決戦前
「随分、懐かしい夢を見たな」
気を失っている間に、魔力供給は終わり、その後遺症で残る鈍い痛みをこらえ立ち上がる。
そして、自身から感じる膨大な魔力に驚きつつも、確かな手ごたえを感じた。
『返事しなさいよ、このロリコン! ていうか、私の艶姿をただで見ておきながら勝手に死んでるんじゃないわよ! だいたい、あんたはいつもいつも―――――――』
「黙れ、馬鹿女」
『一言多すぎるのよ、その所為で私が――――――――シオン?』
「とうとう耳までイカレタか? さっさと引退してキュロの玩具にでもなったらどうだ?」
『あんたね! 生きてるならさっさと返事しなさいよ!
ああもう、こんなこと言ってる場合じゃない!
シオン、さっさと戻ってきなさい! 状況が変わったわ、それもとびっきり最悪の方向によ!』
「―――すぐに戻る」
いい加減焦れて『エリクシル』が動いたんだろう。
だが、あの電波野郎が素直にどちらかの国に付くとは考えられない。
俺を倒すと公表したところで、それが果たされるまで、戦争に踏み切りはしないはずだ。
そして、馬鹿女が言っていた最悪の方向―――――――――
確かにこれは早めに戻った方がいいな。
「ゥォオオオオオオ、シシシシ――――ヒァハハ――――ンン――――アアアアアアアアア―――――カヲォオオオオオオオオ――――」
最早人の形を留めていない、醜悪な化物。
過剰に魔力を摂取しすぎた上、魔物の体を取り込んだ副作用だろう。
とっくに自我なんて消失しているはずだが、それでもあの研究に執着し続ける執念には素直に感服する――――――が、お前だけは殺しておかなければ腹の虫が治まらない。
「ァァアアアアアアアアア!!!」
魔力を吸収する特殊体質だが、前回の戦闘で限界があることは証明されている。
ちょうどいい、今度はお前が実験体になる番だ。
自我が崩壊し、肉体を変化させるほど膨大な魔力が込められた砲撃。
以前のシオンが内包する魔力を超える程の魔力を強引に圧縮した、力任せの砲撃。
以前のシオンなら『クレリフ』を使わざるを得ない状況だが―――――
「喰らえ、『メフィスト』」
補助の魔法陣は必要なく、魔力を練る詠唱すら必要ない。
たった一言で、悪魔は顕現し、今度こそ、醜い研究者は闇へ沈んだ。
「シオン!」
「いちいち喚くな、あの電波がダラスを代表して宣戦布告でもやったんだろう?」
「―――いや、そうだけど……どうして、あんた知ってんのよ?」
「誰もがお前のように残念な頭をしていると思うな」
中立地帯ダラス、本来なら国境の役割を果たす貿易の街だ。
そして、その役割柄、人の往来が多く、多額の収益が出るし、両国の折衝を抑える軍も存在している。
それだけの条件が揃っていて、国として成り立っていないのは両国が認めないからだ。
それも当然といえば当然の話、貿易の要となるダラスが国として成立してしまえば、そこに関税が設けられ、金も人も流れる。
だが、両国が戦争状態にある今、その圧力も弱体化し、あの電波がいる以上戦争には勝ったも同然だ。
『最悪の事態です、サンスクリットとテーヴァが戦争を起こすのならシオン君がいれば治める事も出来ました。
ですが、ダラスは彼を王として、サンスクリットへと宣戦布告を言い渡しました。
本来なら両国の連合軍が鎮圧するはずですが、今の状況ではそれも望めません』
「電波の囲いの女、あれはダラスの有権者の娘か?」
『はい、ミール・エル・ヴァリアス、ダラスの領主の娘、そして、あの騎士は彼女の付き人でした。
もう1人も、ダラスで暮らしていたと証言も得ています。
そして彼は、異世界から召喚されたという情報も耳にしています』
「――――その情報元は何処だ」
『彼が吹聴していたそうで、召喚された直後から破格の強さを有していたようです。
ヴァリアス家には黒い噂が絶えませんでしたが、まさか、こんな強硬手段に打って出るとは……』
異世界からの召喚か……理論上なら俺ですら可能だ。
単純に召喚の魔法が使えれば、後は世界の壁を超えるだけの魔力があれば異世界だろうが引っ張り込める。
だが、あんな常識外の強さを持った奴を、それも異世界から召喚できるほどの魔力をどうやって調達するか―――そんなもの決まっている。
「俺があの電波を抑える、あんたはサンスクリットとテーヴァの協力を取り付けてくれ。
俺をダシに使えば、それも不可能じゃないはずだ」
『―――ですが……いえ、分かりました。
取り急ぎ、使者を派遣します』
両国にとってこれは未曽有の危機かもしれないが、俺にとっては好都合だ。
両国の共通の敵ができた、それを打倒するために手を組むとなれば嫌でも停戦協定を結ばざるを得ない。
そして、『スラント』『トマラクス』の強奪、親善大使の暗殺のすべての責任を擦り付ければ戦争を行う理由が無くなる。
その全ての鍵を握るのは俺があの電波を打ち倒せるか。
―――――負ける道理はない、あの程度に勝てなくてどうして『終の魔女』に勝つことができる。
決着を付ける時だ、待っていろ『エリクシル』!
『両国の会談がどうにか取り付けることができました。
場所はサンスクリット領とテーヴァ領の間にある、バルト海域。
そこで私たちが所有する戦艦で停戦協定を結んでもらいます。
その際に、シオン君には戦艦の護衛及び、会談に参加してもらいます』
「――了解した、日時は?」
『事態は急を要します、既に両国の使者は戦艦へと向かったとのことです』
「了解だ、俺もすぐに出る」
宣戦布告を出すくらいだ、提示した時まで戦いを挑んでくることはないだろうが、用心にこしたことはないか。
「キュロ―――――それと馬鹿女、お前もこい」
「私が行っていいの?」
「お前以上に見張りに適した奴はいない、それに、事と次第ではその場で『トマラクス』を返還する」
それに、アベルがこいつらに、何かしら加護を与えているはず。
少なくとも、あの3人はこいつらに叩いてもらうしかない。
「キュロ、これが最後だ、遠慮はいらない」
「―――ん」
「それにしても、ついにここまで来たわ。
200年間有耶無耶だった、両国の関係に確固とした確約が設けられる。
私たちの悲願がやっと叶うのよ」
「まずは、目の前の事だけを考えろ。
俺たちが負ければすべてが水の泡だ」
「私とキュロは負けないわよ、もしかして、あんた負けるつもりじゃないでしょうね?」
「調子に乗るな、馬鹿女。
―――行くぞ、本戦はまだ先だが油断はするなよ」
あと少しだ、待っていろフィーネ――――
ファイトーー!( ゜д゜)乂(゜д゜ )イッパーーツ!!




