禁忌の御業
「それにしても見事なものね」
「あんたから褒められても裏しか感じられない」
「賞賛くらい素直に受け取っておくべきよ」
あの後、すぐに再調査が行われ、俺たちを見ていたという証言も出てきたため、晴れて無罪放免だ。
もちろん、陛下の自殺疑惑もすぐに否定された。
だが、肝心の誰が殺したかという点についてはいまだ分かっていない。
それも、当時、部屋の前にいたという近衛兵が逃亡したということで、その行方を追っている最中だ。
顔は知れているのだから、近い内に見つかるだろう。
「失礼致します、今しがたベルウィン閣下が手勢を率いて城を抜け出したとの報告が上がりました。
閣下は過激派の筆頭とも呼べる存在で、戦争に踏み切らない陛下と度々衝突していたお方で、此度の件の黒幕の可能性が高いと思われます」
「あら、意外と簡単に炙り出せたわね、そんなに捕まりたくなかったのかしら。
勿論、この私を辱めようとした罪は贖ってもらうのだけれど」
──なぜ、このタイミングで逃げた?
そんなことをすれば、自分が黒幕だと言っているようなもの、ばれるのは時間の問題とはいえ、いくら何でも性急すぎる。
単にそういう性格だと言えばそれまでなんだが……
「シオン、今すぐ捕まえて、私の前に跪かせない」
どちらにせよ、直接情報を掴むチャンスだ。
こんな機会を逃す手はない。
人の手が入っていない、獣道を走る。
普段から鍛えているならともかく、デスクワークが主である重役がこんなところを走って遠くまで逃げきれるはずがない。
さらに、スピードを上げる為、強く踏み込んだとき、黒いマントで身を覆った男とも女とも分からない者が現れる。
「ここは通さない」
「師匠の手駒か、悪いがお前たちに時間を取られている暇はない。
ついでに、その呪いから解き放ってやる」
常人ではありえない速度でシオンへと肉薄し、マントから仰々しい刃物を取出し、切りつけ、後ろからは、その命と引き換えにした、魔法を使うため詠唱を唱えている。
死は解放であり、恐れるものではないと、長年、あの魔女に使役されているとそう考える者も少なくはない。
少なくとも俺は、あの何もかもが狂った場所で殺してくれと懇願してくる奴らを何人も見てきた。
こいつらに容赦も慈悲もいらない、むしろ、殺してやる方が慈悲だろう。
迷いはない、目の前に迫ってくる、敵を見据え、踏み込む。
交差する一瞬、振り上げられた刃物を奪い、心臓と喉に突き立て絶命させる。
そのまま、加速し、詠唱を終える前に、後衛に控えていた者たちを雷刃で首を刎ねる。
戦闘ともいえぬ、一方的な殺戮はほんの数秒で幕を閉じた。
振り返り、数秒目を瞑り、追跡を再開した。
「お前が、ベルウィンだな?」
率いていた手勢を用い、追手を撃退しようとするが、相手が悪すぎた。
瞬く間に、制圧すると、怯えているベルウィンへと詰め寄る。
「お前には聞きたいことが山ほどあるんだ。
洗いざらい、吐いてもらうぞ」
「わ、私は何も知らない!
私は奴に言われたままのことをしただけだ!」
大分錯乱しているな、このままじゃ埒が明かない、記憶を読ませてもらうとするか。
「流石に仕事が早いわね、シオン」
「どうして、あんたが────っ!?」
「『終の魔女』から教わらなかったかしら?
勝ったと思った時こそ一番気をつけろと」
何もかもが最悪だった、ベルウィンの記憶読み取る為、警戒を怠っていたこと。
あの女が突然現れ、一瞬、呆然としてしまった事。
そして、先ほど屠った『終の魔女』の手駒と同等も言える身体能力を発揮していることに反応できなこと。
──────ちゅっ
その最大の隙に唇を奪われ、無理矢理、なにかを飲み込まされた。
その瞬間、体に激痛が走り、膝をつく。
「────っぐ……なにを……飲ませた……」
呼吸が乱れる、目の前が霞む、体に力が入らない
「流石のあなたも『終の魔女』が調合した毒は解毒できないようね」
「『終の魔女』……だと……」
「おかしいと思わなかったかしら?
サンスクリットで貴方と出会った時、あんな場所で偶然出会うなんて出来すぎているとは?」
魔力による分解すらできない、そもそも、あの薬のせいで魔力そのものが封印されている。
「貴方を親善大使として連れて行く前での一連の流れ、貴方と出会った瞬間に爺やが現れたわね」
あの魔女が調合したというのなら俺の手持ちにある薬では解毒は不可能。
「そして、テーヴァに来てから、私はあなたを散歩に誘ったわよね。
あの計画は、私が誰にも見られなかったという前提があってこそ成り立つものよね」
なにか、何か手は……
「そして、そこの駒がこのタイミングで逃げたわけ、全ては『終の魔女』によって仕組まれた罠よ」
「俺……1人を嵌めるために……随分な手間だな……」
「そうでもないわ、副賞としてこれも手に入ったのだし」
取り出したのは煌びやかな装飾が施された指輪。
その正体にはすぐに見当がついた。
「『スラント』と並ぶ神の秘宝、『トマラクス』、これだけ報酬があるのだから、陛下一人を暗殺するくらいどうということはないわよね」
この女が共謀の後、陛下を暗殺し、『トマラクス』を盗んだとあれば、帝国は黙っていない。
今度こそ戦争が起き、その隙を付き『スラント』も再び盗まれることになるだろう。
全ては奴らの思い通りの展開という訳か
「それにしてもいい光景ね、こんなにもいい気分になれたのは始めてだわ」
───っ、この女、ここまで状況を有利に運んでおきながらまだ油断がない。
いや、この先の展開も読まれてるのか。
「残念ね、私が油断して近づいたところをキュロちゃんを召喚して取り押さえようとするつもりだったのでしょう?
生憎と、そこまで間抜けではないわ」
万事休す……やはり、もう、あれを使うしかないか。
「そう、それでいいのよ、さぁ、私に見せて頂戴。
神の秘宝さえ超越し、理を覆す究極の力を! 『終の魔女』さえも滅ぼしたその力を!」
『クレリフ』
その場に大きな変化はない、変化があるとすれば、あれほど苦しまされた毒を完全に無力化したことだけ。
「それが『クレリフ』、森羅万象すべてを反転させる力」
「そのことまで知っているとは、よほど師匠に気に入られていたらしいな」
「そうね、少なくとも『トマラクス』を使って、貴方を殺してもいいと言わせるほどには気に入られていたわ」
「今の俺に『分解』なんてものが通じると思うか?」
『トマラクス』の力、それは『分解』。
『スラント』と同様触れる必要もなく、任意で好きなように分解することができる。
その力にかかればあらゆる攻撃は無に帰し、見るだけで人を殺すことも可能だ。
「どうかしら? 少なくとも『トマラクス』を『反転』はできないはずよね。
それは、神が定めた理を覆す行為だもの」
「俺がどうやって師匠を殺したか聞いていないわけじゃないだろう?」
「ええ、生を反転されて即死だったと聞いてるわ。
だけれど、この世界の物語の一端を担っている私の理を覆して、未だ『世界』は動かないと思っているのかしら?」
この強すぎる力の代償、それは抑止力が働いてしまうこと。
そもそも、あの毒を薬へと反転させることでさえ『世界』に感ずかれる危険があった。
あの女の理を反転させた時、間違いなく『世界』は動く。
俺を殺し、あの女の代役を作り出すだろう。
「さぁ、どうやって『トマラクス』を攻略してくれるのかしら!」
「あんたはまだ、『スラント』と『トマラクス』の真の力を知らない。
宝の持ち腐れもいいところだ」
「言ってくれるわね、教えてもらおうかしら、その真の力とやらを?」
「教えてやる義理はないな」
あの女は『トマラクス』の力を乱発しているようだが、俺の身にその効力は現れない。
それも当然、あれらの真の力を知らなければ、壁一枚引いてしまえば防ぐことができる。
勿論、その壁は分解され続ける、だが、あの女が分解していくスピードより俺が壁を再構築していくスピードが速い。
唯一の攻撃手段を、無力化されたこの女になすすべはない。
「捕まえたぞ、あんたにはやってもらうことが山ほどある」
「私が素直に言うことを聞くとでも思っているのかしら」
「あんたも言った通り、あんたはこの世界において重要な役割を持つ。
つまり、あんたはそこにいるだけで強力な影響力を持つんだよ」
余計な事をするなら縛り付け、余計な事を口にしようものなら声を封じてしまうだけだ。
「さっさと戻るぞ」
「ざ~ん~ね~ん~で~た~♪」
「──────っかは……」
手を引っ張り強引に連れて行こうとした瞬間の出来事。
聞きなれた声が聞こえ、振り向いた時には、ライラ・ブリア・サンスクリットの身を刃が貫き、血を吐きだし死に絶えた。
そして、振り向いた先には、真っ白な髪を風に靡かせた少女。
切り刻まれた服に両手を繋ぐ鎖、あの時と違うのは目は隠されておらず、闇をも飲み込む大きい漆黒の瞳を見せて、場違いなほど朗らかな笑顔を浮かべていた。
俺がこの手で殺すと誓った『終の魔女』────フィーネ
イイ(・∀・д・)クナイ!




