔で、応戦してくるが、『フェイル』は最強の矛であり最強の盾だ。
刀が『フェイル』に触れてたとき、触れた部分はこの世に存在しなかったかのように消滅していく。
「死ね」
刀を失い、頭蓋から真っ二つに裂く鎌を振りおろし、これで終わり―――――のはずだった。
「はい、そこまで」
軌道上にいた、電波野郎は後方へと吹き飛ばされ、凶刃から逃れた。
戦いに横槍を入れた、声の主へと顔を向けた。
そこには、空中宮殿の主、アベルと、俺が追い求めていたフィーネ。
その姿は、あの森にいたころとは違い、成長しきった少女の姿。
ぼろぼろの服から、真新しいドレスに、手を拘束していた鎖と目隠しは外され、凛々しさと美しさを兼ね備えた美女。
あらゆる枷を外し、力を一切抑えていない本気のフィーネ。
「まったく、君は人使いが荒い。
君の本気を隠すだけならともかく、あの状況で攻撃を外せなんて、君はシオン君以外にも気遣いというものを覚えた方がいい」
「あはは、相変わらず饒舌だね、アベルは。
でも、愛しのシオンと久しぶりの再会なんだから空気くらいよんでよね」
「どういうつもりか、説明してくれるんでしょうね」
「せっかくの再会なんだからちょっとした余興だよ。
――――さぁて、楽しかった? 何でもできる力を突然得てやりたい放題やれて楽しかったよね。
私も面白かったよ、なぁんにも知らないで馬鹿みたいに踊らされている事にも気づかないで『世界の王』だなんて言ってるんだもん」
あれが、あれほどの力を持っていたのは、単にフィーネが力を貸していたから。
それなら、あれ程の力を持った電波を召喚できた理由にも頷ける。
召喚された当時は何の力も持ってない一般人で、後からフィーネが力添えしたんだろう。
真実を突き付けられ、呆然と立ち尽くすしかできない。
「あらら、もっと喚き散らしてくれるかと思ったけど、つまんないや。
もう、いいや、死んで」
フィーネがそう言うと、電波野郎は自身で刀をのどに突き刺し絶命した。
「ん~、思ったよりつまらなかったね」
「趣味が悪いとしか言えないね、もっと建設的に生きれないのかな?」
「あはは、メイドフェチのアベルに言われる筋合いはないよ」
幾人もの人生を狂わせ、惨殺してきたというのに、何の罪悪感も感じることなく朗らかに笑い続ける超越者たち。
同情するつもりなんてないが、追い求めていた相手が目の前にいて、心が躍らないわけがない。
「ふふふ、いい殺気だね、でも、ここじゃ、シオンが周りを気にして本気で戦えないでしょ?
だから、私たちの思い出の場所で待ってる、楽しみに待ってるよシオン。
また、私を殺して見せてね」
「心配しなくても僕は戦闘に関与しないよ。
ただ、シズクとカスミを人質に取られてしまってね。
しばらくは、彼女の言いなりだ、早くどうにかしてくれると助かるね」
「言われなくても、そうするつもりだ」
言いたい事だけ言うと、その場から消える2人。
――――はぁ……とりあえず、当面は世界の危機は去ったとみていいか。
後は、俺の個人的な問題だ。
「あら、随分簡単に勝ったみたいね。
最後の戦いなのだから、満身創痍まで戦って僅差で勝つ、それくらいのエンターテイメントを魅せてくれてもいいと思うわよ」
「よくものこのこと俺の前に顔を出せたな」
「ええ、あなたのその顔が見たくて態々来てあげたのよ。
這い蹲って足を舐めるくらいのことはしてあげたつもりだというのに、冷たい反応ね。
―――――そう言えば、私はどうやって生き返ったのかしら?」
心底、どうでもよさげに聞くが、この女はそんなことを今の今まで忘れていたのか?
狂人も真っ青になる変人だ。
「『終の魔女』の力、本人は『アブソリュートスペル』と言ってる。
その力の概要は、万物に対する絶対命令権。
誰であろうと、どんな現象であろうと、『終の魔女』に逆らうことは許されない。
例え、それが死であろうともだ」
唯一、例外は俺たち『理の使役者』。
故に、フィーネを殺せるのは俺しかいない。
「相変わらず、神様みたいな存在ね、あなた達は」
「違うな、俺たちは化物だ。
神様なんてものとは正反対の存在だよ」
「ご苦労様でした、たった今、ライラ姫が2つの秘宝を持ち帰り、ダラスを鎮静化させたという知らせが両国に伝わり、サンスクリットは、『トマラクス』を返還し、和平を求め、テーヴァもそれを受け入れるそうです」
これで、しばらくの間世界に平和が訪れるだろう。
こいつらの努力も報われたわけだ。
「シオン君、良ければこれからも君には働いてもらいたいのですが、どうでしょう?」
「俺はもう表舞台に立つことはない。
それに、俺は大罪人の弟子だ、そんな奴をいつまでも置いておくわけにはいかないだろう」
「―――そうですか、では、御健闘を祈ります」
「あんたらも、この平和を維持できるよう努力するんだな」
「シオン、あんた何処行く気なのよ?」
「師匠と――――フィーネと決着を付ける。
それに、勝とうが負けようが、もうお前たちと会うことはない」
「――――っ、あんたキュロはどうするのよ!?」
「あれはお前が面倒を見ろ、キュロには一生遊んでも困らないくらいの金は渡してある」
「――――絶対に帰ってきなさい!
いい? あんたの居場所はここよ、私もキュロもずっと待ってるからね!」
「―――好きにしろ」
「絶対に帰ってきなさいよ! あんたが帰ってこなかったら、キュロを貰ってあげないからね!」
まった、いつまでも騒がしい奴だ。
だが、まぁ、あいつらが仲良くやっているのをたまに見に来る分には悪くないかもしれないな。
「待ってたわよ」
「世界を救った英雄がこんなところで何をしている?」
「随分と皮肉の利いた言葉ね、私ほど世界がどうでもいいと思っている存在はいないわ」
「―――くだらない言い合いなら、言葉遊びが得意な連中とやってくれ」
「そうね、前置きはこれくらいにしておくわ。
シオン、私はあなたが好きよ、良ければ、このまま連れ去ってくれないかしら?」
「笑えない冗談だな」
「ええ、冗談じゃないもの。
あなたはこれから『終の魔女』を殺すのでしょう?
そうなれば、あなたは独り身、手頃な女を置いても悪くないと思わない?」
「あんたのどこが手頃だ……
前にも言ったが、俺はあんたが嫌いだ」
「そうね、前にも言ったと思うけど、私はそんな男を服従させることが大好きなのよ」
―――――ちゅ
「待ってるわ、あなたが望むのなら世界を捧げてあげる」
何を考えているか、本当に読めない女だ。
勿論、あんな女に絆されるわけがない、あれはフィーネに似すぎているからな。
「やぁ、随分と早かったね、挨拶は済んだのかな?
そもそも、君がそれほど親しくやっている者なんて知れているとは思うがね」
「必要な事だけ話せ」
「まったく、君は冗談が通じない。
彼女はこの奥だ、君たちがどれだけ本気で戦っても世界には気付かれないように僕が誤魔化してあげよう。
思う存分殺しあってくれたまえ――――――後悔だけはしないように。
これは、年長者からの助言だ」
「――――当然だ、俺はこの為に生きてきたんだ」
あの時と同じ道を辿る。
痩せ細った樹が覆い尽くす死の森、その枯れ木が周りを囲む広場にフィーネはいた。
「懐かしいなぁ、ここで初めて私は殺されたんだよね」
あの時とは違い、枷も手加減もない、全てを包み込むような青色の女。
「ねぇ、シオン、ここから旅立て半年くらい経ったけど、外の世界はどうだった?」
「どいつもこいつも、くだらないことで一喜一憂して馬鹿みたいだと思ったな。
――――だが、それでもあいつらは懸命に生きている。
俺たちは、存在するべきではない存在だ」
「ふ~ん―――ね、シオン、どうして私がシオンを一時とはいえ手放したと思う?」
「俺の逃げ場を潰す為だろ?」
「正解、憎むべき敵を殺し、外には護りたいものができた。
そして、短期間で、出来うるか限りの成長を遂げた今、シオンは負けられなくなったよね。
私は、この時この瞬間をずっと夢見てきたんだよ。
シオンを殺して、生き返らせる、シオンは絶対に私を愛してくれないもんね。
だから、力づくで私のモノにするって決めてたんだ」
「俺は俺の責任を果たす、死ぬのはフィーネ、お前だ」
「あはははははははは!
さぁ、最後の舞台の幕開けだよ、全力で殺し愛おうね、シオン!」




