狂気進化
「あんた、寒くないの?」
永久凍土の島、寒いのは当たり前だけど、防寒着を着込んでもまだ寒いなんて……
それに比べ、シオンは防寒着を着てるとはいえ、まったく寒さを感じさせない涼しい顔。
「『ネストリウス計画』は兵器を造り出す計画だ。
肉体改造なんて当然のようにやられていた」
非人道的を通り越して外道よね……、不謹慎だけど、いまだけはちょっと羨ましい。
辺り一面の銀世界、雪は私の膝近くまで積り、歩くのも一苦労、吹雪いているから前も良く見えないし、人が住める環境じゃないわね。
その代りに魔物の巣窟と化していて、調査もなかなか進んでいないということだったけど、魔物じゃなくて魔獣がうろうろしている、本当に人伝に聞いた話なんて信用できないわ。
「キュロ、大丈夫?」
シオンと同じく寒さにはそれほど堪えた様子はないんだけど、体が小さすぎるから、体の半分くらいは雪に埋まっている。
「――ん」
無用の心配だったみたいね、まぁ、よく考えてみればあんな大剣を軽々振り回す膂力を持ってるんだしね。
「―――――お前、さっきの返事だけで分かるのか?」
「流石に声音だけで聞き分けられないわよ、でも、表情を見ればだいたいわかるでしょ?」
「俺にはいつも通りの無表情にしか見えないが―――――まぁ、いいか」
なんだか、シオンにしては歯切れが悪いわね。
もしかして、嫉妬―――――そんなわけないわよね……
それから、報告があった場所に向かいって30分以上歩いたところで、徐々に吹雪が止みはじめ、視界が晴れた先には、島の中心にある山。
あの山の中腹付近に、例の研究所があるらしい。
そして、案の定、ちらほらと魔獣の姿が見えてきた。
シオンやキュロは簡単に倒してるけど、多少訓練を積んだ程度で勝てる程、魔獣は軟な存在じゃない。
ぶっちゃけると、私が戦っても絶対に勝てない、『トマラクス』を使えば話は別だけどね?
まぁ、この2人がいれば魔獣なんて大した問題じゃないでしょ
「おい、馬鹿女、どこに行くつもりだ?」
「どこって、そりゃ、研究所に向かってるんだから研究所に決まってるじゃない」
シオンが頭を抱えて首を横に振った、なによ、何かおかしいこと言った?
「このまま、進めばどうなる?」
「魔獣と闘うんじゃない?」
「――――――お前に少しでも期待した俺が馬鹿だったようだ。
いいか、魔獣は番兵と同じ役割なんだ、それと闘ったら奴らに感づかれて逃げられるに決まってるだろう」
―――――御尤もです……、キュロも呆れた表情で見てるわ……
「でも、それじゃ、近づけないじゃない」
「沈黙」
「―――はい」
ついに、キュロから駄目だしされてしまった……、これは割とショックだわ。
「『デュナミス』が研究所までどうやって近づいたと思ってるんだ?
というか、お前の専業だろ?」
「ああ、もう、悪かったわよ!」
「沈黙」
「―――はい」
仕方ないじゃない……、もう、私はキュロに逆らえないのよ……
正確に言うと逆らおうという気持ちが湧いてこない。
我ながら調教されちゃってるわ……
「隠密行動はお前の十八番だろ? いくら、一度は通れたとはいえ、いまも安全とは限らない。
それに、『デュナミス』に裏切り者がいることは確実だ」
――――そうよね、もしかしたら、この報告自体シオンをおびき寄せるための罠かもしれない。
シオンの過去を知っている『終の魔女』が向こうにいるんだもん。
研究所のことをちらつかせれば、シオンが向かってくることは簡単に予想できる。
――――でも、『終の魔女』は本当に今も生きているのかしら?
あの電波はシオンに嵌められて敗走したとはいえ、シオンより強いって言ってた。
それなら、もしかすると、本当に『終の魔女』は……
ダメ、今考える事じゃないわ、たまにはいいところを見せてやろうじゃない!
「ストップ」
私の一声で行進を止める。
魔獣の配置、研究所の距離、以前先行した人たちの情報を考慮して、もし、ばれていたり、おびき寄せるための罠だったりすると、この辺りに何かあるはず。
―――――あった、微弱な魔力を感じ取る、索敵機。
かなり近づかないと反応しないけど、正確な位置が分かる私のような職の人には必須のアイテムね。
辺りは一面雪で、罠を埋めるにはもってこいの立地。
「シオン、これ、ジャミングできる?」
「――――分かった」
シオンってそんなこともできるのね……
てっきり、やり方くらい聞いてくると思ってたのに、それにしても今日の私は絶好調。
吹雪が止んで視界が良好とはいえ、魔獣が気配を察する範囲、罠の位置が手に取るように解る。
「終わったぞ」
どうやら、処置は完璧、こんなことも『終の魔女』から教わったのかしら?
それから、魔獣の1匹にも気づかれず、罠の1つにもかからずに、研究所が見える位置まで辿り着くことができた。
どうよ? ちょっと自慢したいところだけど、そんな場面じゃないのでぐっと抑える。
「さぁ、シオン、やっちゃって」
「――――なにをだ?」
「研究所潰すんでしょ、逃がさないためにも強襲するんじゃないの?」
「――――少し見直したかと思えばこれか……
よく聞け馬鹿女、確かにあれは潰すが、あの中には『エリクシル』と繋がっている奴がいる。
それに、あの研究が何処に繋がっているか、今度こそ根底から潰すつもりなんだ。
それを、いきなり皆殺しにしてどうする」
「――――そうよね……」
せっかく、ちょっと上がった私の評価は地に墜ちたみたい。
―――ふんだ、いいわよ、私にはキュロがいるんだから。
言ってて悲しくなってきたわ……
「俺が一人で先行する、あの研究所一体は俺が結界で閉じるが、万が一外に出た奴がいれば捕まえてくれ」
「気をつけなさいよ」
「誰に言っている」
ホント、頼もしい奴だわ。
――――懐かしいな、なりやまない悲鳴、咽るような血の匂い、そこらじゅうに捨てられている死体、あの頃と全く変わってないようだ。
「な、何だ貴様は!? どこから――――」
下っ端には用はない、そしてここにいるというだけで殺される理由に足り得る。
「侵入者だ! 魔獣を――――」
「黙れ、お前らは存在自体が不快だ」
魔獣もろとも皆殺しだ、一人足り共逃がしはしない。
「まったく、何処の誰かと思えばお前か――――――被験体04862号」
よれよれの白衣に所々に染み込んだ赤い斑点、皺枯れた外見、それに反する鋭い眼光。
あの時、確実に殺したと思っていた、この研究の第一人者
「やはり、生きていたか糞爺」
「ああ、お前が旧研究所を壊してくれたおかげで再建にどれだけ苦労したか、まぁ、その甲斐あって多少は研究も進んだ」
「だが、それも全て水の泡だ、今日この日にお前は殺す」
「我々を恨んでいるか? 実にくだらん、この偉大な研究を何故理解できん。
人がさらなる高みへと昇華するための偉大なる研究だ、人類は進化し続けるべきなのだよ」
「遺言はそれだけか? 死ね」
苦しめて殺すなんて、そんなことはしない。
この糞爺は容赦なく、確実に殺す。
だが、確実に殺すはずだった雷刃はその身に届く前に掻き消された。
「我々がいつまでも、手招いていると思ったのかね?
分からないだろうな? あの魔女といい貴様といい、選ばれた者には理解できないはずだ。
人類は弱い、頭を潰せば死ぬ、心臓に肺に穴が開けば死ぬ、血を流せば死ぬ、殴られれば死ぬ、斬られれば死ぬ、首を絞めれば死ぬ、息ができなければ死ぬ、病を患えば死ぬ、毒を飲めば死ぬ、低温や高温で死ぬ、飢えれば死ぬ、ああ、何処までも脆弱だ!
見ろ、貴様ら強者に簡単に殺されたこの貧弱な生き物を!
我々、人類は常に命の危機に晒されてきたのだ!
故に、我々は進化しなければならないのだよ!
その命を守るために! この世界を支配し続けるために!」
狂ったように叫ぶ狂人――――――心底くだらない。
「そうだとも! この世界は我々人類のものだ! 断じて神などという存在ではない!
世界がそれを謳うのならば、我々は神を殺し、支配すべきだ!
我々人類より遥かに強靭な魔物でさえ、我々は支配して見せた!
神など恐れるに足りぬ! 今こそ、人類の誇りを取り戻せ! 我々こそが最強であり至高の存在だ!」
「だから、お前らは弱いんだ、弱さを嘆くな、弱さを恨むな、弱さを悲観するな、弱さを否定するな、弱さを押し付けるな、弱さを理由にするな!
くだらない理想を世界に押し付けるな!
狂気に支配された、貴様が人類を語るな!
都合のいい時ばかり、神に縋るな!」
「―――――ああ、やはり貴様らとは分かり合えないようだ。
この研究は潰えない、それこそが『理』だ! 貴様ら『理の使役者』がそれを覆そうというのならば、我々はそれを超越して見せよう」
皺枯れた脆弱な肉体が、異形の姿へと変化していく。
そこに人類の誇りなどなく、あるのは醜い狂気に支配された脆弱の塊だ。
「ハハハハ、ドウダ? ワレワレハ、ツイニシンカシタノダ!
セカイヲトリコムコトデ、ワレワレコソガ、カミトナル!」
「魔物の因子を取り込むことで、世界の魔力に耐えられる肉体を手に入れたか。
貴様が謳った人類の誇りとやらはどこに行った」
「ワレワレハ、マダマダ、シンカスル!
キサマラハ、ジャマダ、シネ!」
(# ゜Д゜)




